欧州サッカー選手権決勝はスペインがイングランドを2対1で下し4度目の優勝を果たした。<煌めきの差でスペインが上回る気がする>と前稿の枕で記した予想はたまたま当たったが、現在サッカーの到達地点を確認出来てよかった。選手たちは高度な戦術のマスターと局面への対応力を求められていることを、的を射た解説で実感出来た。サッカーは知的なゲームに進化しているようだ。
1カ月ほど前、「国際報道24」(NHK・BS)で<韓国でJPOPが人気>という特集が組まれ、羊文学が紹介されていた。YouTubeでチェックすると、イメージを喚起する抽象的な歌詞は名の通り文学的で、透明感あるボーカルとアンビバレンツなオルタナ風の歪みも魅力的だ。気鋭の評論家は<自分たちの志向を維持しながら横浜アリーナを3分でソールドアウトするという奇跡を成し遂げた>と語っていた。かのパティ・スミスも絶賛しているという。俺がまず惹きつけられたのは、ギター&ボーカルの塩塚モエカの儚げなルックスだったが……。
「三の隣は五号室」(2016年、長嶋有著/中公文庫)を読了した。長嶋作品を読むのは「夕子ちゃんの近道」以来、10年ぶりになる。「三の隣は五号室」を読むきっかけになったのは、別稿(6月13日)で「高架線」(17年、滝口悠生著)を紹介した直後、読書好きの知人から「設定が近い小説がある」と教えられたからだ。
ほぼ同時期、一つの部屋を巡る物語を2人の作家が書いていたことになる。「高架線」は2000年前後から十数年にかけての東長崎にあるアパート2号室が舞台だったが、「三の隣は五号室」は横浜の北に位置し、ぼこぼこの隆起した地形の上に無理やり広げた街の日当たりが悪い第一藤岡荘の半世紀にわたる住人たちの物語だ。ランドマークはセブン-イレブンとバッティングセンターだ。
第一話「変な間取り」の後に、部屋の間取り図が挿入される。読む側は〝変〟を共感しながら読み進めることが出来るのだ。13世帯の暮らしが時代を下っていくのではなく、テーマごとにカットバックして綴っていく。本作の主人公は<五号室>なのだ。住人たちは平凡な人生を送っているが、唯一の例外は裏社会と繋がっていた三輪密人で、射殺されることになる。
誰しも自分が暮らす部屋を少しは良くしたいと考える。ゴムホースや風呂栓に悪戦苦闘したり、ブレーカーが頻繁に落ちるからアンペアを上げたり、和式トイレを洋式にしたり、蛇口を取り替えたりと、各自が残した痕跡が次の住人に受け継がれていく。雨音や天井の模様、柱時計の音についても各自の感想が記されていた。
不動産屋は「隣室の住人は医者」と話していたが、入浴中に洩れてくる電話を聞いた居候の女性は、彼が劇団員であることを突き止めた。「ガッチャマン」、「キイハンター」「怪奇大作戦」、「11PM」、キムタクなど、時代を反映するテレビ番組が紹介されていた。時代が経つにつれ国際化し、イランからの留学生が入居するだけでなく、向かいの第二藤岡荘にも多くの外国人が暮らしている。
読む人によってポイントは変わると思うが、第七話「1は0より寂しい数字」が一番楽しめた。五号室の住人がタクシーで帰宅する車内で、「ワン」が流れる。俺はスリー・ドッグ・ナイトによる同曲が記憶に残っているが、本作で扱われるのが作詞作曲者のニルソン版と1995年のエイミー・マン版だ。♪1は孤独な数字 独りぼっちは寂しい経験なんだという歌詞は、住人たちの心象風景と重なっている。
本作は見知らぬ者たちが織り成す人生賛歌で、読み終えた時、来し方が並以下の俺でさえ、〝生きていてよかったと感じることが出来た。「高架線」と合わせて<アパート文学>の誕生かもしれない。
1カ月ほど前、「国際報道24」(NHK・BS)で<韓国でJPOPが人気>という特集が組まれ、羊文学が紹介されていた。YouTubeでチェックすると、イメージを喚起する抽象的な歌詞は名の通り文学的で、透明感あるボーカルとアンビバレンツなオルタナ風の歪みも魅力的だ。気鋭の評論家は<自分たちの志向を維持しながら横浜アリーナを3分でソールドアウトするという奇跡を成し遂げた>と語っていた。かのパティ・スミスも絶賛しているという。俺がまず惹きつけられたのは、ギター&ボーカルの塩塚モエカの儚げなルックスだったが……。
「三の隣は五号室」(2016年、長嶋有著/中公文庫)を読了した。長嶋作品を読むのは「夕子ちゃんの近道」以来、10年ぶりになる。「三の隣は五号室」を読むきっかけになったのは、別稿(6月13日)で「高架線」(17年、滝口悠生著)を紹介した直後、読書好きの知人から「設定が近い小説がある」と教えられたからだ。
ほぼ同時期、一つの部屋を巡る物語を2人の作家が書いていたことになる。「高架線」は2000年前後から十数年にかけての東長崎にあるアパート2号室が舞台だったが、「三の隣は五号室」は横浜の北に位置し、ぼこぼこの隆起した地形の上に無理やり広げた街の日当たりが悪い第一藤岡荘の半世紀にわたる住人たちの物語だ。ランドマークはセブン-イレブンとバッティングセンターだ。
第一話「変な間取り」の後に、部屋の間取り図が挿入される。読む側は〝変〟を共感しながら読み進めることが出来るのだ。13世帯の暮らしが時代を下っていくのではなく、テーマごとにカットバックして綴っていく。本作の主人公は<五号室>なのだ。住人たちは平凡な人生を送っているが、唯一の例外は裏社会と繋がっていた三輪密人で、射殺されることになる。
誰しも自分が暮らす部屋を少しは良くしたいと考える。ゴムホースや風呂栓に悪戦苦闘したり、ブレーカーが頻繁に落ちるからアンペアを上げたり、和式トイレを洋式にしたり、蛇口を取り替えたりと、各自が残した痕跡が次の住人に受け継がれていく。雨音や天井の模様、柱時計の音についても各自の感想が記されていた。
不動産屋は「隣室の住人は医者」と話していたが、入浴中に洩れてくる電話を聞いた居候の女性は、彼が劇団員であることを突き止めた。「ガッチャマン」、「キイハンター」「怪奇大作戦」、「11PM」、キムタクなど、時代を反映するテレビ番組が紹介されていた。時代が経つにつれ国際化し、イランからの留学生が入居するだけでなく、向かいの第二藤岡荘にも多くの外国人が暮らしている。
読む人によってポイントは変わると思うが、第七話「1は0より寂しい数字」が一番楽しめた。五号室の住人がタクシーで帰宅する車内で、「ワン」が流れる。俺はスリー・ドッグ・ナイトによる同曲が記憶に残っているが、本作で扱われるのが作詞作曲者のニルソン版と1995年のエイミー・マン版だ。♪1は孤独な数字 独りぼっちは寂しい経験なんだという歌詞は、住人たちの心象風景と重なっている。
本作は見知らぬ者たちが織り成す人生賛歌で、読み終えた時、来し方が並以下の俺でさえ、〝生きていてよかったと感じることが出来た。「高架線」と合わせて<アパート文学>の誕生かもしれない。