酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「クララとお日さま」~悲痛な結末に涙を堪えた

2022-07-28 16:41:19 | 読書
 島田陽子さんが亡くなった。ファンというわけではなかったが、記憶に残っているのは渡瀬恒彦主演の「十津川警部シリーズ」第3作「上野駅殺人事件」だ。初期の同シリーズは恋愛ドラマの要素もあり、十津川と島田さんが演じたソープ嬢との心の揺らぎとキスシーンが印象的だった。波瀾万丈の女優の死を悼みたい。

 アパート近くで、三毛猫に数人が餌をやっている。わかっているだけで女性4人、男性は俺と若者、中年サラリーマンも興味津々だ。現れたのは2月後半。もともと飼い猫だったのか、不妊手術も施されている。俺にも「ニャー」と近づき、多少のタッチは許してくれるなど営業能力は抜群だ。俺は彼女を愛してしまったのだろうか。孤独は愛を醸成する条件の一つだし……。

 カズオ・イシグロの最新作「クララとお日さま」(早川書房)を読了した。ノーベル賞受賞後、初めての小説で、俺にとって6作目の長編になる。長崎生まれで5歳時、一家でイギリスに移住したイシグロを<日本人作家>にカテゴライズしてきた。その作品には日本で死語になった美徳の数々――矜持、謙遜、自己犠牲、恥の意識――が新鮮なまま息づいているからだ。

 ページを繰るうち、柔らかで儚い感覚が体の奥から滲んできて、懐かしさとともに、自分が日本人であることを再認識する。だが、「わたしを離さないで」映画版を見た時、違和感を覚えた。主人公キャシーは臓器提供のために造られたクローンで、同じ定めの子供たちと全寮制学校で育つ。非情な宿命を粛々と受け入れるキャシーら登場人物に、3・11以降の日本人の沈黙と重なったからである。

 キャシーに重なったのが「クララとお日さま」の主人公クララだ。クララは人工知能を搭載したAF(人工友達)で、展示場で病弱な少女ジェシーに気に入られ、一家に迎えられる。クララは最新型の1期前のタイプ(B2型)だがプログラミングされていないはずの人間らしさを備えている。

 AFの栄養源は太陽光線で、クララにとって阻害物は大気汚染をまき散らすクーティングズ・マシンだ。クララの太陽への思いは信仰に近く、展示場で目撃したホームレスと犬の甦り、数十年を経た恋人たちの再会も太陽が起こした奇跡と考えている。ジェシーが健康を取り戻すには太陽の力が必要と信じているのだ。

 本作の背景は、格差と分断が深刻になった近未来の階層社会だ。子供たちは一定の年齢に達すると<向上処置>を受けるかどうかの岐路に立たされる。<向上処置>とは人間に施されるゲノム編集で、遺伝子組み換えのイメージだ。作者が想定したのはCRISPRということもあり、舞台は研究が進んだアメリカである。

 この<向上処置>を受けられるのは富裕層の子供に限られる。クララたちはオブロン端末で学び、受けられなかった幼馴染みのリックは優れた能力を示しながら大学進学の道は閉ざされている。深い絆で結ばれたクララとリックが別の道を歩まざるを得なくなった経緯も後半で詳述されている。

 クララの視界が時折ボックスに分割され、やがて統一されていくのは彼女の認識過程を表しているのだろう。展示場の店長も感心していたように、観察力と学習能力に優れたクララの<ジェシー化>を考えたのが母クリシーだった。前提になるのはジェシーの死で、AFのクララがジェシーとして生きることになる。

 だが、クララはひとえにジェシーの回復を祈り、自己犠牲も厭わない。崇高な決意は太陽に伝わり、ジェシーは健康になる。そして、おとぎ話は終わった。ジェシーは大学に進み、新しい世界を満喫する。リックも独自のネットワークをつくって活動している。クララは夢想する。展示場で見た路上の奇跡、数十年を経た恋人たちのように、いつしかクララとリックが抱擁することを。

 ラストはあまりに悲痛だ。クララは物置に廃棄される。人間以上に人間らしいクララは宿命を受け入れ、機械として終わりが見えない孤独の時間を過ごすのだ。店長と再会した時、俺は光が射すのを感じたが、暗転して閉じられる。これほどラストが悲痛な小説があっただろうか。慟哭寸前、涙を堪えた。
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活動休止を宣言した吉田拓郎の思い出

