酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「K――消えた娘を追って」~日本の近未来を映す鏡

2016-09-28 21:17:04 | 読書
 グラウンドに足を運んだ時以外は、プロ野球を一試合を通して見ることはめったにない。だが、日本ハムが優勝を決めた今夜は大谷のピッチングに魅了された。拙攻の連続で普通なら負けパターンだが、耐え抜いた大谷の精神的なスタミナに感嘆する。北海道の被災に言及するなど、栗山監督の優勝インタビューには気遣いと優しさが溢れていた。

 第57期王位戦は羽生が2勝3敗から連勝して3冠を維持した。6度目の挑戦も戴冠ならなかった木村八段の思いはいかほどだろうか。〝七度目の正直〟に期待したい。

 先週末から今週にかけ、立山黒部アルペンルートを訪れた。初日は在来線→路線バス→トロリーバス→ケーブルカー→ロープウエー→トロリーバスを乗り継ぎ立山に到着。日本で最も高い場所(2450㍍)に位置するホテルにチェックインし、宿が主宰するウオーキングに参加する。石畳のアップダウンに膝が悲鳴を上げていた。

 快晴の翌日、黒部ダム周辺を散策する。放流された水に懸かった鮮やかな虹に息をのみ、展望台で壮大な景色を満喫する。400段以上の階段を昇降して膝はガタガタだったが、翌朝にはすっきりしていた。宿泊した大町温泉の<泉質は筋肉痛、関節痛に効く>の謳い文句に偽りはなかったようである。最終日は途中下車し、小雨が煙る松本の街並みを散策した。

 円く緩やかに流れた時間も、東京に戻るや一気に巻き戻る。パソコンを立ち上げ、3日の空白を1時間ほどで埋めた。安倍首相の所信表明で自民党議員が立ち上がって拍手するさまに、ナチスドイツ、ソ連共産党、中国全人代、北朝鮮が重なった。異様、不気味、そして狂いが滲む光景と感じた。安倍首相の任期を無期限に延長しようなんて声も囁かれているという。日本は既に独裁国家なのかもしれない。

 独裁の悪しき伝統から脱しつつあるのが南米だ。<CIA=資本家=軍部>が連携し、チリ、ペルー、アルゼンチンと親米独裁政権が次々に誕生した南米は、新自由主義の実験場でもあった。読了したばかりの「K――消えた娘を追って」(2011年、ベルナルド・クシンシスキー著/花伝社)はブラジルの軍事独裁政権下(1964~85年)に起きた女性失踪事件がベースになっている。

 カーニバル、サンバ、創造性に富んだサッカー……。開放的なイメージがあるブラジルだが、Wカップやリオ五輪に対する激しい反対運動は記憶に新しい。さらに、「トラッシュ! この街が輝く日まで」(14年)など格差、政治の腐敗、暴力を背景に据えた映画も多い。本作はモノトーンのポリティカルフィクションで、独裁下のブラジル社会を様々な角度で抉っている。

 主人公のKはポーランド系ユダヤ人だ。祖国で反体制運動に関わったこともあり、弾圧を逃れてサンパウロに移住し、衣料店を経営している。イディシュ語に強いアイデンティティーを抱くKだが、ユダヤ教には距離を置いている。溺愛していた大学教員(化学関連)の娘が失踪し、Kは捜索に全身全霊を注ぐ。

 娘もかつての自身と同様、反体制活動家で、軍か警察に拉致されたことが次第に明らかになる。同時に、娘について知らなかった事実に行き当たり、十分な絆を作れていなかったことに罪の意識を覚える。真実を知りたい>という思いで、Kは娘の死が確定的になった後も、伝手を頼って捜索を続ける。

 娘は実在の人物、アナ・クシンスキーがモデルで、作者の妹に当たる。<この本の中のできごとはすべてフィクションですが、ほとんどすべてのことが実際に起こったできごとです>と前書きに記している。リアリティーの堅固な土壌の上に、蜃気楼を浮かび上がらせた作者の力に感嘆するしかない。

 主観は時折、Kを離れ、街を徘徊する公安のスパイ、詐欺師まがいの情報屋、反体制グループや軍内部の葛藤、手紙を通した娘の思い、残忍な弾圧者とその恋人、虐殺に協力させられる女性……。彼らのモノローグは読む者を深淵に誘い、独裁の実体に近づきつつ遠ざかる。カフカ的世界に誘われた。

 本作には独裁に現れる様々な事象が描かれている。メディアと教会は弾圧を恐れ、大学は魂を差し出した。独裁国家の領域に踏み入れた日本でも、真綿で締められるような閉塞感が漂っている。呑み込んだ沈黙を解き放つ術を俺は知らない。詳細な解説で、無数の日系ブラジル人が命を懸けて独裁に立ち向かったことを知る。学ぶごとが無限にあることを本作で教えられた。

