酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

マルクス・ガブリエルが説く自由の価値

2020-03-31 23:36:07 | カルチャー
 今回は予告通り、「欲望の時代の哲学2020~マルクス・ガブリエルNY思索ドキュメント」(全5回、NHK・Eテレ)について記したい。冒頭とラストはキーワード<運命>で繋がっていた。収録時(昨年11月)から一転、ニューヨークは今、新型コロナ蔓延でゴーストタウンと化している。ガブリエルは今、どこでパンデミックを体験しているのだろう。

 知のトップランナ-たちとの対話は刺激的だった。共著「未来への大分岐」のある斎藤幸平大阪市大準教授が通訳を兼ねて取材に同行し、最後に日本について語り合う。「問いに答えること」を自らに課すガブリエルは、道行く人の質問に柔らかく答えていた。

 内容は多岐にわたるので、<自由と民主主義>、<日本とは何か>に論点を絞り、気候危機関連の言及は適宜、織り込んでいく。前稿で紹介した「ウイルスVS人類」(NHK・BS1)とシンクロしている部分も多々あった。

 ガブリエルは自由と民主主義を体系に取り組んだ最初の哲学者としてカントを挙げる。カントは<自由意志=意志の調整の最適化>と捉え、異なった意志が均衡状態に至るのなら、<自由意志が実現された>と考えた。カントにとって<道徳=自由>で、「自らの人格と、他者の人格にある人間性を目的として扱い、手段としてはならない」と説く。

 人々が他者の自由を尊重する状態は<目的の王国>で、良い社会は人間の自由意志(≡理性)をアップさせる……。カントの理想は現在の世界と対極にある。自由、自由意志、民主主義を阻害するものとして、ガブリエルはフェイスブック、ツイッターら全てのSNSを挙げた。<プラットホームは中立ではなく、人々を不自由にしないで、自由を利用している>と捉えている。

 ガブリエルはヘーゲルの民主主義の定義を下敷きに、<互いの意志を調整する正義>がSNSに存在しないと述べる。西部開拓時の暴力の論理が横行するするSNS発祥の地シリコンバレーはカリフォルニアだ。このことは必然で、<SNSは自由を破壊することなく心臓部を射る>と警鐘を鳴らしていた。

 人は欲求を満たすことは出来るが、欲求を欲することは出来ない……。ガブリエルはショーペンハウエルが提示した<自由意志のパラドックス>を示す。世の中の全てはあらかじめ決まっているとするショーペンハウエルの決定論と自由意志の両立についての論考は、俺のキャパを超えていた。

 ……とまあ、咀嚼出来ず、消化不良のまま垂れ流してしまった。見ている時には理解していると錯覚するのは、ガブリエルの語り口がポップでありながら本質を突いているからだ。〝哲学界のポップスター〟の看板に偽りはない。

 対談したカート・アンダーソン(作家)は<アメリカにおいて現実と幻想が混濁し、インターネットの進化によって、幻想が制御不能になった。過剰な自由がこの国の課題>と語っていた。この言葉を受けガブリエルは<SNSがもたらす人工的な自由が、資本主義の破壊的な消費を助長している>と指摘する。

 SNSと手を携え暴走する資本主義に抵抗する手だてはあるのか。ガブリエルは<自由とは善と悪の能力>と定義したシェリングを紹介する。悪い正義は自由を蹂躙し、不公正な社会を生む。〝自由に〟自然を蹂躙することは未来の世代に深甚な影響を与える。善を前面に、〝世代間の不正義〟をストップすることが喫緊の課題なのだ。

 張旭東ニューヨーク大教授、上記の斎藤との対談(ともに第5夜)が俺にとってのハイライトだった。張は漢字、平仮名、片仮名の三つのシステムを持つ日本語の特質が、日本人の開放的な側面と曖昧さに繋がっていると指摘する。<日本人はあらゆるものを受け入れる余地はあるが、心象は一定のまま。来る者は拒まず、されど受け入れず>が両者の共通認識だった。

 斎藤との対話でまずガブリエルは<自然の人間化>を唱える。「他の動物も倫理的に考慮すべき領域の一部で、自然については精神のレベルで役割を果たすべき」……。この語った時、グレタさんの映像が背景に流れていた。自然と人間についての考察は、機会があれば改めて記したい。

 斎藤は日本に蔓延する相対主義、冷笑主義、ニヒリズムを憂い、社会に構築された高度のファイアウォールを抑圧的と感じている。この点についてガブリエルは<サイバー独裁>の一つの表現と理解し、来日時、<静寂が叫んでいるようだ>と東京を評していた。

 ガブリエルは詩的でインスピレーションに満ちた仮説を提示する。<人間の思考が感覚だったら>、<倫理とは人間の解放>etc……。俺がガブリエルに共感するのは、真理、平等、自由、倫理、正義、連帯という普遍的概念の再起動を志向しているからだ。今後もハードルの高さを顧みず、的外れを記すことがあるだろう。
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五輪延期、外出自粛~コロナ禍克服の道筋は?

