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酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

妹の七回忌を前に、遠藤ミチロウの「膠原病院」

2018-04-28 20:06:51 | 読書
 文在寅大統領と金正恩朝鮮労働党委員長による「板門店宣言」を世界が歓迎した。朝鮮半島の完全非核化実現を、俺のように世を斜めに見ているひねくれ者でさえ願っている。むろん、〝裏〟を勘繰りつつだが……。日韓併合以降、創氏改名、強制連行、慰安婦問題など、朝鮮半島に大きく関わってきた日本は、一連の流れの中で蚊帳の外に置かれていた。

 金委員長は〝機転が利いてユーモアもある〟らしいが、俺はそんな評価に疑義を抱いている。ここ数年、北朝鮮で起きていたことを勘案すれば、金委員長は間違いなく冷酷な独裁者だ。DVで家族に塗炭の苦しみを味わわせながら、世間的にはエンターテイナー? そんな人間を信じるわけにはいかない。

 先日は第16回オルタナミーティング「遠藤ミチロウ シネマナイト」(高円寺グレイン)に足を運んだ。「お母さん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました」(2015年、遠藤ミチロウ監督)は2度目の観賞だったが、最初見た時と印象が大きく変わっていた。

 3・11を挟んだ時期のツアーを追っている。スターリンとしてのアナーキーで暴力的なパフォーマンス、アコギ一本の叙情的なステージ……。狂気と繊細のアンビバレンツこそミチロウの魅力だが、本作のテーマは<家族、故郷との絆>であることに気付いた。

 三角みづ紀(詩人)との対談で、<子供がいないから、結果として親離れ出来ない>と互いの中に自分を見ていた。ミチロウは3・11から5カ月後、実家を訪れる。母への思いは、後半に紹介する「膠原病院」にも記されていた。山形大学入学後は革命を目指し、卒業後は世界を漂浪した。〝悪名高き〟スターリンを結成したことで、母とも疎遠になる。地震と原発事故が母と息子を繋ぐきっかけとなった。

 三角との交遊、ファンだった吉本隆明の著書で知った島尾敏雄と父を重ねるなど、ミチロウには文学の薫りが漂う。関連のCDは「FUKUSHIMA」一枚しか持っていないが、本作で流れた曲が収録されたアルバムも聴きたくなった。

 俺がミチロウのステージに初めて接したのは、オルタナミーティングでのPANTAとの共演だった。大学時代、お世話になった先輩と同窓(福島高)で、亡き妹と同じ膠原病を発症したことを知り、親近感は増した。女性に多い病気だが、還暦を過ぎて発症したミチロウは、14年7月から8月にかけて50日間、入院する。病床で書き続けた49篇の詩を収録したのが「膠原病院」(アイノア刊)である。

 闘病記でもある本書で、ミチロウは死と向き合っている。「あからさま」では「とうとう寿命が尽きたんだ 自分はここまでだったのか あからさまになる日が 耳鳴りで聴こえない」と記している。死と向き合えばおのずと来し方――嘘、失敗、愚行の数々――が「牙をむく」。「墓場で」では「墓場がどんなに放射能に汚染されても 墓場が僕のふるさとだから」と絶望を綴っていた。

 「不治の病」では、「不治の病は気づかぬ内に 人間そのものが不治の病」と自分と日本社会を重ねていた。「不幸」では「ただ不幸を弄ぶことはできる 表現者ならそれぐらい開き直れ 不幸は表現の肥やしだぞ」と萎えそうな自分を叱咤する。ミチロウは退院後、病と闘いながら身を削っているのだ。

 キミと猫たちへの思いが綴られる〝愛の詩集〟という側面もある。「言いたいことは」の「二人の間には川がある ずぶ濡れになっても洩れる 同じ思いの川がある 今日は氾濫しそうだ」は、そのまま歌詞になりそうなフレーズだ。むろんミチロウらしく、自虐的、偽悪的で猥雑な表現もちりばめられている。

 「ヒロシマ 2014・8・6のフクシマ」では、「神様は試した どれだけ人間が愚かなのか (中略)僕らは試した 自分達の愚かさを 二度目は自爆した ヒロシマからフクシマへ 放射能の想いが通じた」と綴られている。反原子力の願いは「長崎原爆の日」にも込められていた。

 15階の病室から東京の下町を俯瞰しつつ、ミチロウは隅田川花火大会にインスパイアされ、東京大空襲に思いを馳せる。「10万人の人達の魂が 赤いホタルになって 帰ってきたんだきっと」と綴られた「赤いホタル」にミチロウの才能が迸っていた。
 