 
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「さようなら原発 さようなら戦争大集会」で種を蒔く

2016-09-24 02:24:40 | 社会、政治
 度重なる台風の襲来で日本全国、夥しい浸水や土砂災害が発生した。犠牲になった方に弔意を表すと同時に、被災地の一日も早い復旧を祈っている。潤いと親和をもたらす水は、制御不能の畏るべき力も秘めている。時に、人間の醜さと悪を暴くことさえあるのだ。豊洲新市場の地下空間に強アルカリ性の水がたまり、福島第1原発では台風16号の影響で汚染地下水が地表面に達した。

 勉強不足ゆえピンポイントで問題点を指摘するのは難しいが、「もんじゅ」廃炉が決定した。政府は核燃料サイクルを維持し、「原型炉」からASTRID(フランス)との共同研究による「実証炉」への移行を見据えているとのこと。反原発に長年取り組んでいる知人は、<見えていることに騙されてはいけない>と話していた。

 「さようなら原発 さようなら戦争大集会」(22日、代々木公園B地区)では、オルタナミーティングのスタッフとしてブース設営と物販を担当した。あいにくの雨で参加者も少なく(主催者発表で9000人台)、デモも中止になったのは残念だった。

 「原発のない未来へ! 全国大集会」(3月26日)でもブースを出展した。当日、それぞれ司会とオープニングアクトを務めた神田香織さんとジンタらムータが、オルタナミーティング主催イベント(4月26日)の告知を兼ねてブースに足を運んでくれた。好天に恵まれ、カップルなど通行人も展示物を手に取るなど、なかなかの盛況だった。

 今回は悪天候で売り上げはいまひとつだったが、補って余りある成果があった。俺の目標である<人を繋ぐ>を形に出来たからである。福島の子供たちの保養施設「沖縄・球美の里」のスタッフに出展をお願いし、Tシャツと缶バッジ(ともに宮崎駿デザイン)、2017年のカレンダー(広河隆一撮影)がブースに並んだ。「デイズジャパン」のイベント企画担当者も足を運んでくれた。

 集会でアピールした蛇石郁子郡山市議、声を掛けておいた杉原浩司氏(武器輸出反対ネットワーク代表)もブースを訪れた。展示物をしげしげと眺めていた青年に尋ねてみると自主映画のディレクターで、ドキュメンタリーの上映館を探しているという。「ソシアルシネマクラブすぎなみ」の主宰者でもあるオルタナミーティング大場代表と今後に向けて話が進んだ。

 原発、そして東京五輪≒豊洲と、体制側は金と権力をよすがに結びつき、肥大していく。抵抗する側はというと、お利口でこだわりのある人が多過ぎて、塊にならないうちに勢いが落ちていく。これでは、向こうの思うがままだ。さらに、日々の活動がハード過ぎて、外に目をやる余裕はない。課題と闘う<当事者>たちは大抵、経済的に厳しい状況に置かれている。

 反原発集会に数万人が集まっても、福島の70年をテーマにした「あいときぼうのまち」(13年)の上映館には閑古鳥が鳴いていた。政治とカルチャーの乖離を縮めたいと考え、オルタナミーティングに協力するようになった。俺に出来るのは、〝種を蒔く〟ぐらいだが、今回のブースでの出会いがケミストリーを生むことを願っている。

 原発廃炉費用に電気代上乗せで対応するという経産省の方針に反対する識者のアピールが、スピーカーから漏れていた。もっともな意見だが、違和感を覚える。緊急の課題はすべての原発をストップすること、そして体内被曝した子供たちに適正な治療を施すためことだ。いずれも莫大な費用が必要になる。

 広瀬隆氏はかつて、<原発廃炉こそが唯一の目標で、東電、そして東電を支援する銀行や保険会社を潰しても意味がない。電気代上乗せで廃炉が前進するなら、負担を受け入れるのも選択肢>と語っていた。〝反原発のシンボル〟である広瀬氏の現実的な意見は、黙殺される結果になった。

 言葉の貧困は反安倍側にも蔓延している……。俺は最近、そんな風に感じている。政権に対峙する側はまず、〝敵と味方〟を峻別する二元論を克服すべきだと思う。
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NAJATの集会に参加して~日本とイスラエルの軍事同盟化がもたらすもの

2016-09-20 22:01:05 | 社会、政治
 ♪悲しくて悲しくて とてもやりきれない このやるせないモヤモヤを だれかに告げようか……

 中学に進学した頃にヒットしたフォーク・クルセダースの「悲しくてやりきれない」を口ずさむ日々だ。ニュースを見るたび、怒りを通り越して悲しくなる。辺野古移設を巡る沖縄県敗訴もその一つで、判決を下した裁判長は権力の意図を酌むことで知られている。リベラルな前任者の異動も唐突で、安倍政権が周到に準備した出来レースだろう。

 自民党の政権奪回に向けて地均しした野田前首相が、民進党幹事長に就任する。<政治はベターの選択>というが、野党統一や市民連合に乗っかり、本質的な変化を見据えた<ベストの選択>を射程に入れていなかったことが、この忌まわしい出来事に繋がった。小林節氏を見捨てたように、お行儀の良い市民(識者)は屁の役にも立たない。最前線で課題に取り組む<当事者>を結集し、真の変革を目指すべきだ。
 
