酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

プレイバックpart6~1984年の思い出

2008-02-27 00:55:22 | 戯れ言
 ネタに困るとプレイバックと銘打って回想を綴ってきた。今回は2年ぶりのシリーズ復活となる。三浦和義氏逮捕の報に、ノスタルジーが弾けた。「ロス疑惑」に振り回された1984年は、俺の人生で最も起伏に富んだ一年だった。

 82年11月、オーウェルの「1984」を想起させる出来事が相次いだ。後藤田正晴氏(元警察庁長官)が官房長官、アンドロポフKGB議長がソ連共産党書記長と、<情報操作のプロ>が相次いで表舞台に登場する。苦い予感で84年の元旦を迎えたが、真に憂えるべきは自身の行く末だった。

 大卒後3年、職に就かずフラフラしていた。週刊文春が「疑惑の銃弾」の連載を開始した頃、俺は蕎麦屋で求人欄を写していた。履歴書送付⇒書類選考⇒試験⇒面接とスイスイ進み、社会的不適応者がメディアの喧騒に放り込まれる。

 日本版「1984」で存在感が際立っていたのが三浦氏だった。無罪にせよ有罪にせよ、21世紀の科学なら決定的証拠を提示できるはずだが、アナログ捜査が主流だった当時、三浦氏はメディアに頻繁に登場し、茶の間のにわかコロンボたちを煙に巻いていた。

 あの年のオスカー争いは、三浦氏の独走だったわけではない。劇場型犯罪の走りとなった「グリコ・森永事件」が日本を震撼させ、匿名の「かいじん21面相」が警察を翻弄した。山口組VS一和会の抗争では親分衆がキャラの濃さを競い、政界の闇将軍こと田中角栄元首相は創政会立ち上げで落日を迎えた。

 アフリカ全土を襲った飢饉、植村直己さん遭難、宇都宮病院事件、投資ジャーナル事件、サッチャー首相危機一髪、インディラ・ガンジー首相暗殺、世田谷通信ケーブル故障……。覚えの悪い新米にとり、大事件が途切れないハードな日々が続いた。

 個人的な思い出は、池袋でのKO負けである。数日後、近くのスーパー店員に「血まみれでしたね」と声を掛けられた。文芸坐で映画を見る⇒喧嘩を売られてパンチを食う⇒満員の西武線に乗る⇒買い物をして帰宅する⇒「今日は何曜日ですか」と職場に電話する……。俺は無意識のまま、このような行動を取ったらしい。著しい記憶力低下は、あの時の後遺症なのだろう。

 あれこれ書いたが、84年は俺にとってロック、とりわけUKニューウェーヴに浸った年だった。84年の極私的ベストアルバムを挙げるなら、スミス、アンド・オールソー・トゥリーズ、アイシクル・ワークスのバンド名が冠されたそれぞれの1stアルバム、「トレジャー」(コクトー・ツインズ)、「パシフィック・ストリート」、(ペイル・ファウンテンズ)、「フライド」(ジュリアン・コープ)、「φ」ルースターズあたりか。

 ライブなら断然エコー&ザ・バニーメン(中野サンプラザ)だが、休みを取れずキュアーを見逃したのが痛恨で、フジロック'07まで23年待たされることになった。

 三浦氏を久しぶりに見て「老けたな」と独りごちた。俺を24年ぶりに見た人も、同じ感想を漏らすに違いない。


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寒風吹き荒ぶ競馬界~龍は燃えるかフェブラリーS

2008-02-24 01:00:37 | 競馬
 「ホースニュース・馬」が廃刊になった。大川慶次郎氏のパーフェクト達成は同紙だったし、その後も井崎脩五郎、阿部幸太郎、丹下日出夫ら個性派予想家を輩出している。競馬文化衰退を象徴する出来事といえるだろう。

 俺より年長の競馬ファンは、60~70年代を懐かしんでいる。寺山修司を筆頭に、競馬について作家が綴った格調高い名文がメディアを賑わせていた。先日、知人の推薦で、競馬小説の始まりとされる織田作之助の「競馬」を読んだ。亡き妻への思いを胸に、競馬に魂を奪われる主人公の鮮烈な生き様が描かれていた。

