酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「キエフ裁判」~ナチズムは今も生きている

2024-04-22 22:36:59 | 映画、ドラマ
 棋聖戦挑決トーナメントを制した山崎隆之八段が藤井聡太棋聖(八冠)に挑む。渡辺明、永瀬拓矢、佐藤天彦の実力者の九段を連破した勢いで絶対王者に迫ってほしい。藤井が〝AI超え〟なら、山﨑は〝将棋界きっての独創派〟で、若手の面倒見も良く関西棋界を牽引してきた。かつてのプリンスも43歳。6月に〝遅れてきた青年〟が爆発することを期待している。

 ロシアのウクライナ侵攻から2年2カ月、戦況は膠着しており、一部でゼレンスキーの〝プーチン化〟を危惧する声も上がっている。戦争は人を狂気に追いやるが、阿佐谷で先日、ドイツ軍の東部戦線における蛮行を裁いたドキュメンタリーを見た。オランダ・ウクライナ共同製作の「キエフ裁判」(2022年、セルゲイ・ロズニツァ監督)である。ロズニツァ監督は他作品を撮影する過程で、1946年1月に始まった同裁判のフィルムが残されていることを知ったという。

 独ソ戦のさなか、ロシアやウクライナでドイツ軍はユダヤ人、複数民族の結婚で生まれた子供、障害者だけでなく、住民たちを虐殺する。モスクワで取り調べを受けたナチス関係者15人がキエフ(現キーウ)に移送されて法廷に立った。原告側のソ連軍関係者、虐殺を免れた一般市民が次々に証言する。死刑判決が下されたのは12人で、あとの3人は長期の強制労働が科せられた。

 個々の事象は詳らかにしないが、徹底的な破壊を志向するドイツ軍の行為に衝撃を受けた。ユダヤ人だけでなく、パルチザンの疑いありとされた村民たちは数千人単位で銃殺される。生き埋めにされた子供たちもいた。前稿に紹介した「イギリス人の患者」に登場するキップは英軍工兵で、〝何も残さない〟ために撤退するドイツ軍が設置した地雷を解除していた。これらの蛮行は戦争が必然的に体現せざるを得ない普遍性に基づいているのか、もしくはナチズムの独自性に根差しているのか、観賞しながら考えていた。

 日本軍が中国戦線で展開した三光作戦は八路軍支配地域の壊滅を目指したものだったし、ベトナム戦争で解放戦線が影響力を持つ地域に米軍が大量にまいた枯れ葉剤は、住民たちの肉体を現在も蝕んでいる。そこに<純血と排除>に価値を置くナチズムが加われば、狂気の度合いは更に濃くなる。被告の中には自己弁明に終始する者、仲間に罪を擦りつける者、命令に背けば自らも殺されていたと語る者もいた。

 被告人にハンナ・アーレントの〝凡庸な悪〟を重ねた映画評もあった。<ナチスによるユダヤ人迫害のような悪は根源的・悪魔的ではなく、思考や判断を停止し外的規範に盲従した人々によって行われた陳腐なものだが、表層的であるからこそ社会に蔓延し世界を荒廃させ得る>というのが凡庸な悪の捉え方だ。

 一定の説得力はあるが、どこか違和感を覚える。辺見庸は「1★9★3★7」完全版刊行記念の講演会で、<日本軍は中国戦線で円を作り、その内側で兵士(普通の人々)が殺戮、強姦、人体実験を行った。自分が円の内側にいたら、「自分も蛮行に加わっただろう」。それが本作の出発点>と語っていた。戦争は思想や信念を顧みず、兵士は傍観者であることを許されないのだ。公開死刑を見物するため、凄まじい数のキエフ市民が会場を埋め尽くす。ロズニツァ監督は市民の傍観者性をも俎上に載せていた。

 同裁判ではロシアとウクライナの正義は一致していたが、1932年から33年にかけて起きたホロモドールでは、ウクライナはロシアの正義の犠牲になった。スターリンがウクライナの農作物をモスクワに送った結果、1400万人もの餓死者が出たという統計もある。

 キエフ裁判から78年。移民・難民に反発する者は世界で<純血と排除>を叫んでいる。ナチズムが生きていることを「キエフ裁判」で実感した。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「イギリス人の患者」~喪失... | トップ | 「エデとウンク」~ロマの苦... »

コメントを投稿

映画、ドラマ」カテゴリの最新記事