酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「労働者階級の英雄」マニックスの成熟

2007-05-31 18:32:03 | 音楽
 ここ数日、マニック・ストリート・プリーチャーズの8thアルバム“Send Away The Tigers”を聴き込んでいる。

 前作“Lifeblood”は、ミルクに浸されたパンのように、柔らかで浮遊感のあるアルバムで、クチクラ化した俺の皮膚にしっとり染み込んだ。“Send Away The Tigers”は前作のトーンを継承しつつ、従来の躍動感も甦えらせている、♯5“The Second Great Depression”では最近の状況を<長く続いた2番目の鬱>と表現していた。バンドは新作をリスタートの起点と位置付けているようだ。

 マニックスの魅力はアンビバレンツだ。暴力的でスキャンダラスなのに、知性に溢れている。風貌に合わないソプラノを厚いビートに絡ませるジェームズの右、ニッキーが妖しさを振りまく。ピカデリーサーカスの男娼のようないでたちで聴衆を挑発する。

 リッチー失踪(現在も消息不明)で悲劇性を纏ったマニックスは、4th“Everything Must Go”(96年)~5th“This Is My Truth Tell Me Yours”(98年)でブレークする。文学青年ジェームズ、高名な詩人を兄に持つニッキーが豊穣なメロディーに知的でラディカルな詩を乗せた。攻撃性とリリシズムの融合で、「UK国宝バンド」の称号を獲得した。

 “Send Away The Tigers”は11曲+日本盤ボーナス3曲で計47分とコンパクトな作りだが、捨て曲がなくクオリティーの高いアルバムだ。ブレア批判をも詩に込めたタイトル曲の♯1、負け犬とフリークスへの賛歌といえる♯2、カーディガンズのニナをゲストに迎えた♯3、イラク戦争とロシア革命にインスパイアされた♯6と、マニックスらしいメッセージ性とドライブ感に満ちた曲が続く。

 憂いを秘めた♯4“Indian Summer”は、日本語に訳せば小春日和で、晩年を意味する。♯10では、♪俺達が命がけで守ったものが、俺の周りで崩壊していく(ライナーノーツ:児島由紀子訳)と歌っていた。全編を通し、内省、老い、諦念が漂っている。マニックスは本作で、<清冽と成熟>という新たなアンビバレンツを獲得した。

 マニックスは革命的左翼のSLPを公然と支持するなど、尖鋭な姿勢を隠さない。パ-ル・ジャムやレイジ・アゲンスト・ザ・マシーンとともに、言動に説得力がある数少ないバンドの一つだ。♯11でジョン・レノンの「労働者階級の英雄」をカバーしているが、現在のUKでこの曲を演奏する資格のある唯一のバンドだと思う。

 エキストラ映像のシャープなパフォーマンスに、マニックスの意気込みが窺えた。彼らの立ち位置はソニック・ユースと共通している。格とか量的な競争を超越し、永遠のパンクスとして活動を続けていくに違いない。サマソニはパスするが、単独公演には足を運びたい。<世界で最も涙腺を刺激するバンド>に心地よく濡れることができるだろう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

政界は清水にあらず~松岡農水相の死に思うこと

2007-05-29 09:29:38 | 社会、政治
 昨日(28日)、松岡利勝農水相が自殺した。緑資源機構関連など、松岡氏が疑惑まみれであったことは報じられている通りだが、死者に弔意を示すのは日本文化の美徳である。ご冥福をお祈りしたい。

 安倍首相と皇太子が日本ダービー観戦(27日)に東京競馬場を訪れたが、管轄大臣の松岡氏は同行しなかった。晴れがましい場を避け、老母への別れと墓参に時間を割いた辺りに、氏の覚悟が窺える。

 松岡氏が衆院選(90年)に初出馬した際の演説がオンエアされていた。いわく<政界の汚れた水を一掃するため立候補した>……。氏が濾紙でなかったことは、「ナントカ還元水」発言からも明らかだ。この17年、濁水の底を亀のように這い続けてきたのだろう。

 「淀んだ政界池」の住人があれこれ語る中、異彩を放っていたのは、「身をもって償ったという意味で、松岡氏も侍だった」という石原都知事のコメントである。氏が武士(もののふ)であったかはともかく、必要だったのは拝一刀のような介錯人だったはずだ。

