酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「三の隣は五号室」~半世紀にわたって輪唱された人生賛歌

2024-07-17 21:28:17 | 読書
 欧州サッカー選手権決勝はスペインがイングランドを2対1で下し4度目の優勝を果たした。<煌めきの差でスペインが上回る気がする>と前稿の枕で記した予想はたまたま当たったが、現在サッカーの到達地点を確認出来てよかった。選手たちは高度な戦術のマスターと局面への対応力を求められていることを、的を射た解説で実感出来た。サッカーは知的なゲームに進化しているようだ。

 1カ月ほど前、「国際報道24」(NHK・BS)で<韓国でJPOPが人気>という特集が組まれ、羊文学が紹介されていた。YouTubeでチェックすると、イメージを喚起する抽象的な歌詞は名の通り文学的で、透明感あるボーカルとアンビバレンツなオルタナ風の歪みも魅力的だ。気鋭の評論家は<自分たちの志向を維持しながら横浜アリーナを3分でソールドアウトするという奇跡を成し遂げた>と語っていた。かのパティ・スミスも絶賛しているという。俺がまず惹きつけられたのは、ギター&ボーカルの塩塚モエカの儚げなルックスだったが……。

 「三の隣は五号室」(2016年、長嶋有著/中公文庫)を読了した。長嶋作品を読むのは「夕子ちゃんの近道」以来、10年ぶりになる。「三の隣は五号室」を読むきっかけになったのは、別稿(6月13日)で「高架線」(17年、滝口悠生著)を紹介した直後、読書好きの知人から「設定が近い小説がある」と教えられたからだ。

 ほぼ同時期、一つの部屋を巡る物語を2人の作家が書いていたことになる。「高架線」は2000年前後から十数年にかけての東長崎にあるアパート2号室が舞台だったが、「三の隣は五号室」は横浜の北に位置し、ぼこぼこの隆起した地形の上に無理やり広げた街の日当たりが悪い第一藤岡荘の半世紀にわたる住人たちの物語だ。ランドマークはセブン-イレブンとバッティングセンターだ。

 第一話「変な間取り」の後に、部屋の間取り図が挿入される。読む側は〝変〟を共感しながら読み進めることが出来るのだ。13世帯の暮らしが時代を下っていくのではなく、テーマごとにカットバックして綴っていく。本作の主人公は<五号室>なのだ。住人たちは平凡な人生を送っているが、唯一の例外は裏社会と繋がっていた三輪密人で、射殺されることになる。

 誰しも自分が暮らす部屋を少しは良くしたいと考える。ゴムホースや風呂栓に悪戦苦闘したり、ブレーカーが頻繁に落ちるからアンペアを上げたり、和式トイレを洋式にしたり、蛇口を取り替えたりと、各自が残した痕跡が次の住人に受け継がれていく。雨音や天井の模様、柱時計の音についても各自の感想が記されていた。

 不動産屋は「隣室の住人は医者」と話していたが、入浴中に洩れてくる電話を聞いた居候の女性は、彼が劇団員であることを突き止めた。「ガッチャマン」、「キイハンター」「怪奇大作戦」、「11PM」、キムタクなど、時代を反映するテレビ番組が紹介されていた。時代が経つにつれ国際化し、イランからの留学生が入居するだけでなく、向かいの第二藤岡荘にも多くの外国人が暮らしている。

 読む人によってポイントは変わると思うが、第七話「1は0より寂しい数字」が一番楽しめた。五号室の住人がタクシーで帰宅する車内で、「ワン」が流れる。俺はスリー・ドッグ・ナイトによる同曲が記憶に残っているが、本作で扱われるのが作詞作曲者のニルソン版と1995年のエイミー・マン版だ。♪1は孤独な数字 独りぼっちは寂しい経験なんだという歌詞は、住人たちの心象風景と重なっている。

 本作は見知らぬ者たちが織り成す人生賛歌で、読み終えた時、来し方が並以下の俺でさえ、〝生きていてよかったと感じることが出来た。「高架線」と合わせて<アパート文学>の誕生かもしれない。
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「Shirley シャーリイ」~日常と幻想の狭間に

