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終戦直前の悲劇、猪鼻トンネル(湯ノ花)列車銃撃事件
終戦間際の「湯の花トンネル列車銃撃事件」アメリカ戦闘機が無防備な列車を
猪鼻トンネル列車銃撃事件
湯の花トンネル列車銃撃事件_Wikipedia
JR高尾駅に残る戦跡(関連参照)
下記NHK甲府放送局の記事で初めて知りましたので、後日の為に記録したものです。新型コロナウイルス感染症が終ってから情報整理しておきたいと思っています。
2020.08.05 中央線列車銃撃から75年で献花(08月05日 16時43分 NHK甲府放送局)
75年前の(昭和20年・1945年)8月5日、太平洋戦争の終結直前に、東京・八王子市で当時の国鉄の下り列車がアメリカ軍の戦闘機に機銃掃射を受けて、山梨県の関係者を含む60人以上が死亡しました。
八王子市の現場近くに設置された慰霊碑で5日、献花が行われました。

75年前の昭和20年8月5日の昼過ぎ、東京・八王子市で、当時の国鉄・中央本線の新宿発長野行きの下り列車が、アメリカ軍の戦闘機P51ムスタングから機銃掃射を受け、犠牲者の慰霊などを続けている団体によりますと、搬送先で亡くなった人などを含めると60人以上が死亡しました。
自宅や疎開先などに向かう山梨県の関係者が多くいたとみられています。
現場近くには慰霊碑が建立され、毎年、犠牲者を悼む催しが開かれてきましたが、ことしは新型コロナウイルスの影響で中止され、襲撃された列車に乗っていた人や遺族などが個別に訪れて献花を行っていました。
団体によりますと、戦後75年たった今も身元のわからない犠牲者が10人以上いますが、ここ数年、有力な情報は寄せられていないということです。
犠牲者の慰霊を続ける「いのはなトンネル列車銃撃遭難者慰霊の会」の齊藤勉会長は「亡くなった方の名前を明らかにして、慰霊碑に名前を刻みたいと思っています。山梨県の関係者の犠牲者が多くいるとみられるので、何か情報があれば連絡してほしい」と呼びかけていました。
◇ 総務省・いのはな慰霊碑、戦災死者供養塔(連絡先電話番号も記載されています)
いのはなトンネル列車銃撃遭難者慰霊の会を主催する 齊藤 勉さん(インタビュー記事、神奈川県全域・東京多摩地域の地域情報紙)
八王子市教育委員会
以上、気になったので確認、追録です。


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