 仕事場への往復や喫茶店で読書しながら、しょぼしょぼさせた目が濡れていることがたびたびある。「膠原病院」、そして次に紹介する「苦界浄土」(石牟礼道子)が俺の心を潤してくれた。GWは京都に帰省する。妹の七回忌も営まれる。
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魔女が説くベーシックインカムの可能性

2018-04-24 23:08:46 | 社会、政治
 19日の放送(横浜対巨人戦)で声がかすれていたので心配していたが、衣笠祥雄さんが大腸がんで亡くなった。巨人ファンだった俺が10代後半、広島に〝浮気〟したのは、同郷でもある衣笠さんの存在が大きかった。フルスイングを貫き、何度も絶不調に陥りながら、そのたび復調する衣笠さんを応援していた。

 衣笠さんに惹かれたのは、〝影〟の部分だった。父はアフリカ系の米軍兵士で、子供の頃、差別されたこともあったはずだ。広島入団後も芽が出なかったが、根本陸夫、関根潤三、広岡達朗ら指導者に恵まれ成長する。記録では山本浩二に及ばないが、ジョーダンに対するロッドマン、武豊に対する藤田伸二のような記憶に残る存在感があった。〝不良の心〟がわかる衣笠さんと江夏豊との交遊は、「江夏の21球」に凝縮されている。

 心優しき鉄人かつ哲人でもあった衣笠さんの冥福を心から祈りたい。TBSチャンネルで横浜対広島戦を解説した牛島和彦氏は試合前、「きょうお会い出来ると思っていた。日本のロールモデルのような方」と評していた。タフな衣笠さんは「24時間戦える男」を象徴していたと思う。

 先週末、脱成長ミーティング第15回公開研究会「ベーシックインカムの意義と実現可能性を探る」(ピープルズ・プラン研究所)に足を運んだ。問題提起をされたのは堅田香緒里さん(法大社会学部准教授)で、サブタイトルの「魔女化に向けた序章」の意味は後半に明らかになる。

 当ミーティングでは質の高い議論が闘わされる。参加者のひとりは最近、有名私大の総長に就任された。一言居士の俺だが、大学教員、バンカー、官僚、市井の研究者の質疑応答を聞き入るしかない。「ベーシックインカム」、そして堅田さんについて知識がなかったのも俺ぐらいだったはずだ。

 だからというか、堅田さんの〝ギャル風佇まい〟に目を奪われる。「年(38歳)より若く見えるでしょう」と切り出し、来し方を語った。20代は多額の奨学金返済もあって超貧困で、バイトで配ったティッシュや道端の雑草を食べたという。自身の経験から反貧困の運動にも加わった。実践を踏まえ、社会保障とフェミニズムを研究し、ベーシックインカムが有効との結論に至る。

 ベーシックインカムとは<政府が全国民に最低限の生活に必要な現金を定期的に支給する>という制度だ。1970年代、カナダの自治体で実験的に導入され、フィンランドでは今年になって失業者対策として採用されたが、本格的に制度化したケースはない。ちなみに井出英策慶大教授は、ベーシックインカム(お金)ではなく、各種サービスや保障の充実を公平化の道程と考えている。

 導入の前提は格差の是正で、公正と平等が社会に浸透しない限り難しいという批判もある。ベーシックインカムだけでは不公平感は消えないから、法人税アップ、富裕層への支給制限を導入の条件と考える識者もいる。一方で安倍首相の懐刀、今井尚弥秘書官はベーシックインカムに前向きという。管理のツールとして、ベーシックインカムがマイナンバーとリンクする危険性も無視出来ない。 

 堅田さんは戦後日本の成り立ちを説明する。<福祉より環境より経済成長第一>は現在も日本のテーゼだ。自民党が1979年に発表した「日本型福祉社会」には、自主自助の精神を強調し、ナショナルミニマムに否定的だった。自己責任、福祉の効率化のための家庭という考え方は、40年後も変わらない。

 ジェンダー、フェミニズムに、軸は次第に移っていく。日本における女性の地位を、収入の格差だけではなく、賃金として支払われない家事(シャドーワーク)や感情労働という側面から切り取っていく。堅田さんは制度に組み込まれることに抵抗し、反禁欲を掲げる魔女になると宣言していた。シンプルな制度を希求する堅田さんは情念に満ちた研究者といえる。

 税制や社会保障がテーマになると、財源が議論になるが、堅田さんは「私たちは財務省ではない。気にしていたら前に進まない」と斬る。弱者切り捨てが進行しているが、その理由は<財源がない>。その一方で防衛費は増大し、高額な兵器をアメリカに買わされている。財源論は政府が国民を脅すための道具に用いられているのだろう。