2024-07-13 16:38:12 | 映画、ドラマ
 欧州サッカー選手権決勝は熱さが魅力のスペイン、異次元のスター軍団イングランドの組み合わせになった。期間中、テュラムらと<国民連合による権力奪取阻止>を訴えたエムバペは、政治的な願いは叶ったものの、自身の鼻骨骨折もあって精彩を欠き、準決勝でスペインに屈した。半世紀にわたって応援しているオランダは、ボール支配力ではわたり合えたが、タレントの質でイングランドに及ばなかった。見応えある決勝になりそうだが、煌めきの差でスペインが上回る気がする。

 新宿シネマカリテで「Shirley シャーリイ」(2019年、ジョセフィン・デッカー監督)を見た。スティーヴン・キングに影響を与えた〝魔女〟シャーリイ・ジャクソンの伝記映画で、舞台は1950年前後のバーモント州ノースベニントンだ。魔女と呼ばれた理由は、作品が人の心に潜む<悪>を抉り出すからで、「ニューヨーカー」誌に掲載された短編「くじ」には抗議の投書が殺到したという。シャーリイの作品も購入する予定なので、機会を改めて感想を記したい。

 前稿で紹介した「侍女の物語」のドラマ版「ハンドメイズ・テイル」(Hulu制作)で主演を務めたエリザベス・モスがシャーリイを演じている。夫のスタンリー(マイケル・スクールバーグ)はベニントン大学教授で文学を教えている。シャーリイとスタンリーの夫婦は共依存、もしくは〝共犯関係〟とも取れるが、女好きで俗物のスタンリーはシャーリイを執筆に集中させるマネジャー的存在だ。

 映画化に際して設定も変わっている。夫婦には子供が4人いたが、本作には登場しない。その代わりといってはなんだが、スタンリーの助手を務めるフレッド(ローガン・ラーマン)と「くじ」に感銘を覚えたローズ(オデッサ・ヤング)の若夫婦がシャーリイ宅に居候することになった。引きこもっているシャーリイが執筆出来るよう、家事全般を行ってほしいというスタンリー直々の頼みである。

 シャーリイが魔女と呼ばれるゆえんは、作品だけでなく周りと軋轢を生じさせてしまう性格にもある。群れるのを嫌い毒を吐く。ローズの妊娠をたちどころに見破り、「女性の体に敏感なの」と話すシャーリイに違和感を覚えたが、実際に何度も妊娠を経験したことを重ねれば納得か。嫌い合っているように思えたシャーリイとローズだが、距離は次第に縮まっていく。

 シャーリイはスランプに陥っていた。ベニントン大に通っていた女子大生ポーラの失踪事件を題材にした「絞首人」の構想を練っているうち悪夢にうなされ、現実と幻想の境界を彷徨うようになる。ローズはそんなシャーリイを気遣い、病院のカルテや学籍簿を入手するなど協力するようになる。シャーリイとローズは母娘の、そしてレズビアンのような感情が芽生え、生まれてくる子供を含めた絆に紡がれる。毒キノコ(実はそうではなかったが)を2人で食べる場面が印象的だ。

 シャーリイが伝えた真実で、フレッドとローズの間に亀裂が生じた。品行方正でエリート然としたフレッドの仮面が暴かれたのだ。未婚の俺は、結婚の意味を考えてしまう。激しいパンチの応酬で疲弊していたはずの夫婦は、小説が完成するや一変する。スタンリーが絶賛すると、承認欲求を満たされたシャーリイは浮き浮きした表情になり、2人でダンスに興じる。若夫婦は厄介払い? いや、そもそも存在したのだろうか。

 ラスト近くでシャーリイとローズは、ポーラの幻影を追うように森の奥に進み、崖っ縁に立つ。フェミニズムを掲げてはいないが、日常と幻想の狭間で、女性であることの哀しさがスクリーンからはじけてくる作品だった。
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「侍女の物語」~アメリカの現在を映すディストピア