 前稿で、神、悪、罪を追求する中村文則を紹介した。今回のテーマは、この世に現出する紛うことなき悪である。

 先週末、「許さない!イスラエルとの軍用無人機(ドローン)共同研究」と題された武器輸出反対ネットワーク(NAJAT)主催の集会(YMCAアジア青少年センター)に足を運んだ。主催者の思惑を超え、定員を上回る150人が集まった。反戦争法、反原発を軸に<沖縄-福島-パレスチナ>は同一の地平で連なっている。  
 
 志葉玲氏(フリージャーナリト)が「ガザの現場から見た無人機戦争」、高橋宗瑠氏(元国連人権高等弁務官事務所パレスチナ副代表)が「イスラエルの戦争犯罪と安倍政権」、望月衣塑子氏(東京新聞記者)が「武器輸出と日本企業」と、それぞれのテーマで報告し、俺の友人でNAJAT杉原浩司代表を交えたディスカッションという進行だった。

 志葉氏は2年前、イスラエルによるガザ地区への無差別攻撃を当地で取材した。上空に飛ぶドローンを目撃し、惨状を目の当たりにする。「気の弱い方は目を伏せてください」と前置きしてスクリーンに映し出した写真を、気の弱い俺は直視し、<悪の貌>を知る。高橋氏はガザ沖合に位置する天然ガス油田の利権を見据えたイスラエルの策略を指摘していた。

 アウシュビッツの写真や映像を見て、誰しもナチスの悪業を憎む。だが、イスラエルは被害意識を反転させ、パレスチナ人にジェノサイドを仕掛けた。ガザの惨状に国連担当者は「これはイスラエルによる民衆虐殺」と怒りを訴えていたが、その叫びがなぜ国連を、そして国際世論を動かさないのか。

 高橋氏が伝えた事実に背筋が寒くなる。イスラエル人は毎夜、決まった場所に集まり、酒を飲みながら爆弾という花火を鑑賞して歓声を上げていたという。毒ガスを噴霧されてユダヤ人が息絶えたアウシュビッツで、将校たちは同じ時刻、音楽の宴を開いていた。両方の光景は何も変わらない。おぞましい狂気を伝えたCNNの女性リポーターは翌日、解雇された。

 ギュンター・グラスはイスラエルのパレスチナ支配を批判し、ドイツ人の<ユダヤタブー>克服を訴えたが、凄まじい批判に曝された。2年前、パール・ジャムのエディ・ヴェダーはガザ空爆を批判したが、民主党(親イスラエル)の掌で踊る〝ポチロッカー〟が同調するはずもなく、沙汰やみになった。俺は反ユダヤ主義者ではないが、富でメディアを牛耳る1%のユダヤ人を許せない。

 望月氏は<武器輸出に前のめりの安倍政権、様子見の企業>という構図を示していたが、日本の技術は既にイスラエルの爆撃機(ドローン?)に組み込まれている。ガザで発見された武器の破片に日本製部品が含まれていたと、志葉、高橋両氏は語っていた。杉原氏は<イスラエルがガザで発揮した成果を導入したい>という防衛装備庁幹部の言葉を引き出している。

 パウエル元米国務長官は「イスラエルは核兵器を200発保有」と知人に語った。イスラエルの軍需産業に詳しい全米科学者連盟 ストックホルム国際平和研究所はともに80発と数字を挙げている。イスラエルは兵器だけでなく、情報収集、セキュリティー管理において世界一といわれる。ガザは武器を売るためのショーケースなのだ。

 「報道ステーション」によると、イスラエルは同程度の性能の武器をアメリカの5分の1程度の価格で売る用意があるという。日本とイスラエルの軍事同盟化を官僚の一存で進められるはずはなく、限界まできた米兵器購入による予算膨張に歯止めを掛けたい官邸が糸を引いているに相違ない。

 日イ軍事同盟がもたらすものは、憲法の破壊であり、良心と倫理の消滅だ。副産物として、日米軍事同盟に亀裂が生じる可能性もある。安倍首相はそこまで計算してロシアに接近しているのだろうか。目に見えないところで何かが蠢いている気配がする。
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「あなたが消えた夜に」~人間の深淵と闇に迫る中村文則

2016-09-17 22:03:05 | 読書
 <神は存在するだろうか? 悪とは? 罪とは? そして、裁きとは?>

 豊洲関連の報道に接し、こんな風に自問自答している。原発事故後の心境と重なる部分が大きい。民主党政権は体内被曝、海や土壌の汚染データを隠蔽しただけでなく、野田前首相は原発再稼働と輸出に舵を切って安倍政権にバトンタッチした。