2022-07-23 18:40:25 | 音楽
 睡眠障害の日々、ぼんやりテレビを見る時間が増えた。チャンネルサーフィンしていると「罪の声」(2020年)が始まり2時間半弱、最後まで見てしまう。丁寧に作られた作品で、同年の映画ベストテンに選ばなかった理由がわからない。そういえば、同作に出演している火野正平をテレビでよく見かける。「にっぽん縦断こころ旅」ではナビゲーターとして全国を自転車で回り、再放送されている「必殺商売人」の主要キャストだ。

 かつては不良、プレーボーイが〝売り〟だった火野も73歳。これからも枯れた感じで重宝されていくだろう。一方で76歳の吉田拓郎が芸能活動休止を宣言した。フジテレビの特番は、俺と同世代の古くからのファンにとって、拓郎像の本質に迫っていると言い難い内容だった。

 拓郎との出会いは中学の教室だった。昼休みに誰かが持ち込んだラジカセから、♪これこそはと信じれるものが この世にあるだろうか……が歌い出しの「イメージの詩」が流れる。「凄い曲やな」と級友か漏らした感想が、その場にいた全員の心境を表していた。

 フォーク黎明期を支えたシンガーやファンは拓郎を裏切り者と見做していた。関西フォーク界の重鎮は地元ラジオ局で拓郎を批判していたが、後に拓郎がDJを務める深夜放送に招かれ歓談していた。〝人たらし〟も拓郎の魅力のひとつだろう。だが、全共闘世代など1960年代の学生運動を担った人たちの目に、拓郎は日和見と映ったようだ。

 西田佐知子の「アカシアの雨がやむとき」は安保闘争後の虚脱感を表現した曲として知られる。同じ役割を担ったのが、拓郎と岡本おさみ(作詞家)のコンビだ。「おきざりにした悲しみは」、「落陽」は喪失感を覚えた人たちに付き添った名曲である。♪日々を慰安が吹き荒れて 帰ってゆける場所がない 日々を慰安が吹きぬけて 死んでしまうに早すぎる(「祭のあと」)の歌詞に癒やされた団塊の世代も多いはずだ。

 シングルとアルバムは連続してオリコンチャート上位に入り、森進一が歌った「襟裳岬」はレコード大賞を受賞する。フォーライフ設立、つま恋や篠島での大規模野外コンサート、ジャンルを超えた楽曲提供など時代を切り開いた突破者だった。「アジアの片隅で」が購入した最後のアルバムで、その後は洋楽一辺倒になる。

 カラオケで歌える曲は枚挙にいとまないが、「猫」のラストシングル「僕のエピローグ」が記憶に残っている。作詞は吉田拓郎で、閉塞感に包まれていた俺の青春時代を癒やしてくれた。一番好きなアルバムは松本隆が作詞を担当した「ローリング30」だ。拓郎は浅田美代子と結婚したばかりだったが、別離がインプットされたダウナーな曲も多い。松本の心情が反映されていたのだろう。

 同作には「爪」、「裏街のマリア」、「冷たい雨が降っている」、「外は白い雪の夜」など珠玉の名曲が収録されている。「舞姫」はアルバム未収録だが、拓郎と松本による最高傑作だ。♪舞姫 不幸は女を 舞姫 美しくする 男をそこにくぎづける 「死にましょう」女の瞳の切っ尖に 「死ねないよ」淋しさだけが押し黙る 舞姫 人は死ぬまで 舞姫 運命という 糸に引かれて踊るのさ……。この曲をカラオケで歌うたび、涙腺が緩むのを覚えた。

 「夏休み」は投下後の広島を歌った曲という。消えてしまったのは、麦わら帽子、たんぼの蛙、姉さん先生、畑のとんぼ……。改めて歌詞を見ると寂寥感が滲んでいる。福島原発事故で拡散した放射能は、広島に投下された原爆の1000倍に当たる。この先、日本の風景から何が消えているのか想像するのが怖い。

 拓郎も参加した広島フォーク村名義のアルバムタイトルは「古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう」だ。ジャンルを問わず、日本に<新しい水夫>が現れることを期待している。
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「ベイビー・ブローカー」~仮想家族を問うロードムービー

