酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「私と猫のサランヘヨ」をきっかけに、猫との思い出が甦る

2020-11-29 21:44:50 | 映画、ドラマ
 まずは前稿の流れから……。竜王戦第4局は豊島竜王が制し、防衛に王手をかけた。中継を見ていた知人によると、羽生の表情に生気を感じなかったという。タイトル通算100期に向け第5局以降(来月5日)、反撃の狼煙を上げることが出来るだろうか。

 ジャパンカップでPOG指名馬アーモンドアイが有終の美を飾った。3年前の8月、旅行先の函館競馬場で彼女の新潟デビュー戦(2着)を見た。POG的に人気があったわけではなかったが、史上最強牝馬に上り詰めたことはご存じの通りだ。〝愛〟で馬券を買い続けた3年余……。引退に寂しさを覚えている。

 ディエゴ・マラドーナが亡くなった。エミール・クストリッツアが素顔に迫った「マラドーナ」(2008年、)のテーマは<野性を保つために知性は不可欠>。脚にカストロ、腕にゲバラのタトゥーを入れたマラドーナは、北米自由貿易協定(NAFTA)がメキシコに及ぼした深刻な影響を語る反グローバリズムの旗手で、〝新自由主義の実験場〟として南米を蹂躙したアメリカへの怒りを隠さなかった。波瀾万丈の人生を駆け抜けた天才の死を悼みたい。

 シネマート新宿で韓国映画「私と猫のサランヘヨ」(2019年、ボク・ウンソク監督)を見た。猫にまつわる4編から成るオムニバスで、猫ファンに堪らない作品だ。猫との思い出をメインに据え、感想は後半、簡潔に記すことにする。

 子供の頃、我が家は〝由緒ある〟2匹の猫を飼っていた。1匹は国会議員宅から譲り受けたキジトラの日本猫(エル)で、娘さんが妹の同級生だったという縁があった。もう1匹はどんなつてがあったのか、名優の金田龍之介家から貰い受けた金目銀目の白猫(シロ)である。

 当時の飼い猫は塩分過剰の〝猫まんま〟――ご飯に味噌汁をかけ鰹節を振ったもの――を食べていたから、平均寿命は短かった。日本でキャットフードが普及したのは1980年前後。その頃から人間にとって、猫は愛玩動物から癒やしを与えてくれる存在に変化した。

 大卒後、引きこもっていた俺は、部屋にすみ着いたシャムと三毛のハーフのために、自分の食費を削っていた。40代になってウオーキングを始めたが、折り返し地点の哲学堂公園で、ホームレスのおじさんたちに交じって野良猫に餌をやっていた。帰省時に交流していた従兄宅のミーコの死にショックを受けた。

 「猫はこうして地球を征服した」(アビゲイル・タッカー著)には、猫が人間馴致の技術を身につけた経緯が分析されている。猫は世界の人口の3分の1が感染しているトキソプラズマ症の感染源のひとつだという。著者は<トキソプラズマは猫から人間の脳に感染し、愛をプログラミングされている>と仄めかしていた。そして今、インターネットが感染拡大のツールになり、猫愛が猛スピードで蔓延している。

 「私と猫のサランヘヨ」にも俺と同じ症状の人たちが登場する。別れた恋人と飼っていた猫に慰められて立ち直った20代の女性、野良猫との触れ合いで再スタートを切る失業した40代の男。猫を飼いたいがためバレエコンクール優勝を目指す少女……。猫によって紡がれた絆と癒やしに、心がホカホカ温かくなった。

 最も印象に残ったのは最後のエピソードだ。70代の独居老人は、海辺で見つけた亡き妻の思い出と重なる猫を飼うようになる。老人にはトラウマがあった。猫を飼うことを何度も懇願した妻をはねつけていたのだ。認知症で意識が混濁した老人は猫の仲介で、疎遠になっていた娘一家との絆を取り戻す。年齢が近く、物忘れも夥しい俺が主人公に親近感を覚えたのは当然の成り行きだ。

