酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「告白、あるいは完璧な弁護」~人間の深淵に迫る凍えた迷路

2023-07-22 16:33:47 | 映画、ドラマ
 電車の中の風景が大きく変わった。20年前、座っている人の多くは新聞、雑誌、本を読んでいたが現在、殆どの人はスマホを手にしている。人々の思考が単純化されたことを象徴する言葉が<炎上>だ。想像力を失った人たちが匿名性に隠れ、事実と異なる思い込み(幻想)に基づき他者を攻撃する。

 読書の習慣が廃れたことで、リテラシー(正しく理解して表現する力)の欠落が蔓延している。泉谷しげるは映画「軍旗はためく下に」(深作欣二監督)にインスパイアされ1973年に「国旗はためく下」を発表した。日本軍の蛮行への怒りを背景に、同調圧力に弱く、たやすく集団化してしまう日本人を批判した曲を、〝自らへの応援歌〟と勘違いした安倍元首相支持者がいたという。

 「告白、あるいは完璧な弁護」(2022年、ユン・ジョンソク監督)をシネマート新宿で見た。今年に入ってスクリーンで韓国映画に接するのは「不思議の国の数学者」に次いで2作目になる。WOWOWでは「犯罪都市」第1作、藤井道人監督によって今年リメークされた「最後まで行く」を見た。タイプは異なるが、それぞれ韓国映画の底力を感じさせる作品だった。

 「告白、あるいは完璧な弁護」はスペイン映画「インビジブル・ゲスト 悪魔の証明」(17年)のリメークである。サスペンス用語として用いられる<ツイスト>は予想外の展開、ひねり、どんでん返しを指すが、本作はまさに<ツイスト>の連続で、カットバックしたシーンで主観が変われば、真実も時に真逆になる。

 作品を紹介する前にガラガラだった館内について。評判に違わぬ傑作だったのに、キャパ330でともに観賞したのは10人弱だった。新宿で映画を見るケースが多いが、こんなケースは稀だ。以前にも感じたことはあるが、シネマート新宿は営業が不得手なのかもしれない。

 さて、本作の紹介を。冒頭でIT企業社長ユ・ミンホ(ソ・ジソブ)が釈放される。不倫相手のキム・セヒ(ナナ)がホテルの密室で殺害された事件の第一容疑者で、疑いが晴れたわけではない。別荘にこもったミンホを訪ねたのは敏腕弁護士のヤン・シネ(キム・ユンジン)だ。韓国を代表する男女トップ俳優が見せる虚々実々の駆け引きに加え、二つの相反するキャラクターを表現したナナの存在感が光っていた。

 本作に引き込まれた理由のひとつは極寒のロケ地かもしれない。ミンホの別荘は豪雪地帯で、シネも難儀して着いた。暗く寒々とした光景と登場人物が抱える闇が相乗効果になって、物語の奥行きを広げていく。ミンホとセヒが別荘からソウルに向かう脇道で起きたアクシデントで、青年が行方不明になる。殺人事件と失踪事件が並行して走る回転軸になってストーリーを穿っていくのだ。

 時間が行きつ戻りつし、主要な登場人物は異なる主観でキャラが変わる。ミンホもシネも<信用出来ない語り部>で、終盤でその実体が明かされる。スリル満点のジェットコースターに振り落とされないようにしがみついていた2時間弱だった。酷暑だったので汗まみれ状態で館内に入ったので、冷房が効き過ぎて芯まで冷えた。クライマックスの氷が張った湖のシーンに、心まで凍るのを覚えた。自信を持ってお薦め出来る秀逸なサスペンスだった。
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