酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

〝世界でいちばん貧しい大統領〟ムヒカから日本へのメッセージ

2021-02-25 23:18:56 | 映画、ドラマ
 菅首相が官房長官時代から霞が関に睨みを利かせ、人事を掌握していたことは報道からも明らかだ。安倍前首相と懇意だったレイプ記者を逮捕寸前、免罪したのも菅氏といわれている。強権的姿勢と私利私欲を併せ持つことは、息子の一件にも表れている。

 政治を井戸端会議風に論じても無意味だ。俺はグリーンズジャパンの会員だが、最近は行動が伴っていないから、腐敗堕落した政権を支えていることに変わりはない。心に沈殿した汚濁を濾過してくれる映画をポレポレ東中野で見た。「ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本へ」(2020年)である。

 監督の田部井真一はフジテレビ社員(情報制作センター所属)だ。フジサンケイグループといえば安倍機関、今は菅機関の一員で、政府べったりの報道姿勢に疑義を抱いているが、〝偏見〟は時に目を曇らせる。是枝裕和監督を育んだのはフジテレビで、テレビマンユニオン在籍時代、「NONFIX」の枠組みで優れたドキュメンタリーを世に問うた。「ムヒカ――」もまた、フジの保守的な主張と異なっている。

 観賞後、大島プロデューサーとともに田部井が舞台に立った。大島が「こんなチャライ日本の若者に、ムヒカはなぜ丁寧に対応してくれたんでしょうね」と話していたが、もちろん理由はあった。ムヒカは幼い頃からウルグアイの日系移民と交流があり、厳しい状況下で地歩を築いた移民たちに敬意を抱いていた。出獄した際には、日系移民に便宜を図ってもらった。

 パンフレットを購入し、劇場の外でサインをしてもらう。特権は田部井との質疑応答で、「ムヒカについて十分調べた上で会ったのですか」と尋ねた。当初は局の指示による取材で、「握手した時、握力の強さに驚いた」という。当人が〝執着〟と語るほどムヒカについて学び、熱意が通じたのか、農園を訪ねるたびに温かく迎え入れてくれた。次第に、ムヒカの波瀾万丈の人生と荒ぶる魂が明かされていく。

 ムヒカについて記すのは、「ハッパGoGo大統領極秘指令」(17年)を紹介した稿(19年8月22日)以来だ。テーマは麻薬で、ムヒカの下で大麻(マリフアナ)が合法化された。1㌘=1㌦(アメリカの20分の1)で流通すれば、愛用者は貧困に陥らず、密売組織も撲滅出来る。

 ムヒカ自身、大統領を務めた5年間、やり残したことはたくさんあると語っていた。大麻合法化に加えて功績を挙げると、妊娠初期の中絶と同性の結婚の合法化だ。ムヒカはジェンダーに理解があるが、妻のルシアの影響も大きい。反政府ゲリラを率いたムヒカは、数発の銃弾を浴びても死なず、13年の獄中生活を送った。ルシアは当時の同志で、その後、副大統領に就任している。田部井によると、ムヒカは恐妻家だという。

 キューバ革命にインスパイアされたムヒカは、ゲバラとも交流があった。社会主義を志向したムヒカだが、旧ソ連や中国の統制型ではない。斎藤幸平・大阪市大准教授が「人新生の資本論」で提示したマルクス晩年の到達点に重なる。<コモン=全ての人々にとっての公共財>をベースに置き、工場を自主管理する自由で柔らかい社会主義がムヒカの理想だった。

 「国連持続可能な開発会議」(2012年、リオデジャネイロ)での演説で、ムヒカの名は全世界に広がった。成長、発展の呪縛に囚われることの無意味を説き、人生の価値を幸福に置く。地球環境にも言及していた。ムヒカの言葉に説得力があるのは、自身が農園で有機野菜を栽培し、大統領時代は収入の大部分を寄付してことも挙げられる。田部井との出会いは、生活困窮者たちのための住居を建設する現場で、子供たちの大歓迎を受けていた。

