Ryu’s Talk いつでも夢を(村上龍講演会)

2017-01-20 00:00:41 | 書評
横浜市青葉区(たまプラーザ)に長く在住されている佐世保生まれの作家、村上龍さんが地元の青葉公会堂で講演会を開いた。

ryu


講演会のタイトルである「いつでも夢を」は、最新刊の『星に願いを、いつでも夢を』というエッセイ集からのものだろう。生きるだけで精一杯の人が、別の人生をイメージできるだろうか。いつでも夢を持っていられるだろうか。という高尚なテーマの本なのだが、対話形式の今回の講演会で話題となったのは、その一冊前の『日本の伝統行事』という本。

さらに、聞き手が持ち出した最初のテーマは、「どうして佐世保から出てきて青葉区に住むことになったのか。千葉でも埼玉でもなくこの町のどこが良くて選んだのでしょう」と誘導尋問から始まるが、龍さんからは驚愕の回答が飛び出した。

家を建てたのは、『限りなく透明に近いブルー』が芥川賞を受賞し巨額の印税が入ってきた勢いで、知人の建築家に頼んだところ、日本のチベット(おおた註:チベットの人ゴメン)と言われるたまプラーザの土地を探してきたので、現地を見ないで買った、ということ。驚愕はさらに続き、巨額の印税は家が建つ頃には派手に使ってしまいゼロに。ローンは月40万円ということになり、講談社から次作の原稿料の前借をして資金繰りということになり、『コインロッカー・ベイビーズ』が大当たりして金策が功を奏したということだそうだ。

結局、その後、ローンを抱えながら書いていたわけで、龍氏によれば「ローンがあるとどうしても街が嫌いになれない」ものだそうで、聞き手の希望していたトークとはかなりずれてしまった。

そして『日本の伝統行事』の方だが、従来、反体制的作家と思われていて、どうして日本の伝統行事というような保守的なものを賛美するようなことになったのかということに対して、聞き手から頼まれてもいないのに話し始めた内容は、なかなか要旨を再現するのは難しいのだが、一部、わたしのコトバで補うと、

昔と現代を比べればもちろん現代の生活の方がいいに決まっているのだが、その間に何か重要なことを忘れてしまっている。古来から続いている人と人との関係とか伝承の中に生きる人間性といったものが、経済的合理性の中で「そろばんに合わない」として消え去りつつある。正月のお飾りや雛祭り、七夕の意味、踊りや祈り、それらを伝承しようという試みだそうだ。

心がなくなり形が立派になる例として、昔は日本が貧しかったせいもあるが、家々の鯉のぼりの大きさとか武者人形の立派さというようなものは、誰も気にしていなかった。問題はおカネではなく、祝いや祈りの行為だった。ところが現代ではその心や祈りの意味がなくなり人々は金持ちをねたみつつある、ということだそうだ。

つまり、龍氏がずっと闘っていた相手は「体制」というよりも「資本主義的合理性」ということになるのだろう。だから資本主義の欠陥と民主主義の欠陥が噴出している現代社会では龍氏のスタイルの方が体制的に見えてきているということなのだろうか。

その他、作家的洞察力の片鱗が惜しみなく発揮される名言も多かったのだが、帰り道で聞いた聴衆の評判は「対談方式ではなく独演を期待していてガッカリ」との声が多かった。が、ノーベル賞の記念スピーチじゃないのだから、作家の思想を断片的に垣間見ることができた、というだけで満足できるのではないだろうか。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