2022-07-19 20:42:51 | 映画、ドラマ
 藤井聡太5冠の快進撃が止まらない。王位戦第2局では序盤の新手で豊島将之九段からリードを奪い、1勝1敗のタイに戻した。防衛に王手をかけた棋聖戦第4局では常識を超える指し手で永瀬拓矢王座を下し、10代を締めくくった。AI超えの指し手を連発する藤井はどこまで進化するのだろう。

 男性棋士に直近で10勝4敗の成績を残し、編入試験の資格を得た里見香奈女流4冠に耳目が集まっている。勝った棋士の中には澤田真吾七段や出口若武六段ら強豪も含まれている。3勝したら合格だが、5人の対局者は若手精鋭揃い。厳しい戦いが予想されるが、女性初のプロ棋士誕生で、<女性の脳は将棋に向かない>という定説を打破してほしい。

 将棋界のジェンダーギャップは超えられつつあるが、有志とともに、映画界のハラスメント、性暴力に警鐘を鳴らしたのは是枝裕和監督だ。新宿で先日、最新作「ベイビー・ブローカー」(2022年)を見た。公開後3週間しか経っていないので、ストーリーの紹介は最小限にとどめ、背景と感想を記したい。

 是枝といえば監督としてだけでなくプロデューサーと力を発揮している。「マイスモールランド」の川和田恵真監督は是枝や西川美和が所属する映像グループの一員で、是枝は製作にも関わっている。「PLAN75」(早川千絵監督)は是枝が製作総指揮を担当したオムニバス映画「十年~TEN YEARS JAPAN」(18年)の一編を長編に作り替えたものだ。

 「パラサイト 半地下の家族」でオスカーを獲得したポン・ジュノ監督とも交流が深い。「ベイビー・ブローカー」を韓国で撮影出来たのも様々な縁があったからだろう。さらに、馴染みのある俳優たちがキャスティングされていた。タイトル通り新生児売買を巡る物語で、サンヒョンとドンスのブローカーをソン・ガンホとカン・ドンウォンが演じていた。

 ソン・ガンホといえば「パラサイト――」だけでなく「殺人の追憶」などで知られる韓国を代表する俳優だ。ガンホとドンウォンがW主演した「義兄弟~SECRET REUNION」は南北諜報員が織り成す緊迫感いっぱいのサスペンスだったが、仲間という設定の今回は柔らかな空気を醸し出し、台詞にもユーモアが溢れていた。

 韓国トップ女優のひとりであるペ・ドゥナは「リンダ リンダ リンダ」(05年、山下敦弘監督)、是枝の「空気人形」(09年)にともに主演するなど日本でも知られている。本作ではブローカーを追うスジン刑事を演じていた。ベイビーボックスに赤ん坊を預けるソヨン役は韓国の歌姫イ・ジウンだ。4人のトップスターが出演したのも是枝の韓国での知名度ゆえだろう。

 韓国のスタッフ、キャストで製作された「ベイビー・ブローカー」はもちろん韓国映画にカテゴライズされるが、是枝のこれまでの作品と重なる部分が大きい。ドキュメンタリーでキャリアをスタートさせた是枝は社会の枠組みを作品の後景に据える。ベストセラー小説で映画化された「82年生まれ、キム・ジヨン」のテーマは、韓国における女性問題だ。「ベイビー・ブローカー」でも女性であること、母であることを見る者に問いかけている。

 是枝には家族をテーマにした作品が多い。血の繋がりがある場合だけでなく、「万引き家族」では放り出された者たちが身を寄せ合っていた。「ベイビー・ブローカー」では中盤以降、〝仮想の家族〟のロードムービーの様相だ。ブローカー2人組、ソヨンと新生児、ドンスの育った施設から脱走した少年が、養父母探しの旅を続けるうち、和やかな空気が紡がれていく。彼らを追うスジンとイ(イ・ジュヨン)の女刑事コンビも同行者といった趣だ。

 エンドマークの先に物語が続くのも是枝スタイルだ。終盤でソヨンとサンヒョンの身に変化が起きるが、スジンが加わることで〝仮想の家族〟は再生する。善悪といった二元論を超越した予定調和に癒やしを覚えた。是枝作品に親しんできた方はぜひスクリーンでご覧になってほしい。

 俺は今、重度の睡眠障害に陥っている。昨夜など一睡も出来なかったし、睡眠導入剤も効かない。その分、普段以上に文章が粗くなってしまった。
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「怒り」~境界を疾走する吉田修一