 ムヒカは日本について、消費世界に毒され、魂を失ったと厳しく論評していたが、講演依頼が殺到する中、縁を重視してルシアとともに日本を訪れる。ゲバラが来日時、広島の原爆資料館を訪れ、「君たち(日本人)はこんな仕打ちをされて手をこまねいているのか」と憤ったエピソードは有名だ。ムヒカも「ここ(原爆資料館)を訪れないことは、日本、いや、世界に対する侮辱だ」と語っていた。

 東京外大での講演会での質疑応答も興味深く、滲み出るムヒカの哲学と矜持に若い世代も感動していた。翻って、日本の政治家は……、なんて言うまい。俺自身も薄っぺらのペラペラなんだから。
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「生の裏面」に誘われ十代の荒野にタイムトラベル

2021-02-21 19:59:38 | 読書
 不惑を過ぎて四半世紀近く経つが、俺はいまだに迷い、揺れる。映画を見ても小説を読んでも、年甲斐なく感動する。当ブログでも昨年10~12月に見た「彼女は夢で躍る」、「滑走路」、「ミッドナイトスワン」を立て続けに「今年のベストワン級」と絶賛し、仕事先の知人はあきれ顔だった。

 小説も同様で、年末年始に読んだ「JR上野駅公園口」(柳美里)、「砂漠が街に入りこんだ日」(グカ・ハン)に心が震えた。先日読了した「生の裏面」(1992年)に読書への初心が甦る。李承雨(イ・スンウ)の作品を読むのは「香港パク」に次いで2作目だ。李は1959年生まれである。

 学生時代、俺にとって読書は修行、苦行だった。その点は今も変わらず、〝面白い〟ことが確実の小説は避けるようにしている。とはいえ、成果があったわけでもなく、発想は十進法のままだ。還暦を過ぎても迷路に佇む俺は、心に杭を打ちながら「生の裏面」のページを繰った。

 本作の語り部は無名作家で、出版社から依頼され、著名作家パク・プギルの評伝を書くことになる。パクは人見知りで打ち解けないが、初期の作品(未発表を含め)を読むことを勧める。語り部のモノローグ、パクの年譜、パクの小説からなる入れ子構成だ。

 李は〝仮面をかぶった自伝〟と評していた。創作部分はあるにせよ、幼い頃からの作者の記憶や感情が投影されているはずで、<李≒パク≒作品の主人公>は成り立つ。〝心に杭を打ちながら〟と上記したが、李は自分の苦悩を彫刻しながら本作を書いたに違いない。

 本作に重なるのはザ・フーだ。傑作「フーズ・ネクスト」の冒頭曲「ババ・オライリィ」でピート・タウンゼントが叫ぶ決めフレーズは♪泣くな、そんな目をするな、たかが十代の荒野じゃないか……。フーは若者たちの孤独、疎外、絶望、トラウマ、コンプレックスを表現し、絶大な支持を得てきた。彼らに心酔する俺は、還暦を過ぎても十代の荒野に佇んでいる。だが、「生の裏面」に描かれているのは、荒野というより始原の闇、絶対的な暗黒だ。

 物心ついた時、パクは伯父宅で暮らしていた。父は司法試験の勉強をするため、遠くで学んでいると聞かされてきた曖昧な父の像に重なったのは、伯父宅の離れで監禁されていた精神を病む男だ。母は司祭補助をしている若い男と出奔したと噂されていた。パクは一族の再興を固執する伯父に辟易し、10代半ばで家出する。父の墓に火を付けたのは、二度と故郷に戻らないという決意の表れだった。

 全てを捨てたパクは街に出る。少年は中華料理屋で働き、古本屋にたむろする。光が射さない狭い部屋にこもって読書に耽った。本作の背景に描かれているのが軍事独裁政権だ。俺は日本で日韓連帯を掲げる運動に端っこで参加していたから、当時の韓国の空気にノスタルジーを覚えた。

 夜間外出禁止令の下、パクは夜の街を彷徨う。監視の目をくぐり抜け、ピアノの音に引かれて教会に入り込む。常に同志を探していたパクが、教会の先生で、合唱隊でピアノを弾く年上の女性との出会いを宿命的と感じたのは当然だった。