 豊洲はどうか。森五輪組織委委員長、内田都議、石原元都知事らが都庁幹部、ゼネコンと阿吽の呼吸で五輪と市場移転をリンクさせ、シナリオ通り事を進める。国民の生存権(環境、健康)より利権を優先する構図は、原発と全く同じだ。せこい悪行や嘘を積み重ね、死後は地獄からスタートする俺でさえ、次々に明らかになる腐敗に怒りが込み上げてくる。

 ここで再び、冒頭の問いを……。

 <神は存在するだろうか? 悪とは? 罪とは? そして、裁きとは?>

 このテーマを前面に、人間の深淵を描いた小説を読了した。中村文則の「あなたが消えた夜に」(15年、毎日新聞社刊)である。最新作「私の消滅」も購入したが、時系列に沿って前作から読むことにした。

 当ブログで中村を絶賛してきた。あまりの多作ぶりに、〝粗製濫造に陥る可能性もある〟と厳しめに記したこともあったが、短編集「A」、「教団X」(ともに14年)に続いて本作を読み、不安は杞憂に終わった。最高傑作は中村が〝私にとって「カラマーゾフの兄弟」〟と評した「教団X」だが、「あなたが消えた夜に」は作家自身が最も投影された作品といえる。

 初代〝日本のドストエフスキー〟こと高橋和巳は60~70年代、身を削った作品の数々で若者たちの教祖的存在になった。亀山郁夫氏(ロシア文学研究者)が<ドストエフスキー的課題を21世紀に甦らせた>と絶賛した中村こそ〝2代目〟に相応しい。中村の真骨頂は人間の闇を抉る対話、手記、モノローグで、ドストエフスキーからの影響が窺える。

 高橋は癌に侵され、39歳で召された。<苦悩が癌に形を換えた壮絶な自殺>と評した識者もいる。中村は今、39歳だ。「あなたが消えた夜に」の登場人物には、自身の葛藤や傷が反映している。執筆中に叫び、泣き、時に嘔吐したに相違ない。高橋に引けを取らない身を削る格闘から吐き出される血が滲んだ作品たちは、生き辛い若者たちのバイブルになっている。

 冒頭は警察小説の赴きがある。連続通り魔事件がネットで拡散し、情報は錯綜し、模倣犯まで登場するが、2部、3部へと進むにつれ、主観の位置が警察側から犯人側に転倒していく。物語に軸になっているのは<中島刑事-小橋刑事>、<吉高亮介-椎名めぐみ>の2組の男女だ。中島≒吉高の図式に、作者を加えてもいい。小橋とめぐみは好対照だが、めぐみと志向性が重なる科原さゆりの存在感が次第に増してくる。

 所轄の中島はバツイチの30代で、本庁の小橋は「コンビニ人間」の恵子と重なる天然キャラだ。美人という設定だが、ピンボケの言動が読者を和ませる。中島は自身の欠落を強く意識し、少年時代の火事を巡る記憶に苛まれている。一方の小橋も引きこもりを経験しているが、喪失感を埋めるべく前向きに生きている。中島は小橋に、次のように告白する。

 <刑事の仕事を選んだのも、犯罪者の近くにいると安心するからなんだ。逮捕する度に自分を捕まえてるように思った。自分の代わりに誰かを捕まえて罰を与えていくみたいに>……

 犯罪者の意識に近い中島と、直感と観察力に秀でた小橋はまさに名コンビで、捜査の流れを主導する。ちなみに作者自身、<子供の頃、少年犯罪が報道されるたび、他人事には思えなかった>と語っていた。

 悪をとば口に人間の普遍性に迫った点で、中村の小説を<ドストエフスキー+エルロイ>と捉えることも可能だ。アメリカでミステリー作家として評価されているのもわかるような気がする。犯罪者の心情から世界を凝視するという方法論は、高村薫に近いものがある。世間を騒がせた通り魔事件だが、真実は人間の織り成す屈折した複層のプリズムから解き放たれていく。

 吉高とめぐみを繋いでいるのは、悪でも罪でもなく神だ。中村の作品には絶対的な存在、善をなす者への憧憬が窺えるが、本作のタイトルにある「あなた」が神を指していることは、吉高の独白で明らかになる。俺が中村作品に惹かれる最大の理由は、予定調和的なカタルシスが用意されている点だ。巧みに構成された本作でも、濾過されるようなラストに心が潤んだ。
   
 ファンを自任する友人によると、中村が執筆に当たり最も重視しているのは<多様性>だという。それを聞いて意外に感じた俺は、まだまだ読み方が浅いのだろう。<多様性>も一つのキーワードして、重厚で深遠な中村ワールドを彷徨っていきたい。
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ダンスとバイオリンの超絶コラボ~老いた心臓を蘇生させた「ハートビート」

2016-09-13 23:34:11 | 映画、ドラマ
 前稿で記した将棋の王位戦第6局は羽生が制し、3勝3敗で最終局を迎える。木村の悲願達成に期待したいが、修羅場で本領を発揮してきた羽生の逆転防衛が濃厚だ。

