酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「ダブリナーズ」~記憶と想像力で紡がれた都市小説

2023-03-24 21:49:26 | 読書
 ベイスターズファンゆえ、WBC決勝で今永が炎上しないか心配だったが、ソロホームラン1本で抑えたことで、試合の流れを壊さなかった。WBC狂騒曲は鳴りやまず、<リスペクト>を体現した日本チームの軸はもちろん大谷だった。試合前の円陣での「(米国チームに)憧れないように戦いましょう」、そして試合後、アジア各国の野球の発展に言及したことなど、大谷の意識の高さと発信力はMVPに相応しい。

 ダルビッシュは初日から宮崎キャンプに参加し、若い選手と積極的に交流した。日本ハム入団時、本人いわく自業自得だが、先輩選手に冷たくあしらわれた。その時、新庄、坪井、森本の3人が目を掛けてくれたことを感謝している。自身の経験からチーム内の風通しを良くする緩衝材の役割を買って出たのだろう。〝陰のMVP〟である。

 何度か記しているように近々、白内障の手術をする。右、左の順でインタバルでは両目の視力がアンバランスになり、日常生活に難儀するかもしれない。今のうちに〝50年来の宿題〟をこなすことにし、「ダブリナーズ」(ジェイムズ・ジョイス著、柳瀬尚紀訳/新潮文庫、2009年)を読了した。全15作の短編で構成されており、「ダブリン市民」の方が一般的だ。

 アイルランドにはカトリックのケルト系、イギリスから移住してきたプロテスタントが暮らしており、ダブリンには長年、英国軍が駐屯してきた。英国文学では日々の語り合いが重視され、「委員会室の蔦の日」では政治を巡って何人もが議論する。

 アイルランドという土地柄、キリスト教の持つ意味は大きい。ジョイスもイエズス会の学校で学んだという。「姉妹」では神父の死が、「土くれ」ではハロウィーンの夕べが描かれていた。「恩寵」では主人公をカトリックに改宗させようと友人たちが手を組む。同時に、信仰の限界も仄めかされている。

 ジョイスは歌手として収入を得たことがあり、本作には音楽が溢れている。「土くれ」ではマライアの声が人々を魅了し、「痛ましい事故」での出会いの場所は音楽会だった。「母親」でステージママが周りを驚かせたのも音楽会である。「死せるものたち」にもピアノの演奏シーンがあり、歌手たちも登場する。

 訳者の解説にも記されているように、当時のダブリンは閉塞感、停滞感に覆われ、麻痺した街というイメージで、イングランドへの対抗意識と憧れが入り混じっている。「エヴリン」にはダブリンからの脱出を試みる若い女性が描かれていた。「小さな雲」は才能を自覚しながら街にとどまり、ロンドンで成功した友へのジェラシーを抑え切れない男の忸怩たる思いがテーマだ。

 作者自身、若い頃は不良、無頼の類いで、喧嘩っ早い酔っ払い。借金に苦しみ、本作出版まで何度もダメだしを食らう。「二人の伊達男」には街を闊歩した作者の等身大の姿が目に浮かぶ。都市小説の色合いも濃いが、本作が必ずしもダブリンで書かれたものではない。イタリアのトリエステから、ダブリンでの記憶を甦らせて紡いだ小説もある。記憶を源泉とした想像力が本作のエンジンだったのか。

 登場人物の多くは世間体に縛られている。「エヴリン」や「小さい雲」の主人公、そして「下宿屋」で女主人の娘を妊娠させた青年もカトリックに基づく倫理観がストッパーになっていた。「写し」の主人公も公証人としての立場を窮屈に思いながら、憂さ晴らしの手段といえば酒しかない。飲んで歌うパブ文化を連想した。

 とりわけ心に響いた作品は「痛ましい事故」と「死せるものたち」だ。「痛ましい事故」の主人公ダフィー氏は銀行の出納係だ。友達もなく教会とも疎遠で、決まり切ったルーティンを日々こなしている。孤独な中年男が音楽会のロビーで、娘を連れたシニコワ夫人と出会う。偶然が重なり、2人きりで会う機会も増え、共有する部分が大きくなっていく。

 だが、ダフィー氏の側から夫人を拒絶し、2人は別れた。4年後、痛ましい事故で夫人が亡くなった記事をダフィー氏は目にする。娘の証言で、夫人が酒に溺れ、壊れていったことを知るのだ。世間体や倫理観を恐れ、真実の愛に辿り着けなかったこと、想像を絶する夫人の苦しみに思いを馳せるが、ダフィー氏は孤独の中に籠もるしかない。

「死せるものたち」でゲイブリエルは、宴の後に妻の思いがけない告白を聞いて動揺する。夭折した少年への妻の思いに、死せる者、生きる者が共に生きる世界を彷徨っているような感覚に陥る。詩的な表現で、ちっぽけな欲望を超越し、寛容さに包まれた世界に浸ったのだ。

 「ダブリナーズ」は<エピファニー文学>と呼ばれる。ウィキペディアによれば、<物事を観察するうちにその事物の「魂」が突如として意識されその本質を露呈する瞬間>とある。魂、光とも言い換え可能だが、読了後に知ったから手遅れだ。長生きして再読する機会があれば、<エピファニー>を探しながらページを繰りたい。まあ、そんな日は来ないだろう。
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1 コメント

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Unknown (aki)
2023-03-27 16:45:11
日本有事危機と中国の国防動員法の怖さを、恐縮ながら今どうか皆様に知って頂きたいです

日本存亡に関わる台湾有事危機が高まる中、
隣国が望む改憲阻止の為、中韓と連携し野党メディアが倒閣へ扇動をかける状況にどうか気付いて頂きたいです(09年は扇動が成功)

国防妨害一色の、メディアが全力で守る野党は、北と韓国政府から資金投入の朝鮮総連、殺人の革マル等反社勢、大炎上中のcolaboとの連携は一切報じぬ裏で、

中朝は核の標準を日本に向け、尖閣への侵犯を激化、進行形で侵略虐殺を拡げる中、有事の際、外国勢の国防動員法に対抗出来ぬ現憲法では、

多くの日本人を銃殺した韓国の竹島不法占拠、北の日本人拉致、中国の尖閣侵犯にも、9条により日本は国を守る為の手出しが何一つ出来ない事が示しています。

中韓の間接侵略は、野党が法制化を目指す外国人参政権や日本人のみ弾圧対象ヘイトスピーチ法、維新道州制等、多様性と言う"中韓の声反映"に進んでおり、

野党メディアが09年再現へ世論誘導をかける今、中韓浸透工作は最終段階である事、
日本でウクライナの悲劇を生まぬ為、一人でも多くの方に目覚めて頂きたいと切に思っております。
長文、大変申し訳ありません。

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