2020-03-27 13:06:23 | 社会、政治
 先週末は中野通り、今週初めは上野公園で桜を鑑賞した。想定内とはいえ人出は少なく、上野は多く見積もっても昨年の20%ほど。寒かったこともあり、さほど興趣を覚えなかった。パンデミックは確実に人々の精神を停滞させている。

 今回は「欲望の哲学2020~マルクス・ガブリエルNY思索ドキュメント」(全5回、NHK・Eテレ)をメインに据えるつもりでいたが、五輪延期、小池知事の外出自粛要請とニュースが相次いだので予定を変更し、次稿に回すことにする。

 東京五輪は開催すべきではないと当ブログで繰り返し記してきた。3・11後、東北を4度訪れたが、その都度〝復興の道険し〟を体感したからだ。<汚染水はアンダーコントロール>の大嘘で実現させ、被災地に回すべき資金、資材、労働力を投入した東京五輪は、麻生財務相の言葉を借りるまでもなく〝呪われて〟おり、諸般の事情を勘案して中止に追い込まれるはずだ。

 前職時は仕事で見ていたが、退社後は五輪にチャンネルを合わせる機会が激減した。ロンドン大会など、ダニー・ボイル演出のロック色の濃い開会式しか見た記憶がない。〝国を挙げて〟というムードに辟易したのも、関心が薄れた理由だ。

 五輪には怪しい輩が跋扈している。「黒い輪」(ヴィヴ・シムソン&アンドリュー・ジェニングス著、広瀬隆訳)はスポーツ界の黒い実態を抉っていた。FIFAやIOCを牛耳るのは、フランコの子分だったサマランチ元IOC会長を筆頭に、ファシストの系譜を継ぐ者たちだ。手を血で染めた連中、金権主義者、企業が〝腐敗の輪〟を形成する構図は、東京大会でも変わらない。

 小池知事は自粛要請の先にロックダウン(都市封鎖)を見据えている。マクロン大統領の「外出禁止令」(16日)は意外にも好意的に受け止められている。<給与の8割補償、公共料金と住居費の無料化>を併せて発表したからだ。弱者を痛めつける日本、セーフティーネットを張り巡らすフランス……。彼我の国力と民度の差を見せつけられた。

 「不要不急」とは何だろう。友人、恋人との交遊、仲間との酌み交わし、将棋クラブや雀荘での対局が必要不可欠になっている人もいる。今週末は映画館も閉館になった。欧米のように競馬開催が中止になったら、真っ白な終末になってしまう。

 新型コロナウイルスは、<熱に弱い>という定説を覆し、欧州で比較的暖かいイタリアやスペインで猛威を振るっている。フィリピンで貧困救済に携わっている従兄も、当地の厳しい状況をFBで伝えていた。正体不明の新型コロナの本質に迫る「ウイルスVS人類」(NHK・BS1)は示唆に富んだ内容だった。

 パンデミック関連の著書のある作家の瀬名秀明氏を進行役に、専門家会議メンバーの押谷仁氏(東北大教授)と五箇公一氏(国立環境研究所室長)が論を進めていく。両者はともに、地球温暖化と気候変動に起因する生態系破壊が、新型コロナをはじめ未知のウイルスが次々に蔓延する最大の原因と見做している。背景にあるのがグローバリズムと南北問題で、途上国の工業化と自然破壊が、先進国にフィードバックしているのだ。

 220兆円規模を投入して新型コロナ封じ込めると発表した米トランプ大統領だが、地球温暖化には冷淡だ。明らかな手順前後で、本質的な解決に消極的である以上、パンデミックのたび巨費を投じるという負の連鎖から逃れられないだろう。気候危機対策と国民皆保険を掲げたサンダースこそ費用対効果の上でも大統領に相応しいはずだが、米国民の回答は「NO」だった。

 別稿(2月29日)で米科学ジャーナリストの論文の趣旨を紹介したが、五箇氏の見解も近い。即ち<生物多様性のホットスポット(保全の重要地域)が失われ、野生動物と人間の距離が縮まったことが新ウイルス発生の根本的な要因>……。押谷氏は<分断の克服>、五箇氏は<パラダイムシフト>をキーワードに挙げ、個々のライフスタイル、政治の仕組みをチェンジすることを説いている。

 国内でいえば外国人労働者や貧困者、国外でいえば衛生状態の劣悪な途上国の人々が適切な医療を受けられるよう負担をシェアすることが求められる。新型コロナは人類に「想像力に基づく共生の精神が芽生えなかったら、おまえたちは確実に滅びる」と警告を発しているのだ。サングラスに革ジャンの五箇氏のキャラが際立っていた。マルクス・ガブリエルが〝哲学界のポップスター〟なら、五箇氏は〝感染学界のロックンローラー〟か。
 
 ゴールデンウイークの帰省は叶わないかもしれない。母が暮らす老人施設はコロナ禍で出入り禁止になっている。1カ月後も状況は変わっていないだろう。
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弱者への無限抱擁と絶対的寂寥~石牟礼道子と水俣病患者を繋いだもの