 WOWOWでオンエアされたダブル世界戦(ライブ&録画)を観戦した。ローマン・ゴンザレス、ゲンナディ・ゴロナキンとパウンド・フォー・パウンド(PFP=階級を超えた最強ランク)で1、3位を占める強豪が相次いで登場したが、感銘を覚えたのはアンダーカード亀海喜寛の試合だった。

 4月に引き分けたソト・カラスとのダイレクトリマッチは、亀海にとってアメリカ8戦目になる。亀海がスリリングな接近戦を制し、8回終了TKO勝ちで戦績を27勝(24KO)3敗2分とした。強豪ひしめくSSウエルター級、33歳という年齢を考えれば世界に手が届かないかもしれない。でも、その勇気あるファイトで既にアメリカ人の心を掴んでいる。試合後、勝者を称えるカラスの笑顔が印象的だった。

 ゴンザレスのターゲットは身内(帝拳所属)のクアドラスで、ともに無敗で高いKO率を誇る。俺が気になったのは、試合前の〝ゴンザレス楽勝〟ムードだった。クラスを上げて挑む以上、簡単ではないはず……。そんな俺の予想が珍しく的中した。3-0の判定にクアドラスは憤然とし、インタビューを拒否してリングを降りた。直近の試合で冴えを欠いた井上尚弥だが、拳の状態さえ万全ならゴンザレスに勝つ可能性は十分とみた。

 これまたパーフェクトな戦績を誇るゴロフキン対ブルック戦は、ブルックの右目下の傷を案じたセコンドが5回途中にタオルを投げる。ホームのO2アリーナはブーイングの嵐だったが、将来あるブルックを陣営が守るのは当然のことだと思う。両者が再度グローブを交える日を心待ちにしている。

 新宿シネマカリテで先日、「ハートビート」(15年、マイケル・ダミアン監督)を見た。斜めに構えて屁理屈を並べるひねくれ者の俺だが、躍動感溢れる青春映画に、老いた心臓がビクビク脈打つのを感じた。場内に明かりがついた時、拍手したくなったほどヒートアップしていた。

 俺の感動は果たして普遍的なのだろうか……。いや。経験則からいって、そんなことはない。そんな疑問を引きずりつつ、帰途に就いた。本作を現在、都内で観賞出来るのはシネマカリテⅠ、Ⅱのいずれかで、ともにキャパは100以下。今週末に公開される「怒り」と比べたら、動員数は100分の1程度。興行の仕組みはよくわからないが、<プロの目>が測るエンタ-テインメント度はそのようなものなのだろう。

 「ハートビート」は公開されて1カ月も経っていない。映画館では無理でも、ぜひレンタルDVDでご覧になってほしいので、興趣を削がぬようストーリーの紹介は最低限にとどめたい。

 本作の舞台はニューヨークだ。バレエダンサーを目指し芸術総合学校に進学したルビー(キーナン・カンパ)、地下鉄駅構内でバイオリンを弾く謎めいたジョニー(ニコラス・ガリツィン)が主人公で、鮮やかなボーイ・ミーツ・ガールから反発しながら惹かれていく。

 アメリカにはアカデミックにアート全般を教える学校が多く、「セッション」(14年)の舞台もそうだった。ルビーはバレエと併せてコンテンポラリーダンスを学んでいるが、指導は極めて厳しい。後半に明らかになるが、バレエの男性老教師は自由と逸脱に理解があり、コンテンポラリーの女性教師は対照的に頭が硬かった。

 どこから来て、どのような家庭に育ったのか、ジョニーの来し方が次第に明らかになっていく。故あって反アカデミズムを貫き、ストリートを表現の場にしているジョニーだが、ルビーとの出会いで心境が変化していく。アカデミズムとストリートの融合が大きなテーマで、2人はチームを組んでコンテストに出場する。

 行く手に立ちはだかるライバルもいるが、みんなアーティストの卵だから、うざくはなく清々しい。多少のアクシデントはあるが、ハラハラするほどではない。本作の肝はまさに、音楽とダンスの鮮やかなコラボで、将棋やボクシングに匹敵するリアルな闘いに目と耳を奪われる。

 「ウエスト・サイド物語」へのオマージュが窺える地下鉄駅構内でのダンスバトルに圧倒されたが、本作の肝はルビーを演じたキーナン・カンパの美貌、そして躍りのシーンだ。調べてみたら彼女は世界的なトップバレリーナで、幾多の栄誉を手にした後、ロシアの名門バレエ団で主要な役を演じている。「ハートビート」が女優デビュー作だという。本作をヒートアップしているのは、60人を超えるトップダンサーたちだ。

 音楽と弦楽器の組み合わせがもたらす高揚感に陶然とする。感度が著しく低下した俺のアンテナの錆び落としとして、本作は大いに役立った。
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初秋の雑感あれこれ~カープ、心身の衰え、将棋、愛の効能、NFL