 本作は愛の意味を読む者に問いかける。両親の愛を知らず、不器用で友達もいないパクが愛を求める。いや、両親に育まれ、普通に友達がいた俺だって、自己愛や欲望に衝き動かされ、邪な感情を愛に置き換え、自分を正当化していたことを思い出す。本作を読んで、正しく愛することが出来ない若かりし頃の傷が疼いた。いや、今もその点は変わらない。

 いかに孤独に耐えるか、自分を解放するか、いかに愛するか……。作者はアンドレ・ジイドや遠藤周作に言及している。愛する女性と一体化するため神学校に入学したパクは、ラストで、狂気の淵に陥り、理性を失った。パクは神学校を去ったが、李は卒業している。

 本作の帯に「韓国を、いや人間を知るには、李承雨の小説を読めばいい」というル・クレジオ(ノーベル賞作家)という言葉が記されている。李の小説は2作目だが、人間の原罪、救いを問い続ける魂の遍歴を体感したい。
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グリーンズジャパンで学んだ<世界標準>

2021-02-17 21:01:37 | 社会、政治
 先週末、グリーンズジャパン(緑の党)の総会に参加した。入会は2014年だから今回が8回目だったが、このご時世、ズームによるリモート会議である。政治とは人間が醸し出す空気感がベースだから、物足りなさは否めなかった。

 立脚点を示さず井戸端会議風に社会を論じることに限界を感じ、緑の党の扉を叩いた。<私は文学が趣味で、アイデンティティーと多様性を追求する作家、例えば星野智幸や池澤夏樹に共感を覚えています。自分の価値観に近いと考え、入会を希望します>……。こう動機を話す俺に、担当者はあきれ顔だったが、選択は間違っていなかった。

 この7年で学んだのは<世界標準>だった。緑の党は100カ国以上で活動しており、とりわけ欧州では分断と自然破壊を食い止める救世主的存在として支持を広げている。日本でも……と期待したいところだが、大きな壁がある。この国には<世界標準>に対する忌避感が漂っているからだ。

 日本が<世界標準>に届いていない点は多々あるが、まずはジェンダーについて……。森五輪組織委会長の発言が内外で非難を浴びたが、問題の根は深い。緑の党は結成当初からクオーター制を導入し、共同代表だけでなく全ての役職は男女同数だ。森氏ほどではないにせよ、俺はジェンダーに鈍感だったが、目を覚ましてくれたのは女性たちの活躍である。

 ドイツのメルケル首相、ニュージーランドのアーダーン首相、アイスランドのヤコブスドットイル首相(グリーンズレフト党首)、そして<コモン>を掲げ世界の耳目を集めるバリャーヌ・バルセロナ市長……。世界を牽引する女性の名を挙げればきりがない。10代の2人、グレタ・トゥーンベリとビリー・アイリッシュの影響力は絶大だ。

 先進国で同性婚、あるいは同性パートナーの権利を認めていないのは日本だけで、<国際標準>とは程遠い。大日本帝国憲法の復活を目指す日本会議の代弁者である安倍前首相は「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する」と定める憲法24条を持ち出していた。だが、他の条文に謳われている自由と基本的人権とは相容れなくなっており、「同性婚禁止こそ憲法違反」と主張する憲法学者も多い。緑の党も同様だ。

 <国際標準>と懸け離れている最たる問題が、繰り返し記してきたい高額な供託金だ。緑の党は宇都宮健児弁護士が原告側訴訟団団長を務める供託金違憲訴訟に関わってきた。先進国では供託金は違憲で、殆どの国でゼロだ。公職選挙法も立候補者を縛るもので、日本の選挙は治安維持法とセットで制定された普通選挙法の悪しき伝統を引き継いでいる。

 この問題を反原発集会のブースで訴えたところ、<供託金制度がなくなったら有象無象が立候補して、混乱を収拾できない>と食ってかかってきた人がいた。原告側の訴えを退けた裁判長も、<国際標準>を無視し、自由と民主主義の価値に言及することはなかった。死刑についても構図は同じで、<戦争法に抗議する人の80%以上が死刑肯定派>という、死刑廃止がEU加入の条件である欧州から見れば〝異常〟と思える事態が日本では〝常識〟になっている。