 90年以降、JRAの健全化戦略で競馬の魔性が薄められ、文化としての貌を失った。デジタル世代に見捨てられ、ファン層の高齢化は著しいが、競馬の将来を悲観的に捉える必要はない。経済が崩壊して世が荒めば、競馬が一獲千金を狙う者たちの受け皿になるかもしれないからだ。たとえ行き着き先が、崖下だったとしても……。
 
 今年最初のGⅠ、フェブラリーSの予想を。自信度はかなり低いが、他にネタが見つからないから、独り善がりで楽しむことにする。

 注目はドラゴンファイヤーだ。ダイワスカーレットの回避で出走権と鞍上(安藤勝)を確保する二重の幸運に恵まれた。調教の動きに疲労が窺える同厩ワイルドワンダーを切り、心身と懐の寒さを<龍の狼煙>で温めたい。フィールドルージュは出遅れ癖を解消した。横山典は内々で脚をため、直線抜け出しを図るはずだ。

 大本命<武豊―ヴァーミリアン>コンビも買わざるをえないが、川崎記念回避(飛節炎)による重め残りが心配だ。人馬ともに面白いのはメイショウトウコンか。「武豊TV」では、優等生の兄と対照的な幸四郎の素顔が紹介されている。腹を括ってインに潜り込めば接戦に持ち込めるだろう。

 結論。◎⑦ドラゴンファイヤー、○④フィールドルージュ、▲⑮ヴァーミリアン、△⑨メイショウトウコン。単勝は⑦1点、馬連は④⑦、⑦⑮、⑦⑨の3点。3連単は<⑦・④・⑮・⑨>のBOXで計24点。

 追悼「ホースニュース・馬」として、井崎、丹下両氏の本命馬の組み合わせで馬連を買うつもりだ。競馬文化の一翼を担ってきた同紙関係者に、「ありがとう、お疲れさま」と声を掛けたい。


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「蜘蛛女」~スクリーンに咲いた毒花

2008-02-21 02:22:33 | 映画、ドラマ
 キューバのカストロ議長が辞任の意向を表明した。最大の功績は、チャベス大統領(ベネズエラ)ら反グローバリズムを提唱する<息子たち>を、南米の地に育んだことだろう。米メディアはカストロの負の側面をクローズアップしているが、<資本主義独裁国家>で起きている茶番(大統領選)の本質にも目を向けるべきだ。

 さて、本題。京都でまったり過ごしたのでネタ切れだったが、「相棒」を見て閃いた。タイトルは「悪女の証明」で、木村佳乃がしたたかな代議士を演じていた。

 今回のテーマは悪女でいこう! 悪女を早速辞書で引くと①性質が悪い女、②器量の悪い女とあるが、流布しているイメージは、男心をくすぐる術に長け、何らかの成果――お金、社会的地位、妻の座――を得る女といったところか。

 ちなみに、<男は悪女に惚れる>という定説は誤りで、<惚れた女性が悪女になる>のが経験上からの正解だ。女性は誰しも、自分に惚れた男性に対して悪女的に振る舞いたくなるものらしい。

 映画にも多くの悪女が登場しているはずだが、意外なほど思い浮かばない。題名はピッタリの「悪魔のような女」(55年)にしても、ニコル(シモーニュ・シニョレ)は男に利用されていた。「北陸代理戦争」(77年)のきく(野川由美子)は計算高い女だったが、一途な信子(高橋洋子)には勝てなかった。「あらくれ」(57年)と「グロリア」(80年)で高峰秀子とジーナ・ローランズがそれぞれ演じたヒロインは猛女タイプで、「マドモアゼル」(66年)の女教師(ジャンヌ・モロー)は悪女というより悪魔に近い。

 スクリーンに咲いた悪女の典型は、「蜘蛛女」(94年)でレナ・オリンが演じたモナではないか。ジャックの首を脚で締め付けながら笑うハスキーボイスが、耳から離れない。艶かしい熟女モナは冷酷な殺し屋で、世間の目を欺くためには自らの腕を切り落とすことも厭わない。