 知り合いの老夫婦は老い先を考えると、以前のように猫を飼うことが難しくなった。今は「岩合光昭の世界ネコ歩き」(NHK・BSプレミアム)を全て録画し、夕食の供として団欒を楽しんでいる。飼っている猫に過剰な愛を注ぐ人もいれば、野良猫に去勢と避妊手術を施し、里親探しに努めるNGOの一員もいる。猫愛の表現は様々だが、数年経ったら猫を飼いたいと思う。だが、猫を一人で飼うのは面倒だ。その前に……。それは更に難しい。
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晩秋の雑感~JC、落語、将棋、そして野辺山観測所

2020-11-25 23:32:51 | 独り言
 行きつけの接骨院で検温したら37・1度だった。普段より0・8度ほど高い。最近やたらに眠いし、何をするのも億劫で読書も進まない。まさかと思うが、それはともかく、今回は取り留めない晩秋の雑感を記すことにする。

 停滞気味の心を躍らせてくれるのが今週末のジャパンカップだ。引退レースを迎えるアーモンドアイはPOG指名馬というだけでなく、入院費用を賄ってくれた女神のような存在なので、感謝を込めて馬券の軸に据える。相手も同厩(国枝厩舎)の〝妹分〟カレンブーケドールと今年の牝馬3冠に輝いたデアリングタクトだ。女性の奮闘に期待して、歴史的なイベントを楽しみたい。

 先週末の鈴本演芸場はパスしたから、「春風亭一之輔 古今亭文菊二人会」(かめありリリオホール)に絞って感想を綴りたい。一之輔が「あの人は変わった」と枕で漏らしたように、正統派の文菊がキレと毒をペーストする。古典に則りながら世の変化に対応する意味を説いたのは〝マニフェスト〟といえるだろう。特筆すべきは毒の風味で、まず自分を穿って笑いを取る文菊は、更にファンを惹きつけていくはずだ。

 NHK杯将棋トーナメントで木村九段が藤井2冠を破ってベスト16に進出した。互いが間合いを計る難解な展開を、解説の羽生九段がほぐしてくれる。臥薪嘗胆の心意気で立ち向かう木村の指し手に、冷静な羽生が何度か驚きの声を上げていた。その羽生だが、自身の体調不良で延期されていた竜王戦第4局があした始まる。A級順位戦で佐藤九段を破った羽生、日本シリーズ決勝で永瀬王座を下した豊島竜王とも上り調子で、名局になるのは間違いない。

 BSプレミアムで「カネのない宇宙人 閉鎖危機に揺れる野辺山観測所」(テレビ信州制作)を見た。2019年度ギャラクシー賞テレビ部門に選ばれたドキュメンタリーで、学術会議任免拒否問題と通底する内容だ。同年2月、野辺山宇宙電波観測所は人類で初めてブラックホールの姿を捉える。寄与したのは1982年に稼働した45㍍電波望遠鏡だ。

 輝かしい成果を挙げた観測所だが、財政難で危機に陥っている。第13代所長の立松氏は規模を少しずつ縮小するため、本館や食堂を閉鎖し、大幅なリストラ案を発表する。最大にして唯一の原因は予算の削減だ。<選択と集中>の掛け声の下、実利を挙げない研究に国は冷淡だ。
 
 宇宙には1兆個以上の銀河が存在し、そのひとつの天の川銀河にあるのが地球だ。四半世紀前、2000万光年離れた銀河でブラックホールを世界で初めて発見し、アインシュタインの理論を確証したのが野辺山観測所だった。天文学だけではなく自然科学、基礎研究は人類の立ち位置を教えてくれる。人文科学も別の意味で生きるための道筋を示してくれる。だが、現在の日本は真理に近づく方向性を閉ざし、〝儲かる〟や〝役に立つ〟が基本理念になった。先進国(OECD加盟35カ国)で教育機関への公的支出は最下位とのデータが示された。

 苦境に喘ぐ非正規の若手研究員が野辺山ワークショップを開催し、南牧村との連携による村おこしが準備されるなど、観測所の空気は明るくなったが一転、闇に覆われる。防衛装備庁が国立天文台に軍事研究を、莫大な資金を前提にして要請したのだ。武器取引反対ネットワーク(NAJAT)の集会で何度も報告者を務めた池内了氏も警鐘を鳴らしていた。