2020-03-23 22:22:56 | 読書
 てめえら人間じゃねえ! 叩っ斬ってやる……。「破れ傘刀舟悪人狩り」のラストで刀舟(萬屋錦之介)はこう啖呵を切るや、悪い輩を斬り捨てる。この決め台詞を思い出し、自身の憤怒を重ねている方もいるのではないか。自殺した赤木さん(近畿財務局員)の手記と妻の憤りと悲しみに向き合わない安倍首相と麻生財務相は〝人間じゃねえ〟。

 この国には新型コロナより質の悪い〝アベウイルス〟が蔓延している。罹患したら私利私欲で公文書やデータを捏造し、嘘八百を並べ、レイプ犯さえ免罪してしまう悪性だ。俺は学生時代に高橋和己の愛読者だった佐川宣寿氏に淡い期待を寄せている。氏が<自己否定>し、摩耗した人間性を取り戻す……なんて奇跡は起きないだろうが。

 汚れ荒んだ俺の心を濾過してくれる本と出合えた。「評伝 石牟礼道子~渚に立つひと」(米本浩二著/新潮文庫)である。道子(愛と敬意を込め、以下も)の真実に迫る道筋を用意してくれた著者に心から感謝したい。著者の鮮やかな筆致、道子自身や取材対象者の言葉、俺自身の拙い表現が混淆してしまったことはご容赦願いたい。

 「苦海浄土」(1969年)を紹介した稿(18年5月2日)をアップした時、もどかしさを覚えていた。<水俣病の惨禍を知らしめたノンフィクション作家かつ活動家>という先入観を超える何かに気付けなかったからである。それは当然で、俺が読んだのは当怍だけだったからだ。

 道子と社会の距離感は家庭によって培われた。精神的打撃で壊れた祖母と寄り添い、施しを受けるため頻繁に訪れた物乞いとも一家は対等に接していた。近くの娼館の女郎たちにも可愛がられた。幼い頃に身に付けた〝弱者たちへの無限抱擁〟によって、道子は水俣病患者に寄り添うことが出来たのだ。

 2年前に召された道子は終生、自然児かつ童女だった。10代の頃、短歌、美声、画才で周囲を瞠目させ、代用教員を務めた。教え子のひとりが<道子の視線は真っすぐこちらに向かいながら、先も見ていた。先生はこの世とあの世のはざまにおられた。もうひとつのこの世からこちらを見ておられたのかも>と語っている。

 この証言は道子の本質を穿っている。「私のゆきたいところはもうひとつのこの世」と語る道子は前近代と近代、事実とフィクション、狂気と覚醒のアンビバレンツに引き裂かれていた。精霊や死者と交流するかのような姿を、何度も目撃されている。著者にとって道子は<未生のものと交歓し、幻視する作家>だった。  

 第1回大宅壮一ノンフィクション賞授与を辞退した「苦海浄土」について、道子と共助関係にあった渡辺京二は「道子の私小説」と定義し、<近代と遭遇することによって生じる魂の流浪こそ、彼女(道子)の深層のテーマをなしている>と語っている。道子は人間存在が背負っている深い未知の領域に降りていった。

 道子は若い頃から死に憑かれ、自殺を3度試みている。取材に訪れた米本に、84歳の道子は「寂しい」と泣いた。〝絶対的寂寥〟と〝闇底で進退窮まった人間〟と自覚する絶望を、道子は水俣病患者に重ねていた。

 道子は<観念の言葉では表現できない大きな沼のようなもの>を抱えていた。論理に縛られるのが近代なら、道子、そして水俣病に携わった者の多くは、<人と自然と神が共存した前近代的世界>に軸足を置いていた。近代と前近代の確執は、「苦海浄土」にも描かれている。1959年、数千人の安保反対のデモ隊が、300人ほどの漁民たちのデモ隊を吸収したと錯覚した場面だ。

 <あの時、安保デモは「皆さん、漁民デモ隊に安保デモも合流しましょう」とは言わなかった。水俣市の労働者、市民が、孤立の極みから歩み寄ってきた漁民たちの心情にまじわりうる唯一の切ない瞬間がやってきていたのであったのに>

 水上勉が「不知火海沿岸」(59年)で<白昼下に起きている企業殺人>と告発した水俣病だが、チッソを〝城主〟と見做す市民は人間の姿を失った患者を蔑んでいた。革新勢力は〝この国の近代の肉質が根底的に問われている〟ことを無視した。道子たちが厚生省に突入した際、全共闘や新左翼は支援していない。チッソ株主総会に、道子たちは「死民」や「怨」と書かれた白装束で参加している。運動は前近代的な情念に彩られていた。

 道子は立ち位置によって見え方が変わる巨大な蜃気楼だ。家族関係、関わったサークルや雑誌について書けば3稿分ぐらいになるが、割愛させていただき、文学的な評価を以下に記したい。小説、詩、短歌、俳句、随筆と膨大な作品を発表した道子は、マグサイサイ賞(アジアのノーベル賞)など数々の栄誉に浴している。高群逸枝、森崎和江の影響を受けた<他者に身を委ねて個を超えた表現>は、スベトラーナ・アレクシェービィッチ(ノーベル賞作家)と方法論が近い。

