酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

裁判員制度まであと1年~俺は誰も裁けない

2008-06-29 00:22:10 | 社会、政治
 欧州全域、カナダ、中南米15カ国、オーストラリア、韓国、カンボジア、アルジェリア……。死刑を廃止した国を挙げてみた。アメリカでも20州近くで執行されず、追随する動きが他州に広がっている。

 グローバルな視点なら鳩山邦夫法相は「死に神」だが、「死刑」は日本人の耳に快く響くらしい。「見ない奴は死刑なのだ」(バカボンのパパ)や「死刑!」(こまわり君)が流行語になったぐらいだから……。

 死刑存置のまま、裁判員制度が来年導入される。27日深夜の「朝まで生テレビ!」は俺のような初心者に最適の内容だった。

 6人の裁判員と3人の裁判官が合議体を構成する。<検察―警察―裁判所>の硬直した刑事司法を民主化することが、裁判員制度の目的という。「朝生」で異論が噴出したのは、重罪の刑事事件に限定される点だ。江川紹子さんらが指摘したように、痴漢や選挙違反など身近な犯罪から導入すれば忌避感も小さくなるはずだ。

 裁判員が重刑(死刑)に傾くのか、判例より軽い刑を主張することになるのか、パネリストの意見は分かれた。1人の裁判官の賛成が条件になっている以上、多数決でも極端な判決は出ないと思う。

 「相棒~シーズンⅥ」のオープニングSP「複眼の法廷」は裁判員制度の本質に迫っていた。事件(被告)の関係者が裁判員に選ばれる可能性、メディアの介入、世論の影響、代用監獄での自白の強要など、裁判員制度のみならず、刑事司法が抱える問題点を提示していた。

 俺が裁判員に選ばれたら? 以下の理由で拒否するつもりだ。
<理由①>…俺のような半端者に人を裁く資格はない
<理由②>…権力におもねる司法に対し、根深い不信感を抱いている
<理由③>…死刑存置のまま量刑まで決定する制度に納得がいかない
<理由④>…お喋りだから秘密を保つのは不可能
 
 選挙人名簿から無作為に選ばれた候補が面接で絞られる仕組みだから、俺のような胡散臭い中年男は確実に排除されるだろう。

 ついでに、春GⅠシリーズの掉尾を飾る宝塚記念の予想。ウオッカをめぐる四角関係で、本命は武豊騎乗の②メイショウサムソン、対抗は四位騎乗の⑪アサクサキングス、3番手に岩田騎乗の⑧ロックドゥカンブ。気になる⑤サクラメガワンダーも買い足すことにする。馬券は②1頭軸の3連単で、<②・⑪・⑧><②・⑪・⑧・⑤><②・⑪・⑧・⑤>の14点。

 EURO'08は、本命に推したスペインが決勝に進出した。ビジャの欠場は痛いが、代役グイサはリーガ得点王だ。ドイツも手ごわいが、攻撃力に勝るスペインが有利だと思う。オランダはオランダらしく輝き、散った。十分楽しませてもらった。


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「ヘドウィグ」&「オーランドー」~性を超越する者たち

2008-06-26 00:07:16 | カルチャー
 ♪男と女のあいだには ふかくて暗い河がある 誰も渡れぬ河なれど エンヤコラ今夜も船を出す……。「黒の舟唄」は男女の深淵を抉った名曲だが、21世紀の現在、<俺は男、わたしは女>という構図だけで愛を語るのは時代遅れなのだろう。

 人間はかつて、男が背中合わせの<男>、女が背中合わせの<女>、男女が背中あわせの<男女>の三つの性に分かれていた。人間の能力に恐れをなした神が切断し、現在の姿になった……。

 これはプラトンが紀元前4世紀に提示した<愛の起源>だ。一体だった頃の<ベターハーフ>を探し求める情熱がエロス(愛)だが、<生殖>をもたらす男女の愛だけが正統になった。

