日本中が女子フィギュアのフリーに見入っていた頃、俺はガラ空きの接骨院でマッサージを受けていた。結果はネットで知る。同世代にもう一人の天才が存在したことは浅田真央にとって悲運だが、まだ19歳……。夢を諦めなければ、いずれ花実を手にするだろう。
職場の映画通に薦められた「アンヴィル!~夢を諦めない男たち」(09年)と「パイレーツ・ロック」(同)を早稲田松竹で見た。40年以上ロックを愛してきたことが誇らしくなる2本立てで、くすんだ俺の魂は、揺れて潤み、萌して洗われた。
今回はヘビメタバンドの素顔に迫った「アンヴィル!――」の感想を記すことにする。「パイレーツ・ロック」については、温めている別の稿で触れる予定だ。
カナダ出身のアンヴィルは1984年、他のバンドとともに日本縦断ツアーを敢行する。その際の映像が冒頭に流れ、錚々たる面々のコメントが重なっていく。革新性やテクニックを絶賛する声が相次いだが、なぜかアンヴィルは売れなかった。
リップス(ギター&ボーカル)とロブ(ドラム)は別の仕事で生計を立てながら、近くのパブで演奏している。欧州ツアーの誘いに海を渡ったが、動員力は惨憺たるものだった。旧知のプロデューサーの下、新譜(13枚目のアルバム)を制作したが、リリース元が決まらず宙に浮いてしまう。
俺はアンチ・ヘビメタだし、アンヴィルの音は時代遅れだと思う。でも、ドン・キホーテのように純粋かつ不器用で、少し鈍感なリップスとロブに肩入れしてしまった。道が開けることを切に願ったが、彼らの夢が幻想ではなくリアルな国があった。そこは日本である。
88年6月18日、ロサンゼルスで二つのイベントがかち合った。ヘビメタのトップバンドが集結した野外フェスと、ローズボウルでのデペッシュ・モード単独公演だ。UKニューウェーヴの雄である後者が3倍(7万弱)の聴衆を集めたことで、グローバルな潮目は変わったが、日本では今日に至るまでヘビメタ人気は衰えていない。
レコード会社にデモテープを持ち込んだアンヴィルは、「今風ではない」と10秒ほどでボリュームを落とされる。失意の彼らに救いの手を差し伸べたのが日本のプロモーターだ。「ラウドパーク'06」(幕張メッセ)に出演し、ステージに向かうメンバーの脳裏に、欧州ツアーでの悪夢がよぎったが、バンドを待っていたのはフルハウス(2万人)の熱狂的な聴衆だった。
ラストが感動的だった。俺と同世代のリップスとロブは、渋谷のスクランブル交差点を歩いている。どこから見ても、ただのおっさんだ。二人は〝ヘビメタの聖地日本〟の空気に包まれ、幸せそうだった。穏やかな表情に達成感を滲ませて……。
アンヴィルは夢を掴めたのだろうか? 芸術的にはイエスだ。彼らがアンスラックスやメタリカに多大な影響を与えたことを本作で知る。アンヴィルはスラッシュメタルの種を蒔いた先駆者だったのだ。パンクに置き換えればGBHやジャームズで、ともに不遇なバンドだったが、そのDNAを受け継いだニルヴァーナやランシドがロックに変革をもたらした。
アンヴィルが商業的成功を得るのは難しいと思うが、本作によって音楽界への多大な貢献と愛すべきキャラは知れ渡った。多くのフェスにブッキングされ、聴衆から相応しい敬意を払われるだろう。
職場の映画通に薦められた「アンヴィル!~夢を諦めない男たち」(09年)と「パイレーツ・ロック」(同)を早稲田松竹で見た。40年以上ロックを愛してきたことが誇らしくなる2本立てで、くすんだ俺の魂は、揺れて潤み、萌して洗われた。
今回はヘビメタバンドの素顔に迫った「アンヴィル!――」の感想を記すことにする。「パイレーツ・ロック」については、温めている別の稿で触れる予定だ。
カナダ出身のアンヴィルは1984年、他のバンドとともに日本縦断ツアーを敢行する。その際の映像が冒頭に流れ、錚々たる面々のコメントが重なっていく。革新性やテクニックを絶賛する声が相次いだが、なぜかアンヴィルは売れなかった。
リップス(ギター&ボーカル)とロブ(ドラム)は別の仕事で生計を立てながら、近くのパブで演奏している。欧州ツアーの誘いに海を渡ったが、動員力は惨憺たるものだった。旧知のプロデューサーの下、新譜(13枚目のアルバム)を制作したが、リリース元が決まらず宙に浮いてしまう。
俺はアンチ・ヘビメタだし、アンヴィルの音は時代遅れだと思う。でも、ドン・キホーテのように純粋かつ不器用で、少し鈍感なリップスとロブに肩入れしてしまった。道が開けることを切に願ったが、彼らの夢が幻想ではなくリアルな国があった。そこは日本である。
88年6月18日、ロサンゼルスで二つのイベントがかち合った。ヘビメタのトップバンドが集結した野外フェスと、ローズボウルでのデペッシュ・モード単独公演だ。UKニューウェーヴの雄である後者が3倍(7万弱)の聴衆を集めたことで、グローバルな潮目は変わったが、日本では今日に至るまでヘビメタ人気は衰えていない。
レコード会社にデモテープを持ち込んだアンヴィルは、「今風ではない」と10秒ほどでボリュームを落とされる。失意の彼らに救いの手を差し伸べたのが日本のプロモーターだ。「ラウドパーク'06」(幕張メッセ)に出演し、ステージに向かうメンバーの脳裏に、欧州ツアーでの悪夢がよぎったが、バンドを待っていたのはフルハウス(2万人)の熱狂的な聴衆だった。
ラストが感動的だった。俺と同世代のリップスとロブは、渋谷のスクランブル交差点を歩いている。どこから見ても、ただのおっさんだ。二人は〝ヘビメタの聖地日本〟の空気に包まれ、幸せそうだった。穏やかな表情に達成感を滲ませて……。
アンヴィルは夢を掴めたのだろうか? 芸術的にはイエスだ。彼らがアンスラックスやメタリカに多大な影響を与えたことを本作で知る。アンヴィルはスラッシュメタルの種を蒔いた先駆者だったのだ。パンクに置き換えればGBHやジャームズで、ともに不遇なバンドだったが、そのDNAを受け継いだニルヴァーナやランシドがロックに変革をもたらした。
アンヴィルが商業的成功を得るのは難しいと思うが、本作によって音楽界への多大な貢献と愛すべきキャラは知れ渡った。多くのフェスにブッキングされ、聴衆から相応しい敬意を払われるだろう。