2024-07-09 20:39:33 | 読書
 イラン大統領選で欧米との協調を掲げる改革派のベゼシュキアン氏が当選した。イラン映画ファンの俺は、スクリーンに滲む自由への渇望に心を打たれてきた。強大な保守強硬派の圧力を堪えて民主化を進めてほしい。イギリス総選挙では予想通り、労働党が圧勝した。背景はブレイディみかこ著「R·E·S·P·E·C·T リスペクト」(今年3月19日の稿)に描かれていたように、保守党政権下の緊縮財政で生活苦に喘ぐ人々が「NO」を突き付けたことだ。

 前稿の枕で<〝もしトラ〟は現実になりそう>と記した。トランプに異議を唱える人たちの〝バイブル〟というべき小説の存在はニュースサイトで知っていたが、紀伊國屋書店で文庫版を見つけたので購入する。マーガレット・アトウッド著「侍女の物語」(斎藤英治訳/ハヤカワepi文庫)は1985年に発表されたディストピア小説で、カナダ生まれのアトウッドはジョージ・オーウェル著「1984」を意識して準備を進めていたという。

 本作は15章と最後の「歴史的背景に関する注釈」で構成されている。主人公はオブフレッドという名を与えられ、赤い服を着用する<侍女>だ。舞台は北米のギレアデ共和国で、かつてはありふれた先進国だったことが、オブフレッドの回想で語られる。彼女にはルックという夫と1女がいて、母は女性の権利を訴える活動家だった。原発事故、産業廃棄物による環境破壊、エイズなどの感染症による出生率低下による社会不安で、キリスト教原理主義に基づくクーデターが起きる。

 白人至上主義の社会で、高い地位にある司令官たちの子供を妊娠することを義務付けられた<侍女>という階層が形成された。出産経験者であることが条件で、30すぎのオブフレッドも組み込まれた。オブフレッドは自由な会話や読書を禁じられ、沈黙の掟の下、司令官の屋敷で暮らしている。本作で人々は幾つもの階層に分かれていた。監視組織としての<目>、見張り役の<保護者>、侍女教育係の<小母>、そして兵士の<天使>といった具合だ。独裁国家特有の公開処刑<救済の儀>が頻繁に開催される。

 妊娠出来なかったら収容所行きは免れない。司令官の授精能力に疑惑を持つ妻セリーナは運転手であるニックとのセックスを勧める。ニックは<目>の一員もしくは、逃走を助ける地下組織のメンバーの可能性もある。司令官とオブフレットの関係にも変化が生じた。オブフレッドは司令官の書斎に招かれ、ゲームに興じ、贈り物を貰う。司令官に連れられ、秘密のクラブに足を踏み入れた。

 そのクラブで、オブフライドは親友のモイラと再会する。モイラは自由奔放なレズビアンで、侍女養成機関から脱出したものの、捕らえられてクラブに送られた。キリスト教原理主義とは相容れないクラブに集うのは支配者階級であり、外国からの訪問者だった。オブフライドにも変化の兆しが訪れる。愛はまやかしだったが、生々しい欲望が甦ったのだ。

 ラストの「歴史的背景に関する注釈」で、謎が一気に晴れた。2195年の学術会議で、発見されたテープの解析が行われ、2000年前後の北米が舞台であることがわかる。発表当時、キリスト教原理主義は大きな力を持っていなかったが、トランプの台頭とともに力を増してきた。2022年にトランプに任命された判事が多数になった最高裁で、人工中絶の権利を認めた判決が覆された。女性たちは本作で侍女が纏った赤い服を着て抗議した。

 <アメリカをギレアデにするな>をスローガンに、反トランプ派は全米で活動を続けている。「侍女の物語」は現在のアメリカを映すディストピアとして読み継がれているのだ。本筋とは関係ないが、本作には猫が何度も登場する。アトウッドは愛猫家なのかもしれない。続編の「誓願」も年内には読む予定だ。