 ここ数回、「脱成長ミーティング」に続けて参加している。そのたびに発見あり、驚きありで、自分の世界が広がっているような気がする。次回のテーマ候補は「都市問題」という。時間が合えば足を運びたい。
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「透明人間」&「プリ・クライム」~監視社会が民主主義を殺す

2018-04-21 12:12:06 | 社会、政治
 化学兵器禁止機関の調査が始まる前、アメリカはシリアを空爆した。アメリカの正義は実に胡散臭い。イラク戦争で用いた劣化ウラン弾で被曝した自国兵も補償しなかった。「ファルージャ~イラク戦争 日本人人質事件……そして」(13年、伊藤めぐみ監督)には、化学兵器もしくは劣化ウラン弾がもたらした惨状が映し出されている。

 先月末のイスラエル軍によるガザ虐殺について、国連安全保障理事会が調査を開始しようとした刹那、アメリカに阻止される。<アメリカ=イスラエル>、そして<ロシア=トルコ=イラン>の二つの〝悪の枢軸〟が中東で対峙しているように見える。

 仕事先の夕刊紙(⒘日付)に興味深い記事が掲載されていた。<シリアの緊張長期化→原油価格高騰>は、シェールガス・オイル革命を推進したいトランプ、原油輸出を経済再建の軸に据えるプーチンにとって、最高のシナリオと分析していた。表面の諍いに目を奪われがちだが、米ソが裏で〝握って〟いても不思議はない。

 自分たちが与り知らぬ力学で世界が回っていることを、2本のドキュメンタリー(BS1、ともに再放送)で実感した。前稿のタイトルは<供託金ゼロこそ民主主義のスタートライン>だったが、今稿は<監視社会が民主主義を殺す>。民主主義は危機に晒されている。

 まずは「透明人間になった私」(2015年、フランス)から。「NSAが世界中のインターネット上にアップされた内容をチェックし、通信を傍受している」……。このスノーデンの告発で、薄々感じていた恐怖が実体を持った。

 女性ジャーナリスト(本作のディレクター)、アレクサンドラ・ガンツは監視の網から逃れるため、透明人間(データのない人間)になることを試みる。自身のネット上の痕跡を削除するため様々な人々や機関の協力を得た彼女は、その過程で、グーグル、マイクロソフト、インターネットエクスプローラーが権力や企業と繋がっていることを知る。

 中国がグーグルを遮断した時、「自由への圧力」と世界中で非難された。岸博幸慶大教授(小泉政権で安全保障を担当)が「ニュースの深層」(10年)で指摘したグーグルの恐ろしさは、本作と通底している。電通で情報分析を担当していた知人も、「反原発、辺野古移設、戦争法といった〝危険ワード〟をヒットしづらくすることは十分可能」と話していた。

 SNSを交流のツールとして活用してきたアレクサンドラは、数カ月の実験で透明人間化に成功する。政治的メッセージの書き込みをやめ、「いいね」が嗜好や思想信条をチェックする材料になっているフェイスブックのアカウントを外す。各種カード類も破棄した。3年後の今、リバウンドしていないか興味がある。

 「プリ・クライム~総監視社会への警告~」(⒘年、ドイツ)も「1984」的社会を抉っていた。映画「マイノリティ・リポート」(02年、スティーヴン・スピルバーグ監督)に登場するプリ・クライム(犯罪予防局)が現実になったことをシカゴとロンドンでリポートしていた。

 シカゴ警察は大学と協力しヒートリスト(犯罪予備軍)を作成した。暴力事件を起こす可能性が高いとしてリストアップされた青年の親友は、銃撃されて亡くなった。確かに彼は賭博や薬物での逮捕歴はあるが、暴力的な傾向はない。ヒートリストの根拠になるアルゴリズムは公開されていないが、監視カメラ、カウンセリング歴、SNS、交遊関係、スマホのアプリも〝材料〟になっている。

 アメリカでは企業が保持する膨大なデータが、民主・共和両党、政府、警察に流れている。個人情報蓄積に〝貢献〟しているのは、「透明人間――」でも指摘されたグーグルやアップルで、人々は数値化されている。先端を行っているのは中国だという。

 シカゴ警察のヒートリストと同じ仕組みで運用されているのがロンドン警察のマトリックスだ。トットナムで暮らす青年が、危険人物としてリストアップされる。元警官によれば、ギャングと無関係な者もマトリックスに組み込まれているという。既に〝犯罪〟から〝政治〟に敷衍していることは言を俟たない。本作のディレクター、マシアス・ヒーターの厭世的なモノローグに共感を覚えた。