2022-07-15 18:57:58 | 読書
 前稿末に記した<先進国であり得ない制限選挙>について、知人に「ようわからん」と言われた。要するに供託金制度と、候補者と有権者の間に壁をつくる公職選挙法である。例えば先進国で若い世代が環境問題を訴えるため、国政に打って出ようとする。供託金はないから立候補しても費用はかからないし、街中で意見を戦わせることも可能だ。

 だが日本では、10人集まらないと団体と見做されないし、当選者が出ないと比例区では1人当たり600万円の供託金が没収される。金、看板、地盤がないと議員になれないのが日本の現実だ。民主主義の根幹に関わる問題が無視されていることに絶望的な気分になる。

 前々稿で映画「流浪の月」(李相日監督)を紹介した。李は「怒り」(2016年)の監督だが、作品は見ていない。今回は吉田修一の原作(上下/中公文庫)について記すことにする。吉田の小説を読むのは「太陽は動かない」、「森は知っている」、「ウォーターゲーム」、「路(ルウ)」(テレビドラマも)、「犯罪小説集」次いで6作目になる。映画化された「悪人」、「さよなら渓谷」も見た。

 吉田は芥川賞を受賞しているが、純文学とエンターテインメントの境界を疾走する希有な作家だ。膨大な作品群を誇り、多くが映像化されている。英会話学校講師殺人事件にインスパイアされて「怒り」を書いたという。犯人が整形手術をしたこと、女装姿が公開されたことが本作にも反映されている。

 小説はベストセラーで映画もヒットした。内容をご存じの方も多いと思うので、ネタバレはご容赦願いたい。事件は炎暑の8月、八王子で起きた。夫妻が部屋で惨殺される。顔見知りではなく、犯人の名は山神一也と判明する。だが、1年を経てもその足取りは掴めない。

 現場の異常な痕跡は衝撃的だった。トルーマン・カポーティの「冷血」を思い出す。通り魔による怨恨や憎悪と無縁な殺人で、山神は全裸で長い時間を過ごしている。<怒>の血文字が捜査員に強い印象を刻んだ。公開捜査番組も放映され、南條と北見は専従刑事として全国を回る。

 丁寧でオーソドックス、そして行間に濃密な気配が漂う……。これが吉田作品の印象だ。「怒り」にも作者の力量が窺える。房総、東京、沖縄で山神に似た容貌の3人の青年が現れる。房総の漁協で田代が働き始めた。無口でおとなしい田代の上司である洋平が映画版の主人公で、渡辺謙が演じている。人情と義理が息づく温かい街として房総は描かれている。

 東京編では優馬がストーリーの軸になる。サラリーマンの優馬は発展場でナンパした直人と暮らし始めた。贅沢で奔放な生活を送っているが、ゲイであることは義姉にしか教えていない。大上段に振りかざしてはいないが、背景にはLGBT問題も据えられている。

 「鷹野一彦シリーズ」の主人公は沖縄の架空の島、南蘭島で暮らしていたという設定だった。吉田は沖縄に愛着を感じているようで、沖縄編には政治的な発言で泊まり客を辟易させる民宿の主も登場する。その息子である辰也と同級生の泉の前に現れたのがバックパッカー風の田中だった。

 吉田の人物造形の巧みさに感嘆させられる。3人の〝山神候補〟だけでなく周囲の人間も細かい点まで描写されている。整形後と推察される写真がテレビで公開されるや、房総、東京、沖縄でさざ波が生じた。「似ている」、「もしかしたら」……。上巻を読み終えた時、俺は推理してみた。自慢するわけではないが、勘は当たっていた。

 山神の犯行に、人間らしさは感じられない。人間は時に欲望に衝き動かされ、絆を求める。田代も直人も過去と事情を抱えていたが、愛を受け入れようとする優しさがあった。直人はホスピスで暮らす優馬の母の元に通う。兄も、恐らく母も、優馬がゲイであることを認めている様子だった。ひとり〝人間〟の枠に入らないのは田中である。

 「怒り」のメインテーマは<人をどこまで信じられるか>だ。洋平は娘の愛子と恋仲になった田代を疑った。優馬も直人を信じられず、警察からの電話を切ってしまう。田中と兄弟のように親しくなった辰也だが、米兵にレイプされた泉の気持ちを慮って、人間の仮面を被った田中に怒りを爆発させた。