 渡辺は<フォークナーは意識的な前衛 石牟礼は天然の前衛>と評していた。道子の理解者のひとりは、「世界文学全集全30巻」(河出書房新社)責任編集者として日本から唯一、「苦界浄土」を選出した池澤夏樹だ。<営みの一切は魂の深さに関わっている>ことが基準になっている。

 グローバリズムは世界中で自然とコミュニティーを破壊し尽くした。道子は<谷中村-水俣-福島>を同一の視座で捉えている。さらに「原郷」として、母の故郷である天草に思いを馳せていたことは奉納した能に表れている。〝水俣のジャンヌ・ダルク〟と謳われ、シャーマンにも例えられた道子だが、渡辺の手料理に接するわがままな態度は贅沢な猫のようで微笑ましい。

 当稿を書いているうち、道子と母が同い年であることに気付く。そこに歌手、女優として活躍後、「ねむの木学園」を設立し福祉事業家に転身した宮城まり子さんの訃報が届いた。彼女もまた1927年生まれである。理想を追い続けた女性の死を悼みたい。
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「わたしは分断を許さない」~柔らかなナイフに心を抉られた

2020-03-19 23:49:20 | 映画、ドラマ
 ポレポレ東中野で先日、「わたしは分断を許さない」(2020年、堀潤監督)を観賞した。コロナ禍のせいか客席はガラガラである。〝柔らかなナイフ〟が作品の印象だった。

 東日本大震災と原発事故関連の報道を巡り、堀は上層部と軋轢を抱えていた。異動命令を拒否してNHKを退局後、フリージャーナリストとして世界を飛び回る。本作は数年にわたる取材活動の集大成といえるドキュメンタリーだった。堀は製作に当たり、<大きな主語で語らない>ことを肝に銘じたという。

 俺は16年前、会社を辞めることで自由になり、俺を取り戻すことが出来た。手段として用いたのは当ブログだが、本作を見て〝大きな主語で語りがち〟になっていることを反省している。

 分断の厳しい現実を追いながら、寄り添うように対象に接する堀に、想田和弘の方法論(観察映画)が重なった。堀は香港、福島、辺野古、東京出入国在留管理局、カンボジア、パレスチナ、ロサンゼルス、シリア、北朝鮮、そして安田純平氏、メディアの現状を追う。

 冒頭で、香港の街頭、若者と警官隊の攻防を映し出す。<善と悪>という図式で描くのではなく、対峙せざるを得ない哀しみを浮き彫りにする。「おまえも香港の人間だろう」と問われ、目に涙を浮かべる警官の姿を捉えていた。この場面は、ラストに繋がっている。

 水戸で暮らしていた久保田さんは原発事故後、子供の体内被曝を恐れ、〝狂っている〟となじる夫と離婚して沖縄に移住する。彼女の生き様に、晩節を汚した広河隆一氏を思い出す。同氏は福島の子供たちのため、沖縄に保養施設「球美の里」を創設したのだ。子供の健康状態のみならず、賠償金の有無や多寡を巡って分断が生じていたことを、3・11当時、美容師だった女性が語っていた。

 別稿(11日)で<日本は既に300万人以上の外国人が働く〝移民大国〟>と記したように、外国人を安い労働力と見做しているこの国だが、難民には厳しい。先進国では軒並み20%以上が認定されるが、日本では1%以下。クルド人独立運動家はトルコの顔色を窺う政府によって、非人道的な扱いを受ける。難民申請を却下され、苦しみの淵にいる女性たちの涙も印象的だった。

 分断の象徴というべきイスラエルによるパレスチナ弾圧を現地からリポートする堀は、アメリカに厳しい視線を据えている。「国際報道」(NHK・BS1)の米大統領選が興味深かった。イスラエル市民は圧倒的にトランプを支持しているが、民主党を警戒している。国連決議の励行を迫り世論に従いエルサレム遷都を取り消されると危惧しているのだ。

 パレスチナ人はサンダースに期待を寄せる。若い頃、キブツ(集産主義的協同組合)に滞在したサンダースは帰国後、公民権運動に参加した。パレスチナの活動家は<サンダースは選挙戦で国民皆保険、気候変動、奨学金問題と併せ、イスラエルを批判して若者の支持を得た。今回は厳しくても、民主党プログレッシヴがサンダースの思いを引き継いでいくだろう>と語っていた。ちなみに上記の広河氏もキブツを訪れている。

 閑話休題……。堀はロサンゼルスでデモを目撃する。イスラエル国防軍への300億㌦もの援助追加に反対する人たちである。決めたのはオバマ前大統領だ。イスラエル市民が不信感を抱く民主党だが、オバマは〝史上最悪の武器商人〟で、表の顔とは違う。本作で唯一〝ヒール〟扱いをされていた。

 一帯一路の浸透は凄まじく、中国資本はカンボジアの光景を一変させた。中国人観光客の乗るクルーズに、子供たちが漕ぐ舟が近づき、「お金頂戴」と声を掛ける。ヒラヒラ落ちてきた紙幣を、子供たちが網でさらうのだ。ちなみにアジア各国は、庶民に行き渡らない富と同時に、独裁も中国から輸入している。

 内戦が続くシリアからの難民が暮らすヨルダンで子供たちのケアを行う日本のNPOの一員は、身の危険を賭して故郷に変える一家の決断に涙ぐむ。日朝友好を目指して平壌を訪れた大学院生の思い、メディアの忖度と自己規制の危うさを切々と説く故むのたけし氏の言葉が心に響いた。

 ラストで、辺野古移設反対を訴える久保田さんが、排除する機動隊員に笑顔で語り掛けていた。個の人間としてわかり合えると信じているのだ。彼女の思いは堀の願いでもある。一方でコロナ禍は、弱い者を鞭打っている。この国では格差という分断が、冷酷な政府によってより深刻さを増すはずだ。
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コロナ、予備選、将棋、麻雀、ドラマ~初春の雑感あれこれ

2020-03-15 19:25:41 | 独り言
 地下鉄で咳をしたら、隣の女性が席を立った。俺は見るからに小汚い還暦ジジイだから当然だと思う。今回は初春の雑感を記したい。まずは新型コロナについて。

 別稿(2月29日)にも記したが、米国の科学ジャーナリストは<生態系の崩壊で野生動物とヒトとの距離が縮まったことで、新しい病原体が発生する可能性が高まった>と警鐘を鳴らしていた。チェック体制の拡充は喫緊の課題だが、気候危機に向き合わないと更なるパンデミックを防げないだろう。

 マルクス・ガブリエルは<SNSは自由と民主主義の阻害物>と語っていたが、そこに新型コロナも加わった。私権の制限に踏み込んだ特措法改正案が成立したが、欧米でも事情は変わらない。日本だけなら自粛の連鎖、買い占め横行と併せ、〝同調圧力と集団化〟を批判したに相違ないが、新型コロナに限っては万国共通だ。

 データ改竄でアベノミクスの失敗を隠蔽してきた安倍首相と同様、好景気を再選の軸に据えているトランプ大統領もアタフタしている。貧困大国アメリカで、ホームレスは低く見積もって60万人弱。シアトルのある地区では住民の25%が車上生活者だ。新型コロナが最初に直撃するのは、保険未加入(3000万人近く)の下級国民だ。

 コロナ蔓延は民主党予備選でサンダースに有利に働くとの声もあるが、下級国民は選挙人に未登録だから影響は小さい。予備選の流れを変えたのはニューヨーク・タイムズが先陣を切った<サンダースではトランプに勝てない>キャンペーンで、国民皆保険を訴えるサンダースに共感していた人もスーパーチューズデー直前、投票先を変えた。

 民主党指導部の意を受けたメディアが先日、〝サンダース、撤退か〟という記事を流した。露骨な民意誘導だが、「デモクラシーNOW!」はサンダースの衰えない闘志を伝えている。以下に要旨を。

 経済的不平等、医療機関へのアクセス、気候変動危機など、進歩主義はイデオロギーとしてだけでなく、世代的にも勝っている。私は民主党指導部に「将来も勝ちたいなら、この国の未来を支える世代の票を獲得する必要がある」と言いたい。そのためにも〝トランプ相手には勝てない〟というネガティブキャンペーンに立ち向かっていく……。

 〝政治はベターの選択〟という〝まっとう〟な考え方に則って〝小異を捨てる〟という方針で動いているうち、<格差と貧困>まで〝小異〟になり、生活苦に喘ぐ庶民の思いを代弁する政治家が消えた。コービン(労働党党首)とサンダースが社会主義を掲げて支持を広げたのと対照的だ。

 この国では〝寄らば大樹の陰〟で魂をなくした政治屋が幅を利かしている。国会が貴族の巣窟になった最大の理由が高額な供託金制度であることは、当ブログで繰り返し記してきた。〝小異〟にこだわる山本太郎れいわ新選組代表が、〝大同につく〟守旧派に嫌われるのも当然か。ちなみに、山本とサンダースには共通点がある。それは弱者の側に立つことを明確にする熱い演説だ。

 話を軟らかくする。将棋界では順位戦各組の昇級者が決定した。藤井聡太七段(C1⇒B2)を筆頭に新陳代謝が著しい。棋界の空気は常にフレッシュだが、ベテランは逆風に曝されている。木村一基王位と久保利明九段はA級からB1に降級し、谷川浩司九段もB2に降級した。タイトル100期まで1と迫った羽生善治九段も、挑戦への道は険しい。

 3カ月のタイムラグで観戦した麻雀最強位戦ファイナルで鈴木大介(プロ棋士、九段)が優勝した。決勝卓を囲んだ金子正輝、近藤誠一(ともに最高位戦)、堀慎悟(麻雀協会)の強豪プロ相手に完勝したことは一将棋ファンとして嬉しいが、体を張っている麻雀プロたちは忸怩たる思いを抱えているはずだ。全局を見たわけではないが、打ち筋が印象的だったのは上記の堀、そしてアマの山越貴広だった。今後も時差中継で〝発見〟を楽しみたい。

 真木よう子主演「ファーストラヴ」(BSプレミアム)と松重豊主演「父と息子の地下アイドル」(WOWOW)は、ともに家族に照準を当てた単発ドラマの佳作だった。両局制作のドラマには外れがない。一方で、馴染みの「相棒」は〝当たり〟が少なかった。亀ちゃんが一時帰国し、杉下警部と絡むなんてエピソードを心待ちにしている。
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「レ・ミゼラブル」~憎悪の根は断てるのか

2020-03-11 17:52:24 | 映画、ドラマ
 奨励会三段リーク最終日、西山朋佳三段(女流3冠)は連勝で14勝4敗で日程を終えるも、昇段した2人と相星で次点となり、女性棋士誕生はならなかった。終局後、悔し涙を浮かべていたという西山は年齢制限まであと3期。次点2回で昇段という規定もあり、チャンスは残っている。

 東日本大震災から9年。犠牲になった方への哀悼の意を改めて評したい。この間、東北を訪ねるたび、復興への道程が険しいことを実感した。原発事故直後は変化の兆しを覚えたが、旧に復した。政官財は再起動に拘泥し、堕落を露呈した記者クラブは、政権に刃向かう望月記者を叩いている。

 この国はクチクラ化し、再生の道は見えない。脱原発だけでなく、気候危機への対応でも世界の後塵を拝している。「再エネ100%をめざせ!」(NHK・BS1)は、世界標準になった再エネを志向する企業に投資先を限定する銀行が増えていると報じていた。既得権益を守るための規制が、日本を滅亡へと導いている。

 パリの移民社会を描いた「レ・ミゼラブル」(19年、ラジ・リ監督)を新宿で見た。舞台のフェルメイユは監督の出身地である。同名の作品はヴィクトル・ユーゴーの原作に基づいており、トム・フーバー監督版(12年)は記憶に新しい。カンヌで「パラサイト 半地下の家族」とパルムドールを争った本作だが、コロナ騒動のさなか客席はガラガラだった。

 本作にはジャン・バルジャンも司教もジャベールも登場しない本作は、字句通り移民たちの〝ミゼラブル〟な状況を映している。キーワードは彼らが暮らす<団地>で、重点的にパトロールする犯罪対策班(BAC)と住民たちとの間に憎悪と不信が渦巻いている。権力をカサにきた凶暴なクリス(アレクシス・マネンティ)、真面目なグワダ(ジェブリル・ゾンガ)のチームに、冷静なステファン(ダミアン・ボナール)が加わった。

 本作に重なったのは昨年6月に開催された「脱成長ミーティング」だ。テーマは<移民社会の現実と課題~欧米と日本>で、報告者はフランスの移民社会を研究する森千香子さん(一橋大大学院准教授)である。
 
 冒頭はW杯優勝に沸く凱旋門周辺の喧騒で、群衆の中には本作で重要な役割を演じる少年たちがいた。彼らのアイドルは、同じ環境で育ちW杯で活躍した移民2世のエムバペである。大会期間中は〝フランス人〟というアイデンティティーを保てたが、熱狂が去ると先が見えない生活が待ち受けていた。

 閉塞状態で喘ぐ移民たちが描かれていたが、森さんによると、外国人の国籍獲得が難しい日本と対照的に、フランスでは移民が市民権を得て政治に参加することも可能だ。団地のイスラム教徒が自治体選挙で一定の票を獲得したケースを森さんは報告していた。一方で、社会的公正を主張するイエローベスト運動は排外主義に抗議する声と重ならず、冷ややかに眺めているム}スリムも多いという。

 ライオン盗難事件など、描かれたエピソードの多くは実際に起きたことだ。人種も多岐にわたる団地では様々な勢力が角突き合わせ、BACとの距離感も異なる。サーカス興行にやって来たロマともトラブルが生じ、些細な悪戯が深刻な事態に繋がった。大人たちの思惑をよそに、少年たちが怒りを爆発させる。ラストは「シティ・オブ・ゴッド」以上の衝撃だ。

 サッカーで絆を紡ぐ少年たちの中には、ドローンを使いこなしてBACを翻弄する〝知性派〟もいる。エピローグに流れる「レ・ミゼラブル」の言葉<悪い草も人間もない。育てる者が悪いだけだ>は示唆に富んでいた。〝育てる者〟とは、家族、社会、それとも国……。見る側に問い掛けている。

 本作をヒントに、日本の現実を考えてみた。たまたま見たニュースで、長野県の農業関係者の苦悩を知る。コロナの蔓延で中国からの技能実習生の入国が困難になり、レタスが収穫出来ないという。他の産業も同様で、日本は既に300万人以上の外国人が働く〝移民大国〟なのだ。外国人に支えられている日本は、市民権(選挙権)や保険など制度的な整備が求められている。
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スーパーチューズデーが穿つアメリカの真実

2020-03-07 11:57:10 | 社会、政治
 「華氏119」(2018年、マイケル・ムーア監督)は冒頭、ヒラリー・クリントンを大統領候補に指名した2016年民主党大会を映し出す。投票結果改竄を白日の下に曝したが、精査を求めなかったバーニー・サンダースの支持者の一部は離反した。

 〝次はない〟と党指導部を安堵させたサンダースだが、健康不安を抱えながらも再度、名乗りを上げた。サンダース旋風が一過性でないことを当人が自覚しているからではないか。2011年春、言論の自由の制限と資本家の更なる収奪を固定化する反組合法に抗議し、10万人規模のデモが各州の議事堂を包囲した。主役を演じた10代と大学生の思いは同年秋以降のウォール街占拠に引き継がれる。

 その後も銃規制など様々なテーマを掲げるムーブメントが奔流を形成し、中間選挙や自治体選挙における民主党プログレッシブ躍進を生む。背景にあるのは格差と貧困、中産階級の崩壊で、「繁栄からこぼれ落ちたもうひとつのアメリカ」(ダイヤモンド社)などに詳細に記されている。

 「デモクラシーNOW!」に結集する知識人は<反組合法=国家と資本家による階級闘争>と規定していたが、逆ベクトル(民衆による階級闘争)が生じるのは当然の成り行きだ。「国際報道2020」(NHK・BS1)は、アメリカの多くの若者が資本主義より社会主義の方がましと考え、70%以上が社会主義者(サンダース)に投票する用意があるとリポートしていた。今回の選挙はともかく、潮流は変わらない。サンダース旋風はアンストッパブルだ。

 サンダースは国民皆保険、教育の無償化、気候危機への対応、マイノリティーの人権尊重を訴え、返す刀で保険会社、製薬会社、ウォール街を斬って捨てる。民主党指導部の本音、<サンダースがトップでも代議員数が50%以下なら、党大会で別の候補を選ぶ可能性がある>をリークしたのはニューヨーク・タイムズだった。

 民主主義の自殺行為だが、権威あるメディアの影響力は凄まじい。<社会主義を掲げるサンダースはトランプに勝てない>とのキャンペーンが急速に広がり、CNNのスーパーチューズデー開票速報のキャスターは「この72時間で空気が一変した」と分析していた。

 民主党指導部はブルームバーグだけでなく、次善の策としバイデンを用意していた。知名度トップのバイデンが緒戦で低迷したのは、魅力に欠けるからという。ちなみに、俺がバイデン副大統領の〝実績〟で思い出すのは3・11から5カ月の来日だ。バイデンは政官財に「原発を守れ」と号令を掛けたとみられている。

 今回の予備選で感じた点が二つある。第一は指名獲得への道程が日本で正しく伝えられていないこと。共和党は勝者が各州の代議員を総取りするが、民主党は15%の票を得た候補に分配される。「バイデン、大票田のテキサスを制す」と見出しが躍っても、獲得代議員数はバイデン42、サンダース38と僅差だ。

 第二に、空気が短期間で乱高下すること。序盤で耳目を集めた伏兵ブディジェッジは瞬く間に息切れした。莫大な資金を投じ支持率2位まで急上昇したブルームバーグは討論会で本性を露呈し失墜する。バイデンは明らかに上げ底人気で、お得意の〝失言〟で崩れる危険を背中合わせだ。

 サンダースはラテン系を巻き込んでいるが、黒人層への浸透でバイデンに後れを取っている。焦りの表れか、オバマを利用した勇み足のCMが命取りになるかもしれない。ウォーレンは前回撤退時、ヒラリー支持を明らかにした。さすがに今回は、時に共和党重鎮と投票行動を共にする中道右派のバイデンに魂を売れないだろう。

 〝絶対的ヒール〟の存在もあり、米大統領選は実に面白い。トランプは<ウォーレンの撤退が3日遅れたことで、サンダースが不利を被った>とツイートしている。保守派が懸念するように、トランプの人間に流される傾向があり、習近平、プーチン、金正恩との距離感に端的に表れている。

 4年前、勝ち目なしの下馬評でヒラリーを破ったトランプはバイデン、ブルームバーグを小物扱いしていたが、サンダースを強く意識している。WWE「レッスルマニア」でオースチンのスタナーを浴びてリングで大の字になったエンターテイナーのこと、サンダースとの対決を〝面白い〟と感じているのではないか。

 最後に……。3月20日に予定されていた反原発集会(亀戸中央公園)が中止になった。恒例のブース出展にスタッフとして参加するつもりだったので残念でならない。「自粛NO」をアピールしたいとの声もあるだろう。主催者にとって苦渋の決断だったと思う。
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「オーガ(ニ)ズム」~サーガは柔らかく閉じられた

2020-03-04 10:42:26 | 読書
 バイデン前副大統領がサウスカロライナ州民主党民主党予備選で圧勝した。最大の勝因は〝オバマ大統領〟で、同州では黒人が民主党支持者の60%を占める。オバマを8年間支えたバイデンを、有力な黒人下院議員がバックアップした。開票が始まったスーパーチューズデーについては次稿に記したい。党と大手メディアが主導したネガティブキャンペーンが効いたのか、サンダースは苦戦を強いられている。

 在任中のオバマが登場する阿部和重著「オーガ(ニ)ズム」(2019年、文藝春秋)を読了した。850㌻の長冊である。島田雅彦著「無限カノン三部作」とともに<21世紀日本文学のツインピークス>に挙げてきた「シンセミア」は、「ピストルズ」、「オーガ(ニ)ズム」と続く<神町トリロジー>第1怍で、連載開始以来、20年の歳月を経てサーガは完結した。
 
 舞台の山形県東根市神町は阿部の故郷で、風光明媚な果樹園の町として知られる。阿部は虚実を織り交ぜ、2500㌻超のトリロジーを完成させた。「オーガ(ニ)ズム」は前2作同様、日米関係の歪みを軸に据えている。遷都された神町を訪れたオバマが暗殺の危機にさらされるのだ。ちなみに阿部は「幼少の帝国」で、敗戦直後にマッカーサーと昭和天皇が会見した時の写真が、日本人の成熟拒否の原点と捉えていた。

 トリロジーには含まれないが、「ミステリアスセッティング」が起点になっていた。スーツケース型核爆弾らしきものの爆発で国会議事堂が崩落したことが遷都のスタートで、なぜか神町津が選ばれた。「オーガ(ニ)ズム」の主人公は阿部自身で、長男・映記とともに神町に向かう。そこでは妻の川上がオバマ訪日に合わせて映画を撮影中だった。阿部の妻は映画監督ではなく作家の川上未映子で、「ヘヴン」をはじめ4作をブログで紹介している。

 阿部父子と同行するのは、血まみれで部屋に闖入し居候したCIAケースオフィサーのラリー・タイテルバウムだ。前2作にも登場する菖蒲家は1200年以上の歴史を誇る一族で、アヤメメソッド(幻術)を用いて世界を攪乱する。菖蒲家はラリー、そしてチームの仲間など、CIAの腕利きを手玉に取ってきた。

 法と権力が及ばないサンクチュアリ。そしてシェルターに特化した天皇家……。これが菖蒲家のイメージだ。アヤメメソッドの正統継承者である四女みずきは、「家族がアメリカに苦汁をのまされてきた」との反米感情に支配されている中学生の田宮光明に接近する。

 みずきと光明、そしてオバマとの〝不可視の歴史に導かれた遭遇〟が本作のクライマックスといえる。オバマは理想家というより夢見がちなオタク中年として描かれていた。第2作からの流れで〝由緒ある〟拳銃を手にしたオバマは事件を起こす寸前、踏みとどまる。トランプとの不愉快な出会いも描かれていた。

 CIAと阿部、そして神町の裏社会を仕切る麻生一族は協力してスーツケース型核爆弾を追う、サウジアラビアとイスラエル、イランと北朝鮮の諜報員らしき男たちが闊歩し、シリアスなサスペンス風に進むが、エンターテインメントの要素が強い。ラリーと阿部、そして阿部父子のユーモア溢れるやりとりが滑車になって、ページを繰る指が止まらなかった。

 傍若無人のラリー、無理難題を唯々諾々と受け入れる阿部……。俯瞰すれば両者の関係は現在の日米そのものだ。阿部の卑屈なモノローグには、〝属国〟という表現が織り込まれている。だからこそ、ラスト(二十数年後)の両国の位相の転換が鮮烈なのだ。

 「シンセミア」における神町は、倒錯、暴力、薬物依存と悪徳が蔓延るソドムとゴモラの如くで、ラストの洪水は神の怒りと受け取れた。「オーガ(ニ)ズム」の真っ赤なオーロラは、菖蒲家の勝利のメタファーなのかもしれない。前2作に〝カタストロフィ-のカタルシス〟を感じたが、本作では<支配-被支配>から<絆>へと基調が転じ、サイモン&ガーファンクルの「アメリカ」で柔らかく幕を閉じた。

 あと1週間で3・11から9年が経つ。<メタフィクション>に分類される本作では、東日本大震災と福島原発事故は〝なかった〟ことになっている。〝あった〟が前提なら、東北に遷都する設定はあり得ない。監督を目指した阿部らしく、映画についての造詣の深さが行間に滲んでいる。壮大なサーガを書き終えた阿部の進化と深化を期待したい。

 在庫はたっぷりのはずが、マスク、トイレットペーパー、ティッシュペーパーは品切れで、百貨店や商業施設では、消毒薬やトイレットペーパーの持ち去りが後を絶たない。本作ではアヤメメソッドの絶大な力が描かれていたが、人々はパンデミックにかこつけたメソッドに操られているのだろう。
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