 <悪女モナに魅せられて破滅する悪徳警官ジャック>という紹介は偽りありだ。<マフィアの犬>として汚れた金を懐に入れ、妻と愛人を天秤にかけるジャックだが、幸運と機転で破滅を逃れ、<愛さなかった罪>を償うことになる。

 毒たっぷりのピカレスクを包むオープニングとエンディングは、悔恨とノスタルジーに満ちており、B級の本作を屈曲したラブストーリーに仕立てている。原題“Romeo is Bleedings”を直訳すると「色男は血を流している」となるが、モナの存在感の大きさゆえ邦題「蜘蛛女」の方がしっくりくる。

 俺はこれまで恋愛の毒に何度も痺れてきた。老い先短い人生、新たな蜘蛛女に会うことは、残念ながらないだろう。


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冬の京都から

2008-02-18 11:58:51 | 戯れ言
 亀岡の漫画喫茶から更新している。手短に記したい。

 帰省した一昨日(16日)は母の81回目の誕生日で、金正日総書記が生まれた日でもある。両者の容貌が似ているのは奇妙な符合といえだろう。十数年前に台湾を訪れた際、入管係官が母の顔を繁々と眺め、資料と照合していたという事実が、そっくりさんぶりを物語っている。

 漫画喫茶に向かう途中、横に車が止まり、亀岡駅への道順を聞かれた。標準語で伝えると、運転者は怪訝な表情でウインドーを閉めた。その直後、散歩中の犬が俺に唸り声を上げる。飼い主の老人は「すんまへん。こんなこと、あらへんのやけど」と恐縮して頭を下げてくれた。

 京都でも同じか……。俺は苦笑し、独りごちた。取り柄は皆無の俺だが、人より勝っていることが二つある。道を尋ねられる回数と犬に吠えられる頻度だ。

 ウオーキング中、公園のベンチで休憩していると、ホームレスによく声を掛けられる。小汚い俺を、彼らが仲間と勘違いするのも当然だ。一般人は避けたいタイプのはずが、頻繁に道を聞かれる。セレブ系の女性から少年まで、世代や性別を問わないから不思議だ。俺に吠える犬たちは称賛されるべきである。怪しい者を察知するのが連中のレーゾンデートル(存在理由)だからだ。俺の体に染み付いた猫の匂いも犬には不快なのだろう。

 猫といえば、妹夫婦が飼っているポン太だ。昨夏は内弁慶の人間嫌いになっていたが、ホームとアウエーを峻別する猫が、めったに訪れない実家で怯えるのは当たり前だと思う。滞在数時間で緊張が解け、俺の腕で喉をゴロゴロ鳴らすほどリラックスしていた。

 若い頃はうざったらしく感じた血縁者だが、人生の下りに差し掛かった今、彼らの言葉に含蓄や説得力を覚えている。無常感やもののあはれに接近しているのは、自らが老いたことの証左かもしれない。今後も帰省の際は墓参を欠かさず、老齢の血縁者と交流したいと思う。

 京都市長選挙は<自民・公明・民主・社民>連合が、共産候補を辛うじて破った。政党の節度のなさにはあきれるばかりである。不正の温床といわれる京都を、現職直系の後任者が変えることは難しいはずだ。

 京都市長選はコップの中の嵐だろうが、コソボ独立、アフガニスタンでの対立、パキスタン総選挙と、大きなうねりが世界で起きている。リアルタイムで情勢を知ることができないことに不安を覚える俺は、重症のネット中毒なのだろう。
 
 東京も寒いが、京都はさらに寒い。亀岡では今、雪がちらついている。





  


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バレンタイン夜のとりとめない雑感

2008-02-15 00:28:07 | 戯れ言
 市川崑監督が亡くなった。その名を初めて知ったのは、高1の時の「木枯し紋次郎」である。上京後「ビルマの竪琴」、「炎上」、「野火」、「黒い十人の女」、「私は二歳」、「東京オリンピック」といった傑作群に、匠の神髄を見た。ご冥福を心からお祈りしたい。