 会員が企画するイベントやシンポジウムに数多く参加した。そのひとつが「脱成長ミーティング」で、環境と生態系破壊にストップをかけ、GDPに縛られず生活の質を問い直す試みだ。同ミーティングで議論された内容は、今や時の人となった斎藤幸平・大阪市立大准教授の著書と重なる点が多い。

 「オルタナミーティング」や「ソシアルシネマクラブすぎなみ」などの会員発プロジェクトも世界を広げてくれた。音楽ではPANTA、遠藤ミチロウ、友川カズキら熟年シンガーの気概に圧倒された。映画では地産地消、ローカリゼーション、フェアトレード、シリアの現実、アジアの貧困、軍隊のないコスタリカについて学ぶことが出来た。

 前稿で<身を賭す>ことの意味を問うたが、緑の党には様々な市民運動で主導的な役割を果たす〝身を賭す〟会員が多い。その中のひとりが武器取引反対ネットワーク(NAJAT)代表の杉原浩司氏で、NAJAT発足集会ではともに発起人を務めた東京新聞・望月衣塑子記者も壇上にいた。

 俺には<身を賭す>覚悟も矜持もないが、ブログでは緑の党関連のイベントを紹介してきた。末端の広報担当というべきかもしれない。井の中から解放してくれた緑の党に感謝している。
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「ヤクザと家族」~若き俊英が問う<身を賭すこと>の意味

2021-02-13 19:49:12 | 映画、ドラマ
 チック・コリアが亡くなった。フュージョンとカテゴライズされるジャンルとは距離を置いていたが、「リターン・トゥ・フォーエヴァー」(ソロ名義)、ゲイリー・バートンとの共作など静謐なアルバムは最高の癒やしだった。様々な音楽を坩堝の中で燃焼させた革命児の死を悼みたい。

 新宿で先日、「ヤクザと家族 The Family」(2021年、藤井道人監督)を観賞した。予習に使ったのは日本映画専門チャンネルで録画しておいた同監督の前作「新聞記者」(19年)である。〝どうして映画館で見なかったのか〟が率直な感想で、タイミングが合わなかったことを悔やんだ。

 映画館が閉鎖中だった昨年、BSやスカパーで見逃していた作品を視聴した。「国際市場で逢いましょう」、「最愛の子」(ともに14年)、「ジョーカー」(19年)はいずれも年間ベストワン級だったが、「新聞記者」も同様だった。東京新聞・望月衣塑子記者原作の映像化で、主人公の吉岡エリカ記者を演じるのはシム・ワンギョンだ。

 吉岡は上司の陣野(北村有起哉)から新大学構想についての調査を命じられる。現実に照らせば、安倍前首相の肝いりで生物兵器の開発を視野に入れた加計学園となる。取材を進めるうち、吉岡は内閣情報調査室の杉原(松坂桃李)の協力を得て恐るべき真実に到達する。杉原、外務省時代の上司である神崎(高橋和也)ら良心的な官僚たちの壁になっているのが、内調を束ねる多田(田中哲司)だ。多田が声をひそめて電話している相手は菅官房長官(現首相)か。

 日本アカデミー賞6冠など数々の栄誉に輝く作品ゆえ、紹介はここまでで、「ヤクザと家族」との共通点を挙げておきたい。まずは抑え気味の映像だ。「新聞記者」は権力の闇を表象するブルートーンで、「ヤクザ――」ではダークな夜景シーンがメインだ。藤井監督は巧みなカットバックで登場人物の心情を対比し、全体像を浮き彫りにする。

 作品のベースは血の繋がりを超越した家族で、主要な登場人物は絆を前面に身を賭している。1999年、2005年、2019年に焦点を当てた3部構成で、山本賢治(綾野剛)を軸に、幾重にも家族の絆が紡がれていた。賢治の父は覚醒剤に手を出して死ぬ。覚醒剤を憎むあまり暴力団の抗争に巻き込まれた賢治は、偶然危機を救ったことがある柴咲組組長(舘ひろし)と親子の盃を交わした。

 賢治にとって柴咲はオヤジで、アニキである若頭の中村を演じるのは「新聞記者」で重要な役を演じた北村だ。義理と人情に生きる時代遅れの柴咲を支える中村と賢治は屈曲した〝肉親の情〟に縛られていた。2019年、出所した賢治だが、かつての弟分である細野(市原隼人)は暴対法施行後、カタギになっていた。携帯も買えず、銀行口座も開けないのがヤクザの現状だ。元であっても組員は就職出来ないし、家族も職場や学校を追い出される。

