「そこに日本人がいた!」(熊田忠雄著)

2010-09-16 00:00:09 | 書評
「そこに日本人がいた!」(熊田忠雄著)。副題が、「海を渡ったご先祖様たち」。ニッポン放送報道部出身の著者が57歳で退社してから、記者時代に興味を持った世界各地で活躍した「初めての日本人」を調査。22話として発表。




本の内容の前に、著者の苦労は、はかりしれないほど大きかったと思う。主に江戸時代末期から明治初期に日本を飛び出した人間像を資料から調べることは、かなり難しい。外務省の文書、日本郵船他の乗船記録、現地調査など一つ一つが確率の低い発掘作業だろうが、なんとか各種資料から日本人を探しだしている。


まず第一話の南アフリカケープタウン。明治半ばに若い夫婦が渡ってくる。茨城県出身の古谷駒平と喜代子夫妻。明治三年に茨城の豪農一家の三男として生まれた駒平は、20歳になると山っ気満々でサンフランシスコに向かったわけだ。その後、ハワイに渡り、日系人相手の雑貨商を営み、特に日本酒を販売していた。そして、現地で熊本出身の喜代子と結婚し、そこそこの資金をためたものの日本人排斥運動のため、日本に帰国。

とはいえ、やはり日本には飽き足らす、英語圏であるケープタウン行きを思いつく。そして、雑貨商として現地で成功するわけだ。

が、結局、第二次大戦の直前、17年の南ア生活を清算。逃げるように日本に戻ることになる。


そして、大部分が「かなしい結末」なのだが、全450ページで全22話。ニューカレドニア、スエズ、マダガスカル、パナマ、サウジアラビア、・・・。そして最終第22話が、セーシェル諸島。ここだけではないが、日本人の中でも評価両論となるのだろうが、いわゆる「からゆきさん」。

要するに売春の輸出である。明治初期の世界売春事情からいうと、新大陸(アメリカ)を除き、フランス人と日本人がこの海外マーケットを二分していたそうだ。

境目がウラル山脈以東からアフリカ東海岸が日本人のシマで、西アフリカはフランスのシマだったようだ。日本を離れて中国に向かうも、様々な事情で、さらに遠隔地へと転進している。それでも、帰ることのできない日本への送金は続けていた女性たちが多いということのようだ。


本著は単行本を文庫化したものだが、単行本には、「続・そこに日本人がいた!」と続編が登場しているので、それも文庫化されるのだろう、と安心しているわけだ。


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