上京した時、高層ビルが建ち並ぶ新宿西口は、広大な墓地の如く映った。あれから三十余年、密度を増した墓標たちに見下ろされ、方南通りを日々歩いている。
新宿といえば、<500㍍四方のブラックホール>歌舞伎町だ。BSハイビジョンで放映された「ドキュメント~新宿・歌舞伎町」(5回)を見て、ほろ苦さとノスタルジーが思い出の箱からこぼれ落ちる。
コマ劇場閉館に合わせて昨年12月に撮影され、シリーズを通してのキーワードは<情と闘い>だった。光と闇、表と裏が交錯する人間模様に、不況による影響も織り込まれていた。
第1回「歌舞伎町の二人」では、外国人の目を通して街の変貌が描かれていた。中国人の李さんは外国人相手の歌舞伎町案内人だ。食から風俗まで希望に沿うが、地域の浄化運動にも参加するなど、中国人らしいしたたかさが感じられる。歌舞伎町を撮り続ける韓国人の権さんは、「今の世の中、大きな木の根っ子が腐っている」と嘆いていた。ホームレスの少女(4歳)を撮った写真集の印税を彼女の養育費に充てたいと語る権さんに、日本人が失くしつつある情を感じた。
第2回「あなたと踊りたい」の舞台はダンスホールだ。老夫婦、ホストとその母、ホステス、コマ劇場内で店を構える女性店主らの絆や秘めた思いに、人生の哀歓を覚えた。好意を抱き続けてきた女性と初めて踊った70歳間近の男性はパーティーの後、駅ホームで人目も憚らずダンスのポーズを取っていた。少年のようにときめきを隠さぬ姿に感銘を受けた。
第3回「美しくたくましく」では、カメラを据えた老舗美容室に水商売の女性(ニューハ-フも)たちが仕事前に次々訪ねてくる。自らを「夜の蛾」と称して笑いを取る元ママなど、巧みな話術とユーモアにくぐってきた修羅場の数が窺える。セミプロがウリのキャバクラでもなく、金ずくで快楽を提供する風俗でもない……。微妙な立ち位置のホステスたちは、不況の直撃を受けているようだ。彼女たちにとって装いも闘いの一環だが、美容師の前で見せるあけすけさと優しさに心が和んだ。
第4回「闘う人々」はタイトルそのままに、歌舞伎町における闘いを取り上げている。腕相撲道場や格闘技のジムに通う男たちは、<グレーゾーンが多い社会において、鍛錬が結果に反映する>と、肉体を武器に選んだ理由を述べていた。荒ぶる中高年が頭脳と精神を削り合うのが将棋道場だ。三日三晩眠らず指し続ける初老男性もいる。その情熱には感嘆したが、若者の姿が皆無なのは将棋ファンとして寂しかった。
第5回「歌舞伎町音楽探検」でナビゲーターを務めた菊地成孔氏(ジャズミュージシャン、文筆家)は、大衆性と前衛性、ハイソと猥雑さ、母性と薄情さが混ざり合う街の魅力を紹介する。「民族音楽との融合こそ、ジャズのレコンキスタ(失地回復)の手段。雑食性の歌舞伎町こそ発信地になりうる」との言葉は説得力十分だ。この40年を振り返る外波山文明氏とりりぃの対談も興味深かった。
いずれも25分の掌編だったが、映画の原案になりうる珠玉のドキュメンタリーだった。部屋から徒歩30分弱の魔都も、いつしか<映画と飯の街>になってしまった。もったいない話である。春になったら歌舞伎町を徘徊し、李さんや権さんを見かけたら声を掛けてみよう。
新宿といえば、<500㍍四方のブラックホール>歌舞伎町だ。BSハイビジョンで放映された「ドキュメント~新宿・歌舞伎町」(5回)を見て、ほろ苦さとノスタルジーが思い出の箱からこぼれ落ちる。
コマ劇場閉館に合わせて昨年12月に撮影され、シリーズを通してのキーワードは<情と闘い>だった。光と闇、表と裏が交錯する人間模様に、不況による影響も織り込まれていた。
第1回「歌舞伎町の二人」では、外国人の目を通して街の変貌が描かれていた。中国人の李さんは外国人相手の歌舞伎町案内人だ。食から風俗まで希望に沿うが、地域の浄化運動にも参加するなど、中国人らしいしたたかさが感じられる。歌舞伎町を撮り続ける韓国人の権さんは、「今の世の中、大きな木の根っ子が腐っている」と嘆いていた。ホームレスの少女(4歳)を撮った写真集の印税を彼女の養育費に充てたいと語る権さんに、日本人が失くしつつある情を感じた。
第2回「あなたと踊りたい」の舞台はダンスホールだ。老夫婦、ホストとその母、ホステス、コマ劇場内で店を構える女性店主らの絆や秘めた思いに、人生の哀歓を覚えた。好意を抱き続けてきた女性と初めて踊った70歳間近の男性はパーティーの後、駅ホームで人目も憚らずダンスのポーズを取っていた。少年のようにときめきを隠さぬ姿に感銘を受けた。
第3回「美しくたくましく」では、カメラを据えた老舗美容室に水商売の女性(ニューハ-フも)たちが仕事前に次々訪ねてくる。自らを「夜の蛾」と称して笑いを取る元ママなど、巧みな話術とユーモアにくぐってきた修羅場の数が窺える。セミプロがウリのキャバクラでもなく、金ずくで快楽を提供する風俗でもない……。微妙な立ち位置のホステスたちは、不況の直撃を受けているようだ。彼女たちにとって装いも闘いの一環だが、美容師の前で見せるあけすけさと優しさに心が和んだ。
第4回「闘う人々」はタイトルそのままに、歌舞伎町における闘いを取り上げている。腕相撲道場や格闘技のジムに通う男たちは、<グレーゾーンが多い社会において、鍛錬が結果に反映する>と、肉体を武器に選んだ理由を述べていた。荒ぶる中高年が頭脳と精神を削り合うのが将棋道場だ。三日三晩眠らず指し続ける初老男性もいる。その情熱には感嘆したが、若者の姿が皆無なのは将棋ファンとして寂しかった。
第5回「歌舞伎町音楽探検」でナビゲーターを務めた菊地成孔氏(ジャズミュージシャン、文筆家)は、大衆性と前衛性、ハイソと猥雑さ、母性と薄情さが混ざり合う街の魅力を紹介する。「民族音楽との融合こそ、ジャズのレコンキスタ(失地回復)の手段。雑食性の歌舞伎町こそ発信地になりうる」との言葉は説得力十分だ。この40年を振り返る外波山文明氏とりりぃの対談も興味深かった。
いずれも25分の掌編だったが、映画の原案になりうる珠玉のドキュメンタリーだった。部屋から徒歩30分弱の魔都も、いつしか<映画と飯の街>になってしまった。もったいない話である。春になったら歌舞伎町を徘徊し、李さんや権さんを見かけたら声を掛けてみよう。