 <松岡氏に司直の手は伸びていなかった>との安倍首相の発言を、野党は追及するべきだ。三権分立の原則がまやかしで、検察の動きが官邸に伝わっていることを一国の総理が露呈した。超弩級の失言だと思う(注=コメント欄に訂正あり)。

 安倍首相の祖父は、ペンに叩かれながらも安保を通した岸信介元首相である。メディアへの生理的反感ゆえ松岡氏をかばい続けたと誤解していたが、真相は氏の自殺後に明らかになる。

 間近に迫った世界貿易機関(WTO)の会議で、日本の農業は深刻な事態を迎えるという。7月の参院選で自民党が農家票の目減りを食い止めるためには、松岡氏の存在感に頼るしかなかったというのが続投の理由だった。いわば党利党略である。事情を理解しながら報道しなかったメディアに憤りを覚えた。

 29日付朝日朝刊1面に世論調査の結果が掲載されている。内閣支持率が急落し、参院選でも自民と民主が大接戦を展開しそうだ。松岡氏の自殺が追い打ちを掛ける可能性も高い。民主は自民のダミーだが、「淀んだ政界池」の水を入れ替えるためだけでも政権交代は必要だ。淀んでいるからこそ、松岡氏が大きな力を持ちえたのだから……。

 残念なことに、ベネズエラでも腐敗が進んでいる。チャベス大統領が掲げる「新しい社会主義」は支持するものの、親米的な民放局(RCTV)に閉鎖命令を出すという暴挙に失望した。チャベスは<CIA―資本家―軍>が連携したクーデターで官邸を追われながら、国民の絶対的支持を背景に復権する(02年)。<清水で泳ぐアユ>だったチャベスは5年後の今、<泥池のナマズ>になりつつある。

 <権力は必ず腐敗する>……。英国の歴史家アクトン卿の言葉は、永遠の真理といえるだろう。ちなみに<水清ければ魚棲まず>とは、潔癖すぎると人は寄りつかないという意味だ。清濁併せ呑む日本の政治家たちには、孔子の遺訓はさぞかし心強いことだろう。

コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第74回日本ダービー~オヤジと王子のワンツーなるか

2007-05-27 01:06:56 | 競馬
 最近のスポーツ界の話題は、15歳8カ月でプロツアーを制した「ハニカミ王子」石川遼だ。この快挙を競馬に例えれば、2歳馬が秋の時点で、古馬重賞を制するようなもの。現実になれば競馬サークルは引っくり返るだろうが、今回のダービーも地殻変動の可能性を秘めている。

 まずは、ウオッカのダービー参戦。エアグルーヴを管理した伊藤雄二氏(元調教師)は否定的な見解を示していた。「職人=伊藤」と「理論派=角居」のギャップとみるべきだが、エアグルーヴは古馬になり、天皇賞秋Vなど牡馬トップクラスと伍していた。ウオッカがエアグルーヴ級なら牡馬クラシックを制しても不思議はないが、問題は血統的背景だ。ヴィクトリーが先行すればスタミナが要求されるレースになる。ウオッカの死角はマイラーの母系の血で、2400㍍のダービーでは厳しいとみた。

 アドマイヤオーラの<武豊⇒岩田>の乗り替わりも大きな話題になった。「武豊至上主義者」近藤利一オーナーの指示だけに衝撃は大きかった。あれこれ詮索されているが、近藤オーナーが「情」にほだされたことが、乗り替わりの真の理由のような気がする。

 皐月賞に向け、リーディングのトップを走る岩田がオーラの調教を担当した。主戦を務めたヴィクトリー(英子夫人の所有馬)は、田中勝に乗り替わって皐月賞を制する。岩田の黒子に徹する姿勢と非運に、人情家のオーナーが心を動かされたのは想像に難くない。

 藤田は「政治騎手」(樋野竜司著)で、「いかにいい馬に乗るかが騎手の勝負」と公言していた。昨年までヒエラルヒーの頂点に立っていた武豊が、地方出身で自分より若い岩田にその地位を脅かされているのは事実だ。今回の結果にかかわらず、騎手の世界が戦国時代に突入することを期待したい。

 長々と書いたが、ダービーの予想を。血統、ローテ、調教を勘案して、フサイチホウオー、ナムラマース、ヴィクトリー、ゴールデンダリアの4頭を選んだ。妙味を覚えるのは、皐月賞完敗で人気を落としたナムラマースか。ラジオNIKKEI杯2歳Sでフサイチの不利を受けたが(3着)、差のないレースをしている。鞍上の藤岡佑の強みは無欲だ。競馬界にも「王子」は誕生するだろうか。