 世紀が変わった頃、ある有力政治家は「インターネットは決して自由へのツールにならない。遠からず権力や資本を持つ側に収斂される」と話していたという。予言は的中した。俺はどうタグ付けされているのだろう? <反権力志向の強いスキゾ的な怠け者。危険度1>といったところか。
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供託金ゼロこそ民主主義のスタートライン

2018-04-17 21:00:56 | 社会、政治
 先週は所用が立て込んだ。まずは、12日の第6回「春風亭一之輔 古今亭文菊二人会」(日本橋公会堂)から。一之輔は40歳、文菊は39歳……。ともに落語会を背負って立つ俊英だが、〝壊す〟一之輔、〝守る〟文菊と指向性は対照的だ。枕も一之輔が麻生財務相、文菊が大谷と、個性に合ったネタを選んでいた。

文菊「あくび指南」→一之輔「鮑のし」→一之輔「菎蒻問答」→文菊「子別れ」と高座は進む。一之輔は毒を吐きつつ弾け、文菊は女形のような妖しさを湛えている。ホール落語に集う噺家たちに、エリート意識や馴れ合いを感じることがあるが、この二人にはない。ライバルとして火花を散らしているのだろう。

 14日は横浜スタジアムに足を運んだ。雨が時折降る中、淡々と進み、ベイスターズが2-0で中日を破った。筒香とロペスのアベック弾、バリオスとジーの投げ合い、大和の再三の好守に魅せられたが、ミスも多かった。最たるものは楠本で、右飛で離塁し走塁死する。ラミレス監督は即二軍行きの決断を下した。

 7回表1死1塁、2点差を追う展開で打者ジー……。森監督は代打を送らず、犠打失敗で併殺になる。ありがたい采配ミスと感じた。ベイスターズは翌15日も快勝して8連勝になったが、相手がコケている気もする。〝何となく勝つ〟が強いチームも証しなのだが……。

 スモールベースボールも浸透し、若手の台頭で投打とも層が厚くなった。データと直感のラミレス監督、剛と和の筒香が機能しているが、今永、ウィーランド、石田が復帰した時の投手起用が火種にならないことを願う。

 柔らかいイベントに挟まれたが、東京地裁で13日、「供託金違憲訴訟」第7回裁判(宇都宮健児原告団弁護団長)を傍聴した。閉廷後、参院議員開会で開かれた報告会にも参加する。<供託金ゼロこそ民主主義のスタートライン>が集まった人たちの共通した思いだ。

 安倍首相夫妻の目に余る国家私物化、忖度する政治家と官僚たち……。さすがに噴出した国民の怒りは収まらず、総裁選3選は厳しい状況だ。だが、その先に希望は見えない。星野智幸は1999年から日本の右傾化に警鐘を鳴らしてきた。民主党政権を含め歴代の政権が敷いたレールを、安倍首相は爆走している。

 島田雅彦が「虚人の星」で描いたように、安倍後任と目される石破氏や岸田氏が小泉進次郎氏を前面に立てて選挙を戦ったら……。実権が安倍家から他の一族に移っただけで、〝貴族〟の支配の下、〝奴隷〟が従属する世の中は維持されるだろう。社会の仕組みは変える手段のひとつは、いきなり供託金ゼロは難しくとも、段階的に下げていくことだと思う。

 カナダで昨年、地方裁判所で供託金違憲判決が下り、政府もて控訴しなかった。これでOECD加盟35カ国中、23カ国で供託金が廃止された。残り12カ国のうち10カ国は10万円以下だ。これが民主主義国家のグローバルスタンダードだが、被告(国)は頑なだ。有象無象が立候補して選挙が混乱するというのが表向きの理由だが、1925年の普選法施行時と同様、貧困層が社会に進出することを恐れているのだろう。

 他の先進国では有象無象が立候補しても、いや、しているからこそ、民主主義は機能している。日本に欠けているのは〝自由の気風〟だ。国会前で拳を振り上げている人は、自分が属する職場やコミュニティーで理不尽や不条理に抗議しているだろうか。

 自分の考えを明確に伝え、軋轢が生じても対話で克服することが、民主主義の根幹だ。年収300万の人は、いかに社会を鋭く見据えていても立候補は不可能だ。その結果、貧困層、ハンデを抱えた人の声が政治に届かない。弱者切り捨ては当然の帰結なのだ。

 供託金に関心のある人は少ない。社会を公正かつ公平な形に変え、貴族制を崩壊させる第一歩であることを、微力ながら知らしめていきたい。供託金がゼロになった暁には、俺も有象無象のひとりになってみようかな、なんて妄想している。
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スポーツはアメリカを写す鏡?~XFL&クリーブランド