2016-09-10 13:41:46 | 独り言
 広島が今夜にもリーグ優勝を決めそうだ。不熱心なDeNAファンが何を言っても説得力はないが、今季のセ・リーグで気になることがある。去年のヤクルトに続き、今年は広島がモメンタムをゲットした。一方で、本命視された阪神は新体制の下、くすぶったままである。王さんでさえダイエーを指揮した当初、ファンに卵を投げつけられた。内外で表立った批判が起きないことが、金本阪神の病根ではないか。

 訃報に接した。会社は違うが、勤め人時代、同じフロアで仕事をしたH君の死を心から悼みたい。同世代が召されるたび、「なぜ、俺ではないのか」と考えてしまう。常々ぼやいているように、肉体の劣化は著しい。血糖値だけでなく、多くの数値が危険水域に迫っている。膝、肩、歯が痛く、数日前から胃にしこりを覚えている。

 先日、仕事先(夕刊紙の校閲)で担当した記事に愕然とした。<不健康な人は1億円覚悟>という見出しで、年金世代の医療費をリポートしている。膝関節の手術を受けたら170万円、内臓疾患なら100万円超(1カ月程度の入院)がかかるという。3割負担でも高額だ。洗脳された日本人は拳を上げないが、欧州ではあり得ない老人いじめだ。とりわけ医療と保険で、アメリカ化が進行している。

 業後、地下鉄に乗ると、社会見学帰りと思しき小学生たちが座席を独占していた。「ガキどもを立たせろ」と文句を言いたくなったが、教諭が若い女性だったのでやめた。そうはいっても、子供たちの未来はさらに暗い。70過ぎまでこき使われ、年金もなく野垂れ死にするだろう。「メトロポリス」(1927年)でフリッツ・ラングが描いた格差社会を、君たちが下支えする。「革命を起こす気がないなら、今のうちに楽をしとけ」と心で捨て台詞を吐き、新宿で降りた。

 肉体以上に、心と脳が衰えている。専門家によると、脳の老化を防ぐにはゲームが効果抜群という。例えば、将棋。俺は精神衛生を考えて、見る専門だけど……。前稿で「ボクシングと大東亜」について記したが、将棋は知性、感性、気力、体力を総動員した格闘技といっていい。

 NHK杯の直近2局は見応えがあった。船江五段と千田五段の新鋭対決は、ライバル意識もあって二転三転したが、人工知能に学ぶ千田の妖しい指し手が船江の本筋を制した。渡辺2冠に昨季、竜王を奪われた糸谷八段は積極策で挑んだが、懐の深い渡辺に翻弄された。渡辺は竜王戦で三浦九段の挑戦を受ける。一方の糸谷は羽生王座に挑戦中だ。羽生は同時進行で王位戦を闘っているが、木村八段に2勝3敗と追い詰められた。〝苦労人〟木村が7度目のタイトル挑戦で夢を実現し、感涙にむせぶ……なんてシーンを見てみたい。

 この間、将棋ファンの耳目を集めたのは郷田王将だ。婚約を発表したと思ったら、公開対局の「日本シリーズ」で佐藤名人相手に二歩(禁じ手)を指し、反則負けする。天才にもこんなことが起きるのかと、失敗続きの俺は少し安心した。史上最年少(14歳2カ月)でプロになった藤井新四段がメディアに大きく取り上げられている。上記の千田、船江、糸谷ら精鋭ひしめく関西で、いかにのし上がっていくか注目したい。

 ケアハウスに入居する時、「ボケ防止にはスポーツ観戦がいい」と助言された母だが、実行していない。その言葉には一理あると思う。7月、横浜スタジアムに足を運んだ際、真後ろに陣取ったグループに巨人ファンが一人交じっていた。彼は贔屓の選手(橋本到ら)の長所や欠点を、ユーモアを交えて温かく語っていた。俺が感じたのは<愛>である。

 POGに参加して8年経つ。来ないと確信しつつ馬券を買ってしまうのは<愛>ゆえだ。後楽園ホールに通っていた頃、応援していたボクサーが日本タイトルマッチ前哨戦でまさかの逆転KO負けを喫したことがあった。俺は失恋に等しいショックを受け、部屋まで歩いて帰った記憶がある。<愛>はボケ防止どころか、人生にとって最高のビタミン剤である。10年後に生き長らえていたら、猫を飼うことにしよう。

 上記のH君はファンタジーフットボールに興じるほどのNFL通で、俺が主宰したトトカルチョにも参加してくれた。NFL開幕戦はスーパーボウルのリマッチで、ブロンコスがパンサーズを返り討ちにする。ペイトン・マニングを継いだ新QBシーミアンは冷静なプレーで、囁かれていた不安を一層する。

 記憶は定かでないが、H君はブロンコスのファンだったような気がする。NFLはシーズンごとにチームの方針や構成や大きく変わるから、序中盤で気に入った戦術を取るチームを見つけ、ポストシーズンまで応援したい。
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「ボクシングと大東亜」~日比に照準を定めた熱いボクシング史