 結論。◎⑮フサイチホウオー、○⑪ナムラマース、▲⑰ヴィクトリー、△④ゴールデンダリア。単勝は⑪1点。馬連は⑪⑮、④⑮、⑪⑰の3点。ワイドは④⑪1点。3連単は⑮1頭軸<⑮・⑪・⑰><⑮・⑪・⑰・④><⑮・⑪・⑰・④>に、(⑮>④)の縛りを掛け計12点。

 最年長(アンカツ)と最年少(藤岡)がワンツーすれば馬券は取れる。妄想が現実に合致することはあるだろうか。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エピローグの光芒~インザーギの嗅覚に脱帽

2007-05-24 09:00:33 | スポーツ
 UEFAチャンピオンズリーグ決勝は、「イスタンブールの奇跡」の再現となった。雪辱に燃えるミランだったが、試合を支配したのはリバプールの方だった。

 リバプールはミランの攻撃起点であるカカとセードルフを抑え込んだ。ボールへの働き掛けでも上回っていたが、ネスタとガッツーゾが体を張ってリバプールの攻撃を削っていた。<優位な時間にリードしないと流れは変わる>……。勝負事の鉄則通り、前半終了直前、ミランが先取点を奪う。ピルロのFKにインザーギが反応し(偶然?)、ネットを揺らした。

 後半もリバプールが押していたが、またもやインザーギの嗅覚にしてやられる。後半37分、オフサイドトラップをかいくぐり、2点目をゲットする。リバプールの反撃を1点で食い止め、ミランが7度目の「ビッグイヤー」を獲得した。内容と結果が異なることは、スポーツではままあることだ。勝利の女神はきっと、2年前のミランへの酷い仕打ちが後ろめたかったのだろう。

 欧州サッカーを真剣に見るのはNFL終了後の2月からだが、熱狂ぶりにはいつもながら圧倒される。サポーターにとってチームとは、忠誠を捧げアイデンティティーを抱く対象なのだ。

 ひねくれ者でデラシネの俺が、マンチェスターに生まれていたら……。ユナイテッドかシティーのサポーターになり、オアシスを聴くという「当地の常識」を逸脱したはずだ。リバプールとかアーセナルをこっそり応援し、屈曲したブラ-のファンになったに違いない。

 各国リーグはリーガ以外、決着が付いている。セリエAではペナルティーと無縁だったインテルが独走した。来季はミラン、1期で昇格したユベントスとともに、「お約束」の三つ巴を展開するだろう。プレミア勢はマンチェスターUがリーグV、チェルシーがFAカップ、リバプールがCL決勝進出と、3チームが「実」を得た。ケガ人続出で低迷したアーセナルを含め、来季以降も4強の熾烈な戦いに期待したい。

 リーガではRマドリードが首位に立っている。堅過ぎる戦術で非難の的だったカペッロだが、心技体すべてでチームを立て直した。名将は来季、ユベントスに戻るのだろうか。2位バルセロナに逆転の目はあるが、今季は「金属疲労」が隠せなかった。

 「ロナウジーニョ退団⇒ミラン入り」の噂も気になる。ミランには既に、ブラジル代表のロナウドとカカがいる。W杯を見る限り、ロナウジーニョは自国選手との相性が良くないのではないか。実利優先のセリエAより、ファンタジー重視のリーガの方が、間違いなくロナウジーニョに向いている。かといって、レアル入りだけは勘弁してもらいたいが……。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

記憶にまつわる恋愛譚~映像ニューウェーヴの輝き

2007-05-22 00:30:45 | 映画、ドラマ
 録画しておいた映画を2本続けて見た。シネフィル・イマジカで放映された作品である。「エターナル・サンシャイン」(04年、米)と「愛してる、愛してない…」(02年、仏)は、ともに記憶にまつわる恋愛譚だ。前者は時間を行き来し、後者は主観が入れ替わる。斬新な手法でサスペンスの要素も濃く、巧みな編集とカメラワークで結末まで引き寄せられていく。

