里見香奈女流5冠が棋士編入試験で連敗し、崖っ縁に立たされた。第2局は終盤で優勢になったが、緩手が出て岡部怜央四段に逆転負けする。思い出したのはNHK杯の今泉健司五段戦だ。編入試験を突破し41歳でプロ入りした今泉を投了寸前まで追い詰めたが、勝利の女神がスルリと逃げた。
将棋は逆転のゲームである以上、非運とか緊張によるミスではない。だが、上記した今泉は30代後半、介護士として働きながら編入試験受験資格をクリアし、プロ四段になる。現在49歳だが順位戦ではC級1組への昇級に向け4連勝している。里見はまだ30歳。今回チャンスを逃しても、未来の扉は開いている。
独身の俺でも、家族についてあれこれ考えることがある。もちろん答えは出ないが、結婚して40年近く経つ知人に尋ねたら、「いろいろあったな」と素っ気ない。家族を普遍化して語るのは不可能で、100の家族があれば、100の物語がある。そのことを再認識させられた映画を新宿武蔵野館で見た。「靴ひものロンド」(2020年、ダニエール・ルケッティ監督)である。
ルケッティ監督作は「ローマ法王になる日まで」以来、2作目になる。原作はベストセラー小説「靴ひも」(ドメニコ・スタルローネ著)で、物語の起点は1980年代初頭のナポリだ。坂本九が歌ってヒットした「レットキス(ジェシカ)」が繰り返し流れ、冒頭で歌詞の〝列になって踊ろう〟そのまま、ダンスパーティー会場から4人家族の靴がアップで捉えられる。
アルド(ルイジ・ロ・カーショ)、ヴァンダ(アルバ・ロルヴァケル)夫妻は長女アンナ、長男サンドロとナポリで平穏に暮らしていた。アルドはラジオ番組の進行役で、文学から時事まで的確なコメントが評価され、知名度も上昇中だ。平日はローマで仕事をし、週末はナポリの家族の元に帰る二重生活を送っている。
ある日、アルドはヴァンダに告白する。「女と関係を持った」と……。相手はリディアという美しい女性だった。カトリック国のイタリアでは離婚は成立しづらいのかもしれない。アルドとヴァンダのキャラは好対照だ。情熱的で感情の揺れが激しいヴァンダは自殺を試み、一方のアルドは常に周りを意識して慎重に行動する。
夫妻が30代の頃と、30年後がカットバックして物語は進行する。老年期のアルドをシルヴィオ・オルランド、ヴァンダをラウラ・モランテが演じている。40歳前後になったアンナ(ジョヴァンナ・メッツォジョルノ)とサンドロ(アドリアーノ・ジャンニーニ)の姉弟は、不仲の両親のせいで自身の家庭運も悪くなったと感じている。
タイトルの「靴ひも」がキーワードになっている。姉弟は小さい頃、アルドに靴ひもの結び方を実演させた。家族共通の結び方が絆になっていた……、これが肝かと思ったが、そんなに甘くはない。アルドとヴァンダは共に暮らすようになっているが、老年期に達しても折り合いは良くない。〝腹を立てない〟を自らに課しているアルドにヴァンドは事あるごとに突っかかる。
家族の絆、夫婦の絆、姉弟の絆……。俺も絆という言葉は好きだが、よくよく考えれば、絆を積極的に醸成したことはない。だから、絆が虚構であったことを剥き出しにする本作に妙にシンパシーを覚えてしまう。まあ、負け男の卑屈なひがみだ。子育てに励む30代の夫婦、肩寄せ合って老後を暮らしている熟年夫婦は、本作にいかなる感想を抱くのだろう。
旅行に出かけたアルドとヴァンダが帰宅すると、部屋は荒らされ、飼い猫が消えていった。一体誰が? 泥棒の正体は? 悲しく、そして微笑ましい家族の真実に心が緩んだ。飼い猫の名前ラベスはラテン語で自滅、悪徳、恥辱、崩壊を指すという。老夫婦の家から消えた崩壊の行方が、本作のその後を暗示している。