 〝ヤクザの肩を持つな〟と言われかねないが、前稿で紹介した在日ベトナム人の苦悩の背景にあるのは、ヤクザに代わって人身売買を推進する政官財だ。<警察=善、ヤクザ=悪>の構図は後半で顛倒する。拝金主義の加藤組と結託し、甘い汁を吸う大迫刑事(岩松了)がその典型で、「新聞記者」で「この国に民主主義は必要ない」と断言する多田と重なる部分も大きい。
 
 ラストに近づくにつれ、壮大な叙事詩から神話の領域に飛翔する。回転軸になるのは14年ぶりに賢治が再会した由香(尾野真千子)と綾(小宮山莉渚)の母娘だ。フルスロットルさせるのは、賢治行き着けの焼き肉屋店主である愛子(寺島しのぶ)の息子である翼(磯村勇斗)だ。幼い頃から賢治に憧れていた翼はかつての賢治同様、半グレのリーダーで、外見もそっくりに成長していた。20年前の父の死の真相を知った翼を、賢治は優しく抱き留める。

 賢治が海底に沈んでいくシーンで、オープニングとエンディングは繋がっていた。賢治は愛と家族のために身を賭し、中村の選択と細野の苦悩を受け止める。由香との思い出の埠頭で翼と綾は出会う。賢治にとっての息子と娘の邂逅に俺の目は潤んだ。悲劇的結末の先に射した希望の灯である。

 激情と哀しみを表現し切った綾野、諦念と優しさを体現した舘と、名優たちの演技も心に残る。藤井監督(脚本も)の才能に驚嘆せざるを得ない。まだ34歳だが、既に膨大な作品を発表している。ネットフリックスで公開される米倉涼子主演のドラマ「新聞記者」にも期待したい。
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マイ・コイ、そして在日ベトナム人の苦難が穿つ日越の闇

2021-02-09 23:31:17 | 社会、政治
 今回のテーマであるベトナムは、前稿で紹介したレイジ・アゲインスト・マシーンと繋がっている。レイジの1stアルバムは、南ベトナム政府(アメリカの傀儡)に抗議し焼身自殺した僧侶の写真をジャケットに用いていた。あれから60年近く、共産党独裁に異議を唱えた女性歌手マイ・コイを追ったドキュメンタリー「マイ・コイ 反逆の歌姫」(NHK・BS1)を見た。

 発表17年後にレイジの「キリング・イン・ザ・ネーム」が全英NO・1に輝いた経緯を前稿で記したが、マイ・コイは番組冒頭、同曲をカバーしたいと語っていた。〝共産党のキャンペーンガール〟だったマイ・コイは自分に思いを正直に表現するようになり、多様性とアイデンティティーの尊重、自由への希求を歌に託す。その結果、当局の監視下に置かれるようになった。

 オバマとの対談、立候補、ハノイを訪れたトランプへの批判と積極的に活動したマイ・コイは、国内で最後のアルバムを制作した後、国外に出る。重なったのはイラン映画「ペルシャ猫を誰も知らない」(2009年、ハフマン・ゴバディ監督)だ。亡命したロックバンドを追い、監督もクランクアップ後に出国した。空港で書類を審査した担当者は「歌手の方ですね。音楽に国境はありません」と彼女を送り出すシーンに希望を覚えた。

 不明を恥じるしかないが、当ドキュメンタリーを見るまで、ベトナムが中国、北朝鮮並みの統制国家であることを知らなかった。政官財に忖度したメディアが、日本人の目を〝ベトナムの闇〟に向かわないよう操作しているのではないか……。あるリポートを読み、そんな疑問が湧いてきた。

 仕事先の夕刊紙でジャーナリストの出井康博氏が「在日ベトナム人の真実」を35回にわたって連載していた。来日したベトナムの留学生、実習生の悲惨な日々が詳細に記されている。彼らの苦難は新型コロナウイルスによって増幅されている。