2018-04-13 12:07:27 | スポーツ
 ここ数日、スポーツ関連でビッグニュースが相次いだ。まずはハリルホリッチ解任から。代表の試合は見ていないから御託を並べようもないが、後任が〝上司〟西野朗技術委員長というのは不可解だ。ハリルは来日会見で、「〝試運転〟の結果でクビはおかしい」と主張するかもしれない。

 〝試運転〟で「高校生レベル」と酷評された大谷が、全米を震撼させている。<10勝、10本塁打達成はベーブ・ルース以来>と喧伝されているが、これは鵜呑みにできない。ボールが飛ばなかった1910年代、ホームラン王は10本前後。現在に換算すれば30~40本になるだろう。本人は至って冷静で、「いずれ壁にぶつかる。それを越えられるよう準備したい」と話していた。

 桜花賞でPOG指名馬アーモンドアイが圧勝した。次元が違う走りだったが、オークスを勝てる保証はない。未対戦のオールフォーラヴ、サトノワルキューレあたりが強敵とみている。ダノンプレミアムの皐月賞回避は残念だが、もう一頭の指名馬マイネルファンロンにとって雨予報は心強い。

 レッスルマニアで、中邑真輔とアスカの戴冠はならなかった。WWEから離れて久しいので最近の流れは知らないが、〝祭典で日本人王者〟というストーリーには無理があるのだろう。WWEといえばビンス・マクマホン会長が2001年以来になるXFL復活を発表し、全米の注目を集めている。

 スポーツはアメリカを写す鏡あることを端的に示す2本のドキュメンタリー(ESPN制作)をJスポーツで見た。まずはXFLを追ったドキュメンタリー「新リーグ設立の挑戦と失敗」から。

 <ハイスクール→カレッジ→NFL>のルートが確立され、漏れた〝鉱石〟を見つけるのは至難の業だが、ビンスは〝視聴率男〟ディック・エバーソル(NBC)と組んで冒険に打って出た。NFLと真逆の格闘性を追求したXFLだが、チアールの過剰な露出などで開幕当初から批判も多かった。

 第1週は高視聴率を叩き出したが、2週目に試練が待ち受けていた。シーズンを通して白眉とされるエクストリーム対エンフォーサーズ戦は、機材の故障とダブルオーバータイムで、NBCの看板番組「サタデー・ナイト・ライブ」のスタートを遅らせる。視聴率は3週以降、急降下し、撤退を余儀なくされた。

 WWEが潤沢な資金を誇るWCWを吸収合併したのは奇跡だったが、成功体験がビンスにとって仇になった。そもそも、NFLとXFLの差は決定的で、NPBと独立リーグ以上といえる。新XFLもNFLの下部組織、選手の供給源と割り切るしかないだろう。ちなみに、エクストリームQBトニー・マダックスはNFLに復帰し、スティーラーズで活躍した。

 XFLとは何だったのかと考えるうち、トランプ大統領の顔が浮かんできた。<質>はともかく、パブリシティーと過激な演出で<虚>を膨らませる手法はアメフトでは失敗したが、政治では勝利を収めた。そう、<XFL≒トランプ>だったのだ。11年前のレッスルマニアで、トランプはビンスとの代理対決「バトル・オブ・ザ・ミリオネアーズ」を制した。WWEで表現力を磨いたことも、大統領選勝利の理由のひとつだ思う。支持率は上昇気配で、現在は42%という。

 アメリカにおける地域性をテーマに据えたのが、「歓喜を信じた街 クリーブランド」だ。クリーブランドにはNFL、MLB、NBAが本拠を置いている。それぞれブラウンズ(4年の空白期間あり)、インディアンス、キャバリアーズだが、1964年にブラウンズがNFL王座(スーパーボウル創立以前)に就いて以来、チャンピオンシップと縁がなかった。

 クリーブランドは40万弱の規模だが、60年代まで全米で上位にランクされる都市だった。上記3チームの不振と軌を一にするように地盤沈下していく。とりわけ製造業の衰退が大きかった。栄冠に手が届いたと感じた刹那、するりと零れ落ちることが相次いだことで、クリーブランドは失意の街と見做されるようになる。それでも市民は、微かな希望を子供や孫に受け継いでいく。

 負のスパイラル、敗者の街の呪縛からクリーブランドを解き放ったのがレブロン・ジェームスだった。地元の高校からキャブスに入団し、救世主扱いされたものの、マイアミ・ヒートに移籍するや、裏切り者と罵声を浴びせられる。チャンピオンリングを2個獲得し、キャブスに復帰したレブロンは16~⒘シーズン、チームをファイナル制覇に導き、歓喜する市民の姿が映し出される。