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「罪深き少年たち」~狂犬が噛み砕く偽装の壁

2024-07-05 21:00:28 | 映画、ドラマ
 棋聖戦第3局は藤井聡太七冠が山崎隆之八段を3連勝で下し、永世棋聖の資格を獲得した。攻守とも隙がなく、完勝といえる内容だった。43歳で2度目のタイトル挑戦と〝遅れてきた青年〟といえる山崎だが、竜王戦では1組で優勝し、トーナメントで優位な状況にある。〝AI超え〟藤井に〝人間力〟山崎が再び挑む日を心待ちしている。

 この10日余り、激動の予感を窺わせるニュースが世界から届いている。米大統領選の討論会ではバイデン大統領が高齢による不安を露呈した。しがらみに縛られたバイデンは出退極まった状態だと思う。〝もしトラ〟は現実になりそうだが、アメリカのMZ世代はジェンダーや差別に敏感で親パレスチナの傾向が強い。民主党支持の若年層はバーニー・サンダースの影響で、資本主義より社会主義に価値を見いだすようになっている。地殻変動は4年後に起きるだろう。

 欧米との協調を掲げる改革派、反米を訴える保守強硬派との決選投票になったイランの大統領選、フランス国民議会選挙、そして労働党圧勝のイギリス総選挙については、稿を改めて簡単に記したい。本来なら格差と貧困、教育と環境が争点になるべき都知事選が、茶番のままで終わりそうなのは残念だ。

 「罪深き少年たち」(2022年、チョン・ジヨン監督)を見た。ベースになっているのは1999年、全羅北道の参礼ウリスーパーで起きた強盗殺人事件だ。貴金属類と現金が盗まれ、家族4人のうち、祖母が心臓発作で命を失った。韓国ではファクト(事実)とフィクション(脚色)が混淆した<ファクション映画>が多く製作されているが、本作もその一つである。

 事件発生から10日ほどで3人の少年が逮捕された。1年後、当該警察署(完州署)に徹底的な捜査で〝狂犬〟の異名を持つファン・ジョンチョル刑事(ソル・ギョング)が赴任してくる。当ブログでは主演、助演に限らずギョング出演作を7作紹介してきたが、とりわけ印象に残るのは「殺人者の記憶法」と「茲山魚譜-チャサンオボ-」だ。徹底的な役作りで知られる韓国トップクラスの俳優である。

 1999年と2016年がカットバックしながら物語は進行する。冒頭はジョンチョルの歓迎会だ。島流しに遭っていたが定年間際、17年ぶりに完州署に帰還したという設定で、ジョンチョルを慕っていたジョンギュ刑事(ホ・ソンテ)らが顔を揃えていた。ジョンチョルが左遷された理由は、ウリスーパー事件の真犯人を突き止めたからだった。

 実話がベースと前述したが、ジョンチョル刑事は創作で、冤罪を着せられた少年たちの年齢も少し低めに設定されているようだ。事件とその後の経緯については韓国内で広く知られており、観客を惹きつけるためにはシナリオの捻りが求められる。<真実>を追求するジョンチョルに対置したのは<隠蔽と秘密主義>を象徴するエリート官僚のチェ・ウソン(ユ・ジュンサン)だ。対峙する両者が醸し出すヒリヒリする緊張感に時間が経つのを忘れた。

 独裁時代の体質を維持する警察や検察は、民主化以降も高圧的な態度を改めず、韓国の人々は権力に対して忌避感を抱いている。ジョンチョルが調書を精査したところ、ある少年は知的障害で時を書けなかった。暴力的な取り調べで3人はでっち上げられ、冤罪は明らかだったが、チェや担当検事は徹底に隠蔽し、無実の少年は下獄する。