2016-09-06 20:55:23 | 読書
 今夏、最も多く書評欄で取り上げられたのは「ボクシングと大東亜~東洋選手権と戦後アジア外交」(乗松優著、忘羊社)だと思う。<日本-フィリピン-アメリカ>の関係をベースにした秀逸なボクシング史で、岸信介、正力松太郎らに交じって右翼、ヤクザも登場する。ノンフィクションでありながら奥行きが深いエンターテインメントで、ページを繰る指が止まらなかった。

 日本とアジアといえば、中国や朝鮮半島について語られるケースが殆どだが、本作の後景には日比関係が後景に聳えている。読み進めうち、日本軍がフィリピンに残した傷痕をストーリーに組み込んだ池澤夏樹の「カデナ」(09年)と重なった。本作は日本の近現代史を学ぶ上でも一読の価値があり、どの切り口から囓ってもおいしい。

 1930年代、都市圏の青年層や労働者を最も惹きつけたスポーツは、ラグビーとボクシングだった。不世出の天才監督と謳われた山中貞雄は中国で戦病死したが、出征後も花園で開催された旧制中学のラグビー対抗戦の結果を気にしていたという。

 ボクシング人気はさらに上を行き、肉を斬らせて骨を断つ突貫精神を体現したピストン堀口の知名度は、首相に引けを取らなかったという。拳闘報国の一念で慰問ツアーを続けた堀口だが、戦後は力の衰えを隠せなかった。「戦争協力者」「金の亡者」と罵られながらマットを這い続けたが、ファイトマネーを引き揚げ者や戦災孤児への基金に充て、自身は困窮の極みにあった。堀口にとって、死は自責の念からの解放だったに相違ない。

 日本がイニシアチブを握り、1952年に東洋ボクシング連盟が結成される。フィリピンの反日感情をボクシングによって和らげ、経済や政治の交流に繋げたいという<官>の意向に沿った<民>に、右翼として暗躍した面々も含まれていた。彼らの多くは堀口同様、贖罪の意識に苛まれていた。共栄を掲げた日本帝国の振る舞いが蹂躙でしかなかったことを知り、真の友好を築きたいという思いに駆られていた。

 日本のボクシングは時代遅れだった。格好の目標はフィリピン人ボクサーで、<パンチを打つ前によける>テクニックなど学ぶ点は多かった。白井義男を育てたカーン博士はGHQの生物学者で、栄養管理までサポートは徹底していた。フィリピン型のアウトボクサーとして、白井は日本人初の世界チャンピオンに上り詰める。

 多くの日本人と拳を交えたフラッシュ・エロルデは、世界王座を10度防衛する。その強豪に4戦全勝の金子繁治は、日本初の東洋タイトル王者だった。金子はプロテスタント、エロルデはカトリックと、違いこそあれ敬虔なキリスト教徒で、リングを離れても交友があった。金子だけでなく、ボクシングを通して世界観を獲得した選手たちが紹介されている。

 スポーツを利用するのは政治家の得意技で、〝安倍マリオ〟さえ支持率アップに繋がった。安倍首相の祖父、岸信介も東洋チャンピオンカーニバルを、アジア外交のカードに用いる。ボクシング人気は絶大だったから、そこそこの効果はあった。

 60年代に入り、複数の世界チャンピオンを輩出するようになって、日本人にとって東洋王座の価値は下がっていく。70年代、俺の一押しは柴田国明だった。〝メキシコの赤い鷹〟サルディバルをTKOし、後の名王者マルセルと引き分けて防衛を果たす。とりわけ記憶に残っているのが、〝フィリピンの野生児〟ビラフロアとの2戦である(1勝1敗)。

 上京してから、頻繁に後楽園ホールに足を運ぶようになる。注目していた新鋭が無残な逆転KOを食らってフェイドアウトするケースを何度も目の当たりにして、「俺は疫病神か」と独り言つ。金子繁治が設立したジムに所属した村田英次郎も師匠譲りの非運のボクサーで、紙一重で世界に届かなかった。

 チャンピオンの数はともかく、90年以降、日本のボクシングは停滞した。ボトムアップに貢献したのは「エキサイトマッチ」(WOWOW)ではないか。世界標準のタイトルマッチを観戦し、最先端の技術を吸収できる意味は大きい。この10年でいえば、長谷川穂積、西岡利晃、内山高志、山中慎介、井上尚弥は世界に恥じないチャンピオンだ。日本の先生だったフィリピンからは、ボクシング史上最強クラスのマニー・パッキャオが世界を席巻する。

 本作によって、今日の隆盛をもたらした先人たちの悪戦苦闘を知ることが出来た。<戦後71年を経た今日の政治状況を照らしつつ、アジア、そして世界との連携を模索する>という著者の思いも、熱く心に響いた。
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「ニュースの真相」~アメリカの政治風土に迫るスリリングな作品

2016-09-02 13:16:38 | 映画、ドラマ
 アメリカとの軍事同盟の下、沖縄で何が起きているかはご存じの通りだ。ジャパンハンドラーのお墨付きで防衛相に就任した稲田朋美氏は、お礼と報告を兼ねて近々訪米する。一方で、知人である「武器輸出反対ネットワーク」(NAJAT)代表の杉原浩司さんは、日本とイスラエルの軍事同盟化に警鐘を鳴らし続けてきた。