 野球だけでも巨人→広島→近鉄→横浜と贔屓チームを変えている俺に、クリーブランド市民の気持ちが理解出来るはずもない。だが、高校スポーツだけは京都のチームを応援してしまう。俺も郷土と繋がっているようだ。
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「獄友」~秀逸なドキュメンタリーに初心が甦る

2018-04-09 23:21:04 | 映画、ドラマ
 学生時代、<日韓・狭山・三里塚>が〝政治活動学科〟の必修科目だった。初心が甦る映画「獄友(ごくとも)」(18年、金聖雄監督)を見た。冤罪で下獄し、千葉刑務所で友情を紡いだ5人の現在を描くドキュメンタリーだ。

 「布川事件」の桜井昌司さんと杉山卓男さん(2015年死去)は獄中29年を経て再審が開始され、無罪が確定して釈放される。「足利事件」の菅家利和さんは獄中で⒘年半を過ごした後、DNA再鑑定で無実が確定して釈放された。「袴田事件」の袴田巌さんは14年に再審が決定し、48年ぶりに釈放される。この4人の紐帯というべき「狭山事件」の石川一雄さんは獄中で31年過ごした後、1994年に仮釈放された。

 中山千夏、矢崎泰久両氏と終演後のトークセッションに加わった金監督によれば、<石川さんが99%、犯人と別人であることを示す筆跡鑑定>が提出されているという。冤罪の背景には差別による偏見があった。証拠の数々が捏造される経緯は、佐木隆三、鎌田慧らのドキュメンタリーだけでなく、各分野の専門家による考察で明らかになっている。

 70年代後半から80年代にかけ、石川さん解放を求め数万規模の集会が開かれていた。参加していた中山千夏氏は、「あの頃、石川青年と呼んでいたけど、お年を随分召されて」と我が身と重ねて話していた。ちなみに、リベラルや左派が結集した集会に共産党の姿はなく、シンパの松本清張も<石川さん犯人説>を唱えていた。

 冤罪をテーマに映画を撮り続ける金監督は、作品の対象以上の関係を石川さんと袴田さんとの間に築いてきた。石川さんを通じて桜井さん、杉山さん、菅家さんと知り合い、本作が完成する。獄友たちの信頼を得た金監督は、彼らの個性を余すところなく引き出している。

 〝殺人犯として獄中生活○○年〟と聞くと、恨み辛みが表情に滲み、周囲も身構えてしまう……。俺はそんな風に考えていたが、獄友たちの表情は柔和で、時に獄中生活をネタにブラックジョークを吐く。獄友たちの願いは、輪の中心にいる石川さんに、再審の扉が開くことである。

 袴田さんを除く4人が市民集会で壇上に立つシーンがあった。型破りの杉山さんは「刑務所に入っていなかったら、私はヤクザの幹部として殺されていたか、怯えていただろう」と〝場違い〟なコメントで笑いを取っていた。常に前向きな桜井さんは、獄中で無念の思いを綴った詩に曲をつけ、CDを出した。共謀罪の報道に「これは恐ろしい。いずれ我が身に返ってくることを与党議員はわかっているのか」と語気を強めていた。

 菅家さんは逮捕されるまで、常に孤独だったと語る。冤罪で囚われたことに怒りを覚えるが、結果として獄友たちと交遊できて幸いだったと真情を明かす。袴田さんの釈放直後の会見にショックを受けた。死と向き合うプレッシャーとの闘いに疲弊し、現実と遊離した世界に籠もっていたのだ。

 同じ棟で一時期、ともに過ごした石川さんにも突っ慳貪で、自宅にやって来た桜井さんを追い返そうとする。プロボクサーだった袴田さんには熱い血が流れているのか、獄中の大会で優勝するほど将棋が強い。金監督は訪ねるたび盤を挟んだが、75連敗を喫する。将棋は袴田さんにとって、他者と繋がるためのツールだった。

 本作が突き付けることは3点ある。第一は警察の面子にこだわる体質と無能さだ。東京で失踪した英国人女性ルーシー・ブラックマンを追い、「黒い迷宮」を著したリチャード・ロイド・バリーは、<犯罪に距離を置く多くの日本人が、警察の無能をカバーしてきた>と記していた。

 第二は刑務所の在り方だ。国の民主度を測る物差しが刑務所なら、日本は途上国以下といえるだろう。獄友たちの「あの頃、刑務所は楽しかった」という回想は意外だった。差し入れされた食料でドブロクを造っても、刑務官は見て見ぬふりをしていた。日本の刑務所、いや、社会全体は、21世紀になって不自由度さを増しているのだろう。