 別稿(昨年6月)で紹介した「逃亡者」(中村文則)では主人公(山峰)とベトナム人の恋人アインが宿命と糸で紡がれていた。留学生であるアインは<週28時間労働>に縛られ、生活が成り立たない。連続ドラマW「夜がどれほど暗くても」(中山七里原作)でも、アジアからの留学生を搾取する派遣会社が真相に迫る糸口になっている。
 
 19年末の在日外国人の統計は、中国人81万、韓国人45万に次ぎ、ベトナム人は41万で、内訳は実習生21万、留学生9万という。ベトナム人の犯罪が、咋夏の「子豚盗難事件」を筆頭に世間を賑わせたが、背景にあるのは日越の歪んだ癒着だ。中国や韓国では国内で賃金が上がっており、日本への出稼ぎは激減している。子供を留学させるのも裕福な家庭で、都内の大学で勉強している中国人、韓国人の学生も多い。

 ベトナム人の1人当たりのGDPは日本の15分の1で、多くの実習生や留学生の出身地は貧しい農村だ。彼らは来日時、50~100万円の借金を背負っている。ベトナム政府は送り出し業者に37万円の上限を設定しているが、賄賂社会ではルールなどあってなきが如くだ。共産党関係者に金品を渡せば全て解決する。

 マイ・コイが告発した言論封殺による奴隷制は、格差拡大で国民を貧困の底に縛り付けることで補強されている。こう書くと酷い国と思われるかもしれないが、受け入れ先にも問題がある。日本側も前政権から引き継がれた「30万人留学生計画」の下、大挙して入国する若いベトナム人が低廉な労働力と把握しつつ、無審査で入国させる。日本語学校が産廃業者だった事例がネットで紹介されていた。  

 日越共犯の人身売買が出井氏のリポートで詳らかになっていく。安い労働力を必要としている建設業界の元締は森五輪組織委員長で。メインターゲットはベトナム人だ。菅首相の最初の外遊先はベトナムだし、二階幹事長も数年前、訪越代表団を率いている。関連部署でトップに立つのは自民党幹部(元を含め)だ。

 新聞販売所で働くベトナム人留学生が<28時間労働>を逸脱していることをメディアは報じない。<政官財+メディア>連合が、在日ベトナム人に塗炭の苦しみを味わわせているのだ。森発言は確かにわかりやすい。だが、ベトナム人問題もまた腐敗した構図に動かされていることを国民は知るべきだ。
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真冬の雑感~山中伸弥と平尾誠二、陽水&レイジ、そして山崎隆之八段

2021-02-05 13:10:49 | 独り言
 ウイズコロナの冬、あれこれ感じたことを綴りたい。まずは「ツーショット 最高のふたり~山中伸弥×平尾誠二」(NHK・BSプレミアム)から。番組は平尾の長男・昂太さんの証言を交えて構成されていた。両者の出会いは山中がIPS細胞発見で時の人となった2010年で、ノーベル賞受賞の2年前のこと。雑誌での対談がきっかけだった。

 同学年でラグビー経験のある山中にとって、平尾は憧れの対象だった。対談冒頭、平尾は先端技術と倫理観のバランスについて問い、山中も真摯に答える。その場に居合わせたカメラマンの岡村啓嗣は「平尾の目は知性、激しさ、悲しみを湛えている。彼以上に奥深さを感じた人に会ったことがない」とかつて語っていた。初対面の山中も同様の感想を抱き、平尾に魅せられたのだろう。

 高邁な魂は相寄り、互いを同志と直感する。ふたりを紡いだキーワードは<理不尽と逆境>かもしれない。ステージ4の胆管がんで余命3カ月を宣告された平尾に、山中は可能な限りの治療を施すため尽力する。13カ月に及ぶソウルメイトの熱い闘い、そして昂太さんが明かした家族の絆に心が潤んだ。

 平尾に重なるのはヨハン・クライフだ。進取の気性に富み、山中が提案した最先端の治療に、「世界で初めてやて。成功させなあかんな」と喜々とした表情で妻に語りかけていたという。代表監督としてW杯に赴く際、平尾は「自立した自由な個が、チームとしてまとまる形を示して、日本社会を変えるきっかけになれば」と語っていた。