 読了後、2人の女性が解けぬ謎として残った。家出して新宿のソープランドで働いていた愛子を洋平は保護団体の協力で連れ戻す。深刻な状況なのに、愛子は子供っぽい。洋平は器量が悪い愛子は幸せになれないと決めつけ、田代が山神でも仕方がないとまで考えていた。愛子は恋人を裏切った過去もあり、真面目で素直ともいえない。軽度の発達障害とも思えるが、女性は常に俺にはミステリアスだ。

 もう1人は北見刑事の恋人だった美佳だ。野良猫を介して知り合ったが、北見の真剣な思いを拒絶する。山神ほどではないにしても明かしたくない過去を抱えているのだろう。泉は偶然、新宿の映画館で独りぼっちの北見を目撃した。孤独、希望、決意……。多彩な登場人物は様々な思いを秘めて物語の先を歩み始める。余韻の去らない作品の映画版にも触れてみたい。
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安倍元首相銃撃と参院選に考える民主主義の意味

2022-07-10 23:40:19 | 社会、政治
 おととい(8日)銃撃された安倍晋三元首相が亡くなったた。別のテーマを用意していたが、参院選の結果と併せ、民主主義について感じたことを記したい。

 内外から安倍氏の足跡を称える声が上がっている。〝死者に礼を尽くす〟が日本の美徳で、暴挙に斃れた安倍氏の冥福を祈りたいが、俺には評価するポイントが思い当たらない。無力な外れ者で、東京砂漠を芥のように舞っている俺には、世間と異なる景色が見えているのだろう。

 初めて安倍氏の危険性を認識したのは20年以上も前に遡る。官房副長官だった同氏がNHK「戦争をどう裁くか~問われる戦時性暴力」(2001年)の内容を改変させた一件だ。朴元淳元ソウル市長は、番組の背景にあった「女性国際戦犯法廷」で韓国側検事として慰安婦問題を裁き、昭和天皇ならびに日本国を「人道に対する罪」で有罪と断じた。安倍氏の介入は、NHKの〝安倍機関化〟の端緒というべき一件といえる。

 安倍氏を支えてきたのは日本会議など保守的なグループで、山上容疑者は統一教会と同氏の密接な関係を銃撃の理由に挙げていた。ただ、思想信条ではなく、家庭崩壊の要因になったという経緯があったという。安倍氏が会長を務めていた「神道政治連盟国会議員懇親会」(262人)の集まりで、性的マイノリティーへの差別的な言葉が書き連ねられた冊子が配布された。憲法改正のみならず、時計の針を逆戻りさせる復古的な動きの中心には、常に安倍氏が鎮座していた。

 脇が甘い安倍氏は、耐震偽装との繋がり、パチンコ業界との癒着が取り沙汰されたこともある。松元ヒロは護憲集会(北とぴあ)で、辺野古埋め立ての事業者は安倍氏に近い企業>と明かしていた。五輪誘致の際の「汚染はアンダーコントロール」は非難の的になったが、首相として臨んだ「水銀に関する水俣条約外交会議」(13年10月、熊本市)の開会式で、「水銀による被害と、その克服を経た我々」という事実と反する問題発言が飛び出した。

 <功>は一切なく、<罪>ばかり書き連ねるのは気が引けるが、安倍政権は汚穢と腐臭にまみれていた。森友、加計、桜、レイプ記者免罪、検察人事介入とコロナ以上の<国家私物化ウイルス>が蔓延する。政官財、司法、メディアでは忖度と同調圧力が空気になった。

 今回の銃撃を<民主主義への脅し>とする論調は正しい。だが、安倍氏がこの間、力を尽くしてきたのは<戦後民主主義への弾圧>だった。そのことは、安倍氏と体質が近い指導者の対応に見てとれ、トランプとプーチンは家族に哀悼の意を示した。本音は〝シンゾーは扱いやすい男だった〟かもしれないが……。

 1年で終わった1期目では、安倍氏は操り人形の如き脆弱さを感じさせた。ところが再登板した時、周りを恐怖で従わせる強さを身に纏っていた。この変身は容易ではないはずで、安倍氏の本質に迫るためには、この辺りの事情を解き明かす必要があるだろう。一方で、〝安倍氏のために力を尽くしたい〟と自然に思えるほど魅力的な人だったと語る身近な人々の証言もある、