 興趣を削がぬよう、ストーリーの紹介は最低限にとどめたい。まずは鮮烈な映像で彩られた「エターナル・サンシャイン」から。

 バレンタインデーの朝、ジョエル(ジム・キャリー)は仕事をさぼり、モントークに向かう。海辺でクレメンタイン(ケイト・ウィンスレット)と出会い、ニューヨークに戻る列車で恋に落ちた。シャイなジョエル、積極的なクレメンタイン……。好対照の男女が織り成す「ボーイ・ミーツ・ガール」は<宿命に導かれたデジャヴ>だった。

 見知らぬ男(記憶除去技師)が車のドアを叩くと、ロマンチックはいきなり暗転する。ベックの「永遠の想い」とともにクレジットが流れるという珍しい趣向で、過去に遡っているのか、現在進行形なのか、ジョエルが泣き顔でハンドルを握っていた。

 フランスでは記憶からトラウマを消し去る研究が具体化しているが、本作も似たシチュエーションが準備されている。幻想と記憶が交錯する中、ジョエルはクレメンタインの思い出を辿り、潜在意識の迷路を彷徨う。記憶に支えられた愛の質感が胸を打つ。

 「愛してる、愛してない…」は、メルヘンチックな冒頭とホラー的結末のアンビバレンツが印象的な作品だった。画家の卵アンジェリク(オドレイ・トトゥ)は、一本のバラをきっかけに心臓外科医ロイック(サミュエル・ル・ビアン)に憧れを抱く。記憶の断片をデッサンして完成させた「狂気の愛」は、ロイックにとって無地のキャンバスに過ぎなかった。

 大学生の頃、いしいひさいちの4コマ漫画にハマっていた。純情な乙女が「愛してる、愛してない…」と呟きながら、テントウ虫の足をちぎっていく一編が記憶に残っている。「天使のような」という名のアンジェリクも、残酷な花占いに興じ、「愛の兇器」でロイックを追い詰めていく。

 打算や欲望で組成された愛は、薄汚れてはいるものの安全だ。純度の高い愛は孤独、絶望、憎しみと背中合わせで、遠心力が付けば狂気に至る。「愛してる、愛してない…」はアルモドバルが追求する<壁の向こう>に連なる作品だった。

 「エターナル・サンシャイン」と「愛してる、愛してない…」は優れた「愛の寓話」で、米仏それぞれが築き上げてきた伝統を感じさせてくれる。映画については「温故」に偏りがちな俺だが、新しい息吹に触れることができて幸いだった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

出遅れ娘でオークスを

2007-05-19 00:49:47 | 競馬
 家族が「事件の現場」になっている。この1週間、会津若松の母殺し、長久手の立てこもりが全国に波紋を広げた。音を立てて崩れる家族はニュースになるが、日々傾く家族は数知れない。紐帯の欠落、愛の喪失、生活の逼迫……。数種類のシロアリが家族を蝕んでいる。

 希薄になった家族だが、競馬界では濃度を保っている。親子、兄弟騎手は中央と地方で毎年のように誕生している。先週コイウタでヴィクトリアマイルを制した奥平雅士師の義父は、名伯楽と謳われた奥平真治元調教師だ。競馬の世界は人馬とも、家族を軸に回っている。

 さて、オークス。ウオッカがダービー参戦、ダイワスカーレットが熱発と、女王に相応しい2頭が回避してしまう。飛び抜けた存在が消えた以上、今回も大波乱の可能性が大きい。

 皐月賞とVマイルは前残り、NHKマイルは後方一気と極端な展開だった。強い馬は自在性、うまい騎手は好位抜け出し……。この<優等生パターン>が、<山っ気タイプ>の騎手が駆る人気薄の馬に崩されている。

 <アマノチェリーラン=池添>もしくは<トウカイオスカー=後藤>……。いずれを選ぶか迷った揚げ句、後者のオスカーを選んだ。出遅れ癖はあるが切れ味確かで、全兄トウカイアローの戦績から芝2400㍍にも対応できるとみた。

 2、3番手も出遅れ癖があるベッラレイアとミンティエアーを推す。出遅れトリオが直線そろって急襲するシーンが目に浮かぶが、<ザレマ=武豊>の優等生コンビも忘れるわけにはいかない。詳しくは次週ダービーの稿に回すが、オーナーサイドの指示による武豊のアドマイヤオーラ降板は、騎手の勢力図を塗り変える端緒になりかねない。オークスでは巧みなペース配分で、第一人者の意地を見せたいところだろう。