 昨1日の「報道ステーション」で両国による軍用無人機共同開発の現状が報じられた。杉原さんが繰り返し言及してきたように、防衛装備庁幹部はイスラエルによる無人機での無差別空爆を「素晴らしい成果」と称揚していた。昨日の番組では現地で救援活動を行うJVCスタッフが、<日本の技術がガザの人たちの命を奪う可能性>を憂えていた。戦争法を軸に、沖縄とパレスチナを同じ地平で捉える論考が増えてきている。

 築地市場の豊洲移転延期を表明した小池百合子知事だが、敵は巨大かつ狡猾だ。<外環道-豊洲移転-東京五輪>の一本の糸で繋がる利権を、森喜朗五輪組織委会長、二階俊博自民党幹事長、〝都政のドン〟内田茂都議らが牛耳っている。移転の最大の問題点は土壌汚染だが、最終的な調査結果を待たず移転が決まったのは〝魔物たち〟の策略といっていい。

 小池知事が図っているのは、弱者(当事者)の声が都政に反映することを願う宇都宮健児氏(希望のまち東京をつくる会代表)との接近だ。同床異夢とはいえ、小池知事の変節、いや覚醒に期待したい。自民党県連幹事長だった翁長雄志沖縄県知事も、県民の痛みに耳を傾け、<オール沖縄>を率いている。

 「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」(8月22日の稿)に続き、アメリカの政治風土に迫る「ニュースの真相」(15年、ジェームズ・バンダービルド監督)を見た。公開後1カ月なので、ストーリー紹介は最小限にとどめたい。

 民主党のケリー(現国務長官)と2期目を目指すブッシュが相まみえた2004年の米大統領選が舞台になっている。序盤は優勢だったケリーだが、ベトナム戦争時の言動を書き立てられ(多くは捏造)、支持率が急降下する。一方で、ブッシュの軍歴詐称を暴くべくチームが結成された。チーフ格は、CBSの報道番組でキャスターを務めるダン・ラザー(ロバート・レッドフォード)が絶大な信頼を寄せるメアリー・メイプス(ケイト・ブランシェット)である。

 ブッシュの軍歴詐称を以前から追っていたフリーランスのマイクも加わり、ロジャー(元海兵隊)やルーシー(ジャーナリズム研究者)と調査を進めていく。導き出された真相は〝推定有罪〟だが、責めを負うべきはブッシュ個人ではない。<有力者の子弟は前線に送らない>という暗黙の了解にブッシュも守られたのだ。翻って、日本ではどうだろうか。稲田防衛相は取材に答え、<私にも大学生の息子がいますが、赤紙で徴兵されるのは絶対に嫌です>と語っていた。仮に徴兵制が導入されても、稲田氏をはじめ右派実力者の子供たちが戦場に赴くことはないだろう。

 スクープ放映後、ネット上の数々の指摘で、メアリーは追い詰められていく。功を焦ったチームが拙速な取材で詰めを誤った、あるいは周到に準備されたトラップに嵌められた……、この二つの見方が可能だが、俺は後者だと確信している。

 内部調査委員会のターゲットはメアリーだった。ソーンバーグ議長はブッシュ父の下で司法長官を務めていたから、赤狩り時の非米活動委員会同様、最初に結論ありきの〝リベラル狩り〟、〝論点ずらし〟だった。憤ったマイクに対し、CBS幹部は「俺たちは悪党だ」と言い放つ。身も蓋もない真実で、政権に歯向かうラザーたちは、会社にとってお荷物になっていた。

 日本では5年前、〝悪党メディア〟を退治するチャンスがあった。3・11直後、京都に帰省した際、母、妹、義弟と飯を食っていると、隣の席で老人が「テレビや新聞は嘘ばっかりや。ネットしか信用でけん」と家族に熱く語っていた。被曝や放射能汚染水の流出を追及していたフリーランスのジャーナリストは、<政官財+大手メディア+広告代理店連合>に叩き潰される。

 変革の旗手だった上杉隆氏は、報道の正しさが数年後に証明され〝名誉回復〟を果たす。都知事選に立候補したが、<記者クラブ=諸悪の根源>と主張した〝前科〟ゆえ、メディアの扱いは不当に小さく、18万票弱にとどまった。その多くは、恩義を感じた反原発派だったと思う。
 
 何度も横道に逸れたが、「ニュースの真相」は緊張が途切れぬスリリングな作品だった。肝というべきはケイト・ブランシェットの存在感だ。「ブルージャスミン」で自分を失くし、狂気の淵に堕ちていく主人公の心情を清冽かつ繊細に表現したケイトは、本作で鉄の意志を持つ女性を演じた。<言葉で説明できる領域を超越した天才>とのウディ・アレンの絶賛は的を射ている。
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