 民主主義の現在を測る指標というべき参院選は想定内の結果に終わった。驚きも怒りもなく、諦念と無力感を覚えている。別稿(6月28日)で紹介した「PLAN75」に抱いた感想は、「ニュルンベルク法」に匹敵する悪法が反対運動もなく粛々と施行されたことへの違和感だった。日本人に今必要なのは怒りの感情だと思う。

 ロシアのウクライナ侵攻によって憲法9条の価値は上がっているのに、軍事費増強の声に掻き消され、改憲派が3分の2を占めた。100年前の普選法を引き継ぐ先進国であり得ないえない制限選挙は民主主義から程遠いし、貴族院と化した国会で格差是正を論じるのは困難だろう。安倍氏の死と参院選の結果の先に、民主主義の光は差すだろうか。
コメント (2)
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「流浪の月」~愛を超える何かを希求する

2022-07-06 23:06:29 | 映画、ドラマ
 この間行われた藤井聡太5冠のタイトル戦を振り返る。先月末の王位戦第1局では豊島将之九段の研究が勝り、初戦を落とした。だが、藤井は敗勢になってからも逆転を狙った勝負手を連発していた。先日の棋聖戦では中盤でリードを奪い、慎重かつ鋭い差し回しで2勝1敗と防衛に王手をかけた。解説陣は永瀬拓矢王座の根性も称賛していた。

 俺の脳は棋士たちと対照的に腐りかけている。クーラーなしで猛暑を1週間過ごした後遺症というべきか。眠くならないか不安だったが、2時間半の「流浪の月」(2022年、李相日監督)を緊張感が途切れぬことなく観賞した。李監督作は「フラガール」、「悪人」に続き3作目で、ドラマ「妖しき文豪怪談シリーズ『鼻』」(NHK)も素晴らしい内容だった。

 李は在日3世で、高3まで朝鮮高校に通っている。「悪人」は過剰なほど情緒的で、〝日本的〟の呪縛に囚われているのではとさえ感じたが、韓国映画を見る機会が増え、日本と朝鮮半島の感性が近いことに気付く。政治では亀裂を埋められない日韓だが、映画の世界では良好な関係を築いている。

 是枝裕和監督の新作「ベイビー・ブローカー」は韓国で製作された。「流浪の月」で李は、撮影監督に「パラサイト 地下室の家族」(ポン・ジュノ監督)で撮影を担当したホン・ギョンピョを迎えている。ポン・ジュノが是枝との対談で絶賛していた広瀬すずが「流浪の月」で俳優として成長を見せた。

 本屋大賞を受賞した原作(凪良ゆう)は未読だから、映像化に際してどのような変化があったのかわからないが、重厚で精緻な作品に引き込まれた。数日を経ても幾つものシーンが甦り、新たな感覚が現れる。年間ベストワン候補といっていいクオリティーを持つ作品だ。小説と映画に接してストーリーをご存じの方も多いはずなので、ネタバレはご容赦願いたい。

 ファミレスで働く更紗(広瀬すず)には、結婚を前提に亮(横浜流星)と同棲している。実家が農業を営み、本人も1部上場企業に勤める寮との結婚は〝玉の輿〟と見做す仕事仲間もいる。更紗は15年前の少女誘拐事件の被害者として知られている。この〝格差〟が更紗と亮の関係に歪みを生む。「自分は可哀想な子じゃない」と繰り返す更紗だが、亮が〝優位性〟を前面に女性に支配的に振る舞うタイプであることを、更紗は亮の妹から聞かされる。

 オープニングは15年前だ。公園のベンチで少女が本を読んでいる。10歳の更紗(白鳥玉季)だ。雨が降り始めて背中を丸めた更紗に傘を差し掛けたのは大学生の佐伯文(松坂桃李)だ。
更紗「帰りたくない」
文「うちに来る」
 こんな会話が少女誘拐事件の発端だった。15年後、更紗は偶然、文がマスターを務めるカフェに足を踏み入れる。過去と現在がカットバックし、ふたりの心が浮き上がっていく。キャスティングの妙というべきか、広瀬と白鳥の表情が〝同一人物〟であるかのように自然だった。

 本作のメインカラーは赤だ。文は現在も過去も更紗の自由な振る舞いを受け入れている。卵焼きにかけ過ぎたケチャップで、更紗が口の周りを真っ赤にするシーンがあり、文はティッシュで拭う。<赤=痛み>と捉えれば、文が更紗の傷を癒やすメタファーとみていい。亮の暴力で、更紗は頬を血に染めて街を彷徨う。冒頭で更紗が着ていた服は赤で、25歳になった更紗が赤を纏って文のカフェに向かうシーンもある。

