酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「穴」~リアルな描写が織り成すフレンチ・ノワールの神髄

2024-05-19 23:12:54 | 映画、ドラマ
 将棋の名人戦第4局が別府市で行われ、先手の豊島将之九段が藤井聡太名人(八冠)を破って一矢を報いた。研究していた手順で初日にリードを奪ったが、2日目の夕方には五分の形勢になる。通常なら藤井の終盤力に屈するところだが、豊島は最善の応手で勝利を引き寄せた。豊島の醒めた闘志を感じさせた熱戦だった。

 中学生になって、映画館に足を運ぶようになった。といってもロードショーではなく、二番館での2本立てで、ホームグラウンドは祇園会館だった。「007」シリーズ、少し背伸びしてアメリカン・ニューシネマ、そしてフレンチ・ノワールにカテゴライズされるチャールズ・ブロンソンやアラン・ドロンの主演作を、タイムラグを経て観賞していた。

 ケイズシネマで開催された「フィルム・ノワール映画祭」では15本が上映されたが、〝フィルム〟ではなく〝フレンチ〟特集の感がある。最終日(17日)に「穴」(1960年、ジャック・ベッケル監督)を見た。20年ぶりの再会である。そもそもアメリカ発祥の<ノワール映画>の定義は難しく、ビリー・ワイルダーや黒澤明の作品まで含める批評家もいる。定義を談じても意味がなく、見方ひとつで変わると捉えた方がよさそうだ。

 本作は1947年、パリのサンテ刑務所で起きた脱獄事件がベースになっている。原作者のジョゼ・ジョヴァンニだけでなく冒頭に登場するジャン・ケロディも実行犯で、リーダー格のロランを演じていた。監房の一室にはロラン以外にジェオ(ミシェル・コンスタンタン)、マニュ(フィリップ・ルノワ)、ボスラン(レイモンド・ムーニエ)が収監されていた。4人は軽作業を隠れみのに脱獄の準備を進めていた。

 そこに新参者が加わる。いかにも育ちが良さそうなガスパール(マーク・ミシェル)で、狡猾な所長の覚えもいい。もみ合っているうちに妻を撃ってしまい、計画殺人未遂の容疑で逮捕された。義妹ニコールとの浮気が妻を硬化させ、訴えを取り下げる気配はない。ガスパルは当初、余計者扱いだったが、信頼を得て同志になる。

 実行犯が製作に参加しているから、床や壁に穴をあける作業の描写は実にリアルで、ロランとマニュが刑務所地下を徘徊する場面は緊迫感とユーモアに溢れていた。5人を追うカメラワークも秀逸で、モノクロ画面が各自の心情を浮き彫りにしている。不思議に感じたのは、脱獄後の展望が描かれていないことだ。戦後の混乱期ゆえ、出てしまえば何とかなるという楽観的な空気もあったのかもしれない。本作は脱獄を巡る葛藤劇、心理劇とみることも出来る。

 順風満帆な人生を踏み外し、将来への希望をなくしたガスパルに変化が訪れる。配管工(囚人)の窃盗に対し、同室の4人は刑務官の計らいで制裁を許される。生きてきた外の世界と異なるルールに戸惑ったガスパルは、所長に呼ばれて妻が訴えを取り下げ、遠からず釈放されることを告げられる。脱獄決行の夜、監房前に刑務官が集結する。「僕じゃない」と叫ぶガスパルに、ロランは「哀れなやつ」と吐き捨てる。裏切りの真実は闇の中だ。本作で驚いたのはフランスの監獄の自由度の高さと、囚人たちのファッションセンスだった。

 ベッケルは「現金に手を出すな」で知られるが、夭折の画家モジリアーニを描いた「モンパルナスの灯」の監督でもある。色調が異なる傑作を世に問うたベッケルの実力に感嘆するしかない。
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