酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「幻の湖」~邦画史上最悪の失敗作を観賞する

2019-02-09 23:26:43 | 映画、ドラマ
 スカパーでドラマの再放送を楽しんでいる。多くは一度見た作品で、記憶が少しずつ甦り、いつしか画面に釘付けになっている。〝再会〟頻度が圧倒的に高いのは渡瀬恒彦で、「十津川警部シリーズ」など主演作は膨大な数だ。周囲の力を引き出す〝親和力〟ゆえ重宝されたのだろう。

 ポスト渡瀬の一番手は内藤剛志か。内藤とは同世代で、自主映画(主に長崎俊一監督)、日活ロマンポルノも観賞している。「事件」、「三屋清左衛門残日録」など北大路欣也ともよく出会う。初めて見た主演作が「宮本武蔵」(1965年)だから、50年来の馴染みだ。ちなみに、印象に残っている映画は「仁義なき戦い 広島死闘編」、「ダイナマイトどんどん」あたりで、本題で紹介する「幻の湖」にも出演している。

 邦画史上最高の脚本家は橋本忍だ。昨年夏に亡くなったこともあり、脚本を担当した作品がスカパーでオンエアされている。数は少ないがテレビドラマでも傑作を残している。代表作は「私は貝になりたい」(1958年)だが、TBSチャンネルが追悼特集で放送した「正塚の婆さん」(63年)にも感銘を受けた。

 東京のベッドタウンで、裁判員制度を先取りしたかのような「検察審査会」に11人の市民がくじで選ばれる。その中のひとり、おくに(三益愛子)は家族も手に負えない意地悪婆さんだ。暴力団絡みの地上げで、背景に学校招致を巡る汚職がある。他の委員の腰が引ける中、おくにだけが市長を追及する。「十二人の怒れる男」、橋本も脚本チームに加わった「悪い奴ほどよく眠る」(60年、黒澤明)を彷彿させ、社会派の面目躍如というべき内容だった。

 絶対的な地位を築いた橋本は、東宝35周年記念作「日本のいちばん長い日」(67年)の脚本を書いた。その流れで50周年記念作「幻の湖」(82年)の製作、脚本、そして監督まで担当することになった。怖い物見たさで、〝邦画史上最悪の失敗作〟とされる本作を日本映画専門チャンネルで観賞した。

 「あの男は気を付けた方がいい」とか、「ファッキンクレージーな女」なんて悪評を聞いた人間に、好意や親近感を抱いたこともある。そんな臍曲がりだが、汚名に相応しい失敗作だと思う。興行成績も最悪で、業界で信頼をなくした橋本は事実上、筆をおくことになる。

 主人公は雄琴のトルコ嬢(現在はソープ嬢)のお市(南條玲子)だ。お市の勤める店は、戦国時代の女性にちなんで源氏名を付け、日本髪に着物で接待する。お市の親友は同僚の米国人ローザ(デビ・カムダ)と犬のシロだ。忽然と現れたシロを先導役に、お市は琵琶湖の周りを走っている。シロを追いかけたお市は、湖畔で笛を吹く長尾(隆大介)と出会い、不思議な縁を感じた。

 銀行員の倉田(長谷川初範)や店のマネジャー(室田日出男)らの気遣いで平穏な日々が流れたが、シロが殺されてムードは一変する。行き着いた犯人は高名な作曲家の日夏(光田昌弘)だが、罪に問うのは難しい。日夏もランナーで、東京、そして琵琶湖周辺での追走劇に「フレンチコネクション」が重なった。シロの骨を埋めた場所で長尾と再会した南條は、笛の由来を聞かされる。

 時空は400年前にワープする。長尾はお市の方(関根恵子)の侍女みつ(星野知子)と恋仲だった。みつは白無垢で吊るされ、みちが命を守ろうとした幼い君は串刺しの刑に処される。残虐な仕打ちを命じた織田信長を北大路が演じていた。シロはみつ、もしくは若君の生まれ変わりで、日夏の前世は信長か。愛する者を奪われたお市の怨念が、トルコ嬢のお市に憑依した……。橋本は宿命に彩られたドラマを脳裏に描いていたのだろう。

 本作で裸身を晒したため、その後は〝濡れ場〟女優的な扱いも受けた南條だが、拙くても初々しく、感情を迸らせる演技に好印象を抱いた。本作の最大の欠点は平板さである。橋本が名匠と組んだ作品は歯切れ良く、緊張感に満ちていたが、本作は不要な説明台詞やテロップが目立ち、2時間ドラマに近い。

 ローザは実は諜報員で、長尾はNASAの一員として宇宙から琵琶湖を見る……。この辺りも完全に消化不良だった。アイデアは暴走し、ストーリーは破綻したが、誰も橋本にアドバイス出来ないまま公開日を迎えてしまったのだろう。俺は〝失敗の達人〟だが、橋本が躓いた真の理由はわからない。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「疎外と叛逆」~マルケスと... | トップ | 「バハールの涙」が謳う〝拠... »

コメントを投稿

映画、ドラマ」カテゴリの最新記事