 日本学術会議と日本天文学会が出した<軍事目的で平和を脅かす研究は行わない>との声明を数年前に批判したのが、<安倍機関=菅機関>の読売新聞である。野辺山研究所が他の組織に先駆けて軍事研究を拒絶していたのは理由がある。リモートで参加した高柳ディレクターは「訪問者が45㍍電波望遠鏡より先に気付くのは、野辺山が特攻隊員の訓練所であったことを示す石碑」と語っていた。

 多岐にわたる内容だったが、最も印象的だったのは<金と理念>を突き付けられた立松所長の<科学者である前に人間であることに立ち返るべき>(要旨)という言葉だった。野辺山の後景に、日本という国で起きている理念と価値観の崩壊が浮き彫りになった。
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来し方と重ねつつ、斎藤幸平著「人新生の資本論」を紹介する

2020-11-21 22:06:43 | 読書
 米食品医薬品局(FDA)は来月10日、ファイザーの新型コロナワクチン承認の可否を決定するという。前稿の枕に記したように、ビッグ・ファーマ(製薬メジャー)は、大量の資金援助でアメリカ食品医薬品局(FDA)を牛耳っている。承認は確実で株価はさらに上昇するだろう。

 だが、希望だけではない。製薬メジャーの代理人(有力政治家ら)は価格を一定に保つよう蠢くはずで、塗炭の苦しみに喘ぐ<99%>やアフリカの人々にワクチンが行き渡る保証はない。仮にコロナが終息しても、自然破壊を止めない限り、新たな人獣共通感染症が発生する可能性が大きいと、五箇公一氏(国立環境研究所)ら科学者は警鐘を鳴らしている。

 ウイズコロナ時代を生き抜くため、様々なムーブメントが広がっている。英米では社会主義を謳うバーニー・サンダース、ジェレミー・コービンが多くのフォロワーを生み、<コモン>を軸に据えたバルセロナの試みが絶賛されている。フランスではグリーン・レッド連合が自治体首長選で次々に勝利を収めた。

 日本で胎動を窺わせるのは斎藤幸平(大阪市大准教授)だ。新著「人新生の『資本論』」(集英社新書)は刺激的な内容である。<人新生=ひとしんせい>とはパウル・クルッツェン(化学者)の命名で、<人類の活動の痕跡が地球全体を覆い尽くした新たな地質年代>を指している。背景にあるのは新型ウイルス発生の原因である自然破壊だ。

 斎藤について繰り返し紹介してきた。「未来への大分岐」では3人の〝知のトップランナー〟と対談した。そのうちのひとり、マルクス・ガブリエルの「NY思索ドキュメント」(NHK・Eテレ)では通訳を兼ねて取材に同行し、日本の現状について語り合っていた。30代前半にしてグローバルな評価を確立している。

 本書は俺にはハードルが高く、消化不良のままだ。とはいえ、ブログで頻繁に記してきた<脱成長>、<ローカリゼーション>、<持続可能性>、<多様性>といった言葉がちりばめられていたので、親近感を覚えながらページを繰る。斎藤に講師を依頼したオンラインセミナー「脱成長経済と社会的連帯で気候危機に立ち向かう」(12月12日、グリーンズジャパン主催)が開催されるので、来月には改めて、斎藤自身の解読を参考に本書を紹介する。今回は自分の来し方に引き寄せて感想を綴りたい。

 1970年代後半から80年代にかけ、学生だった俺はマルクスの疎外論に興味を持った。疎外を定義すれば<人間が作ったものが自身を離れ、やがて支配する力になって現れる>……。頭脳明晰な友人は「資本論」を貫くテーマと捉えていた。

 「資本論」第1部は1867年に発表され、第2、3部はマルクスの没後、エンゲルスの尽力によって出版された。31歳でドイッチャー研究賞を受賞した斎藤は「資本論」未収録のマルクスが残した草稿に注目し、「人新生の『資本論』」では従来の研究家が目を向けなかったマルクスの到達点に迫っている。