 結論。◎⑩トウカイオスカー、○⑦ベッラレイア、▲⑤ミンティエアー、△⑱ザレマ。3連単は⑩⑦⑤⑱の4頭ボックスで計24点。前残りで追い込み不発のケースを想定し、⑪⑮⑱の馬連ボックスも押さえたい。

 サマージャンボやtotoビッグが騒がれているが、最近のGⅠレースの結果は宝くじ並みの破壊力だ。前回に続きサイコロを振ると、①⑬⑯と出た。先週は③アサヒライジングが2着に入った。下手な考えより、サイコロの方が当てになりそうだ。ワイドの3頭ボックスを100円ずつ買うことにする。

コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

遥か彼方に毛沢東

2007-05-16 00:33:20 | 社会、政治
 NHK衛星第1で「毛沢東」(全4回=仏テレビ局制作)が放映された。貴重な映像が織り交ぜられ、俺のような「毛沢東初心者」でさえ楽しめるドキュメンタリーだった。

 国民党、軍閥、日本軍との戦い。中華人民共和国成立から朝鮮戦争。ソ連との蜜月と対立、「大躍進」の失敗と文革による奪権。衝撃的な米中国交回復と死……。毛沢東の生涯は「三国志」さえ及ばないダイナミズムに溢れていた。

 毛沢東は後継者に指名した林彪と劉少奇を失脚させ、永年の同志たちを<走資派>として粛清する。反動は死後に現れた。その意に沿って政敵を葬ってきた康生、文革を主導した江青(毛夫人)ら4人組は、共産党から永久除名処分を受けている。路線維持を主張した華国鋒も、小平らに追放された。毛沢東とは継承者を持たない、一代限りの「裸の王様」だったのか。

 毛沢東はお粗末極まりない方針を掲げたこともある。スズメ、ハエ、カ、ネズミを「四悪」に指定し、国を挙げて駆除に取り組んだ。その結果、スズメを天敵とする害虫が増え、農作物に甚大な被害が出た。「土法高炉」(土で作った炉)を用いた錬金術を奨励したこともあった。「大躍進」と名付けられた方針は真逆の事態を生み、餓死者は3800万人と推計されている。

 「大躍進」の失敗で一線から退いた毛沢東だが、文化大革命を発動し、権力奪還に成功する。文革の斬新さと仮借のなさは60年代、全世界に波及した。日本の全共闘運動も、あらゆる点で文革の焼き直しだった。腐敗がはびこる社会への怒りが根底にあり、文革が油を注ぐ。毛沢東自身も予期せぬ勢いで炎が燃えさかった。ある識者は、個人崇拝の愚を学べたことが文革による「教育的効果」と指摘していた。文革を推進した紅衛兵には、<下放=農村での労働>という「教育的指導」が待っていた。

 辺見庸氏と吉本隆明氏は対談集「夜と女と毛沢東」で、滑稽で常軌を逸した毛沢東の振る舞いに好感を抱いたと語っていた。実害を被ったのは中国民衆だが、毛沢東への敬愛は死ぬまで変わらなかった。死後30年、その人気は再燃し、孔子と並ぶ国家的イコン(象徴)として、ポップアートの題材になっている。

 中国は50年代、あらゆる面でソ連に依存する属国だった。スターリン死後、路線対立で断交状態になるが、アメリカを利用して地位向上を果たした。現在では資源をよすがに、中露の蜜月が復活しつつある。アメリカの「51番目の州」と化した日本が毛沢東に学ぶことがあるとすれば、プライドと自主独立の精神かもしれない。

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

意地とお告げと鉄則で~第2回ヴィクトリアマイル

2007-05-13 00:18:17 | 競馬
 11日、岡仁詩氏が亡くなった。岡氏は同大ラグビー部監督時代、3年連続学生日本一を達成した。最大の功績は封建制が色濃く残るスポーツ界へのアンチテーゼとして、<自主性重視>と<強い個の集合体>を掲げたことだと思う。ご冥福をお祈りする。

 さて、第2回ヴィクトリアマイル。NHKマイルの973万馬券の余熱で、いまだ頭は痺れたままだ。ギャンブルを宝くじにしても仕方ないので、<意地>と<鉄則>のキーワードを用意する。