 さて、本題。年間25%に当たるチョコレートが消費され、企画を競う風俗店が繁盛する……。そんなバレンタインデーの夜、愛についてとりとめなく考えた。

 「ホワイトデーには、チョコをあげた男の子たち全員とディズニーランドに行きたい」 
 「逆ハーレムね。あんた、気が多いんだから。あたしは本命だけでいい」
 数日前、電車で隣に座った女の子の会話である。空騒ぎというなかれ、若い女性にとって今も昔も、恋愛が最も重要なテーマなのだ。

 ♂「義理チョコ?」~♀「そうでもないよ」~♂「他の人にあげた」~♀「誰にも」……。
 愛のプロレタリアートたる俺に、バレンタインの奇跡が起きた。「あっしには関わりがねえ」日のはずが、20代前半の美女からチョコを貰う。俺はもちろん、邪まな期待を抱いている。彼女が知性と感性を武器に世に出た時、アリマキの如くおこぼれに与るという……。

 私事から話を戻す。政府認定の<愛の学校>が存在するなら、<マトモな恋愛⇒マトモな結婚⇒2人以上の子供>で卒業だが、巷には劣等生(非婚者)が溢れ、少子化が止まらない。原因を社会構造の欠陥に求めるなら、格差是正と育児環境の整備で出生率は上昇するはずだが、俺は議論の前提に疑問を抱いている。

 純化すれば形を失くし、壁が高いほど燃え上がる……。これがかつての愛の形だったが、バブル期以降、<三高/3C>といった具合に数値化されるようになった。拝金主義が物差しなら、愛は遠からず死滅する。少子化は精神的パワーダウンの兆候ではないか。

 バレンタイン夜、録画しておいた「無法松の一生」(43年版)を見た。明治時代の小倉を舞台に、車夫松五郎(阪東妻三郎)と軍人の未亡人良子(園井恵子)の交流を描いた作品だ。松五郎が思いを伝える「幻の10分」が検閲でカットされた分、阪妻の繊細な演技が共感を呼んだ。

 公開2年後の8月21日、良子役の園井は広島で被爆し帰らぬ人になる。エンドマーク後の悲劇も重なり、「無法松の一生」は至高のラブストーリーとして邦画史に輝いている。携帯を駆使するデジタル世代は、本作にどのような感想を抱くのだろう。

 愛の先の結婚、その先にある家族……。足立区で起きた一家死傷事件はあまりに悲しい。容疑者の手紙が日本テレビに届いた。罪は罪として、追い詰められた同世代の心情が迫ってくる。

 俺にとって守るべき者(家族)がいないのは幸いだ。破綻しても、ひとりホームレスになれば済むのだから……。

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魂が濡れた夜~レイジとの熱き再会

2008-02-12 01:35:10 | 音楽
 10日夜、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンと再会した。予定より25分遅れ、「インターナショナル」とともにザック、トム、ティム、ブラッドが登場する。

 <酔いてインター歌うな脱落寸前の さすれば徳利もて刺し交い>(福島泰樹「バリケード」より)……。

 学生時代、場末の酒場で自信なさげの「インター」を何度か耳にしたが、幕張メッセでは威風堂々と荘厳に鳴り響いていた。<今こそ革命の時>というメッセージは、2万聴衆に届いただろうか。

 レイジは92年、世界に衝撃を与えた。過激なメッセージ、ラップ/ファンク/メタル/パンクを融合させた革新的ミクスチャー、挑発的パフォーマンス……。レイジとはロックの過去と未来の結節点だった。

 オープニングは「ゲリラ・ラジオ」だった。「バトル・オブ・ロサンゼルス」(99年11月)収録の同曲は、マイアミで2年後に起きたブッシュ一家による不正を予言していた。

 ♪投票が締め切られた時 権力の暗がりで無言の芝居が演じられる 俺たちが見せられているのは操作された光景 カメラは偽装された選択肢に向けられる……(「ライヴ・アット・グランド・オリンピック・オーディトリアム」のライナーより、以下同)。

 南米の収奪の歴史を抉った「ピープルズ・オブ・ザ・サン」、グローバリズムへの抵抗を呼びかける「ボム・トラック」、メディアの虚妄を突く「テスティファイ」、治安当局の横暴を糾弾する「ブレット・イン・ザ・ヘッド」……。次々に演奏される代表曲に、人の津波が絶え間なく起きていた。