 「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」(01年)はプラトンの<愛の起源>をモチーフにしている。ハンセルは1961年、東ドイツに生まれた。その年に構築されたベルリンの壁は、<性の壁>のメタファーでもある。ハンセルは米兵と結婚するため性転換したが、手術の失敗で「アングリーインチ」が残ってしまう。

 夫に捨てられたハンセル改めヘドウィグは、自らのバンド、アングリーインチを率いて全米を巡業する。ヘドウィグにとっての<ベターハーフ>とは、自身の曲を盗んでロックスターになったトミーだった。

 「ジギー・スターダスト」の頃のデヴィッド・ボウイを彷彿させるシアトリカルなナンバーが全編に流れ、繰り返しインサートされるアニメーションも効果的だ。ロックファン必見の狂おしく切ないラブストーリーだと思う。

 「ヘドウィグ――」の先駆というべきは、ヴァージニア・ウルフの「オーランドー」だ。内省的な他のウルフ作品とは異質のファンタジーで、映画化作品も高評価を受けている。16世紀にエリザベス女王の寵愛を受けた美少年オーランドーは、眠っているうちに性転換し、300年を超える時空を駆け巡る。奇想天外なメタ伝記には、英国史と文化も織り込まれている。

 ウルフは精神を病んでいたが、出版社を経営する夫の庇護の下、束縛なく書くことができた。同性愛への志向が強く、性の超越を「オーランドー」に託したのだろう。ちなみにウルフは、フェミニズム提唱者としても知られている。

 マジックリアリズムの創始者はドイツ人作家ユンカーとされているが、同時期(1920年代)にウルフが、エンターテインメント性を備えた実験を試みていたことはもっと評価されるべきだ。

 異性、同性間の関係や恋愛を、分かった風に「○○主義」、「××イズム」に基づいて語る人もいるが、説得力を感じない。理屈をこねる割に、彼らの恋愛行動が平凡だからである。

 対象は異性であっても、同性であっても、猫であっても、アニメのキャラであってもいい。肝心なのは愛するという刹那的で永遠の衝動なのだ。



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「激動の昭和史 沖縄決戦」~死者に捧げるレクイエム

2008-06-23 03:17:11 | 映画、ドラマ
 63年前のこの日(23日)、沖縄戦にピリオドが打たれた。今回は「激動の昭和史 沖縄決戦」(71年、岡本喜八監督)について記したい。

 学生時代から岡本ワールドを堪能してきたが、本作は先日初めてNHK衛星2で見た。2時間半に及ぶドキュメンタリータッチの群像劇で、実写フィルムも織り込まれている。

 ここで一つの仮説(妄想の産物)を提示したい。即ち、<「硫黄島からの手紙」は本作の優れたコピーである>……。

 軍属散髪屋の比嘉(田中邦衛)が「硫黄島――」で西郷一等兵が演じた語り部で、牛島中将(小林桂樹)の温厚な人柄を浮き彫りにしていく。好戦的な長参謀長(丹波哲郎)と持久戦を説く八原高級参謀(仲代達矢)の葛藤と友情が、ストーリーの一つの軸になっていた。

 大本営は硫黄島と同じく、沖縄を捨て石とみなしていた。死に急ぐ長を「沖縄に一尺一寸の土地がある限り、戦いを続けましょう」と諌める牛島の言葉に、「硫黄島――」の栗林中将の台詞――「我々の子供らが日本で一日でも長く安泰に暮らせるなら、我々がこの島を守る一日には意味があるんです」――が重なった。

 「硫黄島――」では栗林と西郷の手紙が普遍的な心情を表現していたが、本作では特攻隊員の遺書、戦艦大和乗員の手記が見る者の心を揺さぶる。地下要塞や塹壕のシーンも、「硫黄島――」に影響を与えたはずだ。県民を慮る太田中将(池部良)は、バロン西に共通する存在感を示していた。