 亡くなった祖母の娘ユン(チン・ギョン)、17年後に名乗りを上げようとするジェシク(ソ・イングク)、再審を請求した弁護士とジョンチョルにも協力者がいたが、時機を逃して結審を迎える。ラストの法廷で警察と検察の悪が暴き出されるシーンにカタルシスを覚えた。タイトルは「罪深き少年たち」だが、冤罪の犠牲になった少年たちも、真犯人の少年たちも決して罪深くはない。「罪深き大人たち」が正しいタイトルだ。

 食事のシーンが多く、うまそうな食べ物が次々に出てくる。20歳若かったら観賞後、徒歩で大久保まで足を運び焼き肉を食べたに違いない。変なところで自身の老いを感じさせてくれる作品だった。
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クッツェー著「マイケル・K」~自由への限りない逃走

2024-06-30 21:38:29 | 読書
 ガザに住む50万人近くのパレスチナ人が「壊滅的レベル」の飢餓に直面していると、国連支援機関の報告書が警告している。イスラエルが国際人道法に違反して封鎖してきたガザは<天井のない監獄>と呼ばれ、ツツ大主教が<現在のアパルトヘイト>と断罪してきた。そのツツの祖国である南アフリカの小説「マイケル・K」(J.M.クッツェー著、くぼたのぞみ訳/岩波文庫)を読了した。

 <マイケル・Kは口唇裂だった>から、本作は始まる。Kがどの人種に属するか記されていないが、黒人であることは推察される。時代背景は20世紀半ばと考えていたが、実は1980年前後で、アパルトヘイトを維持しようとする政府側と反対派との武力衝突が激化していた時期だった。Kは病んだ母を車椅子に載せ、内戦で疲弊したケープタウンから、母が少女時代を過ごしたプリンスアルバートの農場を目指す。母が途中で死に、遺灰を手に目的地に向かう。

 解説によると、本作は検閲を逃れるため、細部にまで精緻に表現に留意していた。弾圧下の表現といえば、思い浮かぶのがイラン映画で、作品の数々は神秘性を纏い、神々しい寓話に飛翔している。内戦下、Kは政治信条を表明することなく、行く先々で暴力と管理の鞭を震われるが、行間には痛みを緩和する奇跡の癒やしがちりばめられている。

 本作のキーワードは<暴力>と<自由>だ。<暴力>は軍隊、監獄、キャンプで蔓延し、Kは無気力に服従を拒む。寡黙であることで知的障害を疑われたKは第2部で病院に収容され、医師たちの手厚い看護を受ける。病院でKはなぜか〝マイケルズ〟と呼ばれた。Kにとって多少なりの束縛をもたらす保護、善意、慈善でさえ<暴力>であり、身を固くして拒絶する。

 他の作品は読んでいないので、クッツェーが志向することを理解したとは言い難い。ノーベル文学賞授賞理由のひとつに<西欧文明が掲げる残酷な合理性と見せかけのモラリティーを容赦なく批判した>ことが挙げられていた。〝残酷な合理性〟とは、国家による管理=<暴力>で、対置されたのが<自由>だ。だが、Kは原理としての<自由・民主主義>を唱えることはしない。ステレオタイプの言葉に背を向けているのだ。

 降りかかる理不尽や不条理に耐えながら、否定し、振り払うこともなく、ひたすら受け入れ歩んでいく。そして、Kは自分が庭師であることを実感する。太陽の動きを察知し、動植物に親しむ。荒野にカボチャの種を撒き、栽培して食べる場面は至福に満ちていた。種は環境が整った時に実を結び、自他の多数の種へと繋がって、他者の飢えを癒やす。Kのことを石に例える描写があった。「土のように優しくなればいい」とモノローグする場面もある。第3部で出会うボヘミアン風の若者が何のメタファーなのかわからなかったが、読み終えた時に充足感と希望を覚えた。

 内戦が終わった後、Kは恐らく庭師、農夫として自然と交感し、カボチャやその他の種子をまき、水やりを心掛け、ささやかな生活の糧にする。山羊や鳥、そして昆虫とも共存して生きていくのだろう。ヘンリー・ソローや老荘思想とも異なる自由の果てを、自然体で進んでいくのだ。
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