 フジロック'97では豪雨の中、抜け出た魂を追うようにステージに突進したが、再会の夜に濡れたのは体ではなく心だった。レイジの誠実さに感極まり、A2ブロック後方で老いた体を揺らしていた。

 ♪俺は自分の敵を知っている 抑制するように教え込んだ教師どもだ 妥協、従属、同化、服従、偽善、残虐性、エリートたち これら全てがアメリカン・ドリームってやつさ……。「ノウ・ユア・エネミー」でボルテージは最高潮に達した。

 ♪この世界を操る権力の中枢には 十字架を燃やす者(KKK)と同類の人間がいる 殺戮の権限を与えているのは誰だ……。「キリング・イン・ザ・ネーム」で締めくくった後、4人は肩を組み聴衆に挨拶した。硬質なリズムを刻むティムとブラッド、独創的なギターを奏でるトム、全身でメッセージを吐き出すザック……。ブランクを経ても史上最高のライブバンドであることを、濃密な1時間20分で証明してみせた。

 空虚な言葉でガス抜きの役目を担うロッカーは多いが、ザックは歴史的事実と豊かなイメージを詩に織り込み、アメリカの暗部を穿つ。彼らを支えているのは、正当な権利を奪われた世界中の、そして過去と現在の民衆の怒りと哀しみだと思う。

 トムの父はゲリラ指導者からケニア国連代表になった。反骨のDNAを受け継いだトムは、ハーバード大首席卒業の肩書を捨ててロッカーになる。ギターには「ホームレスよ、武装せよ」と記されているが、サージ(システム・オブ・ダウン)とともにホームレス救援プロジェクトを立ち上げている。

 メキシコ人の血を引くザックは、サパティスタ民族解放軍(EZLN)を支援してきた。ステージ中央に掲げられた巨大な赤い★は、革命の象徴であり、EZLNの軍旗でもある。EZLNの活動は世界に伝わり、反グローバリズムの一つの拠点になった。この10年、新自由主義に蝕まれた南米で、社会主義政権が次々に誕生する。アートの分野で変化に最も貢献したのがレイジだった。

 ザックで連想するのは、「奇跡の丘」(64年、パゾリーニ)に描かれた<革命家キリスト>だ。かつてザックはソニーとの契約について問われ、<マルクスは自分の著書が本屋に並ぶのを拒んだだろうか>と答えたが、新作をメジャーから出すのは難しいと思う。

 HPには欧州の夏フェスのスケジュールがアップされている。レイジにはありきたりではなく、思想性に見合ったイベントに参加してほしい。彼らをメインに据えた平和公園(広島)でのフリーコンサート、ガザでのパレスチナ支援ライブなんて、想像しただけで胸が躍ってくる。どこかのプロモーターが企画しないだろうか。







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虚妄としての2大政党制~スーパーチューズデー雑感

2008-02-09 00:45:42 | 社会、政治
 前時津風親方と斉藤さんの兄弟子3人がようやく逮捕された。親方自らリンチを主導し、口封じを命じたことに愕然とする。北の湖理事長が居座った直後の逮捕劇に、<警察―文科省―相撲協会>の馴れ合いを疑わざるをえない。

 さて、本題。今回はアメリカシリーズ第2弾、大統領選挙について論じたい。

 00年8月14日、大統領候補を指名する民主党大会がステイプルズセンターで開催されていた。会場間近でフリーコンサートを決行したレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンは、HP上に自らの主張を掲載する。

 <民主、共和両党の類似性は大企業が名を連ねる資金提供者名簿を見れば明らかだ。2人の悪党しか選択肢がなく、国民の半数が棄権せざるをえないシステムに抗議する>(概略)……。

 翌月レイジは活動を停止し、3カ月後の投票日がアメリカ民主主義の命日になる。フロリダ州ブッシュ知事(大統領の弟)が周到に準備した選挙妨害で、多くの民主党支持者が投票を阻まれた。NYタイムズ、ワシントンポスト、3大ネットワークら主要メディアは、欧州で大きく取り上げられた<真実>を黙殺する。