 第一は生産力至上主義からの脱却で<脱成長コミュニズム>にリンクする。第二は変革の起点としての<共同体>の再評価だ。斎藤はマルクスに則り、<価値から使用価値への転換>でコミュニズムの軸にコモンを据える。本来なら人間が無料かつ無限に入手出来るはずの公共財産(=コモン、水や電気)を民営化によって簒奪するのが資本主義だ。

 成熟した資本主義→社会主義だけでなく、人間同士、そして人間と自然の融和が成立している共同体を革命の基盤に据えるもう一つの可能性をマルクスは提示した。現在の自然危機と重ねることが出来るだろう。来月には<ポスト資本主義>、<価値と使用価値>、<脱成長コミュニズム>など本作の軸になる点を自分なりに整理して記したい。

 斎藤に説得力を覚えるのは、理論と社会運動を不可分と考えていることだ。あとがきで斎藤は<SNS時代、3・5%の人々が本気で立ち上がると社会は大きく変わる>という政治学者エリカ・チェノウェス(ハーバード大教授)の言葉を紹介し、ウォール街占拠やグレタ・トゥーンベリなどの実例を挙げた。

 この言葉に重なったのが「脱成長ミーティング」発起人で、<5%が変われば社会は変わる>が持論の高坂勝氏(グリーンズジャパン初代代表)だ。匝瑳市で農業プロジェクトを立ち上げた高坂氏の説く理念は斎藤と極めて近い。両者によるトークイベントを心待ちにしている。
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「薬の神じゃない!」~命の意味を問うエンターテインメント

2020-11-17 00:23:21 | 映画、ドラマ
 新宿武蔵野館で先日、中国映画「薬の神じゃない!」(18年、文牧野監督)を見た。強欲な製薬会社に苦しめられる庶民の側に立って奮闘するチームの姿を描く、胸のすくエンターテインメントだった。DVD化された暁にはぜひレンタルショップで手に取ってほしい。
 
 本作に重なるのが巨大製薬会社の闇に迫ったドキュメンタリー「ビッグ・ファーマ 製薬ビジネスの裏側」(NHK・BS1)だ。ダラプリオ(抗寄生虫薬)の価格を50倍に引き上げたシュクレリが断罪されていたが、彼の行為は業界の実態を反映しているに過ぎない。てんかん薬の副作用を半世紀以上も隠蔽してきたサノフィ(フランス)、加齢黄斑変性の治療薬として高額な薬を使うよう圧力をかけるノバルティスとロシュ(ともにスイス)など、<99%>を破滅させるビッグ・ファーマの蛮行が紹介される。

 コロナの治療薬を巡って世界の製薬会社が鎬を削っている。国家丸抱えのビッグ・ファーマは、ロビー活動も盛んに行い、大量の資金援助でアメリカ食品医薬品局(FDA)を牛耳っている。当ブログで記したことがあったが、製薬メジャー代理人として暗躍したのがアル・ゴアだ。

 「金で買えるアメリカ民主主義」(グレッグ・パラスト著、角川書店)はゴアの〝不都合な真実〟を抉っていた。エイズ禍に苦しむアフリカを救うため、安価のジェネリックが輸出される運びになっていたが、ゴアがストップを掛けた。<史上最もアフリカ人を殺した男>の汚名が、大統領選でマイナスに働く。20年前のフロリダ州での敗北は自業自得だったのだ。

 ようやく、本題。「薬の神じゃない!」の舞台は2002年の上海だ。インドから輸入した強壮剤を売る店のオーナー、チョン(シュー・ジェン)の前に、慢性骨髄性白血病を患うリュ(ワン・チュエンジュン)が現れる。上記のドキュメンタリーにビッグ・ファーマの悪辣さが描かれていたが、中国でも事情は変わらない。行政に食い込んだスイスの製薬会社が白血病の治療薬を高額で独占販売している。チョンならインドで売られている安いジェネリックを輸入出来るのではないか……。リュはそう考えたのだ。
 