 相似点がこれだけある以上、イーストウッドが本作にインスパイアされたことは間違いない。「硫黄島――」は秀逸な人間ドラマで、成熟したエンターテインメントでもあるが、戦争の悲劇をリアルに描いた点では本作の方が勝っている。

 対馬丸の悲劇、戦闘員と一般人の区別がつかない状況、軍隊から渡された手榴弾による渡嘉敷村の集団自決、スパイと疑われ日本兵に撃たれる老人と少年、国家による洗脳に蝕まれる純粋な10代……。

 社会派の新藤兼人氏は史実を脚本に書き込んでいるが、最大の見どころは南風原陸軍病院でのシーンだ。抉り出された戦争の実相に、何度も目をそむけそうになる。岸田森が狂気の狭間で理性を保つシニカルな軍医を好演していた。

 2時間15分はシリアスな新藤色だが、最後は破綻を好む喜八流だ。中学ごとに結成された勤皇鉄血隊が玉砕する場面で流れるマーチ、棒切れで米兵に立ち向かう老人、MP風に変装した八原に食ってかかる老人、民謡を歌い踊る老婆に接近する数台の米軍戦車……。戦場の狂気と崩壊感覚をシュールに表現した15分だった。

 作品中、地獄絵を彷徨う幼子が、何かを象徴するように繰り返し登場する。斃れた日本兵の水筒を手に、幼子が渇きを癒やすラストシーンが印象的だった。

 沖縄について無知だったことを教えてくれた本作は、死が軽くなりつつある現在、生きる意味を深く問うためのテキストにもなりうると思う。


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オースチンという稀有な毒物

2008-06-20 01:30:43 | スポーツ
 10年前、WWF(現WWE)を発見した。部屋に遊びに来た会社の後輩がCATVにチャンネルを合わせるや、破裂音とともに坊主頭の男が登場する。会場を狂騒の坩堝にした男こそ、ストーン・コールド・スティーブ・オースチンだった。

 WWE以前のレア映像も収録した3枚組DVD「レガシー・オブ・ストーン・コールド」を先日購入した。充実した内容だったが、違和感は拭えなかった。オースチンの<本質=毒>に照準を合わせていなかったからである。

 オースチンはテクニックと順応性を併せ持つレスラーで、初来日時(92年)には新日本プロレス上層部から高評価を受けたが、自己アピールが苦手だった。WWEから人気レスラーを次々に引き抜いたWCWは、オースチンを戦力外と見做して解雇を通告する。

 オースチンはECWで浮上のきっかけを掴んだ。サンドマンにヒントを得て、<ビール大好きのブルーカラー>のキャラを確立する。「フレアーもホーガンもWCWも、俺がまとめて吹っ飛ばしてやる」のマイクパフォーマンスは負け犬の遠吠えにしか聞こえなかったが、数年後に現実となった。

 WWE入団後、オースチンは青大将から”ラトルスネイク”(ガラガラ蛇)に変身する。蛇を抱えてリングに登場するジェイク・ロバーツは、即興の「オースチン3・16」に牙を抜かれ、零落する。WCW時代からの盟友ブライアン・ピルマンは、オースチンの毒にあたり、抗争展開中に薬物死(自殺とも)した。

 受け身が取れないパイルドライバーでオースチンを長期欠場に追い込んだオーエン・ハートは99年、PPVの入場時に天井から転落死した。変死したエディ・ゲレロも一時期、オースチンの抗争相手だった。

 当時WWEのエースだったブレット・ハート(オーエンの兄)もまた、オースチンの毒に痺れた一人だと思う。WCW移籍をめぐる経緯を描いたドキュメンタリー「レスリング・ウィズ・シャドウズ」(98年)には、オースチンに熱狂する観衆を不安げに眺めるブレットが映し出されていた。