 敗れた方の<悪党=ゴア氏>は07年、環境問題への貢献を評価されノーベル平和賞を受賞した。<聖人>に格上げされたゴア氏の<不都合な真実>は、グレッグ・パラスト著「お金で買えるアメリカ民主主義」に列挙されている。稿を改め紹介したい。

 共和党はスーパーチューズデーの結果、マケイン氏の指名が確実になった。民主党は大接戦だが、オバマ氏がクリントン氏を差し切り、本選挙でも勝利を収めるのではないか。「候補者ビル・マッケイ」(72年)のラストのように、オバマ氏は当選後、撒き散らした言葉の重みに押し潰されるかもしれない。

 3日放映の「サンデープロジェクト」はクリントン氏の中道シフトをリポートしていた。興味深かったのは米国民の政治意識だ。ギャラップ調査(06年)によると、保守42%、中道33%、リベラル22%に分類されるという。

 <下部醸造が上部構造を規定する>と説く唯物史観は色褪せた感もあるが、格差が拡大すれば是正を訴える声が強まり、全体としてリベラルにシフトするのは、どの先進国でも変わらない。昨年の参院選で自民党が負けた真の要因も、その辺りにある。

 アメリカだけが例外なのは、メディアによる情報操作とメガチャーチによる洗脳が効果を挙げているからだろう。格差を肯定し、戦争を奨励する歪んだキリスト教が、アメリカで絶大な支持を得ている。キリスト教保守派が国民の40%を超えた現在、民主党の候補でさえ彼らに媚びないと勝ち抜けない。

 身の危険を顧みず「ノー」を突きつける少数派の代表が、マイケル・ムーア、ノーマ・チョムスキー、そしてレイジだ。レイジにはあした(10日)再会できる。フジロック'97の感動が甦り、心がそよぎ尖がってきた。


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<掟>に負けた愛国者~第42回スーパーボウル

2008-02-06 00:16:14 | スポーツ
 レアルマドリードがアルメリアに0-2で敗れ、将棋NHK杯では羽生2冠が長沼7段の粘りに屈する。番狂わせの週末、3度目の予感に胸を躍らせスーパーボウルを観戦した。

 外の闇を遮断したドーム開閉式スタジアムで、<資本主義の祝祭>が執り行われた。眩い光が舞う温室、無敵の愛国者(ペイトリオッツ)がワルの巨人(ジャイアンツ)を打ちのめす……。保守化するアメリカに相応しい結末を<NFLの掟>が阻んだ。

 ペイトリオッツのベリチック・ヘッドコーチ(HC)は規律を重視し、選手に滅私奉公を求める。戦略を実践するのがQBブレイディだ。俺がアンチ・ペイトリオッツなのは、師弟コンビの昏い目にかつての東欧スポーツ選手を連想するからだ。

 厳格さで知られるジャイアンツのコフリンHCにとって、反抗的なバッドボーイズとひ弱なQBイーライ・マニングが悩みの種だった。イーライは兄ペイトン(コルツ)と事あるごとに比較され、技術と精神の両面でチームメートのブーイングを浴びていた。

 イーライを<覚醒>させたのは、解説の河口正史氏が言及していたように、シーズン最終週で対戦したペイトリオッツだった。イーライは兄が憑依したかのようなプレーでペイトリオッツを追い詰める(最終スコアは35対38)。自信を得たイーライとジャイアンツはカウボーイズ、パッカーズのNFC2強を連破し、スーパーボウルで再度ペイトリオッツに挑んだ。

 ライン戦で圧倒されたペイトリオッツだが、ボルグを彷彿させる粘りで傷口を塞ぐ。第4Q後半、ブレイディのショートパスが次々決まり、残り2分45秒、WRモスがTDパスをキャッチする。「これまでか」と俺はフーッと息を吐いた。

 残り2分39秒、自陣17ydからジャイアンツの逆襲が始まった。スポーツ史に残る奇跡の2分間は、映像とともに語り継がれることだろう。チームメートから野性を注入されたイーライは、奔馬の如く芝生を駆け抜ける。ブリッジの体勢でボールをキープしたWRタイリーのプレーが圧巻だった。残り35秒、WRバレスへのTDパスが通った瞬間、俺は「よし!」とガッツボーズをしていた。