 家賃も払えないチェンはためらった後、了承する。チョンとリュに加え、患者たちが集うネットコミュニティー管理人で白血病の娘を抱えるシングルマザーのリウ(タン・ジュオ)、英語が堪能なリウ牧師(ヤン・シンミン)、白血病患者の不良少年ボン(チャン・ユー)が個性溢れるチームを結成し、格安の値段設定で上海中に販路を広げていく。

 チームの前に立ちはだかったのは、軋轢を抱えた元義弟のツォオ刑事(ジョウ・イーウェイ)だ。中盤以降、価値が徐々に顛倒していく。製薬会社の意を受けた警察は、チョンたちが売るジェネリックを効果なし断定して取り締まるが、ツォオは服用した患者たちの感謝の声を拾っていくうち、真実に気付いていく。私欲からスタートしたチョンだが、儲けは度外視した価格で提供する〝義賊〟になっていく。

 ペテン師に映った同業者は、「この世で最も深刻な病は貧困」という決め台詞を吐く。一見マトモなスイスの会社は人々を破産と自殺に追い込む巨悪で、チョンたちは何より尊い命を守る。法を超える正義に則ったツォオは上司に逆らい、チョンとの友情を築いていく。

 アクションシーンの迫力はいまひとつだし、中国で民衆が抗議の声を上げることがあり得たのか疑問だったが、エンドロールで少し納得した。庶民の声を受けて政府は方針を転換し、薬価を飛躍的に下げた。共産党万歳と言いたげだが、香港に思いを馳せると暗い気持ちになる。法の軛は絶対で、自由を叫ぶ人々の声を潰しているからだ。

 今夜はかめありリリオホールで延期されていた「春風亭一之輔 古今亭文菊二人会」を楽しんだ。日付が変わって帰宅したばかりなので、別の落語会の感想と併せて近いうちに記したい。
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「罪の声」~絆と情で紡がれた映画を見て、来し方を振り返った

2020-11-12 23:08:26 | 映画、ドラマ
 国内でも新型コロナウイルス感染者数が急増し、第3波の到来が現実になった。上場企業でもリストラ、希望退職者募集、ボーナス減額が報じられているが、中下流層は厳しい冬を越せるだろうか。東京五輪も開催不可能なのに、株価は上昇中だ。資本主義は〝狂気〟というラストステージに立っている。

 大学卒業後、俺は引きこもりの走りで、〝東京砂漠で野垂れ死に〟が確率の高い未来だった。偶然が重なって1984年、スポーツ紙の校閲部に潜り込む。くしくもその年、スポーツ紙は転換期を迎えていた。ロス疑惑と山一抗争が世間を騒がせ、翌年には衆人環視の下、豊田商事会長が刺殺された。野球がメインという常識が覆り、社会問題で1~3面展開が珍しくなくなる。

 数々の騒動の中で最も記憶に残っているのが、劇場型犯罪の典型といわれる「グリコ・森永事件」だ。亡き父が「犯人グループのひとりを知っている」と常々語っていたことが大きい。妄想癖のDNAを受け継いだ俺が言うのも変だが、父の示す〝筋〟に説得力があった。

 同事件をモチーフにした「罪の声」(2020年、土井裕泰監督/塩田武士原作)を新宿で見た。大ヒット公開中なのでナタバレは極力避け、背景を中心に記したい。本作では<グリコ・森永>が架空の<ギンガ・萬堂>に置き換えられ、〝ギン萬事件〟と呼ばれていた。

 大日新聞文化部記者の阿久津英士、テイラーの曽根俊也のW主演で、それぞれ小栗旬と星野源が演じている。小栗は「BORDER」の繊細で醒めた演技から一転、熱いジャーナリスト役がハマっていた。星野は強固な意志を秘めた中年男を演じていた。両者の思いが一本の糸に紡がれ、真実を求めて旅をする〝同伴者〟になる。

 塩田の記者生活が、新聞社の空気と阿久津のキャラに反映されている。阿久津はギン萬事件関連の企画記事の援軍で社会部に駆り出された。一方の曽根は父の遺品から英文で記された手帳と一本のカセットテープを偶然発見し、驚愕する。ギン萬事件で脅迫に使われた子供の声は自分のものだった。曽根は行方不明になっていた伯父・達雄の存在に行き当たり、独力で調べ始めた。齢を重ねた達雄を演じていたのは宇崎竜童だ。

 NHKスペシャル「グリコ・森永事件」(11年、全3回)と、高村薫が同事件にインスパイアされて著した「レディ・ジョーカー」(1997年発表)に照らして記すことにする。共通点は社長誘拐、脅迫、毒物混入の目的が株価操作としたこと。世間でも犯人グループは莫大な金を手にした〝勝ち組〟と見做されていたが、「罪の声」では様相が異なる。諸般の事情で〝上がり〟が少なかったことで、グループは空中分解した。

 犯人グループを巡って、元刑事、ヤクザ、左翼活動家、仕手筋らが捜査対象に挙がった。その点は「罪の声」でも変わらない。本作で興味深かったのは83年、オランダで起きたビール製造会社社長誘拐事件を犯人グループが参考にしたという説だ。阿久津は真相を探るべく渡欧する。

 NHKスペシャルの「目撃者たちの告白」を見て、犯人グループの力量を過大評価していたことに気付いた。未解決に至った最大の理由は「罪の声」にも描かれていたように、大阪府警の自滅だ。職質の許可を求める現場の声を上層部が却下した辺り、事件が公安マターだった可能性を感じさせる。

 「レディ・ジョーカー」と「罪の声」の大きな違いは立ち位置だ。高村作品にはやさぐれ男たちの血潮がたぎっている。法を超越した善と悪、罪と罰を追求する高村は、反体制の視点で犯罪者を魅力的に描いている。「レディ――」では半世紀前の差別による解雇がと社長誘拐が事件の前提になっていた。

 「罪の声」では法の下の正義が上位に置かれている。ギン萬事件の犯人と家族の人生は惨憺たるものになった。曽根と同じく少年時代、脅迫の声を吹き込んだ生島姉弟のその後を、阿久津と曽根は追う。曽根とは対照的に、地を這うように生きてきた生島聡一郎を演じた火野祥平の名演も光っていた。その他、松重豊、梶芽衣子ら錚々たる面々が脇を固めていた。

 塩田原作の「歪んだ波紋」(BSプレミアム、全8回)も素晴らしい内容だった。記者の沢村(松田龍平)とニュースウェブサイト編集長の三反園(松山ケンイチ)が手を携え、闇サイト「メイクニュース」の実態に迫っていくストーリーだが、「罪の声」と重なる部分がある。事件だけではなく、家族の絆と情が描かれていた点だ。本作の曽根は家族の隠されていた闇を直視しつつ、阿久津との友情を育んでいく。

 心に染みるエンターテインメントで、映画賞シーズンでは注目を浴びるだろう。違和感を覚えたのは政治の扱い方だ。変革を志したものの挫折し、犯罪に加担する……。「相棒」にも時折表れるパターンだが、俺の理解を超えている。ヤクザ映画、とりわけ佐藤純弥監督作には、任侠とラディカルの〝外れ者連合〟が描かれていたけれど……。「罪の声」は自身の来し方を振り返る格好のツールになった。
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「白い病」~80年前に予言されたファシズム勃興とパンデミック

2020-11-08 22:11:39 | 読書
 将棋の竜王戦第3局は豊島竜王が羽生九段を破り、2勝1敗と先行した。二転三転の末の逆転負けだが、羽生は「負けました」と頭を下げる。当たり前のシーンだが、アメリカ大統領選でトランプはまだ、敗北を認めていない。俺が驚いたのは、トランプが7000万票以上を獲得したことだ。ファシズムの根は枯れていない。

 選挙報道の陰に隠れていたが、アメリカでは凄まじい勢いで新型ウイルス感染者が増加している。英国やイタリアでロックダウンが再導入されるなど、コロナ終息の見通しは立っていない。国内でも感染者は増加しているが、俺を含め神経が麻痺しているのか、数字に危機感を覚えなくなっている。

 戯曲「白い病」(1937年、カレル・チャペック著、阿部賢一訳/岩波書店)を読了した。東大准教授である阿部氏がネットにアップした新訳が岩波編集者の目に留まり、この9月に出版に至った経緯がある。ファシズムの蔓延とパンデミックを予言したかのような内容で、ヒトラーをモデルに、現在のトランプと重なる指導者(元帥)が登場する。時宜にかなった作品といえるだろう。

 ペストに似た「白い病」の正式名称はペイピン病で、中国由来とされチェン氏病とも呼ばれるあたりコロナと重なっている。「中国では毎年のように興味深い感染症が誕生している」という台詞もあった。チャペックはチェコ人で、ナチスドイツがプラハに侵攻した数カ月前、1938年に召されていた。兄ヨゼフ(画家、著述業)は強制収容所で亡くなっており、ファシズムに抗った表現者兄弟といえる。

 作者の念頭にあったスペイン風邪よりさらに深刻なのが白い病だ。罹患するのは50歳前後で、確実に死に至る。胸が大理石のように硬く白くなり、斑点が発症の徴だ。患者は悪臭を放ちながら斃れていくが、開業医ガレーン博士が治療薬を発明する。ガレーンは医学界の権威の下で学んだ経験があり、「童子(ジェチナ)」の呼称は中国風だ。

 ウイズコロナの時代、価値観の転換が試され、多様性、公正と平等、調和、シェアする精神が求められている。欧州の動きには期待が持てるが、バイデン新大統領にパンデミックを克服する指標を示すのは難しそうだ。本作では対極の価値観が提示される。世界最大の軍事国家の独裁者である元帥と、盟友である軍需産業トップであるクリューク男爵は<戦争と侵略>を掲げ、ガレーンは従軍経験から<反戦と平和>で対峙する。最前線で戦う兵士は屍の山を築き、富裕層は後方で生き残ることが出来る。ガレーンは貧困層に無料で治療を施し、仕組みを変えることが可能な金持ちは絶対に診ない。

 <1%>が<99%>を簒奪する現在の構図に置き換えられるが、状況は一変した。クリュークと元帥が相次いで罹患したのだ。クリュークは自身の価値観を守るため命を絶つ。元帥は神の如き絶対者を自任し、白い病を恐れないと公言していたが、恋人である自身の娘とクリュークの息子の説得もあり、ガレーンの治療を受け入れる。平和条約締結と撤兵が条件で、平和の灯が射した刹那、暗転する。

 現実にタイムスリップする。開票結果を認めないトランプ支持者に恐怖を覚えた。トランプが消えても、福音派や右派に後押しされたポスト・トランプが登場するだろう。新自由主義の歪みによって辛酸を舐めている低所得層が、ポスト・トランプを支えるだろう。<格差による分断がファシズムや排外主義を生む>構図はアメリカでもリアルだ。日本でも戦前、生活に絶望した庶民の好戦意識をメディアが伝え、軍国主義が高揚した。「白い病」の悲痛なラストがファシズムの一端を象徴している。

 韓国、台湾、香港に続き、穏健と見られていたタイの若者が立ち上がった。現在の日本を戦前に重ねる識者もいるが、熱狂なき沈黙のファシズムの本質を解くのは難しい。
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分断深まる米大統領選に感じたこと

2020-11-04 22:48:38 | 社会、政治
 「82年生まれ、キム・ジヨン」(2019年、キム・ドヨン監督)を見た。前稿で紹介した「彼女は夢で眠る」の主人公(木下)にはシンパシーを覚えたが、本作にはいまひとつ入り込めなかった。救いと希望の結末は、原作と異なるという。デヒョン(コン・ユ)は理解のある夫だが、キム・ジヨン(チョン・ユミ)は希望の仕事に就けないこと、育児、親族との関係から心を蝕まれていく。

 ジェンダー意識の低い社会で追い詰められていた女性が声を上げた。その象徴といえる原作を映画化したのが本作である。韓国では改革派としてEU圏にも影響を与えた朴ソウル市長が、セクハラを訴えられて自殺した。翻って日本では、伊藤詩織さんをレイプしたTBS記者は逮捕を逃れた。もみ消した警察庁幹部は菅首相が官房長官時に秘書官を務めている。「週刊新潮」によると当該記者は首相に近い企業から顧問料等で月数十万を得ているという。

 大阪都構想を巡る住民投票では、政党の力学を超えて反対派が多数を占めた。市民運動の熱気が結果に反映したものと思われる。NHKの開票特番もスリリングだったが、CNN(スカパー!)、ABC(NHK・BS1)の米大統領選開票速報も、出口調査の結果を冒頭に流す日本と異なりエキサイティングなショーだった。

 前回の選挙と対照しながら、期日前投票(郵便を含む)のパーセンテージや集計時期を把握して分析を進めていくメインキャスターの手際に感心させられた。トランプが開票中に勝利宣言を出すというシナリオも想定内で、身内のFOXテレビでさえ辛口に伝えていた。プラウド・ボーイズら極右団体は日本時間5日以降、トランプの勝利宣言に呼応してワシントンに集結するかもしれない。

 前回は〝ヒラリー当選確実〟の下馬評が覆った。今回は〝バイデンが数%リード〟と報じられていたから、意外な接戦に驚いた。期日前投票の結果を合わせ、新大統領が決まるのは今週末にずれ込みそうだ。共和、民主両党の支持率は45%前後で拮抗し、どれだけ上積み出来るかがポイントといわれている。〝史上最低の大統領〟トランプを共和党支持者の一部が見捨てるのではと考えていたが、見当外れであることは結果に表れている。

 別稿(7月25日)で紹介した「SKIN/スキン」(18年、ガイ・ナディーブ監督)は実話に基づいている。テーマは白人至上主義で、舞台は09年のオハイオ州コロンバスだ。右翼に忌避感を示す住民の台詞も織り込まれていたが、10年後、トランプという後ろ盾を得た右翼は〝市民権〟を得て、街を武装して闊歩している。

 右翼とともにトランプを支えているのは福音派教会だ。信仰の篤い人たちの集まりというのは一面的で、福音派はグローバル企業の尖兵になっている。中南米で資源を採掘する企業は、まず福音派の教会を何軒も建てて現地の人々を洗脳し、反対派の動きを封じている。キリストの教えと真逆で、福音派は住民たちを簒奪するためのツールになっている。

 トランプの科学軽視は福音派のキリスト教原理主義に基づいている。共和党支持者の多くは、トランプのコロナ対策失敗を責めていない。トランプが国際的な良識を踏みにじってイスラエルと〝悪の枢軸〟を形成するのも、有権者の20%以上を占める福音派の意に沿うためだ。

 俺は当ブログで、今回の大統領選はアメリカのシビアな現実と遊離していると記してきた。最大のテーマに据えられるべきは、コロナ禍でさらに深刻さを増している格差と貧困だが、トランプとバイデン、副大統領候補の討論会でも意図的にスルーされている。メディアも同様で、開票番組でも経済政策や人種間の軋轢に焦点を当てていた。

 トランプは前回もヒラリーを社会主義者と批判していた。今回も同様で、<社会主義に毒された民主党>と繰り返している。社会主義をタブー視するのは民主党も同様で、同党幹部の意を受けたNYタイムズが<サンダースではトランプに勝てない>と大々的に報じたことで予備選の空気が変わった。〝死に体〟だったバイデンが主役に祭り上げられたが、魅力と表現力のなさが〝敵失〟を突けなかった一因になっている。

 民主党支持者の50%以上が資本主義より社会主義にシンパシーを抱いている。Z世代、ミレニアル世代はこの傾向が顕著で、予備選で10~20代のサンダース支持が突出していた。多様性、公正と平等、気候危機対策を主張して躍進しているのが民主党プログレッシヴで、これらの政策はサンダースの公約にも含まれていた。

 全米で社会主義が浸透し、欧州では環境問題と公正・平等を掲げるグリーン・レッド連合が多くの自治体選で勝利を挙げている。アメリカの大統領選はいずれが勝ってもウイズコロナ時代の指標を示せないだろう。空虚なエンターテインメントを眺めるうち、暗澹たる気分になってきた。
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