 実働13年、メーンイベンターとしての活躍は5年足らずのオースチンだが、短期間で業界地図を塗り替えた。レスラーを掌の上で転がすビンス・マクマホン(WWE会長)は、恩人オースチンについて「あの男だけは別格」と語っている。オースチンがいなければ、WWEはテッド・ターナー率いるWCWに潰されていたかもしれない。

 プロレス団体は保守的になりがちだが、草創期や存亡の危機では無手勝流になる。俺は幸いにも、プロレスの2大ピークを体感することができた。一つはオースチンを主役に据えたWWEのアティテュード路線であり、もう一つは過激な仕掛けを連発した70年代の新日本プロレスだ。

 猪木とオースチンは、他のレスラーを影にする光を放射していた。俺にとってこの2人は、レスラーの域を超えた稀有な表現者である。



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POGドラフト&キュアーナイト~”ビタミンI”を吸収した日

2008-06-18 00:39:54 | 戯れ言
 名人戦第6局で羽生2冠が森内名人を下し、永世位(通算5期)を獲得した。遅すぎた栄誉という気もするが、獲得10期の大名人に向け防衛を重ねるのではないか。全冠永世位も竜王(あと1期)を残すのみとなった。

 さて、本題。樺美智子さんの死とともに語り継がれる安保の日(6月15日)、二つのイベントをはしごした。最初は12年ぶりに参加したペーパーオーナーゲーム(POG)のドラフト会議である。

 緊張と苦渋の3時間半は瞬く間に過ぎた。選択終了直後は満足感に浸れたが、時間がたつにつれ、綻びと偏りが浮き彫りになる。人気種牡馬のキングカメハメハ、シンボリクリスエス、クロフネの仔は一頭もいないし、牡馬15、牝馬7と牡牝のバランスが悪い。6位(12人中)に入れれば御の字か。

 打ち上げ後、THE CURE NIGHT2の会場(club ACID=新宿)に向かう。到着は開始4時間後の午後9時だったが、ブログ読者とマイミクの女性たちから次々に挨拶された。初対面ではシャイだから、本性を曝け出さずに済んだはずだが……。

 クラブ初体験ゆえ、椅子(シルバーシート)に腰掛け、2時間あまり置き物状態で聴き入っていた。80年代当時の青春の悶々が甦るにつれて体内湿度が上昇し、目を潤ませながら踊る人たちを眺めていた。

 ニューウェーヴの旗手、ポストパンク/オルタナの創始者として、キュアーは世界で最も影響力の大きいバンドだが、今回のイベントで、ロバート・スミスが希代のポップメーカーであることを再認識できた。

 ブライアン・ウィルソン(ビーチ・ボーイズ)、アンディ・パートリッジ(XTC)、グリーン・カートサイド(スクリッティ・ポリティ)、ポール・ドレイバー(マンサン)……。ポップの求道者たちは過酷な試練を与えられ、狂気の世界に足を踏み入れてきた。

 ところがロバートは、ポップの毒をスッキリ消化し、常に正気を保っている。ポップの究極形を示した作品は”Wish”(92年)だが、最新シングル”The Only One”と”Freakshow”の曲調は”Japanese Whispers”(83年)に近い。49歳でこれほどキャッチーな曲を書けるロバートは、まさにポップモンスターといえるだろう。

 POGのメンバーは資料作成、指名馬の管理に協力して携わり、円滑な運営に努めている。俺を紹介してくれた先輩は競馬のDVDを数種類制作し、メンバーに無料で配布していた。競馬への愛と情熱をひしひしと感じた数時間だった。

 キュアーナイトでDJを担当したマルさん(マイミク)は、ハードワークをこなしつつイベントを成功に導いた。キュアーと音楽への愛があるからこそ、無理が利くのだろう。マルさんだけでなく、至福の空間を創出してくれたスタッフの皆さんに、この場を借りて感謝の気持ちを表したい。