最後に、イタリア総選挙で極右政党が第1党になり、メローニ党首が首相に就任するという。極右の支持を集めた安倍晋三元首相の国葬があす執り行われるが、難民、物価、エネルギー問題をリトマス紙に、暗い影が欧州を覆っているようだ。
将棋は逆転のゲームである以上、非運とか緊張によるミスではない。だが、上記した今泉は30代後半、介護士として働きながら編入試験受験資格をクリアし、プロ四段になる。現在49歳だが順位戦ではC級1組への昇級に向け4連勝している。里見はまだ30歳。今回チャンスを逃しても、未来の扉は開いている。
独身の俺でも、家族についてあれこれ考えることがある。もちろん答えは出ないが、結婚して40年近く経つ知人に尋ねたら、「いろいろあったな」と素っ気ない。家族を普遍化して語るのは不可能で、100の家族があれば、100の物語がある。そのことを再認識させられた映画を新宿武蔵野館で見た。「靴ひものロンド」(2020年、ダニエール・ルケッティ監督)である。
ルケッティ監督作は「ローマ法王になる日まで」以来、2作目になる。原作はベストセラー小説「靴ひも」(ドメニコ・スタルローネ著)で、物語の起点は1980年代初頭のナポリだ。坂本九が歌ってヒットした「レットキス(ジェシカ)」が繰り返し流れ、冒頭で歌詞の〝列になって踊ろう〟そのまま、ダンスパーティー会場から4人家族の靴がアップで捉えられる。
アルド(ルイジ・ロ・カーショ)、ヴァンダ(アルバ・ロルヴァケル)夫妻は長女アンナ、長男サンドロとナポリで平穏に暮らしていた。アルドはラジオ番組の進行役で、文学から時事まで的確なコメントが評価され、知名度も上昇中だ。平日はローマで仕事をし、週末はナポリの家族の元に帰る二重生活を送っている。
ある日、アルドはヴァンダに告白する。「女と関係を持った」と……。相手はリディアという美しい女性だった。カトリック国のイタリアでは離婚は成立しづらいのかもしれない。アルドとヴァンダのキャラは好対照だ。情熱的で感情の揺れが激しいヴァンダは自殺を試み、一方のアルドは常に周りを意識して慎重に行動する。
夫妻が30代の頃と、30年後がカットバックして物語は進行する。老年期のアルドをシルヴィオ・オルランド、ヴァンダをラウラ・モランテが演じている。40歳前後になったアンナ(ジョヴァンナ・メッツォジョルノ)とサンドロ(アドリアーノ・ジャンニーニ)の姉弟は、不仲の両親のせいで自身の家庭運も悪くなったと感じている。
タイトルの「靴ひも」がキーワードになっている。姉弟は小さい頃、アルドに靴ひもの結び方を実演させた。家族共通の結び方が絆になっていた……、これが肝かと思ったが、そんなに甘くはない。アルドとヴァンダは共に暮らすようになっているが、老年期に達しても折り合いは良くない。〝腹を立てない〟を自らに課しているアルドにヴァンドは事あるごとに突っかかる。
家族の絆、夫婦の絆、姉弟の絆……。俺も絆という言葉は好きだが、よくよく考えれば、絆を積極的に醸成したことはない。だから、絆が虚構であったことを剥き出しにする本作に妙にシンパシーを覚えてしまう。まあ、負け男の卑屈なひがみだ。子育てに励む30代の夫婦、肩寄せ合って老後を暮らしている熟年夫婦は、本作にいかなる感想を抱くのだろう。
旅行に出かけたアルドとヴァンダが帰宅すると、部屋は荒らされ、飼い猫が消えていった。一体誰が? 泥棒の正体は? 悲しく、そして微笑ましい家族の真実に心が緩んだ。飼い猫の名前ラベスはラテン語で自滅、悪徳、恥辱、崩壊を指すという。老夫婦の家から消えた崩壊の行方が、本作のその後を暗示している。
最後に、イタリア総選挙で極右政党が第1党になり、メローニ党首が首相に就任するという。極右の支持を集めた安倍晋三元首相の国葬があす執り行われるが、難民、物価、エネルギー問題をリトマス紙に、暗い影が欧州を覆っているようだ。