小繋事件(戒能通孝著)

2020-03-26 00:00:01 | 歴史
1964年に刊行された岩波新書である。著者の戒能氏は著名な法学者で、偶然に係わり始めた『一連の小繋事件』について、主に農民側の観点で歴史的な流れを解説されている。

狭義の小繋(こつなぎ)事件は、第二次大戦を挟んでの民事事件と刑事事件という裁判を指すものだが、そのルーツは江戸時代から明治政府に変わる時から始まっているということになる。

kotunagi


まず、場所だが岩手県の一戸町にある小繋山の山林(2000ヘクタール)とその近くに住む農民の村(集落)である。盛岡から北へ50キロにJR(国鉄)の小さな駅(小繋駅)がある。

始まりは明治10年の地租改定に伴う、土地の所有権の整理である。全国どこでもあった問題だったが、藩も個人も所有していない所謂(いわゆる)「村山」について、村の代表者(有力地主等)がとりまとめた農地耕作の収穫物である年貢を藩が受け取り、残りは村民たちが土地を耕し山林の管理をしていたものを、民有地か国有地かの二択にするということになった。

この時、なるべく国有地を増やそうとした県もあり、逆もあり、岩手県はどちらにも偏らなかったため、所有権は持たず国有地に入会(いりあい)として入って利用しようという考え方もあり、一方、租税を払っても民有地にして自分たちで管理しようという考えもあった。

小繋村は民有化しようということになったのだが、便宜上、村の代表者(有力地主)A氏の所有ということにしたわけだ(元をただせばこの時に問題がはじまっている)。

そのまま江戸時代感覚でことが進めばよかったが、この村に黒雲があらわれたのは鉄道なのだ。それまで奥羽街道沿いということで、宿場や商店でも繁盛した村は、単なる鉄道停車駅になった。そうなると、村の価値が下がるのではないかということで、色々な思惑で動き出す人が増えてくる。

さらに代替わりがあったり、強欲資本家や銀行が登場したりで、地主A氏の子孫は登記上の所有者として、地元の有力者であるB氏に山林を売り渡した。このB氏が村民に自由に山に入って薪や伐採、植林などを認めていれば問題ないのだが、勝手に自分名義の土地の一部を陸軍に売ってしまう。なぜ陸軍に売れたのかは不明だが、著者もそこまでは踏み込んでいない。ようするに「共有資産」であるはずの森が村民の知らないうちに第三者に売られ、残った部分も立ち入り禁止にされ、生活に困窮するようになった。

それから、村の中で二派、三派に分かれて抗争が始まり、泥沼になる。訴訟を巡って村民の中心人物に対する国家の圧力が始まる。逮捕や拘束だ(森友事件に似ている)。弾圧が成功したはずだったが、さらにB氏寄りだった人たちが成功報酬を得られなかったことを理由に村民側に回り、結局、戦後になり裁判所による調停になったのだが、悪徳代理人や三流弁護士が村民の意を介さず調停案を飲んでしまったことから、調停取り消しの争いに発展する。

結局は、高裁、最高裁まで上がるも村民にとって有利な判決は出なかった(本書は高裁の判決までしか書かれていない)。著者に言わせれば「裁判所は形式だけをやかましくいい、形式を知らない素人を小バカにするが、内容の方はお座なりである。」ということなのだが、なぜ昭和30年になっても、三権分立の権利を捨ててまで権力になびく判決を出すのかというのを考えてみた(今も同様ともいえるし)。

気になったのが、戦前から戦後にかけての「公職追放」。要するに戦争推進に協力していた人たちをクビにしてしまおうということで、多くの官僚や文化人や知事などもGHQによって職を失った。さらに時代が進むと、レッド・パージが始まり、共産党に賛成する人たちが追い払われた。つまり、右側の人も左側の人も追い出されたわけだ。つまり裁判所も同様なことが行われていれば、極端な権力寄りの人は第一次追放でいなくなっているはず。

ところが調べていてわかったのだが、裁判官の世界ではほとんど誰も追放されていないわけだ。つまり帝国憲法下で国家統制の強い法律の運用をしていた時の裁判官が、そのまま民主主義になっても裁判官を続けていたわけだ。ずいぶん器用な人が多いわけだ。憲法は変わったが、刑法や民法は個別に一つずつ修正されていくわけで、一見、戦前と同じように判決を出せばいいと思われていたのだろう。


さて、著者にはまったく関係のない話だが、本書が刊行されたのは1964年。奇しくも東京五輪の年なのだが、当時は大問題だった山林所有の価値だが、現在はほぼマイナス価値の不動産に成り果ててしまった。いっそのこと全部国有林に買い上げてしまい、再開発して土地の価値を上げることによって、国債を担保する不動産評価を高めれば一番いいはずなのだが、「不動産を国有化(あるいは市や県への譲渡)すると、わずかながら所有者から得ている固定資産税収入がなくなってしまう」という情けない状態で行き詰まっているわけだ。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