 俺には多くのものが欠落しているが、最も足りないのが”ビタミンI”と教えられた一日だった。I(愛)とはもちろん、愛するという能動的な精神の働きである。



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土曜の夜は「ハチワンダイバー」

2008-06-15 01:16:25 | 戯れ言
 岩手・宮城内陸地震の被害に遭われた方には申し訳ないが、今回のテーマは軽くて薄い。

 10代の頃、家にテレビは1台しかなかった。妹とのチャンネル争いでは、譲った記憶が一度もない。今更ながらわがままな自分を、サル並みに反省している。

 日テレはワールドカップ3次予選⇒「ごくせん」、フジは「古畑任三郎」変則2本立て、テレ朝は「相棒」編集版……。昨夜(14日)は録画機器がなかったら、家族の団欒を保てなかったのでは。

 ちなみに俺は、午後8時から0時まで「競馬予想TV!」、「CSI科学捜査班」、「CSIニューヨーク」を録画し、リアルタイムで「ハチワンダイバー」を見た。人気漫画(柴田ヨクサル)のドラマ化だが、原作は読んでいない。舞台は通り魔事件が起きたばかりの秋葉原だ。

 主人公の菅田健太郎(溝端淳平)はプロ棋士を目指したものの、年齢制限で奨励会退会を余儀なくされた。現在は賭け将棋で生計を立てる真剣師である。菅田は追い詰められると、81マス(将棋盤)の底にダイブし、気息を整え勝負手を放つ。

 設定は荒唐無稽だが、将棋の残酷さと魔性がリアルに描かれている。サンドウイッチマンの富澤と角田がいい味を出しているし、大杉漣、劇団ひとり、京本政樹らが個性的な真剣師を演じている。里花(安田美沙子)の関西弁が耳に心地よく、将棋道場主の娘(木下優樹菜)の謎めいた動きも気になる。

 見る者(男だけ?)を魅了するのが、中静そよ役の仲里依紗だ。そよは菅田を一蹴した女真剣師だが、派遣お掃除メイド(源氏名はみるく)という別の顔も持っている。将棋一筋の童貞青年菅田にとって、そよは癒やし、欲望、愛、そして乗り越えるべき対象でもある。仲はそよと同じ19歳だが、若さに似合わず包容力を表現できる女優だ。カメラが執拗に追う巨乳に、嫌でも目が行ってしまうけど……。

 将棋界は3年前、奨励会退会者に門戸を開いた。再チャレンジで夢を実現したのは瀬川晶司4段である。菅田が瀬川4段と同じ道を歩むのか、真剣師のままプロを粉砕するのか、今後の展開を楽しみだ。

 <テレビばかり見ているとアホになり、人格的成長が止まる>という仮説を、俺は身をもって証明した。この30年、俺はテレビを見続けたが、妹は誰に対してもチャンネル権を放棄した。日々の積み重ねが結果になって表れる。

 30代半ばからピアノを学んだ妹は今、子供たちを教える傍ら、友人と定期的に演奏会を開いている。書きためた童話を自費出版する夢もあり、実現に向けて準備中だ。人格的にも陶冶されており、周囲の信頼も絶大だ。テレビ視聴時間の差が、<愚兄賢妹>に繋がった一つの理由であることは間違いない。

 テレビは俺にとって、<仮初のシェルター>であり、<バーチャルな現実>への入り口でもある。俺は安らぎと引き換えに心と頭脳をスポイルされた<TVジャンキー>なのだ。<自然災害、世界情勢、政治、スポーツの勝敗、ドラマの展開を、等価値、等距離で眺める>というのが、カルテに書き込まれた病状である。

 しまった、EURO'08が始まってる。テレビをつけた瞬間、トーレスのゴールでスペインが先制した。


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「玉ねぎの皮をむきながら」~10代の罪の意味

2008-06-12 00:25:56 | 読書
 応援するオランダ、クロアチア、スペインがEURO'08で好発進した。異様なテンションに包まれたドイツ対ポーランド戦では、ボドルスキが祖国相手に2ゴールを挙げ、ドイツを勝利に導く。この試合の感想をギュンター・グラスに聞きたいものだ。

 <私はナチスの武装親衛隊員だった>……。2年前、ノーベル賞作家の告白が、世界に衝撃を与えた。経緯を綴った自伝「玉ねぎの皮をむきながら」の邦訳(集英社)を先日読了する。

 グラスは1927年、ベルサイユ条約でドイツから切り離された自由都市ダンツィヒ(ポーランドが実効支配)で生を享ける。本作では転校を繰り返す問題児だったこと、両親が営む雑貨店でツケの取り立て役だったことなど、少年時代が生き生きと描かれていた。

 父はドイツ人、母はスラブ系だったが、グラスのアイデンティティーはドイツにあった。15歳で労働奉仕団に入り、17歳で武装親衛隊員になる。ナチス支配下地域の外国人が70%近くを占める武装親衛隊は戦闘兵補充の側面が強く、グラスが所属した隊はソ連軍の進攻を遅らせる”捨て石”の役割を担っていた。

 グラスがユダヤ人虐殺の事実を知ったのは捕虜収容所である。<私の行為を若気のいたりとして矮小化してしまうことはできない。(中略)何も知らずに戦争に加担した犯罪に時効はなく、恥は消えることがない>と自らを抉っている。グラスにとって文学とは、贖罪のための手段でもあった。

 自嘲、自虐、ユーモアで味付けされた本作は、グラスの骨太な人間像を浮き彫りにする。10代で生死の狭間を漂ったグラスは、タフな実践家、優れた旅人で、何より才能の塊である。

 捕虜収容所で料理を学んだことが「ひらめ」に生かされたが、実際のグラスは玄人はだしのシェフでもある。石工を経て美大に入学し、作家デビュー以前は彫刻家、詩人として高評価を受けていた。バンドで打楽器を担当していた時には、飛び入りのサッチモと共演する。無芸大食の俺には羨ましい限りだ。
 
 東西ドイツ統一を<資本主義への隷従>と<危険なナショナリズムの勃興>と批判するなど、グラスは独自の立場を貫いてきた。炭鉱で働いた時、コミュニスト、ナチス支持者、社会民主主義者の暗闘を体験したことが、政治に目覚めるきっかけになった。一貫して社民党支持者だが、保守派やアメリカへの厳しい追及が常に物議を醸している。

 戦中戦後の空腹、抑えがたい性的欲求、芸術への乾きは、<三つの飢え>と表現されている。「ヰタ・セクスアリス」風に性体験、恋愛遍歴が赤裸々に記されているが、グラスの素顔は繊細な文学青年とは真逆のプレイボーイだ。
 
 前衛性とストーリーテリングを兼ね備えたグラスは、ラシュディやアーヴィングら後進の作家たちに多大な影響を与えた。お薦めは「ブリキの太鼓」と「ひらめ」だが、ともに絶版になっている。グラスはこの10年、「私の一世紀」(99年)、「蟹の横歩き」(02年)、本作と長編を次々に発表している。老いても執筆への意欲は衰えないようだ。

 最後に、秋葉原通り魔事件の報道について。犯行は憎むべきものだが、加害者の両親をカメラ前に立たせる神経が理解できない。俗情と結託し、審判者を気取るメディアの奢りに腹立たしさを覚えた。



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EURO'08開幕~寝不足の夜は続く

2008-06-09 00:46:52 | スポーツ
 官僚と”居酒屋タクシー”の癒着が明るみに出た。今回の件は官僚にとって切り傷程度で、長妻昭議員の追及は空振りに終わるだろう。気懸かりなのは、規制緩和とガソリン高に苦しむタクシードライバーの現状だ。

 前稿のタイトルは「安田記念は分岐点?~武王朝は続くのか」だったが、ウオッカを圧勝に導いた岩田が<最も信頼できる騎手>の冠を武豊から奪い取った。前王者が宝塚記念で復位できるか注目したい。