 第三は死刑制度だ。中山氏は長年、死刑廃止を訴えてきたが、戦争法に反対する人たちでさえ死刑に異を唱えないという悲しい国民感情がある。権力者に戦争する権利、人を殺す権利を委託してはいけないと主張した矢崎氏は、「私たちも獄友です」と客席に語り掛けていた。

 陣内直行プロデューサーは緑の党会員で、応援団や支援者の中に知った名前を幾つか見つけた。俺がようやく立ち返った初心を維持し続けている仲間がいることを誇らしく感じている。
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「カタストロフ・マニア」~島田雅彦が描く明るい崩壊

2018-04-05 21:48:04 | 読書
 金子勝慶大名誉教授は隔週火曜日、仕事先の夕刊紙に寄稿している。一昨日の論旨は<安倍首相は金正恩委員長に翻弄され、蚊帳の外に置かれた。外交の停滞は、国力の低下に起因している>……。経済学者ゆえアベノミクスの失敗を俎上に載せていたが、俺が〝国力の低下〟を危惧したのは40年前だった。

 1970年後半、嵐が去ったキャンバスで、臍曲がりの俺は政治活動に勤しんでいた。教室で署名を集めていたら、<趣旨には賛同するが、これが警察に回ったら就職出来ない>と複数の級友に拒否される。〝日本は緩やかに破滅する〟と直感した。

 拙くても自らの意思を明確にして議論するという〝通過儀礼〟を経なければ、個としても集団としても脆弱になり、世界と対峙出来ない。40年後、拠って立つ思想も矜持も持たない世代が実権を握れば国はどうなるか、今の日本が端的に示している。もちろん俺も、責任を負うひとりだ。

 日本文学は、60~70年代に劣らぬ活況を呈している。和の感性と美意識が滲んでいるカズオ・イシグロの作品も、日本文学に分類出来るだろう。社会と真摯に向き合うトップランナーの代表格は星野智幸で、アイデンティティーの浸潤、多様性の尊重をベースに、血肉化された言葉で重層的な伽藍を築いている。

 3・11と原発再稼働、秘密保護法や共謀罪への抗議の意思を作品に織り込む作家が増えた。爛熟期を支える島田雅彦の「カタストロフ・マニア」(⒘年、新潮社)を読了した。本作はこの1年、ブログで紹介してきた小説と共通点がある。

 阿部和重の「Deluxe Edition」(13年)、奥泉光の「ビビビ・ビ・バップ」(16年)、中村文則の「R帝国」(⒘年)、そして「カタストロフ・マニア」は、いずれも近未来を舞台にしたポリティカルフィクションで、不可視の支配への恐怖、集団化への忌避感、リアルとヴァーチャルの混淆、電脳とAIの進歩が前提になっている。

 「カタストロフ・マニア」の舞台は2036年。管理は進み、格差は拡大している。主人公のミロクは負け組を自任する20代のフリーターだ。「カタストロフ・マニア」というゲームに興じるうち、〝創造のための破滅〟がインプットされる。借金を返すため、高収入を求めて製薬会社の治験のバイトに応募したことで、ミロクの運命は一変した。

 冬眠状態から覚めた時、病院はもぬけの殻で、東京の街にも人の気配はない。彷徨ううち、事態がのみ込めてきた。新種ウイルスの蔓延によるパンデミックが発生し、都民は生き残るため地方に向かった。ミロクは老人たちが主導するコミュニティーで暮らすようになる。

 ライフライン制御するコンピューターの機能喪失で、文化的生活は送れなくなったが、ミロクは志を共有する人たちと幸せの新たな形を模索する。自然との調和、伝統への畏怖、スピリチュアルへの志向と、作品の端々に島田独自の文明論が織り込まれている。ミロクはなぜ感染を逃れているのか、国家権力はどこで息を潜めているのか、そして新たな支配者は……。謎は少しずつ解き明かされる。

 本作のキーワードは<宿命>と<叛乱>だ。ミロクにとって宿命の対象だったエオマイアとすずは、ラストで対極の価値を象徴することになる。「七人の侍」から命名された菊千代は、ネット空間を縦横無尽に闊歩する天才少年で、叛乱を体現する現代に甦ったスパルタカスだ。夢を失わなければ、崩壊は決して暗くない。本作に、島田の希望を感じた。

 俺の希望の星だったPOG指名馬ダノンプレミアムが挫跖で皐月賞を回避した。となれば、もう一頭に期待するしかない。桜花賞は⑬アーモンドアイを軸に、①ラッキーライラック、⑨リリーノーブル、⑯フィニフティを絡めて3連単を買う。
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パレスチナに思いを馳せつつ球春を楽しむ