 墓碑は平尾の生き様を象徴する「自由自在」だ。初めて墓参した山中は墓標に抱きついた。山中は今も平尾の魂と寄り添い、IPS細胞のがん治療への応用に向け奮闘している。

 先週末はスカパーで放映された2本のライブを見た。まずは井上陽水から。「氷の世界40周年記念ツアー」(NHKホール、2014年)を収録したもので、陽水の情念とシニカルのアンビバレンツを堪能する。

 携帯やメールがなかった時代、「傘がない」、「心もよう」はリアリティーがあった。陽水の声は圧倒的で、<陽水が流れると客は手を止め、パチンコ店は静寂に包まれる>という都市伝説がまことしやかに語られていた。カラオケの愛唱歌で桜を鑑賞するたび口ずさんでいるのが「桜三月散歩道」だ。陽水の曲に頻繁に表れる<狂い>の色濃い曲だが、本人は「レコーディングして以来、歌った記憶がない」とMCしていた。

 もう一本は歴史的ドキュメンタリー、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの「ライブ・アット・フィンズリー・パーク」だ。英国では2000年代後半、「Xファクター」(オーディション番組)優勝者のデビューシングルがクリスマスウイークで1位になるのが恒例になっていた。今と変わらず、格差と貧困が拡大し、新自由主義が世界を貪っていた当時(2009年)、ロックファンが「キリング・イン・ザ・ネーム」を1位にしようと呼び掛ける。

 レイジは革新的なサウンド(ミクスチャー)とラディカルな知性を併せ持つLA出身のバンドだ。ステージにゲバラの写真を掲げる反グローバリズムの旗手で、ノーマ・チョムスキー、マイケル・ムーアらと交流がある。「キリング――」のダウンロードは最終日に10万枚分が購入され、17年前の曲が全英チャート1位に輝く。レイジは感謝の気持ちを込めフリーコンサートを行った。

 ♪この世界を操る権力の中枢には十字架を燃やす者(KKK)と同類の人間がいる バッジを身に着けた選ばれし白人(警官)に殺戮の権限を与えているのは誰か(「キリング――」の歌詞の抜粋)……。1991年、ロドニー・キング事件に端を発したロス暴動に合わせて発売された同曲に重なるのは、トランプ支持派とブラック・ライヴズ・マターだ。レイジは30前に世界の構造を見据え、抵抗の意思を表現していた。

 イベントに関連する全収益はホームレス支援団体に寄付された。レイジは世界を変えたバンドとしてクラッシュを挙げ、「白い暴動」を演奏する。目の当たりにして衝撃を受けたクラッシュ、そしてレイジのパフォーマンスが記憶の中で交錯し、そして思った……、コロナ禍はロックの熱さをも壊してしまったのかと。

 年度末に向けて佳境に入っている将棋界では、来週にかけて注目の対局が目白押しだ。昨日、吉報が届く。B1順位戦で山崎隆之八段は久保利明九段に敗れたが、他の対局の結果、A級昇級を決めた。個性派揃いの森信雄門下で、故村山聖九段は同郷(広島)の兄弟子である。

 閃きを重視し、「盤面を見たら誰が指しているかわかる」とプロ仲間が口を揃えるほど指し手は独創的で、久保に敗れた対局でも初手に端歩を突いていた。将棋界には<創造は実利に負かされる>という不文律がある。新手を繰り出しても研究によって裸にされるからで、山崎は天才であるがゆえの苦悩を味わってきたはずだ。

 サービス精神とユーモアに溢れ、失言、反則負け、勝負弱さなどエピソードに事欠かない。10年以上も前のこと、NHK杯で解説を務めた山崎は、青野照市九段を「将棋界にまれな人格者」と紹介し、聞き手の千葉涼子女流に悲鳴を上げさせる。名人戦の毎日から朝日への移管問題で揺れていた頃、連盟トップの人格と見識を疑う声が上がっていた。急先鋒は渡辺明竜王(当時)だったが、山崎の〝失言〟計算され尽くした援護射撃だったかもしれない。