 北島がレーザー・レーサー着用で世界記録を更新した。ドーピングは栄誉と引き換えに身を蝕むが、スピード社の水着は脱げば元に戻れる。公正が五輪の精神なら、本番では水着選択をスイマーに任せるべきだろう。

 前置きが長くなったが、本題に。EURO'08開幕戦、共催国スイスは押し気味ながらチェコに屈し、決勝トーナメント進出に黄信号が灯った。第2試合ではCロナウドのパスを起点にポルトガルが2―0でトルコを破り、チームとしての成熟を示した。

 国際大会では常にオランダを応援してきたが、今回は「勝てばいいや」と少し引き気味だ。加齢とともに体内温度と湿度が低下し、アップ多用のハリウッドからロングのアンゲロブロス風へと、全てに対して距離感が変わってきた。管理と規律を重視するファンバステンが気に入らないのも、燃えない理由の一つだけれど……。

 優勝の条件は、①選手個々のレベルが高いこと、②シーズン後も体力とモチベーションを維持していること、③短期間に一体感を作れること、④運が味方することの4点か。ポルトガル、ドイツ、イタリア、フランス、スペインがV候補に挙がっている。

 最右翼と見做されているドイツ代表には、ポーランド、トルコ、アフリカからの移民が名を連ねており、「ゲルマン魂」は昔話になった。ブンデスリーガでプレーする選手にとって、今大会は移籍に向けたアピールの場になる。組み合わせに恵まれたことも、本命視される理由だろう。

 オランダは下馬評が低く、決勝トーナメント進出は難しいといわれている。ファンベルシーの出場は微妙だし、ロッペンもイタリア戦を欠場する。救いといえるのが、ケガで休養していたファンニステルローイがフレッシュな状態で臨めることだ。ファンバステンが確執を噂されるカイト起用に踏み切れれば、状況は好転するはずだ。

 欧州戦線で不振だったリーガ勢の分を、代表チームが埋め合わせるかもしれない。決定力不足がスペインの恒常的な悩みだったが、トーレス、ビジャ、グイサのFW陣は今大会随一といえる。賭けるなら断然スペインだ。予選でイングランドを連破したクロアチアもひいきチームだが、シルヴァ欠場が響きそうだ。

 熱くならずゆったりとEURO'08を楽しむつもりだ。試合間に放映される「コメディUK!~リトル・ブリテン2」シリーズも見逃せない。性的趣向、人種差別、上流階級の欺瞞、大衆の偏見を、風刺とブラックユーモアをたっぷり効かせて調理している。BBCの懐の深さをあらためて認識させられた。



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安田記念は分岐点?~武王朝は続くのか

2008-06-07 00:17:30 | 競馬
 後期高齢者医療制度、米国産牛肉輸入問題に揺れる韓国、米大統領選の行方、パレスチナの未来、サッカー欧州選手権、ノスタルジックなNBAファイナル……。

 俺は社会の底から、バーチャルかつ等距離に世界を見上げている。とりわけ関心がある名人戦は、森内名人が羽生2冠を破って2勝3敗とし、防衛に望みを繋いだ。

 “競馬界の羽生”というべき武豊だが、近藤利一氏(アドマイヤ総帥)の絶縁宣言以来、威光に影が差している。武豊はメイショウサムソンとのコンビで挑んだジャパンCと天皇賞春で、絶対負けたくないアドマイヤ勢の後塵を拝した。

 ポルトフィーノが桜花賞とオークスを回避し、皐月賞(ブラックシェルで6着)、NHKマイル(ファリダットで5着)、ダービー(ブラックシェルで3着)と、武豊はクラシック戦線で不完全燃焼に終わった。ダービーで前をカットしたのが同厩舎のモンテクリスエス(鞍上は弟分の福永)と、巡り合わせも良くない。

 ウオッカを奪う形になった四位が、ディープスカイで2冠を達成する。そのウオッカもVマイルで2着に終わり、<馬の選択は誤らない>という“武神話”も怪しくなってきた。流れが悪いのは国内だけではない。ヴァーミリアンはドバイWCで最下位に沈み、カジノドライヴでベルモントSに参戦する予定が、オーナーサイドの意向で白紙になった。HP上のコメントから、ショックの大きさが窺える。

 安田記念はスズカフェニックスを本命に推す。武ほどの能力と運の持ち主なら、最近の”負債”をこの辺りで返済するとみたからだ。ウオッカは遠征疲れと馬体減が気になるので、他の牝馬とともに消す。

 結論。◎⑰スズカフェニックス、○⑪スーパーホーネット、▲⑦グッドババ、△⑥オーシャンエイプス、注①ハイアーゲーム。馬券は⑰1頭軸の3連複5頭BOXで6点。3連単は⑰1頭軸で<⑰・⑪・⑦><⑰・⑪・⑦・⑥><⑰・⑪・⑦・⑥・①>の19点。

 武王朝を継ぐのは誰だろう。天才の呼び声高いルーキー三浦皇成が、先輩たちを一気にまくる可能性もある。POGでは所属する河野厩舎の馬も選ぶことにする。


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中高年のオアシスを守れ~接骨院の“不正”を弁護する

2008-06-04 00:38:21 | 戯れ言
 旧聞に属するが、シドニー・ポラック監督が亡くなった。「ひとりぼっちの青春」(70年)に描かれた虚しさ、やるせなさ、孤独は、俺の人生の主音でもある。名匠の冥福を祈りたい。

 インテルがリーグ3連覇のマンチーニを切り、モウリーニョ(チェルシー前監督)を招請した。プレミアに躍動感を植え付けたモウリーニョが、欧州一のタレント集団をどう変えるか楽しみである。

 さて、本題。今回は<やせ蛙 負けるな一茶 ここにあり>の心境で記したい。

 <保険のきくマッサージ施設と勘違いしている利用者を、けが人として扱い、(健康保険を)不正請求する柔整師が多いことをうかがわせる……>(6月1日付朝日新聞1面)。

 <社会の公器>が接骨院の”不正”を取り上げた。記事は真実を穿っており、”法廷荒らし”猪狩文助でさえ無罪を勝ち取るのは不可能だ。それでも俺は、朝日記者が言及しなかった背景を示し、情状酌量を主張する。

 子供の頃から接骨院に親しんできた。夫婦喧嘩で卓袱台を蹴飛ばした父は、星一徹のように見えを切るつもりが、足指の痛みで泣き顔になる。父のお供で訪ねて以来、俺は接骨院の常連になった。階段を踏み外すわ、石を踏むわ、走って転ぶわ、不注意ゆえ捻挫と打撲が習慣になっている。

 接骨院というと、体格のいい柔整師をイメージされるかもしれないが、武道未経験の若い理学療法士が増えている。環境音楽が流れる清潔な院内で、肉体の綻びが健康保険証を用いて施療される。不正請求の謗りは免れないが、大半の肩凝りや腰痛は労災ではないか。

 ガテン系、事務系、主婦業問わず、すべての仕事は特定の部位に過重な負担を強いている。一日中パソコンとにらめっこしている人が体調不良を訴えたって、聞く耳を持つ会社は少ない。肩凝りや腰痛を労災に含めるのも一つの案だと思う。

 接骨院に通う年金生活者は、施療中や待合室の会話で心の癒やしを得ている。保険を適用できないと治療費は数倍に膨らみ、結果としてオアシスを失うことになる。月数万円などはした金に過ぎない朝日記者に見えっこない現実が、そこにあるのだ。

 EU並みに<同一労働/同一賃金>が法制化されたら、非正規雇用者や下請け会社を収奪しているメディアの社員たちは、怒りの声を上げるはずだ。今回の朝日の記事に<貴族階級>の浅さと奢りを感じた俺は、間違いなく<下層階級>の一員である。


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