 更紗が伯母宅に帰りたくなかったのは、従兄の性的ないたずらだった。〝ロリコン青年の誘拐事件〟も、ふたりだけの真実は真逆だ。文が守ってくれたことを更紗は伝えられず、15年後、加害者と被害者の再会と興味本位で報じられる。きっかけは亮で、文のカフェをネットにさらす。亮の言動は狂気じみているが、少数者を排除する〝世間の常識〟にマッチしていた。

 劇中で文が読む詩が気になっていた。ネットで検索したらエドガー・アラン・ポーの作品だった。ポーは母の愛を求め続けた。文は幼い頃から母に〝失敗作〟となじられ、更紗は母に捨てられた。文も母の愛を求め、似たような状況にいた更紗に手を差し伸べた。恋人のあゆみ(多部未華子)と肉体的に結ばれない文、セックスに忌避感を抱く更紗……。そんなふたりだが、相手が自分に不可欠の存在と意識することになる。

 更紗の「流れるように生きていければいい」という台詞が印象的だった。桟橋の上で引き離された時、文と更紗の手は固く握られていた。15年後、更紗は桟橋から、自分を解放するように飛び込む。俺など簡単に愛について語るが、「流浪の月」は愛を超えた何かを希求した寓話だった。象徴的に現れるのが様々な月で、水面に映るものもある。再度見る機会があったら、細部に宿る監督の思いを感じてみたい。
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猛暑下のダブルパンチにノックアウト

2022-07-03 20:38:35 | 独り言
 映画もしくは小説について記すつもりだったが、猛暑下のアクシデントで予定が狂ってしまう。まずはエアコンの不調から。

 先月20日すぎ、冷房と除湿をセットしても30分ほどで止まり、タイマーボタンが点滅してぬるい風が出てくる。様子を見ようと思ったが、横浜スタジアムに足を運んだ25日から35度以上の猛暑日が続く。後手を踏んだことでセッティング日が遅れた。

 外に出る気もしないから、部屋の中で腐っていた。最近、便秘→下痢のサイクルが続いていたが、冷たいものの過剰摂取で胃腸の働きが悪くなり、食欲が減退する。万年床を汗まみれでのたうち回っているうち、ぎっくり腰になり、接骨院に通う羽目になる。睡眠障害気味で酔生夢死状態。時間の感覚がなくなってしまった。

 ようやく3日前、設置が終了し、人心地がついた。担当者も書き入れ時で、帰宅するのが深夜0時を回ることもあるという。技術、体力に加え、〝高所恐怖症〟でないことが求められる。2月まで仕事をしていた俺だが、〝果たして自分はプロだったのか〟と自問自答してしまう。

 エアコンは解決した。ようやく日常が戻ったはずが、今度はノートパソコンが立ち上がらない。もともと機械が苦手でパソコンに関しても人に頼ってきた俺は、最寄り駅に最近出来た修理店に向かう。預けて診断してもらったところ、ハードディスクが破損寸前。だが、残っていたデータは修復可能で胸をなで下ろした。ということで、今回はアクシデント報告がテーマになる。

 俺に限らないが、パソコンやスマホが壊れると、自分にとって重要な何かが損なわれたような気分になる人は多いと思う。あらゆる情報源と蓄積したデータがパソコンに収蔵されているから、しっかり管理しないといけない。「USBメモリーを使ったことがない」というと、担当者は失笑気味だった。

 ダブルパンチでマットに這ったが、さらなる追い打ちに見舞われる。週末のKDDIの通信障害だ。約束していた通りに待ち合わせ場所に迎えたので、被害は最小限だったが、混乱した人は多かったはずだ。パソコンよりスマホの方が現代人にとって重要なツールなのだろう。戦争でさえ、スマホで実況される時代なのだ。

 惚けた頭で、あれこれに思いを寄せた。猛暑でも衰えない新規コロナ感染者数、どこで暮らすかを含めた終活、そして参院選について……。最近の俺は少し考えると眠くなる。永眠へのリハーサル状態になっている。

 今回は手短に。次稿以降は旧に復し、くどくうだうだ記したい。
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