「死刑」(08年刊/朝日出版社)を読了した。以下に感想を記したい。
自衛隊海外派遣に反対する憲法9条維持派、自殺増加や格差拡大に胸を痛める人、環境保護論者……。優しくて柔らかな思考の持ち主の多くが、なぜか死刑存置派だ。廃止派の身には不思議だったが、人々は論理より情緒で死刑と向き合っているのだろう。
護憲派といわれた後藤田正晴氏は法相時代、途切れていた死刑執行を再開する。一方で〝国権派〟を自任する佐藤優氏が廃止派に転じ、元警察官僚の亀井静香氏が「死刑廃止を推進する議員連盟」の代表を務めるなど、イメージと食い違うケースもある。
存置派が前提とする〝事実〟に対し、森氏は本書で疑義を呈している。メディアが伝える<治安の悪化と凶悪事件の増加>だが、警察発表を信じる限り殺人事件は減少傾向にある。
<国民の声により死刑の存廃が決まる>も〝事実〟に反する。本書ではフランス政府がイニシアティブを取って死刑を廃止した例を紹介している。他の欧州諸国でも同様で、政府が多数の存置派を抑える形で世論を<国際標準>に導いた。その積み重ねにより、死刑廃止がEU加盟の必要条件になる。
<死刑は殺人の防波堤になる>も統計上は誤っている。欧州各国では死刑廃止後、殺人事件は減少している。興味深いのは、執行停止を含め死刑廃止が半数の州に迫りつつあるアメリカだ。治安に問題を抱えるワースト20市のうち17市が、死刑存置州内にある。先進国に関する限り、死刑は凶悪犯罪の歯止めになっていない。ここ数年、日本で目立つのは、自らの死(=死刑)を射程に入れた凶悪犯だ。死刑が犯罪へのスプリングボードとしての側面を持つことにも留意する必要がある。
日本で存置派が80%を超えるのは、<神と法というダブルスタンダード>が存在しないからではないか。本書の冒頭、「カラマーゾフの兄弟」から以下の部分が引用されている。
<この地上には、真剣に悔いあらためているものを神さまがお赦しにならないほどの罪などありませんし(中略)、尽きることのない神の愛を涸れさせてしまうほど大きな罪など、人間に犯せるはずがないのです>……
<悔いあらためれば赦される>を裏返せば、<罪に相応しい法的罰を逃れても神の裁きが待ち受ける>となる。日本の場合、〝神の怒り〟を形にするのは法に則る罪と罰だけだ。信仰なき土壌で厳罰主義が幅を利かすのは当然かもしれない。
死刑だけを隔離して論じても意味がないことを、本書は教えてくれた。警察の取り調べの在り方、代用監獄や刑務所の前近代的な仕組み、加害者家族に群がるメディア、犯罪の温床になる貧困、<支配-隷属>に陥りやすい国民性など、巨視的に検証していかないと死刑廃止に繋がらない。
複数の死刑囚、免田栄さん、冤罪に取り組む人たち、殺人の被害者家族、元刑務官……。多くの証言が記されていたが、最も感銘を受けたのは、光市事件で妻子を殺害された本村洋氏が森氏に送ったメールだった。
自らを死刑存置派のリーダー的存在に据えるメディアへの不快を表明した本村氏は、<死刑問題の本質は、「なぜ権力は死刑という暴力に頼るのか」、「なぜ国民は死刑を支持せざるをえないのか」という問いの中にある>(要旨)と綴っていた。本村氏は渡米して多くの死刑囚と話し、真摯な言葉に影響を受けたという。
森氏は同事件の被告と面会している。頭脳は明晰だが、改悛の情や他人の身を慮るという感覚とは無縁の青年に映る。それでも森氏は「僕は人に絶望したくない。生きる価値のない人など認めない」と本書を結ぶ。
本書を終着駅にする予定が、ようやくスタートラインに着いたばかりと気付いた。命が尽きるまで、死刑とその背景について考えていきたい。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/hiyo_uru.gif)
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自衛隊海外派遣に反対する憲法9条維持派、自殺増加や格差拡大に胸を痛める人、環境保護論者……。優しくて柔らかな思考の持ち主の多くが、なぜか死刑存置派だ。廃止派の身には不思議だったが、人々は論理より情緒で死刑と向き合っているのだろう。
護憲派といわれた後藤田正晴氏は法相時代、途切れていた死刑執行を再開する。一方で〝国権派〟を自任する佐藤優氏が廃止派に転じ、元警察官僚の亀井静香氏が「死刑廃止を推進する議員連盟」の代表を務めるなど、イメージと食い違うケースもある。
存置派が前提とする〝事実〟に対し、森氏は本書で疑義を呈している。メディアが伝える<治安の悪化と凶悪事件の増加>だが、警察発表を信じる限り殺人事件は減少傾向にある。
<国民の声により死刑の存廃が決まる>も〝事実〟に反する。本書ではフランス政府がイニシアティブを取って死刑を廃止した例を紹介している。他の欧州諸国でも同様で、政府が多数の存置派を抑える形で世論を<国際標準>に導いた。その積み重ねにより、死刑廃止がEU加盟の必要条件になる。
<死刑は殺人の防波堤になる>も統計上は誤っている。欧州各国では死刑廃止後、殺人事件は減少している。興味深いのは、執行停止を含め死刑廃止が半数の州に迫りつつあるアメリカだ。治安に問題を抱えるワースト20市のうち17市が、死刑存置州内にある。先進国に関する限り、死刑は凶悪犯罪の歯止めになっていない。ここ数年、日本で目立つのは、自らの死(=死刑)を射程に入れた凶悪犯だ。死刑が犯罪へのスプリングボードとしての側面を持つことにも留意する必要がある。
日本で存置派が80%を超えるのは、<神と法というダブルスタンダード>が存在しないからではないか。本書の冒頭、「カラマーゾフの兄弟」から以下の部分が引用されている。
<この地上には、真剣に悔いあらためているものを神さまがお赦しにならないほどの罪などありませんし(中略)、尽きることのない神の愛を涸れさせてしまうほど大きな罪など、人間に犯せるはずがないのです>……
<悔いあらためれば赦される>を裏返せば、<罪に相応しい法的罰を逃れても神の裁きが待ち受ける>となる。日本の場合、〝神の怒り〟を形にするのは法に則る罪と罰だけだ。信仰なき土壌で厳罰主義が幅を利かすのは当然かもしれない。
死刑だけを隔離して論じても意味がないことを、本書は教えてくれた。警察の取り調べの在り方、代用監獄や刑務所の前近代的な仕組み、加害者家族に群がるメディア、犯罪の温床になる貧困、<支配-隷属>に陥りやすい国民性など、巨視的に検証していかないと死刑廃止に繋がらない。
複数の死刑囚、免田栄さん、冤罪に取り組む人たち、殺人の被害者家族、元刑務官……。多くの証言が記されていたが、最も感銘を受けたのは、光市事件で妻子を殺害された本村洋氏が森氏に送ったメールだった。
自らを死刑存置派のリーダー的存在に据えるメディアへの不快を表明した本村氏は、<死刑問題の本質は、「なぜ権力は死刑という暴力に頼るのか」、「なぜ国民は死刑を支持せざるをえないのか」という問いの中にある>(要旨)と綴っていた。本村氏は渡米して多くの死刑囚と話し、真摯な言葉に影響を受けたという。
森氏は同事件の被告と面会している。頭脳は明晰だが、改悛の情や他人の身を慮るという感覚とは無縁の青年に映る。それでも森氏は「僕は人に絶望したくない。生きる価値のない人など認めない」と本書を結ぶ。
本書を終着駅にする予定が、ようやくスタートラインに着いたばかりと気付いた。命が尽きるまで、死刑とその背景について考えていきたい。
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