酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「碁盤斬り」~草彅剛の完璧な演技に圧倒された

2024-05-31 21:58:48 | 映画、ドラマ
 名人戦を防衛した藤井聡太八冠は叡王戦第4局で伊藤匠七段を破り、2勝2敗のタイに戻した。王位戦の挑戦者に渡辺明九段が名乗りを上げ、棋聖戦では山崎隆之八段が待ち受けている。八冠防衛ロードは決して平たんではない。

 囲碁は旦那衆、将棋は庶民が好むといわれていた。ちなみに超庶民の俺は囲碁を全く解さない。資金力も日本棋院が将棋連盟を上回っていたがこの10年、将棋界は藤井という天才の出現で多くの企業がタイトル戦のスポンサーに名乗りを上げた。対照的に、部数減が止まらない新聞各社頼りの囲碁界は厳しい状況に追い込まれている。

 江戸時代を背景に囲碁を題材にした映画「碁盤斬り」(2024年、白石和彌監督)を見た。ベースは古典落語の「柳田格之進」で、本作で脚本を担当した加藤正人がノベライズ版「碁盤斬り」を発表している。主人公の柳田格之進(草彅剛)は汚名を着せられて彦根藩を追われ、娘のお絹(清原果那)と江戸の貧乏長屋で暮らしている。生計の糧である篆刻つながりで遊廓女将のお庚(小泉今日子)に用立ててもらった格之進は、碁会所で賭け碁を打つ。相手は骨董屋主人の萬屋源兵衛(國村隼)だった。矜持を保って碁を打つ格之進は、源兵衛に勝ちを譲った。

 後日、萬屋前で旗本が難癖をつけていた時、たまたま居合わせた格之進が店の窮地を救う。藩で進物方を務めていた格之進は骨董品に精通しており、旗本の言い掛かりを退けるのはたやすいことだった。お礼に訪ねてきた源兵衛と格之進は、互いを認め合う碁仲間になる。〝守銭奴〟と罵られていた源兵衛だが、格之進との出会いで生き方を変え、顧客優先の方針で店は大繁盛する。手代の弥吉(中川大志)とお絹のラブストーリーも微笑ましかった。

 順風満帆に進むと思った刹那、物語は暗転する。萬屋の離れで格之進と源兵衛が碁を打っているさなか、店に届けられた50両が紛失する。格之進が疑われたのは当然の成り行きだ。さらに、彦根藩藩主の梶木左門(奥野瑛太)が格之進を訪ね、疑いが晴れたことを伝える。掛け軸を盗んだ柴田兵庫(斎藤工)は出奔後、賭け碁で全国を回っているという。兵庫は格之進の妻に懸想して、死に追いやった敵であった。

 お絹に切腹を止められた格之進は、お庚に大晦日という日限で50両を借り、兵庫を討つために旅に出る。返せなければお絹は店に出るという条件だ。「文七元結」を彷彿させる人情話と復讐譚が絡み合うドラスチックな展開に息をのむ。後半に登場する賭け碁の元締(市村正親)の佇まいや殺陣の迫力は、数多の時代劇や任侠映画を生み出した太秦東映撮影所の伝統を感じた。

 俺が草彅の存在を知ったのは「『ぷっ』すま」で、ユースケ・サンタマリアとざっくばらんかつ自然体に番組を進める様子に、若手お笑い芸人かと勘違いしていた。草彅はその後、多くの映画、舞台、テレビドラマで活躍し、今や日本を代表する俳優との評価を勝ち取った。特に記憶に残っているのは映画「ミッドナイトスワン」とドラマ「ペパロンチーノ」(NHK)である。本作の白石監督、市村のみならず、つかこうへいや高倉健も天才ぶりを絶賛していた。シーンごとの表情の変化だけでも見る価値は十分あると思う。

 本作は様々な切り口で見ることが可能だが、<人は変わり得る>がメインテーマだと感じた。謹厳実直で自分にも他者にも厳しい格之進は武士時代、同僚たちを追放してきた。だが、源兵衛と碁を打つうち、自分を顧みるようになった。他者への仕打ちが正しかったのか、別の選択肢はなかったのかと……。格之進は藩を出た後に苦難の道を歩む者たちに手を差し伸べるため、江戸を出た。

 春風亭一之輔は自身がパーソナリティーを務めるラジオ番組に草彅を招き、意気投合した。草彅一人のために「柳田格之進」を演じる約束をする。2人の天才の間にどのようなケミストリーが生じるのだろうか。
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