 シーズン当初から一枚岩だったペイトリオッツの水平線を、異質の要素がぶつかりながら融合したジャイアンツの上昇曲線が凌駕した。4度の逆転の末、17対14で世紀のアップセットが実現する。マニング兄弟によるスーパーボウル連覇でもあった。

 49ersのロースター入りにあと一歩まで迫った河口氏は<NFLの掟>を知り抜いており、自身のブログでもジャイアンツの勝利を予想した。河口氏はGAORAで、<NFLを貫くのは社会主義>と分析していた。4000億円以上の年間放映契約金は32チームに公平に分配され、サラリーキャップ(年俸総額上限設定)でチーム力の均衡が図られる。ペイトリオッツの19戦全勝は、リーグの理念に反する<掟破り>だったのだ。

 次回はスーパーチューズデーについて記すつもりだ。大統領選挙も<資本主義の祝祭>だが、スーパーボウルほど芯がない。2大政党制の欺瞞に、世界はどうして気付かないのだろう。


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双頭ガリバーの行く末は?

2008-02-03 01:25:54 | 社会、政治
 ギョーザ中毒事件の波紋が広がっている。好物の「牛たま丼」(マルハ)も回収対象リストに含まれていた。車谷長吉風にいえば<反社会的毒虫>の俺だが、毒を制せずポックリいっても不思議はない。

 「ブロードキャスター」(TBS系)で驚愕の統計が示されていた。当地の雑誌によると、中国では年間1万人以上が農薬中毒で亡くなっているという。「死者も出ていないのに騒ぐな」というのが、今回の件に対する中国側の本音かもしれない。天洋食品は会見で過失を否定したが、日中協力による真相究明を期待したい。

 俗情と結託したメディアは中国を叩いているが、日本でもかつて、森永ヒ素ミルク中毒とカネミ油症が深甚な被害をもたらした。米国産牛の輸入を再開し、食品偽装が次々に発覚する現状では中国を断罪する資格はない。<偽装>と<汚染>は同じ茎に咲く黒い花なのだ。

 北京五輪に向けた建設ラッシュ、華々しい資源外交、日本を超えた株式時価、上海の繁栄、ブルジョワジーの金満ぶり、小皇帝をめぐる教育熱……。

 砂漠化など環境破壊、軍備増強、広がる格差、厳しい労働条件、言論統制、慢性化した汚職、頻発する農民暴動、チベット問題……

 中国の眩い光と濃い闇を、それぞれピックアップしてみた。ジキルとハイドの如きアンビバレントな表情を覗かせる中国は、双頭のガリバーといえるだろう。

 先日「きょうの世界」(NHK衛星第1)で、中国における人身売買を扱った「盲山」が紹介されていた。「盲井」でヤミ炭坑の実態を抉り、ベルリン国際映画祭銀熊賞(03年)を獲得した李楊監督の最新作だ。衝撃的なストーリーは以下の通りである。

 人身売買のブローカーが、薬草採りのアルバイト募集で罠を仕掛けた。応募した女子大生は、農家に嫁として売られてしまう。村には同じ境遇の女性たちがいた。彼女たちは脱出を試みるが、買収された警察や役人に阻まれる……。

 検閲による変更を呑んで中国国内でも上映されたが、元の国際版は悲劇的な結末だった。中国では子供も誘拐の対象になっている。工場に監禁され、奴隷のように働かされるのだ。21世紀とは思えない事態を招いたのは拝金主義と、李監督は強い憤りを表明していた。

 毛派からロマン派まで、俺の周りにはいつも中国ファンがいた。「国は好きだけど、人間は……」が彼らの共通認識である。現在の中国人は阿Q(魯迅の小説の主人公)と何も変わっていないと残念そうに話す者もいた。

 共産主義は灰になり、民主主義を育む土壌もない。個が脆弱なら、国は遠からず滅びる。ガリバー中国はグローバリズムの鼠に食い散らかされ、水枯れした黄河に身を横たえるのではないか。

 翻って日本はどうだろう。「同病相憐れむ」の中国の故事に説得力を覚えるのは、<非国民>の俺だけだろうか。

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