2018-04-01 21:01:35 | スポーツ
 現在のイスラエルは南アフリカのアパルトヘイトと変わらない……。ツツ大主教やノーム・チョムスキーらの主張は掻き消されている。トランプ大統領のエルサレム首都宣言で後ろ盾を得たイスラエルは、ガザ地区の抗議活動を砲撃し、死者は15人、負傷者は1500人弱に達した。

 イスラエルの暴力の背景は、パレスチナ自治区の沖合にある油田だ。昨秋に来日したイスラエル「ハアレツ紙」のアミラ・ハス記者は<パレスチナに存在する分離壁は20世紀以降、世界で進行した不正義の象徴>と語っていたが、イスラエルは資源を巡り、自らが築いた壁の向こうに〝侵攻〟している。

 ハス記者は来日した際、福島、広島だけでなく、パレスチナと同じ地平に立つ沖縄を訪れた。ブログに<死語かもしれないが、連帯こそ世界を取り戻す唯一の手段>と記している。日本でも抗議集会が開催されるだろう。

 社会を変えようと活動している知人が多い。パレスチナに思いを馳せながら球春を楽しむ……なんて俺を許せない方もいるだろうから、彼らにこのブログを教えていない。「集会に来ないと思ったら、映画見てたんだ」ならまだしも、競馬場に居たことがバレたりしたら……。

 <ギャンブルは御法度>は、リベラルや左派にとって暗黙の了解事項だが、競馬をルーティンに組み込んでいる俺は、ドバイワールドカップデーの馬券も購入した。ドバイはサウジアラビア主導の連合軍の一員で、イエメン無差別空爆に与していることは承知の上で……。

 中高生の頃、ペナントレース開幕が待ち遠しかった。当時は巨人ファンで、阪神ファンの級友たちとの丁々発止が楽しかった。20代以降、ラグビー、海外サッカー、NFLと〝浮気〟したが、最近はスポーツ全般への興味が薄れた。贔屓チーム(DeNA)が出来たことで、少年時代のワクワク感が戻ってきた。

 セ・リーグの日本シリーズ出場チームを予想するなら、◎DeNA、○広島、▲巨人か。20代になってアンチに転向した俺は、上原復帰、澤村復活、岡本と吉川の台頭とプラスアルファがありそうな巨人が怖い。

 DeNAで気になるのは、ラミレス監督に耳目が集まり過ぎていること。選手全体の年俸が低いから、不振になると<俺たちはラミレスの玩具じゃない>という不満が負のスパイラルを生む可能性もあるが、モチベーターのラミレスと気配りの筒香のコンビが、危機を回避するだろう。

 開幕3連戦で大和と神里を起用し、京山が初先発初勝利を挙げた。先発陣では今永、ウィーランド、浜口が出遅れ、梶谷と捕手トリオの一角、高城も負傷中だ。4~5月を戦力に厚みを加える時期とみて、5割前後で乗り切れば、CS進出は間違いない。 

 センバツ高校野球はベスト4が出揃った。高校スポーツで郷里のチームに肩入れする方は多いはず。京都代表の乙訓は初出場で初戦突破と健闘し、次戦でも準決勝に進んだ三重相手に接戦を演じた。「なぜ?」と思い調べてみたら、スタッフ優秀さやバックアップ体制など強さの理由に納得した。

 日本映画専門チャンネルで放映された「第50回全国高校野球選手権大会 青春」(1968年、市川崑監督)を見た。上記の三重も出場し、準々決勝に進出している。市川は「ビルマの竪琴」(56年)、「野火」(59年)と戦争をテーマにした傑作を撮っている。本作に感じたのは<戦争の影>だった。

 戦時中のフィルムに残された行軍シーンや砲撃の轟音と、開会式の入場行進や号砲をカットバックしていた。練習光景も苦行のようで、高校野球の軍隊的体質を、市川は50年前に抉っている。クローズアップしていたのは返還前の沖縄だ。離島のチームが船で予選会場に向かう様子や、本大会で準決勝に進出した興南の活躍に時間を割いている。

 平安対大宮工戦が記憶の底から甦る。7回までパーフェクトに抑えられていた平安は8回裏に1点を先取したが、9回表に2点を奪われ逆転負けする。試合のシーンでは画面の分割、効果的な音楽の使い方など斬新な手法が用いられていた。

 スタンドの女子高生は今よりあどけなく、木製バット時代だから、外野の守備もかなり浅い。半世紀の時の流れを考えさせられるドキュメンタリーだった。
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