 〝棋界のプリンス〟と呼ばれた山崎がB1に13年とどまっている間、弟分の関西の俊英たちに先を越された。忸怩たる思いはあるだろうが、不惑を目前に控えた〝遅れてきた青年〟にはA級で大暴れしてもらいたい。
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「聖なる犯罪者」~善と悪を顛倒させる寓話

2021-02-01 21:35:38 | 映画、ドラマ
 EUが日本からの渡航禁止を発表した。「来るな」ということは「行くな」で、東京五輪開催へのハードルはさらに高くなった。国民が望まない状況下での五輪開催に疑問を投げかけてきた新谷弘美(陸上一万㍍代表)の発言が耳目を集めている。いわく「選手は支援抜きに生きていけない〝職業〟。国民と気持ちが一緒になってこそ、五輪は成立する」……。
 
 翻って、スポーツ関係者や政界トップの発言に疑問を抱くことが多い、菅首相は<コロナとの闘いにおける勝利の証しとして五輪を開催する>と前任者の見解を踏襲しているが、〝本質〟を見逃している。資本主義が途上国を簒奪して自然を破壊し、気候危機を招いたことが新型コロナウイルス発生の原因だ。欧米では真摯に敗北を認め、システムチェンジを志向する動きが加速している。

 新宿武蔵野館で先日、善と悪の境界を見据えた「聖なる犯罪者(2019年、ヤン・コマサ監督)を観賞した。コスマ監督と二人三脚でストーリーを創り上げた脚本家のマナウシュ・バツェヴィッチ、ブルー&グリーンのトーンで統一した撮影陣と、ポーランド映画界は今、充実期を迎えているようだ。

 殺人罪で少年院に収容されている主人公ダニエル(バルトシュ・ビィエレニア)はトマシュ神父の下、信仰に目覚める。ミサの補助を務めるが、〝前科者は司祭になれない〟が不文律だ。仮釈放され、製材所の仕事を斡旋されたダニエルだが気が進まない。近くの教会で出会った少女マルタ(エリーザ・リチェムブル)に「自分は神父」と嘘をつく。

 国民の90%近くがカトリック教徒のポーランドでは自明の理だろうが、ダニエルは旧約聖書に登場する優秀な神の僕だった。偽聖職者による事件が頻繁に起きているらしく、ダニエルの成りすましに気を留める者はいない。マルタは母を通し、ヴォイチェフ神父を紹介する。アルコール依存症の治療で教会を離れることになった同神父に代わり、ダニエルは司祭代理を任された。

 ブログに繰り返し記してきたが、ポーランド人の監督は悪魔を登場させる。「尼僧ヨアンナ」、「地下水道」、「ポゼッション」が典型で、背景にあるのは同国の苦難の歴史に紡がれた心象風景だ。<これほど祈りを捧げているのに、あなた(神)は私たちを見捨てるのか>という怨嗟に近い感情が悪魔を育む。「聖なる犯罪者」の悪魔的魅力を秘めたダニエルに、「水の中のナイフ」の青年が重なった。

 スマホを見ながらミサを執行し、告解に接するダニエルは、型破りな言動で村人を引き寄せる。想像力と独創性を発揮し、表情と言葉、絶望、恐怖、孤独、叫びを湛えた目力に圧倒された。ポーランドではラップに乗せて説教する神父がいるというが、フィジカルを前面に言葉を絞り出すダニエルは、抜き身の冷たい刀のようだ。

 村の事情に少しずつ通じていくダニエルは、教会を取り巻く悪の構図に気付いた。権力者、警察、司祭まで手を携え、1年前に起きた交通事故の真相を隠蔽する。悪を知り尽くしたダニエルだからこそ悪を超え〝沈黙の壁〟と闘う。冷たい目に晒されながら、神の僕として当然の選択をし、村人たちの偽善を暴いた。

 最も記憶に残るのは、ダニエルが磔刑のキリスト像を後景に、「私は殺人者」と告白する場面だ。タトゥーが彫られた上半身を晒したことで、キリストとダニエルの苦悩が重なる。聖と悪の奇跡的な交錯により、善と悪は顛倒する。悪人に相応しい場所に戻されたダニエルだが、意図したわけではないのに、外の世界に出る。宿命的、寓話的な結末の先に、ダニエルは何を見るのだろう。
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