 まずは馬の<意地>から。昨年のエリザベス女王杯、カワカミプリンセスは1着入線も12着降着の憂き目を見た。初マイル、6カ月ぶりのローテ、スピード決着の馬場と不安もあるが、中団からレースを進めれば、「牝馬最強」のタイトルに手が届くとみた。

 人間の<意地>なら角田だ。フサイチパンドラは乗り替わり後、福永鞍上で女王杯を制し、カワカミプリンセスに騎乗するチャンスも武幸に奪われる。アグネスラズベリはカワカミ同様、本田(現調教師)と縁のある馬だ。角田の<意地>と本田の<無念>が目に見えぬ力となって、両馬を後押しするだろう。

 ちなみに武豊は、女王杯での本田に不可抗力の要素もあったと弁護していた。「武豊TV!」で映像を交え、「騎手の掟」に反したルメ-ル(シェルズレイ騎乗)のコース取りこそ責められるべきと語っていた。

 次は<鉄則>だ。「同一厩舎は人気薄を狙え」というが、西浦厩舎ではアグネスが該当する(もう1頭はカワカミ)。3頭出しの堀厩舎ではジョリーダンスが人気だが、次週以降、本命馬で大勝負に挑むアンカツのこと、ここではおとなしくするとみた。内田博(スプリングドリュー)も大仕事を終えたばかりだし、堀トリオではビーナスラインの無欲の追い込みに期待する。

 アドマイヤキッスはひ弱さが拭えないし、JCを使った疲労残りが窺えるフサイチパンドラともども切る。ディアデラノビアは岩田が末脚勝負に徹するとみて2番手。スイープトウショウは府中苦手も、押さえざるをえない。

 結論。◎⑥カワカミプリンセス、○②ディアデラノビア、▲⑩アグネスラズベリ、△⑱ビーナスライン、△⑦スイープトウショウ。

 馬連は⑩と⑱から⑥②⑦に流し計6点。3連単は⑥1頭軸に<⑥・②><⑥・②・⑩・⑱・⑦><⑥・②・⑩・⑱・⑦>の計18点。

 先週「ギャンブルの不条理」にKOされ、サイコロを購入した。<お告げ>は③、⑪、⑱である。買わないと神の怒りに触れそうなので、③⑪⑱の馬連ボックスと3連複を賽銭代として100円ずつ買う。そのうち出目論者に転向するかもしれない。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「萬蔵の場合」~身につまされる恋愛譚

2007-05-10 00:12:46 | 読書
 今回は車谷長吉氏の「萬蔵の場合」を取り上げる。

 車谷氏は自らを「反時代的毒虫」と評し、露悪的、偽悪的に心の内を綴っていく。氏の作品は俺にとり、心を洗う水であり、時に吐き気を催す灰汁にもなる。「萬蔵の場合」は「俺の場合」と言えるような恋愛譚で、ページを繰るたび、ポッカリ古傷が口を開けるのを覚えた。作品の舞台は1960年代後半の新宿界隈だ。萬蔵の住まいを地図から消えた「淀橋諏訪町」に設定したことが、物語にノスタルジックなムードを加えている。

 萬蔵の心をそよがせる女性は、俳優志望の瓔子だ。奔放な振る舞いは、「突然炎のごとく」のカトリーヌを想起させる。瓔子は萬蔵に、恋愛遍歴をあけすけに語る。<愛することのむごさをおしえてくれた人>、彼女を愛するあまり<一種の廃人>になった男、<あたしを手籠めにした>芝居仲間……。混乱した萬蔵の頭の中、<瓔子の言葉が砕けたガラスの破片のように散らばっていた>。

 瓔子は唐突に、<あなたの子供が生みたい>と話しかける。言葉が途切れた雨の公園、萬蔵は<この女は美しい。一種みにくさの反映である程に>と感じる。唇を重ねてきた瓔子の乳房を探った時、<あなたとだけはそういうことはしたくないの>と突き放された。瓔子の父と同じく、萬蔵は1本の指の先が欠けていた。瓔子にとって萬蔵は、父への愛憎を投影させる存在でもあった。

 萬蔵と瓔子は、蠍のように毒針の付いた尾を互いに向けている。<傷口をなめあうような愛>が芽生えた瞬間、<瓔子はたちまち拒絶的になる>。修羅を避け、瓔子の部屋を辞した萬蔵は、影絵のような川底に、<瓔子の心に澱んだ渇き>を投影させた。即ち<恐らく父が狂死した時に経験したであろう死の嗎啡(モルヒネ)を、もう一遍味わいたい、という渇き>である。怜悧な表現に背中がゾクゾクした。

 瓔子は旅先から、<私は逃げた毬>であり、<瓔子の逃げた毬をいっしょに探して>と綴った手紙を送り付けてきた。だが、失踪は長続きせず、たちまち萬蔵の前に姿を現す。瓔子は<男が背を向けると、いつの間にか男の目が届く範囲の隅に、ちゃんと自分の姿を現わしている>。本作を貫くのは、恋愛に必然的に伴う遠心力で酔うような感覚だ。

 物語のラスト、萬蔵と瓔子は干上がった多摩湖を訪れる。むき出しの湖底を見て、瓔子は<これじゃ死ねないわね>と囁く。本作が「赤目四十八瀧心中未遂」の下敷きであることは間違いない。詩的なイメージに彩られた本作は、ケシのように毒々しく、薔薇のように危険で、カタクリのように儚い。男女の深淵を描いた小説は数あれど、「萬蔵の場合」が白眉と確信した。

 本作は芥川賞候補(81年)に挙がったが、車谷氏は作家として自立できず、筆を折って社会の底を漂流する。才能に比してあまりに不遇の日々を過ごしたが、90年以降、短期間に多くの文学賞を受賞した。目の眩むような栄光は、孤独と絶望に打ちひしがれつつ、自らを浄化するようにペンを走らせた精進の結果に他ならない。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「砂の女」~<安部―勅使河原>の最高傑作

2007-05-07 00:08:57 | 映画、ドラマ
 今回は「砂の女」(64年、勅使河原宏監督)について記したい。

 ♪空が哭いてる 煤け汚されて ひとはやさしさを どこに棄ててきたの……

 「東京砂漠」が巷に流れていた年(76年)、俺は東京で一人暮らしを始めていた。マスキー法(排ガス規制)施行直前、汚れ切った東京の空の下、小説の数々が火照った思いを冷まし、乾いた孤独を癒やしてくれた。「義務」として読みふけったのは、「カフカやフォークナーに匹敵する作家」と大江健三郎が評した安部公房である。

 安部自身が脚色し、勅使河原にメガホンを託した作品が、先日スカパーで放映された。「他人の顔」の京マチ子の艶かしさ(おっぱいは吹き替え?)、「燃え尽きた地図」の市原悦子のしなやかさに、女性を描く勅使河原の力量が窺えた。とりわけ強烈なのが「砂の女」の岸田今日子の存在感だ。男(岡田英次)をはぐらかしては包み込み、具象と抽象を行き来する妖しく哀しい女を熱演している。

 「砂の女」は昆虫採集で砂丘を訪れた男の失踪譚である。男は妻との行き違いに悩み、自分は何者なのか自問自答していた。「疎外」、「アイデンティティーの喪失」、「潜在意識への旅」を抉る安部文学の真骨頂といえる作品だ。

 冒頭のシーン、砂地で蠢き擬態する虫の姿が、男の行く末を暗示している。一夜限りの宿のはずが、女の家に閉じ込められ、夜を日に継いで砂を掻き出す定めになる。理不尽で不条理な共同体の囚われ人になってしまうのだ。

 <カフカの後継者>と目された安部だが、デラシネ的な作家ではない。グローバルな普遍性を獲得するだけでなく、とりわけ初期の作品では日本独自の土壌を取り込んでいた。最初の夜、女は「湿った砂は買いたての下駄を半月で腐らせる」と言う。一笑に付した言葉が紛うことなき現実となって、男を押し潰そうとする。「湿った砂」は共同体の隠喩として描かれている。

 脱出に失敗した男は、わずかな時間の外出許可を得るため、衆人環視の下、女と交わろうとする。それはまさに、男が共同体の一員になる儀式だった。女は消え、男は残る。生きる縁(よすが)は「湿った砂」の有効利用だった……。

 ラストで、7年後の男の失踪宣告書が大写しになる。男の住所「新宿区淀橋」は、偶然にも次稿と繋がっていた。

 「砂の女」を読んでから30年、俺は「東京砂漠」の底で蹲っている。

 ♪あなたがいれば ああ あなたがいれば 陽はまた昇る この東京砂漠……

 あなたは俺の指先をすり抜けたが、今日もまた陽は昇るだろう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする