酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「1★9★3★7」~辺見庸が暴く記憶の墓

2016-01-31 23:56:54 | 読書
 毎日新聞の最新の世論調査によれば、安倍内閣の支持率は51%と旧に復した。これが現実で、俺を含めて反安倍の側は、何が足りなかったのか、何を目指していくべきか深く考え、再度スタートラインにつくべきだ。

 昨夏、国会前に何度か足を運んだ。場の熱さと反比例するかのように、俺がひとり冷めて佇んでいたことは、<もっと言葉を>、<祭りの後はもう嫌だ>、<断熱と伝導>といったブログのタイトルが示している。

 <民主主義を守れ>のアピールに「日本はいつから民主主義国家だったのか」、<戦争ができる国になってはならない>という叫びに「従犯としてアメリカの戦争に加担している日本人の手は、既に血でべったり汚れている」……。そんな風に心で反論し、早々に場を離れていた。

 俺が覚えた孤立の根っこにあるものに、ようやく行き当たった。1937年、そして2015年の日本を合わせ鏡として対照した辺見の新作「1★9★3★7」(金曜日刊)を読了した。「記憶の墓をあばけ!~戦後思想史上、最大の問題作」の帯のキャッチに偽りはない。<1★9★3★7はなにも清算されないまま不可視の怨霊としてげんざいにも、そしてこれからの未来にも生きつづけざるをえない>……。辺見はこう認識している。

 五臓六腑から吐き出される血色の言葉を受け止める側も、痛みを伴った反芻を求められる。本作では多くの作家や知識人が俎上に載せられているが、言葉の切っ先は誰より自身に向けられていた。辺見の言葉を垂れ流すことに意味はないから、咀嚼した上で感じたことを以下に記したい。

 ジャーナリストとして、小説家として、詩人として多くの栄誉に輝いた辺見は、冷厳な真実を詩的に表現している。とりわけ天皇制と死刑については洞察が深く、歌人の大道寺将司死刑囚(東アジア反日武装戦線)をサポートしている。講演会の冒頭、「公安の皆さん、ご苦労さまです」と切り出したことがあった。

 1937年とは、どんな年であったのか。4月にヘレン・ケラーが来日し、熱狂的な歓迎を受けた。そして12月、南京大虐殺が起きる。二つのアンビバレンツを辺見は<慈愛と獣性の抱擁>と表現していた。南京大虐殺を<人間の想像力が試される出来事>と評したイアン・ブルマ(「戦争の記憶」)だけでなく、日本軍の行為を堀田善衛が「時間」、武田泰淳が「審判」で記している。

 上記2作に加え、兵士の実体験に基づく告発、佐々木中将の詳細な記録を紹介し、辺見は中国戦線の真実を提示する。数を挙げることに意味はないとしながら、<女性に暴行しながら仲間に手を振る兵士>の姿は確実にあった。さらに辺見は、復員後の言動や回想録(新聞に連載)から、<父の戦争>に迫っている。時空を超え、自らを父の立場に重ねる。「わたしは果たして、蛮行に加わらなかっただろうか」と自問し、苦渋する。絶対にないと言い切れる人は存在するだろうか。常態になった狂気から逃れることは即、命令違反として死に直結した。

 辺見の父は小津安二郎のファンだった。中国戦線に従軍した小津が残した日誌に愕然とする。<チャンコロ(中国人の蔑称)が虫に見えてきて、人間に思えなくなり、いくら射撃しても平気になる>(要旨)とまで語っている。小津は戦争をテーマに映画を作らなかったが、中国で再会した山中貞雄は戦死した。山中が生きて帰国していたら、スクリーンに戦争の影を刻んだだろうか。

 父が小津と共有していたのは<皮裏の狂気>、<無痛の激痛>だったと辺見は想像している。彼らのメンタリティーは恐らく、多くの日本人が共有しているはずだ。平凡な父や夫が戦地で鬼になり、戦後は穏やかな顔で暮らしている……。色川大吉は、誰にでも起こり得る変容を聞き書きの形で記録していた。俺もまた、個人史を語らなければならない。辺見にとって父が、そして俺にとって祖父が、自身と戦争を繋ぐ回路だからだ。

 祖父は陸軍主計少将で、財政面で中国戦線全般を把握していた。祖父は俺が小学校1年の時に亡くなったが、「○○師団 行軍の記録」と題されたアルバムが遺品の一つだった。写っていたのは日本軍の残虐行為で、官製の侵略の記録である。近現代史を学び、写真が持つ意味を理解した頃、アルバムの行方はわからなくなっていた。

 祖父が〝負の記憶〟を廃棄しなかったのは、戦争の悲惨さを子孫に伝えるためではない。祖父は上記の小津同様、表面上はいささかの葛藤もなく、罪の意識はなかったと断言できる。「南京における暴虐はわたしが犯したことではないが、いかなる関わりもないといえるだろうか」との辺見の懊悩に、<国家はその罪に無限責任を背負う。決して外部化されず国民にも責任が問われる>との内田樹の指摘が重なった。俺の現在の思いを、祖父は泉下でどう考えているのだろう。

 「赤信号、みんなで渡れば怖くない」はビートたけしの名言だ。1970年前後、クラスメートとともにデモに参加し、下火になるやキャンパスに戻り、企業戦士になった世代が、この国の現在をつくったわけだが、日本の軍隊を支えていたのも「全員参加型」の行動様式だ。みんなで行ったから罪の意識はなく、自身の言動も記憶から消される。辺見はその精神構造を<ニッポンという病>と表現したが、最も顕著な例として、訪米直前の昭和天皇の記者会見(1975年)を問題視しなかったマスコミを挙げている。1月21日付朝日新聞朝刊に掲載されたインタビューでも、幾分穏当に語っていた。

 開戦も原爆投下も仕方なかった。自分の責任ではない……。昭和天皇はこう話した。三島由紀夫は4年前に死んでいてよかった。自身が傾倒した美学を全否定されるような状況に直面せずにすんだから……。記者会見後、天皇とメディア、そして国民は共犯関係になった。「1★9★3★7」には識者たちの昭和天皇への絶望と批判が記されている。俺は当時、浪人生だったが、〝保守的な庶民代表〟である母の怒りが収まらなかったことを覚えている。

 辺見の父の回想で興味深い点があった。敗戦直後、辺見中尉の部隊は新四軍(共産党が中軸)の支配下に置かれる。父は裁きを覚悟していたが、新四軍は日本軍のために宴まで催したという。辺見は父が置かれた状況を<臈たけた大人(中国)と悪ガキ(日本)>と評しているが、俺には別の構図が浮かんでくる。

 新四軍の奇妙なほど寛容さに、昨今の爆買いが連なった。南京だけでなく日本軍の爪痕は、学校で、そして家庭で語り継がれているはずだ。憤怒に満ちた若者が東京のど真ん中で自爆テロを行い、中国政府が追認するなんて事態は起こりそうな気配がなく、憎き日本の製品に群がっている。いずれが大人で、いずれがガキなのか、それとも両方ともガキなのか、中国と日本の位相が時に倒立して見えてくる。

 戦争について考えたい人はぜひ、本作を読んでほしい。辺見の言葉は深く錨を下ろし、時に体を金縛り状態にする。だが、胃に残った固まりを消化すれば、新たな一歩を踏み出せる。2月は政治の季節の幕開けで、俺も休眠状態から覚める時機が来た。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日本、アメリカ、UK~エンターテインメントの現在

2016-01-27 20:25:09 | カルチャー
 エンターテインメントといっても、個々人によって捉え方は異なり、映画、音楽、文学、スポーツ、お笑い、ワイドショーに至るまで領域は無限に広がっている。今回は日米英のエンターテインメントの現在について記したい。

 SMAPの分裂騒動は案じた通り進んでいる。サンクチュアリ(聖域)に迫れなかったメディアは強者に阿り、<中居たちは事務所ならびに木村(裏切り者?)に謝罪しろ>と言いたげだ。暴力団に詳しい溝口敦氏は仕事先の夕刊紙で<ジャニーズの統率力は6代目山口組以上だし、芸能界という人材市場は暴力団業界以上に閉鎖的、封建的>と記していた。

 「相棒」の視聴率が低迷している。反町隆史が〝戦犯〟扱いだが、俺の見方は少し違う。ストーリーの鮮度は明らかに落ちているし、杉下右京(水谷豊)が振りかざす<法の下の正義>も説得力が褪せてきた。憲法違反の戦争法案が通り、違憲状態で当選した閣僚には、お縄につくべき御仁が甘利、高木、島尻と3人いるが、いずれも<法を超える権力>に守られている。日本随一の人気作家といっていい伊坂幸太郎は、<人間としての正義>と<善悪の彼我>を追求しており、作品に登場する警察関係者は愚鈍で影が薄く、時に巨悪でさえある。伊坂ファンは「相棒」を見て失笑しているかもしれない。

 「相棒」とほぼ同時期にスタートしたアメリカの「CSI科学捜査班ラスベガス」は、スピンオフの「マイアミ」、「NY」とともに終了し、現在は「CSIサイバー」がWOWOWでオンエアされている。FBIを舞台に、自身もサイバー犯罪の被害者であるエイヴリー主任(パトリシア・アークエット)の下、超ハイスピードで難事件が解決していく。部下4人のうち2人が元ハッカーという設定が興味深い。サイバー犯罪者と対峙するためにイリーガルな捜査は認められるべきか、個人、そして国家にとって正義とは……。チームは葛藤を抱えながら不眠不休で闘っている。

 AFCはブロンコス、NFCはパンサーズとスーパーボウル出場チームが決まった。ブロンコスとペイトリオッツのAFCチャンピオンシップに、時代の終焉を覚え、感慨に浸る。ペイトン・マニング、トム・ブレイディのNFL史上に輝くQBが相まみえ、絶対的キッカーのまさかの失敗が勝負を決した。偉大な両者と、ペイトンの弟イーライ(NYジャイアンツ)が織り成したドラマは、神話の域に達した至高のエンターテインメントだった。

 日比谷で先日、「007スペクター」(15年)を見た。サム・メンデス監督、主演のダニエル・クレイグ、そしてテーマ曲を歌ったサム・スミスは全て英国人と、まさにオールUKによる究極のエンターテインメントだった。

 俺が最初に「007」シリーズを映画館で見たのは「死ぬのは奴らだ」(73年)だった。同作も監督(ガイ・ハミルトン)、主演(ロジャー・ムーア)、テーマ曲(ポール・マッカートニー&ウイングス)と、これまたオールUKで、これがシリーズのルールになっているのだろう。ちなみに「死ぬのは奴らだ」の冒頭シーンはカリブ海で、ブードゥー教の呪術師が登場したが、「スペクター」でもメキシコの土着的な祭りのさなかのアクションがプロローグになっていた。

 「スペクター」で光っていたのは、ヒールを演じたバチスタとアンドリュー・スコットだ。前者は元WWE王者だが、ファンのブーイングを浴びてリングから去る。その後が気になっていたが、勇姿を世界に焼き付けていた。後者は「シャーロック」で演じたモリアティで注目を浴びたが、本作のCもはまり役だった。肝というべきは冒頭に流れるサム・スミスの「ライティングズ・オン・ザ・ウォール」だ。エモーショナルな詞とメロディーが、濃密な物語の導入部といえる。

 前作「スカイフォール」の主題歌を担当したのは英国のシンガー・ソングライター、アデルである。デヴィッド・ボウイの遺作「★」が7週続いたアデルの3rd「25」から1位を奪ったことが話題になったが、いずれ定位置に復帰するだろう。アデルはポップミュージック界で、白鵬+朝青龍というべき絶対的な横綱らしい。CDが売れない現在、次々に新記録を打ち立てている。スタイルのいい人工的な美女と想像していたが、Youtubeで勘違いに気付く。デビュー時は小坂明子風で、今はアリソン・モイエに似ている。

 1970年代、井上陽水の曲が流れるとパチンコ屋が静かになったという伝説があったが、アデルも楽曲の力で世界を魅了し、「トラフィック・ストッパー」(立ち止まらずにいられない声)と呼ばれているらしい。等身大の心情を自然体に歌うアデルはまだ27歳……。奇跡はどこまで続くのだろう。勇気を出して、まとめて3枚買ってみようかな。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

テレヴィジョン&ルースターズ~老いてなお、刃を研ぐもの

2016-01-23 21:44:48 | 音楽
 20代半ばまで時代劇に親しんでいた。俺にとっての最高傑作は武士道の本質に迫った「子連れ狼」だが、肩の凝らないドラマも大好きで、「遠山の金さん捕物帖」(1970~73年)は再放送を含め殆ど見ている。中村梅之助さんの訃報に、若かった頃の心情が甦った。のちに錚々たる面々が演じたが、俺にとって唯一無比の金さんは梅之助である。温かみと威厳を自然体に表現した名優の死を悼みたい。

 勧善懲悪の時代劇は消えてしまったが、社会、とりわけ永田町には困った面々が揃っている。甘利経済再生担当相が旬の悪役だが、追及する枝野民主党幹事長だって負けていない。福島原発事故後、官房長官として「直ちに(放射能の)影響はない」と繰り返して失笑を買った御仁が、今も表舞台にいる。巨悪は懲らしめられるどころか力を増し、善人(≠弱者)を嘲笑うという図式は古来、変わっちゃいない。

 軽井沢のバス転落事故で、13人の若者が亡くなった。彼ら、そして遺族を思うとやり切れない。老若男女、すべての人間に価値の差はない。だが、ゴール寸前でよろけている俺ではなく、ゲート入りを控えたルーキーたちが召されるなんて、神様も残酷だ。食品横流しを含め、個々の企業を責めるのではなく、モラル低下を生み出した政治の在り方を背景に見据えるべきだ。

 心身の衰えを実感している初老の男が先日(20日)、古くからの友人であるT君とライブに足を運んだ。道玄坂のラブホ街にあるDuo MUSIC EXCHANGEで、テレヴィジョンとルースターズの共演である。テレヴィジョンは平均年齢が60代半ば、ルースターズは50代後半で、バンドのキャリアに合わせ、年季の入ったファンが集っていた。

 オープニングアクトは、波瀾万丈、生々流転のルースターズだ。大江慎也在籍時の前期を絶対視するファンも多いが、俺は花田裕之を結節点に、流れとして聴いていた。当夜は解散時(88年)のメンバーで、花田以外に下山淳、穴井仁吉、三原重太、サポートの木原龍太郎という構成だった。20代前半からどっぷり漬かったルースターズは、不安定で暗い青春期の記憶と連なっている。

 30年以上も前だから、記憶違いかもしれない。ジュリアン・コープと共演した時、花田がMCで「大江慎也です」とカマして演奏したのが3曲目の「ストレンジャー・イン・タウン」だった。文学的な詞は柴山俊之によるものである。入り待ちの時、T君に「ルースターズに提供した詞から、柴山のことをナイーブな文学青年だと思っていたけど、実物(サンハウス)をフジロックで見てぶったまげた」と話していたら、近くに頷いて笑みを浮かべている女性がいた。連れ(男性)がいなかったら声を掛けたのに……。

 当夜のルースターズはテレヴィジョンに合わせて幾分、ローファイ気味と感じたが、「ハート・バイ・ラブ」からジュリアン・コープの提供曲「ランド・オブ・フィアー」の流れも決まっていた。「バーニング・ブルー」や「レディ・クール」を久しぶりに聴けたし、最後は畢竟の名曲「再現できないジグソーパズル」で締めた。

 15分ほどのセッティング変更を終え、テレヴィジョンが登場する。3枚のアルバムをたっぷり聴いて予習するはずだったが、不測の事態、即ちデヴィッド・ボウイの死で計画変更を余儀なくされる。通してボウイを聴いたので〝たっぷり〟が〝少し〟になったのだ。脳内オーディオに流れた曲の輪郭からメロディーやリズムが零れるぐらいじゃないと、ライブは楽しめない。テレヴィジョンのように、モノクロームなバンドなら尚更だ。

 1曲目は再結成後の3rd「テレヴィジョン」収録曲で、新曲やデビュー以前のレパートリーを含め計10曲で、「マーキー・ムーン」が中心だったが、2nd「アドヴェンチャー」からは選曲されていなかったように思う。1曲平均が10分ほどで、トム・ヴァーレインを中心にした4人の匠が、互いの呼吸を計りながら、即興に近い形で音を紡いでいく。

 緊張が途切れず、聴く者の心を研ぐようなパフォーマンスに、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ソニック・ユース、ペイヴメントなど、ローファイ系のバンドが重なった。横と共鳴する音ではなく、聴衆は錨が下ろしたよいにフロアに立ち尽くしていた。だが、熱心にテレヴィジョンに接してきたファンにとって、至福の時だったに相違ない。ライブが終わったのは11時前で、俺は痛む膝を引きずりながら渋谷駅へと向かった。

 この間の経緯で、納得いかない点がある。テレヴィジョンは13、14年にも来日し、ライブハウスを回っていた。俺はこまめに「ロッキング・オン」のウェブサイトをチェックしているが、テレヴィジョン来日について、今回を含め一切掲載されていない。プロモーターと確執を抱えているのだろうか。
 
 常に旬を追いかけてきた俺だが、昨年後半からベテランたちのライブに接する機会が多かった。PANTA、遠藤ミチロウ、友川カズキ、そして先日の2組である。何でも老いのせいにしがちな俺だが、彼らから気合を学び、真摯に生きていきたい、
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「★」~最期まで褪せぬボウイの煌めき

2016-01-19 23:08:18 | 音楽
 台湾総統選で対中独立、脱原発、同性婚支持などリベラルな方針を掲げた蔡英文候補(民進党)が圧勝した。この結果を導いたのはひまわり学生運動である。2年前の3月、行政院占拠を支持する50万の民衆が総統府を包囲した。その時の様子を空撮した映像に警察車両は見当たらず、笑みを浮かべてアピールする人たちに。<主権者は私たち>という信念が窺えた。直接民主主義が鮮やかに議会の構成を変えたのだ。

 台湾の反原発デモには人気俳優やタレントが参加しているが、圧力は一切ない。総統選では常に10代が先頭に立ってきたが、今回も若い世代の意思表示が世論を動かした。韓国のテレビ番組でアイドル(16歳)が台湾の旗を振った。大陸からの批判で、彼女は謝罪に追い込まれたが、この一件が国民のプライドを刺激し、地滑り的勝利の一因になったとされている。自由と民主主義という点で、日本が台湾に追いつく日は来るだろうか。

 デヴィッド・ボウイが亡くなって10日……。追悼の声があちこちで上がっている。俺は「別にボウイファンじゃない」と言いながら、まとめて聴こうとCDを探したら15枚あった。レコードのみで聴いたアルバムを合わせたら、20作以上になるだろう。「ファンじゃないか」と言われそうだが、年季の入ったロックファンにとって、ボウイはスタンダード、最低限のたしなみといっていい。

 学生時代(1970年代後半)、部屋に遊びにきた先輩が、壁に貼っていたボクサーや映画のポスターの間にボウイのピンナップを見つけ、「おまえ、ホモか」と切り出した。ボウイは当時、グラムロックにカテゴライズされており、ロックを聴かない彼がそんな偏見を抱いていても不思議はなかった。

 「ロッキング・オン」のウェブサイトで紹介されていた「ガーディアン」の記事は正鵠を射ている。いわく<ボウイはイアン・カーティス(ジョイ・ディヴィジョン)、ロバート・スミス(キュアー)、モリッシー(スミス)、プリンス、マリリン・マンソンなど、世界中のアウトサイダー、偉大なフリークスたちに心の拠りどころを与え、「異形であることを恐れるな」と鼓舞した偉大なイノベーター>(要旨)。格好悪く凡庸な〝プチ社会不適応者〟だった俺も、ボウイを含めロック(とりわけザ・フー)に救われてきた。

 ボウイで一番好きな曲は「ロックンロールの自殺者」だ。スペインの詩人にインスパイアされたといわれているが、当のボウイはボードレールを借用したと話していたそうだ。英米人にも難解な曲らしいが、「君は独りじゃない、差し伸べたこの手を握ってくれ」というフレーズに青春時代の傷が疼く。同曲が収録された「ジギー・スターダスト」を久しぶりに聴いて涙腺が決壊した。

 <ある時代の前衛は、次の世代のメーンストリームになる>……。アート全般を貫く公式をロックで実践したボウイは、〝地球に墜ちてきた男〟としてショービジネス界に降り立った。アウトサイダーであることを強く意識していたボウイは、「戦場のメリークリスマス」(83年、大島渚監督)の撮影に特別の思いで臨んだと想像している。ボウイが演じたセリウズ少佐の贖罪を込めたモノローグに、半生と重なる部分を感じたからだ。ボウイは芥川龍之介のように、いずれ訪れる狂気を恐れていたのではないか。

 遡行、蛇行を繰り返しながら、ボウイは常にコンセプトを明確に打ち出していた。デビューから「アラジン・セイン」までは<創り上げた虚構で、アウトサイダーとしての自身を表現する>というスタイルだったが、ジョージ・オーウェルの「1984」にインスパイアされた「ダイヤモンドの犬」は画期的な試みだった。薬物中毒克服のために訪れたベルリンで欧州の頽廃が薫る3部作を発表する。中でも「ヒーローズ」はボウイのキャリアでも五指に入る作品だ。

 興味深いのはアメリカとの距離感だ。MTV時代にマッチした「レッツ・ダンス」あたりで、ボウイは神の仮面を脱ぎ捨て、華やかで美しいロックスターになった。「ボウイも終わったな」……。俺を含めコアなロックファンは失望したが、ショービジネスと距離を置いたボウイは90年代、見事に復活する。売れなかったし、批評家が持ち上げることもなかったが、「ブラック・タイ・ホワイト・ノイズ」(93年)、「アウトサイド」(95年)、「アースリング」(97年)など、音楽性とモチベーションが高い傑作を次々に発表する。

 「リアリティ」(03年)から10年のインタバルを置き、前作「ネクスト・デイ」からボウイは最終章に突入する。ジャズ畑の新進ミュージシャンを起用した遺作「★(ブラックスター)」はさらに研ぎ澄まされ、ストイックで瑞々しい作品だ。前作から盟友トニー・ヴィスコンティと組んだのも覚悟の表れに違いなく、ともに色調とトーンは「ベルリン3部作」に近い。聴く者を異界に誘う魔力は健在で、ボウイの無尽蔵の才能に感嘆するしかない。

 物腰の柔らかさで知られるボウイだが、窮地にあったルー・リードやイギー・ポップを支え続けた。廃人の如きリードが、「ジギー・スターダスト」ツアーの楽屋で横たわっていたという。日本好きでも知られ、目撃情報は枚挙にいとまない。とりわけ京都や奈良では、都市伝説として語り継がれている。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「クリード」~SF的設定をリアルに見せるボクシング映画

2016-01-16 20:52:00 | 映画、ドラマ
 「ナニワ金融道」で中居正広、「古畑任三郎」で木村拓哉、「『ぷっ』すま」で草剛をそれぞれ〝発見〟したが、彼らが同じユニットの一員と知ったのは世紀が変わった頃である。SMAPに全く興味はなかったが、メディアがサンクチュアリ(ジャニーズ事務所)にどこまで迫るかという一点で、解散騒動が気になっている。

 安倍機関(読売、産経など)を批判する識者は多いが、端くれにいる俺はメディアに期待を抱いていない。戦争法案阻止の高まりは伝えても、直結する武器輸出反対の動きはフォローしない。武器絡みのクライアント(大企業)への配慮もあるのだろう。芸能関係ではジャニーズ、吉本、AKBが現在のアンタッチャブルだ。叛旗を翻した4人も、メディアぐるみで潰されてしまうのか。

 歴代随一のヘビー級王者と評されるロッキー・マルシアーノの特集をスカパーで見た。マルシアーノは小柄(179㌢)でリーチも短かったが、49戦無敗(43KO)でグローブをおいた。ブレークしたジョー・ルイス戦、「スージーQ」と称される史上最強パンチで王者になったジョー・ウォルコット戦、ラストファイト(1955年)になったアーチー・ムーア戦を堪能した。

 マルシアーノはイタリア系で、泥臭く粘り強い闘いで人気を博した。尊敬するルイスを倒し、涙を流しながら謝ったというエピソードが印象的だった。対戦相手の3人はいずれも黒人で、厳しい差別、偏見という敵をも抱えていた。彼らを礎に〝反逆児〟ムハマド・アリが生まれたといってもいい。モノクロの画面に滲む闘いの原風景に魅了された。

 不屈のファイティングスピリットを持つイタリア系といえば、誰しも「ロッキー」を思い浮かべる。スピンオフというべき「クリード チャンプを継ぐ男」(15年、ライアン・クーグラー監督)を有楽町で見た。アドニス(マイケル・B・ジョーダン)はロッキー・バルボア(シルヴェスター・スタローン)と死闘を繰り広げたアポロ・クリードの愛人の子供で、実母の死後、施設を転々とする。暴れん坊だったアドニスを引き取ったのが、アポロの妻アンだった。

 アンの慈愛の下で更正したアドニスはロスのオフィスで働いている。ハングリーと無縁のアドニスには、もう一つの顔があった。メキシコの草ボクシングで拳を交え、15戦全勝の戦績を誇っている。居場所を探していたアドニスは、昇進を伝える上司に辞職を告げ、アポロの二の舞い(リング堝)を恐れるアンの反対を押し切ってフィラデルフィアに赴く。ロッキーに指導を依頼するためだ。

 ポール・ヘイマンが率いた血と汗のECW、屈強なDF陣を輩出したイーグルス、ソウルミュージックの隆盛……。友愛とブラザーフッドが息づくブルーカラーの街というイメージをフィラデルフィアに抱いていた。ロッキーがトレーニング場所に選んだのは危険地帯カムデンにあるジムだが、街全体は治安がいいらしい。

 「クリード」のテーマは友愛であり、タイトル通り信頼である。妻エイドリアンと義兄ポーリーに先立たれ、孤独に加え病魔に蝕まれていたロッキーにとってアドニスは生きる希望で、アドニスにとってロッキーは父への道標だった。トレーニングを通じ、二人は仮想の父子になる。アドニスの恋人ビアンカ(テッサ・トンプソン)は有望なシンガーながら、進行性難聴に罹っていた。続編が制作されれば、愛とそれぞれの闘いがテーマになるだろう。

 後半に進むにつれ、ストーリーは「ロッキー」と同じ展開を辿る。アポロの役割を担うのが、英国の無敗王者、リッキー・コンランだ。ボクシング通なら、パウンド・フォー・パウンド(階級を超えた最強ボクサー)が公式キャリア1戦の選手と闘うなんてありえないと考える。上記のマルシアーノ戦がリアルな伝説なら、本作はお伽噺、いやSFだ。

 だが、そんな風にケチをつけたって仕方がない。「ミッション・インポッシブル」を支えているのは、イーサン・ハント(トム・クルーズ)の超人的であり得ないアクションではないか。「クリード」を傑作と評価するつもりはないが、SF的設定をリアルに感じさせる試合のシーン、紡がれた絆に、ひねくれ者の俺でさえ胸が熱くなった。ちなみにリングアナ役は、リアルにマイケル・バッファーが演じていた。

 旧聞に属するが、内山高志と井上尚弥の試合を大晦日に観戦した。「エキサイトマッチ」(WOWOW)で実感する世界標準を、両者は軽くクリアしている。日本のボクシングは技術的な意味で黄金期を迎えたようだ。ちなみに1930年代、ボクシングはラグビーとともに野球以上の人気を博していた。ファシズムに警鐘を鳴らされる今、闘いを好む時代の空気は当時と似ているのだろうか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「ベテラン」~超絶アクションの背景は韓国社会の歪み

2016-01-13 22:36:03 | 映画、ドラマ
 新作「ブラックスター」を購入しようとしていた矢先、デヴィッド・ボウイの訃報を知った。ボウイについては日を改めて記すことにする。ロックを自己表現のツールに変えた比類なき天才の死を心から悼みたい。

 鈴本演芸場正月一之席夜の部の千秋楽(10日)に足を運んだ。トリを任されても不思議はない桃月庵白酒、柳家権太楼、柳家喬太郎にサンドイッチにされ、柳家小三治が枕抜きで「初天神」を披露し、弟子の柳家三三が最後を締める。顔見世興行ゆえ、落語に限らず個々の持ち時間は少なかったが、その分だけ研ぎ澄まされ、3時間余は瞬く間に過ぎた。初めて聴く噺だったが、古典の王道を歩む三三の「不孝者」に聴き惚れてしまった。

 トルコ政府当局者はイスタンブールにおける爆発を「シリア系自爆テロリストによるもの」と断じた。一方で昨日(12日)、「報道ステーション」が報じたシリア内戦地帯における飢餓の実態に愕然とする。画面を眺める俺と現地は繋がっている。だから、俺にも責任の一端はある。常態と化した独裁、資本主義の暴走に起因するグローバルな格差、国連常任理事国が主導する武器輸出……。この国でまず、俺は何を変えたらいいのだろう。

 シネマート新宿で韓国映画「ベテラン」(15年、リュ・スンワン監督)を見た。韓国で1300万人の観客を動員した超絶アクションで、ハリウッドを凌駕するエンターテインメントに仕上がっている。ちなみにリュ監督の前作「ベルリンファイル」(13年)について、<「007スカイフォール」の2割増>と当ブログで評した。ロードショー終了が迫った「007スペクター」と見比べてみたい。

 韓国と北朝鮮の諜報員が対峙する「ベルリンファイル」では、他の韓国映画同様、体制を超えた友情と敬意、惜別の思いが織り込まれ、日本の任侠映画に重なる風味があった。だが、「ベテラン」のソ・ドチョル(ファン・ジョンミン)と敵役のシンジングループ御曹司、チョ・テオ(ユ・アイン)には感応するものが何もない。交わらないはずの両者を繋げたのは、ドチョルと旧知のペだった。唐突に下請けの港運会社を解雇されたペは、息子を連れてシンジングループに抗議に訪れ、テオから酷い仕打ちを受ける。

 熱血漢のドチョルと対照的に、テオは人間性の欠片もないモンスターとして描かれている。日本以上に深刻といわれる韓国社会の格差と貧困が背景にあるのだろう。<財閥は全てを支配する巨悪>という捉え方が庶民に根付いているようで、本作でもシンジングループは、政治家、警察、警備会社、メディア、ヤクザを思うがままに操っている。ドチョルは自殺未遂として処理されたぺの事件の真相からメスを入れようと奮闘する。孤立無援と思いきや、議、情、傷で結ばれた仲間がいた。

 韓国映画を見ていて楽しいのは、容貌、オーラ、佇まいと演者が日本の俳優と似ているからだ。「誰かに似てる」と記憶の底を探りつつ、答えは大抵、見つからないのだが……。「ベテラン」でいえば、狂気を秘めたテオ役のユ・アインが、「ガキ帝国」の高(ジョー)役で颯爽とデビューした升毅とドンピシャ重なった。

 本作のラストで、日本では不可能な凄まじいカーチェイスが、夜の繁華街で展開する。奥深さでもエンタメ度でも、邦画は現状、韓国映画に敵わないが、映画に対する社会の理解という点でも及ばない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「ストレイト・アウタ・コンプトン」~言葉で世界をぶっ壊せるか?

2016-01-10 01:13:04 | 映画、ドラマ
 10月に還暦を迎えるが、年齢による衰えを実感するケースが増えた。仕事先が移転したので土地勘を掴むため業後、東京駅に向かった……つもりが、初日は森下、翌日は竹橋に到着する。未来は徘徊老人といったところか。

 土曜日は新宿の映画館に向かう途中、夕刊紙(もちろん仕事先)を買ったつもりが、帰宅するとバッグにない。買い忘れたのか、失くしたのか、いずれにせよ健忘症は着実に進行し、痴呆症まで遠くない。「トイレ洗浄中」を便器にセットしようとしていたら、手が滑って袋ごと流してしまった。血が全身に巡っていないのだろう。中身は溶けるので大事に至らないと思うたが、果たして……。

 日本時間10、11日、NFLのワイルドカード4試合が開催され、勝者がディビジョナルプレーオフに進む。予想というより願望は、シアトル・シーホークスの2年ぶりのスーパーボウル制覇だ。ポストシーズンではモメンタムとケミストリーが勝ち抜くための必要条件になるが、その点で〝情の人〟ピート・キャロルHCの求心力が効力を発揮しそうだ。

 日本のNFLファンは、リーグの対応に感謝すべきだ。米フォーブス誌によるスポーツイベントの価値ランキングでスーパーボウル(NFL)はダントツ。夏季・冬季五輪、サッカーW杯、レッスルマニア(WWE)、アメフトとバスケットのNCAA王座決定シリーズが続き、ワールドシリーズ(MLB)は辛うじて10位だ。そのNFLがスカパーとNHKに請求している放映権料は米テレビ局の1000分の1以下ではないか。

 ヒップホップの支持者はNFLと距離を置いているようだ。ブラックカルチャーの象徴というべきスパイク・リーはニックスの熱烈なファンだし、エミネムもピストンズのTシャツを着ていた。今回紹介する「ストレイト・アウタ・コンプトン」(15年、F・ゲイリー・グレイ監督)には、ドジャースのキャップを被ったラッパーが登場する。

 本作は〝ヒップホップの伝説〟N.W.Aの結成(1988年)からイージーEの死までの7年間に追った物語だ。ちなみにタイトルは1stアルバムから採られている。暴力的、反権力的な歌詞で支配層から忌避されたデビュー作は、全米に衝撃を与える。

 俺はヒップホップやラップは聴かないが、本作に驚きと発見はいくつもあった。N.W.Aはストリートのルールが支配する無法の街、カリフォルニア州コンプトンで産声を上げる。イージーEは麻薬の売人として得た利益を元手にレーベルを立ち上げたが、ギャングとの不可分な関係が、その後に影を落とすことになった。

 根深い黒人差別が、ヒップホップへの支持を広める。貧困と格差が蔓延するスラムをギャングが仕切り、警察は暴力的に対応する。本作には警官の凄まじい暴力を知らしめたロドニー・キング事件(91年)の実写フィルムが挿入されていた。1st収録曲「ファック・ザ・ポリス」は、クラッシュがカバーした「ポリスとコソ泥」、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの「キリング・イン・ザ・ネーム」と並ぶ反警察ソングで、N.W.AはFBIの警告を無視してデトロイトで演奏し、逮捕されることになる。

 釈放後の会見で、イージーEは「俺たちは真実を歌っている。ロシア製の拳銃、南米からの麻薬の流入を見逃しているのは誰だ」と警察を批判する。ドクター・ドレーは「反ユダヤ的ではないか」とジャーナリスト(ユダヤ系)に指摘され、「俺たち黒人はゲットー(ヨーロッパでのかつてのユダヤ人居住区)に暮らしている」と反駁してインタビューを打ち切っていた。N.W.Aは黒人の憤りと怒りをストレートに代弁していた。

 本作は「ミッション・インポッシブル ローグ・ネイション」を上回るオープニング興行成績(3週分)を記録し、社会現象になる。ヒップホップがカルチャーとして米国に定着している証しといえる。「彼らがいたから僕が存在する」と語るエミネムを筆頭に、人種や国境を超え、多くのアーティストがN.W.Aにインスパイアされた。

 反逆もまたウリになり、ややこしい連中がN.W.Aの周辺に吸い寄せられ、ツアーは薬物とセックスまみれの乱痴気騒ぎになる。イージーEは悪徳マネジャーと縁を切れず、才能に溢れたアイス・キューブ、ドクター・ドレーはバンドを去っていく。断たれた絆が紡がれようとした矢先、イージーEのHIV発症が明らかになった。

 本作を見て、ポップミュージックは社会といかに向き合うべきか、改めて考えさせられた。どっぷり資本主義の毒が回った米ローリング・ストーンや英NMEと対照的に、ロックジャーナリズムの王道を歩んでいるのがロッキング・オンで、渋谷陽一社長のリベラル志向が誌面にも反映している。「ストレイト・アウタ・コンプトン」の謳い文句のように、言葉で世界をぶっ壊すのは難しい。でも、揺るがすぐらいは出来るはずだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「闇の奥」~辻原登が築いた迷宮を彷徨う

2016-01-06 23:37:03 | 読書
 北朝鮮の水爆実験、そしてイランとサウジアラビアの国交断交……。頓挫しそうな慰安婦問題の解決、原油価格下落と米国での新車販売増が同時に報じられている。俺は陰謀論者ではないが、底で全てが繋がっている気配がする。闇の奥で何者かがシナリオを書いているのだろうか。

 参院選(同日選?)を巡る蠢きはわかりやすい。反自公側は都市部で競い、地方(1人区)で共闘というのがおおまかな構図か。東京地方区(+1で定数6)では社民党、生活の党、生活者ネットワーク、緑の党、新社会党、さらにシールズら様々な市民グループが結集すると推測していたが、社民の単独候補擁立が決まる。比例区で福島前党首、吉田現党首を当選させるための選択に相違ない。雲行きが怪しくなってきた。

 追悼の思いを込め、野坂昭如の「オペレーション・ノア」(81年)を年末年始、京都で再読するつもりでいたが、30分ほどで挫折した。フリーター(≒引きこもり)だった頃、2段組みで400㌻の長編を一気に読み終えたが、35年経った今、小さい活字が脳内にインププット出来ない。老いによる衰えをしみじみ感じている。代わりに選んだのが辻原登の「闇の奥」(10年、文春文庫)だった。

 映画「地獄の黙示録」の原作「闇の奥」(ジョセフ・コンラッド著)にインスパイアされた本作は、タイトルも拝借している。辻原の作品は現実と幻想が交錯する壮大なメタフィクションであり、南米の巨人たちが構築したマジックリアリズムへの日本からの返答といえる。原点は古来、霊地として信仰の対象になっている出身地の熊野の風土で、本作の基点にもなっている。

 〝口熊野〟と称される田辺市出身の三上隆が太平洋戦争末期、北ボルネオで失踪する。三上は京大を出た民族学者で、矮人(小人)族ネグリトの研究に没頭していた。三上の生存を信じる者はマレーシアからチベット、そして熊野の奥地に公私を問わず、何度も捜索団が派遣される。手掛かりは三上自身が口ずさんでいたという春歌「イタリアの秋の水仙」、研究者や現地の人々の証言だが、捜索団は時空を超えたイリュージョン、ブラックホールに誘われ、奇妙な縁を紡いでいく。

 まだ半分も読んでいないが、辻原作品で俺の一押しは「ジャスミン」(04年)で、戦前・戦中・戦後の日中関係と阪神淡路大震災を基軸に崇高な愛が描かれていた。本作では太平洋戦争、中国によるチベット弾圧に加え、1998年に起きた和歌山毒物カレー事件も背景に織り込まれていた。ちなみに辻原は同事件の容疑者に強い関心を抱き、「マノンの肉体」でも独特の解釈を記していた。

 巨大なジグソーパズルの最後のピースが埋まって「ジャスミン」は結末を迎えるが、「闇の奥」ではジグソーパズルの完成は読者に委ねられている。また、「ジャスミン」の李杏ほどではないが、「闇の奥」にも魅力的なヒロインが2人登場する。三上が「イタリアの秋の水仙」で歌ったウネと、捜索団に加わることになる須永(チベット名ドルマ)だ。

 辻原を衝き動かしているのは一体、何だろう。喪失の哀しみ、それとも崩壊の苦しみ? 最初に読んだ「枯葉の中の青い炎」で、辻原は<物理世界と精神世界を秘かに結ぶシンクロニシティは、日常世界にいくらでも起きていることではないか>と記していた。真実とは幻想の淡い影なのか……。虚実の皮膜で迷宮を築く手管に感嘆するしかない。

 上記した「オペレーション・ノア」と「ジャスミン」はいずれも文庫版は絶版になっている。他の作家も同様で、出版社の姿勢に疑問を抱かざるを得ない。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新年の抱負~激動の予感を覚えつつ

2016-01-03 19:39:38 | 独り言
 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 10月に還暦を迎える年男の俺にとって、今年は激動の一年になりそうだ。世界を渦巻く仕組まれた憎悪に炙られ、日本もきな臭くなってきた。

 年末年始は親戚宅(寺)に泊まり、徒歩20分の母が暮らすケアハウスを訪ねるという従来のパターンだった。テレビをぼんやり眺めていると、羽田圭介、五郎丸が頻繁に登場している。〝本業〟での実績は疑うべくもないが、メディアは人を消費し、出がらしにする。1年後、2人は画面に残っているだろうか。

 山陰線の上り電車で、向かいに20歳過ぎの男女が座った。〝恋人未満〟の雰囲気で、数年来の知り合いらしい。そのうち恋愛論になり、次第に白熱してくる。京都に近づいた時、「僕ら、今がピークで、これから先、ええこと何もないわ。上がるのは年齢と血糖値だけや」と青年がポツリ漏らした。多くの若者は彼のように、無力感と諦念に苛まれているのだろう。

 昨夏、葛西臨海公園で開催された「鳥獣ナイトウォッチング」に足を運んだ時、10~20代のボランティアの自然保護への情熱に感銘を覚えた。人間交差点のバー「たまつき」(高坂勝さん経営)では、有機農業と食料問題に取り組む女子大学生と遭遇した。街頭で拳は挙げないが、様々な課題に取り組んでいる若者は多い。彼らと紡ぐ糸を見つけることが、緑の党にとって地殻変動の第一歩になるだろう。

 恒例の年頭の誓いを……。昨年は<格好悪くても、はみ出して空気を変える>だった。空気を読みながら粛々と生き、外れた者や少数派を嗤うというのが〝日本人の正しい生き方〟とされている。俺自身は達成に程遠かったが、鮮やかに、格好良く突破したのがシールズだった。去年夏、<人と人を繋ぐ>を目標に掲げた。少し成果が挙がったところでパソコンが壊れ、秋以降は停滞してしまう。2つの目標を併せて継続し、参院選(衆参同日選?)に向け黒子に徹したい。

 俺はブログを遺書代わりと考えてきたが、明らかな効能を発見した。昨年は様々な分野の人たちと交流し、政治のみならず文化全般(映画、音楽、文学)について語り合う機会が増えた。その過程で自分の意見をきちんと伝えられたのは10年以上、ない知恵を絞ってブログを記してきたからだろう。更新頻度は低くなるかもしれないが、書き続けていきたい。

 世間同様、俺も明日4日から日常に復帰する。仕事先(夕刊紙)が引っ越したが、方向音痴ゆえ無事に着けるか心配だ。実は初夢が仕事だった。俺のパソコンだけが立ち上がらず、悪戦苦闘しているうちに降版時間が迫ってくるという内容だ。正夢にならぬよう祈るしかない。まあ、失敗は日常茶飯事だけど……。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする