酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

思いの質量は不変?~「にごりえ」に感じたこと

2008-07-31 01:14:13 | 映画、ドラマ
 '08ベストバウトが決定した。WBAウエルター級タイトルマッチでマルガリートが無敗王者コットを11回TKOでストップする。香川照之は「10回か11回」と番狂わせを正確に見抜いていた。さすが名優と思わせる眼力である。

 さて、本題。俺も「とかく日本人は……」なんて一括りで論じたりするが、「無境界の人」(森巣博著)に自分の浅さを教えられた。自らを<非日本人>と定義する森巣氏は、凡百の日本人論を<差別と排除という道具を使用して行う集団的自慰行為>とこき下ろしていた。

 前置きと反するが、今回は「にごりえ」(今井正)をテーマにした日本人論だ。同作とは先日、30年ぶりにテレビで再会した。樋口一葉の「十三夜」、「大つごもり」、「にごりえ」をベースにした3話オムニバスで、明治中期の庶民の心情を描いている。

 「十三夜」は抒情に満ちた掌編だった。官吏の元に嫁いだおせき(丹阿弥谷津子)は、十三夜の月明かりの下、幼なじみの録之助(芥川也寸志)とほろ苦い再会を果たす。冷酷な夫に悩むおせき、おせきの結婚で心が荒み零落した録之助……。封建制が色濃い時代、秘めた思いが繋がることはなかった。

 ある商家の大みそかを描いたのが「大つごもり」だ。奉公人みね(久我美子)は叔父の苦境を救うため、ケチなご新造に借金を頼んだが、反故にされた。追い詰められたみねの行為は責められないが、結末に胸をなで下ろした。原作は覚えていないが、映画では放蕩息子の石之助(中谷昇)が機転を利かせてみねを助け、ついでに継母をギャフンといわせたと深読みできる。

 「にごりえ」のテーマは遊郭を舞台にした三角関係だ。自由恋愛が困難だった時代、遊郭は現在の風俗より遥かに大きい意味を持っていた。遊女が苦界から脱出するためには客の愛を得るしかない。売れっ子のお力(淡島千景)は朝之助(山村聡)と夫婦になることを夢見る。

 かつてお力の上客だった源七は、思いが募って身代を持ち崩し、妻子にも疎んじられている。客と遊女の情死は究極の愛の表現だったが、恋愛の原則は今も昔も<金の切れ目が縁の切れ目>だ。ルールに忠実だったお力と元祖ストーカーの源七は、現在の日本に置換可能な悲しい結末を迎える。

 原作発表は1895年前後、映画公開は1953年、そして現在は2008年……。若い世代はこの作品にいかなる感想を抱くだろうか。

 小説なら「李歐」、「萬蔵の場合」、「容疑者Xの献身」、映画なら「いつか読書する日」、「嫌われ松子の一生」……。ここ数年、琴線に触れた日本の作品を挙げてみた。共通するのは狂おしく秘めやかな愛である。心身ともに涸れた俺だが、無意識のうちに<愛の泉>を求めているのだろう。
 
 <形式は内容に先行する>という20世紀のテーゼ通り、伝達ツールの進化とともに、恋愛も装いを新たにしてきた。だが、<思い>の質量は不変のはずだ。いや、そう信じたい。



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「サイレント・ジョー」~炎暑の夜にミステリー

2008-07-28 00:09:11 | 読書
 キュアーとミューズを見るためフジロックに参戦してから1年がたつ。日帰りバスツアーに耐えた自分を、今更ながら褒めたくなる。

 ガン転移による忌野清志郎のキャンセル、ボランティアの転落死、音楽プロデューサーの逮捕(大麻所持)と、今年のフジは悪いことが続いた。それでも苗場は燃えただろうけど、東京もひたすら暑い。ぼんやりテレビを眺めていると、馬も高校球児も走っている。たいしたもんだと感心した。
 
 摂り過ぎた水分で、胃液だけでなく脳に回る血液まで薄くなる。食うは茶漬け、読むはミステリーだ。積読本から「サイレント・ジョー」(T・ジェファーソン・パーカー、早川書房)を選んだが、脂っぽさに胸がつかえた。

 本作の舞台は、ディズニーランドとエンゼルスタジアムで有名なカリフォルニア州オレンジ郡だ。共和党支持の富裕層が多い地域にヒスパニックが流入し、格差社会を形成している。

 主人公ジョー・トロナは刑務所に勤務しつつ、郡政委員の養父ウィルに協力する24歳の保安官補だ。ジョーは生後9カ月の時、実父に硫酸をかけられ、消えることのない傷を顔に負った。施設からウィル夫妻に引き取られ、文武両道の青年に成長する。“異形”であることはジョーを寡黙にするだけでなく、相手を威圧する手段にもなった。

 ジョーは誘拐事件の捜査中、人生の師でもあるウィルの命を奪われる。全米有数の資産家、公共の利益を無視する政治家と官僚、テレビ伝道師、人種ごとのギャング団らが蠢く街で、ジョーは復讐を誓いつつ事件の真相に迫っていく。
 
 本作はアメリカ民主主義の虚妄を背景に、愛すること、家族の絆、正義、闘う意味を問いかけるミステリーだ。パーカーの作品で本作同様、MWA賞(世界最高のミステリー賞)を受賞した「カリフォルニア・ガール」(ハヤカワ・ミステリ文庫)も併せて読むことにする。

 今日28日は冷蔵庫記念日という。冷蔵庫フル活用の日々が続き、だいぶ汚れてしまった。感謝の気持ちを込めて掃除しようかな。


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プロレスは虚実の皮膜にあり~森達也が読み解く悪役たち

2008-07-25 00:12:00 | スポーツ
 「愛しの悪役シリーズ~昭和裏街道ブルース」(NHK教育、4回)を見た。映像と言葉で社会に斬り込む森達也氏がコメンテーターを務めていた。

 ”卑劣なジャップ”グレート東郷、”銀髪鬼”フレッド・ブラッシー、“人間山脈”アンドレ・ザ・ジャイアント、“原爆頭突き”大木金太郎が、森氏が選んだ悪役だった。

 相反する価値を一瞬で反転させるプロレスに、森氏は子供の頃から魅せられてきた。グレート東郷について評伝(岩波書店刊)も著しているが、調べれば調べるほど故井上義啓氏(週刊ファイト元編集長)の至言、<プロレスとは底が丸見えの底なし沼>を痛感したという。

 出生地、生年月日には諸説あり、日系アメリカ人説と母親中国人説は、「大山倍達正伝」(新潮社)の「東郷先生は韓国の人」(大山の述懐)で引っくり返った。朝鮮半島出身の大山は、東郷とタッグを組んでアメリカを巡業している。

 戦後日本の希望の星だった力道山、日本人の恥として罵声を浴びたグレート東郷……。両者が日本人でないとしたら凄まじいフェイクだが、そもそも国家自体がフェイクではなかろうか……。森氏は見る者にこう問いかける。近松門左衛門の<芸術は虚実の皮膜にあり>を引用し、芸術をプロレスに置き換えて体現したのが他ならぬ東郷と論じていた。

 大木金太郎(本名=金一)も日本のアジア侵略を抜きに語れない。大木は妻子を捨て、密入国で日本に渡る。日本人に偽装し、原爆頭突きで名を上げたが、力道山の急死(63年)で暗転する。日本プロレス幹部の差別的言辞に憤り、主戦場を祖国韓国に移した。

 3万発の頭突きは大木自身をも穿ち、脳血管疾患に苦しんだ(06年に死去)。不仲が伝えられた家族の証言を得るため故郷(居金島)を訪ねた森氏は、絆の修復に安堵する。「大木金太郎はリング内より外でギミックを用いた人」と番組を結んだ。

 フレッド・ブラッシーの武器は噛み付きだった。東郷と演じた流血戦に、テレビ桟敷の老人たちが相次いでショック死する。三耶子夫人や母の前では優しく寡黙だったが、挑発的な自伝を発表するなど、死ぬまで悪役を貫いた。

 ブラッシーはマネジャーとしても大成功を収める。ピーター・メイビア(ロックの祖父)、ボルコフ、シークらを育て、ホーガンやハンセンにも助言を与えていた。番組では、若き日のビンス・マクマホンの横で毒舌を吐くブラッシーの映像が流れていた。

 アンドレはギミック無用の巨人だった。親交が深かったミスター高橋(元レフェリー)の証言が、孤独な素顔を浮き彫りにする。森氏は<結界>をキーワードに、アンドレの心の内に迫っていた。

 プロレスの起源は見世物(カーニバルレスリング)だ。見る者(世間)と見られる者(異形)を隔てるのは<結界>で、動物園なら檻、プロレスならロープということになる。異形ゆえリングを下りても解放されなかったアンドレは、アルコールに安息を求める。大ジョッキ89杯を平らげても酔うことなく、翌朝まで飲み続けたという。

 アンドレはカタルシスを得られないままカタルシスを求めたレスラーと森氏は語る。アンドレは遺書で自らを火葬に付すことを求めた。肉体が消えれば結界から自由になれる……。森氏は遺言に込められた思いをこのように推測していた。

 プロレスは矛盾を抱える人間社会の映し絵で、<虚>であるからこそ<実>を現すこともがある……。これが森氏のプロレス論の肝だろう。オール・オア・ナッシングの単純思考が蔓延する日本は、プロレスにとって居心地の悪い場所になりつつある。











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大銀座落語祭~話芸に心和んだ日

2008-07-22 00:08:50 | カルチャー
 予告通り先日(19日)足を運んだ大銀座落語祭の感想を記すことにする。

 誘ってくれたT君(サラリーマン時代の後輩)の的を射た解説も、鑑賞の大きな助けになった。ラインアップは下記の通りで、両会場には幅広い年齢層が詰め掛けていた。

□午後の部(博品館劇場)=柳家甚語楼、柳家権太楼、笑福亭風喬、古今亭志ん橋、柳家小里ん、笑福亭松喬
□夜の部(銀座ブロッサム中央会館)=柳家花緑VS渡辺正行・ラサール石井・小宮孝泰の会、清水ミチコ、春風亭昇太

 午後の部のT君の一押しは柳家権太楼で、演目は「幕末太陽傳」(57年、川島雄三)のベースになった「居残り佐平次」だった。アドリブと独自の解釈を織り込んだテンポ良い長講に、笑いが途切れることはなかった。

 午後の部の演者は、一括りにすると伝統話芸の継承たちだった。笑福亭松喬が上方と江戸の違いを、枕の部分で説明してくれる。見台、小拍子の使用やお囃子は、上方落語独特のスタイルらしい、

 夜の部は大張り切りの赤信号がコントまで披露したこともあり、時間との戦いになる。小宮が「相棒シーズンⅠ」で噺家を演じていたことを思い出した。

 清水ミチコの批判精神や時事ネタへの早い反応に感心した。ピアノの弾き語りで「ヤスハ、ヤスハ」と歌い出すと、春風亭小朝が袖から登場し、会場がドッと沸く。<カメレオンウーマン>は実生活でもTPOに応じて、桃井かおり風、大竹しのぶ風とキャラを変えているのだろうか。

 柳家花緑と春風亭昇太は時間短縮にもめげず、センスを感じさせる話芸を披露した。空気を読む力、切れ味、スピード感は抜群で、機会を改めじっくり聴きたいと思ったが、チケット入手は容易ではないという。ブームの実相を遅まきながら知ることになった。

 プログラムに掲載されていなかったギタレレ漫談のぴろきは、まさに拾い物だった。押せ押せのため、休憩中に現れた昇太の絶賛を受ける形での登場となる。俺も冴えない男ゆえ、その芸風に強いシンパシーを覚えた。ぜひブレークしてほしい芸人だ。

 能天気な俺でさえ、鬱々たる気分になることもある。そんな時は志ん生ら名人のCDで心を和ませてきたが、生落語の味わいは格別だった。閉塞感に覆われた現在の日本で、落語は清涼剤の役割を果たしているのだろう。

 大銀座落語祭は今回がファイナルになるという。来年もう一度と思ったのに残念でならない。


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あまりにユニークな父の思い出

2008-07-20 01:31:20 | 戯れ言
 前回のテーマは将棋だった。羽生新名人の勢いは止まらず、佐藤から棋聖を奪い4冠目を獲得する。棋神復活といったところか。

 昨日(19日)はサラリーマン時代の後輩に誘われ、大銀座落語祭に足を運んだ。詳細は次回に記すことにする。

 落語に登場しても不思議はないユニークな人間といえば、今日20日が誕生日の亡き父だ。ハイテンションの”歩く火薬庫”で、上司や関連官庁にも遠慮なく爆発する。父からの電話に居留守を使う者が続出したという。

 12年前の父の葬儀で、公務員時代の驚くべき逸話を聞かされた。上層部の勘気に触れ、父は閑職に追いやられた。「相棒」でいえば特命係といったところか。無聊の父は工具を手に中庭に現れると、同僚の求めに応じてベビーベッドや本棚を作り始めた。間もなく元の部署に戻された父は、奇人としての雷名を古都に轟かせることになった(少しオーバーかな)。

 父の志向がアンビバレンツに引き裂かれていることを、子供の頃から感じていた。教育者、官僚、法曹界に敬意を抱いていた父だが、その資質は明らかに自由人、アウトローだった。結婚前に多額の借金を背負うなど問題行動に事欠かぬ父は、俺にとって最高の反面教師でもあった。

 碁敵の叔父たちによると、父の打ち筋は無手勝流だったらしい。将棋でも定跡無視でひたすら攻め、切れたら「もう一局」と駒を並べていた。人生でもゲームでも、父は型にはまることを本能で拒否していた。

 <自分を超えた金や地位を手にするな>が、父の事実上の遺言だった。地価高騰からバブル崩壊に至る狂騒の数年間、司法書士として人々の浮き沈みを目の当たりにした父の言葉ゆえ、大いなる説得力があった。

 母も父に劣らぬ強烈な個性の持ち主で、夫婦喧嘩はヘビー級タイトルマッチ並みの迫力だった。母に「悪妻」などと毒づいた父だが、外ではノロけていたというから不思議なものだ。母に安らかな老後をもたらすなど家族のために粉骨砕身し、休む暇なく召されたのが父の一生だった。

 感情移入が激しい父は、恩情や友誼が等身大で返ってくることを求めていた。「義と情で動く人間なんていない。他人に怒ったってしょうがないよ」……。生前の父にこう直言したかったが、俺が<真理>に気付いたのは最近のことである。生命力、勘、社交性とあらゆる点で父に及ばぬ俺だが、<達観>だけは先んじることができた。

 俺は不肖のボンクラ息子で期待を裏切り続けたが、父には目を掛けた”もう一人の息子”がいた。即ち俺の従兄弟である。彼の晴れ姿(参院選当選)をあの世で祝福したに違いない。

 土用入りの頃に生まれたせいか、父はウナギが好物だった。馬券が的中したら、ウナギでも食おうかな。中国産だって構わないから。ちなみに父は若い頃、競馬会に気前良く寄付したらしい。博才のなさは、そのまま俺が受け継いでいる。


 <追記>当稿を読んだ母から、誤解を招き兼ねない点の指摘あり。夫婦喧嘩は言葉のボクシングで、叩く殴るは一切なかった。父が卓袱台を蹴って足の指を骨折し、泣き顔で蹲ったシーンは鮮明に覚えている。
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プロフェッショナルの意味~羽生と森内が示したもの

2008-07-17 00:17:33 | カルチャー
 「プロフェッショナル仕事の流儀」(15日、NHK総合)のテーマは、森内俊之と羽生善治が熱闘を繰り広げた名人戦だった。2人は10歳の頃から四半世紀、しのぎを削ってきたライバルである。

 7冠制覇、女優との結婚と、知名度では羽生が圧倒している。タイトル獲得69期、優勝32回も森内の同8期、12回を凌駕しているが、最高峰の名人位だけは例外だった。森内は昨年、通算5期獲得で永世位(18世)の称号を得る。羽生(通算4期)にとって今回の名人戦は、第一人者の意地を懸けた戦いだった。

 第3局の歴史的逆転負けを含め、敗者森内の語り口は率直だった。羽生への劣等感に苛まれ、ギャンブルや酒に逃避した時期もあったと告白している。形(定跡)にこだわらず感覚重視にシフトチェンジしたことが、浮上のきっかけになったという。

 絶対王者だった羽生は03~04年にかけて竜王、王将、名人を森内に奪われ、1冠に追い詰められた。還暦を過ぎた先輩棋士が勝負に没頭する姿を目の当たりにしたことが、迷いを克服するきっかけになったと語っていた。羽生は日々、生涯懸けて自分の将棋を作ることを肝に銘じて戦っている。

 ホストの茂木健一郎氏(脳科学者)は、この番組をきっかけに将棋と脳について本を著すかもしれない。茂木氏は最後に、「プロフェッショナルとは何か」と両者に問う。森内は「現状に満足せず、さらなる高みを目指すこと」、羽生は「24時間、365日、プロ意識を持ち続けること」と答えていた。

 羽生と森内だけでなく、同世代の佐藤康光2冠も忘れてならない存在だ。佐藤はここ数年、クリエイティブな差し回しと常識破りの新手で棋界を牽引している。羽生世代、畏るべしだ。

 将棋は表現者にとって恰好の素材で、映画、小説、漫画、ドラマ、ノンフィクションに繰り返し取り上げられてきた。お薦めは「真剣師小池重明」(団鬼六、幻冬舎文庫)と「聖の青春」(大崎善生、講談社文庫)だ。

 「真剣師小池重明」は”新宿の殺し屋”と謳われたアウトローの伝記で、著者の団氏は小池の後見人でもあった。「聖の青春」は<東の羽生、西の村山>と並び称されながら夭折した村山聖9段(追贈)のピュアな人生を追っている。ともに将棋の魅力――奥深さ、魔性、格闘性――を余すところなく伝える名著である。

 今週土曜で「ハチワンダイバー」(フジテレビ)が最終回を迎える。菅田にプロ再チャレンジの道が開けるのか、そよとの恋はハッピーエンドを迎えるのか、結末を楽しみにしている。


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「ダーウィンの悪夢」で思い知る罪

2008-07-14 01:17:00 | 映画、ドラマ
 ダーウィンが提示した自然選択(淘汰)説は、資本主義を補強する<社会ダーウィニズム>に歪曲され、21世紀を闊歩している。今回紹介する「ダーウィンの悪夢」(05年)は、タンザニアの厳しい現状に迫るドキュメンタリーだ。

 第2の都市ムワンザで、住民たちは貧困とエイズ禍に喘いでいる。かつて「ダーウィンの箱庭」と呼ばれたヴィクトリア湖の豊かな生態系は、何者かが放流した肉食魚ナイルパーチによって崩壊した。皮肉なことに、繁殖したパーチが魚加工という産業をもたらすことになる。

 在タンザニア委員会(EU)は<双頭の良心>を発揮する。環境保護の観点からパーチ駆除を訴えつつ、加工工場立ち上げを援助している。パーチの切り身はロシア人パイロットが操縦する飛行機で欧州に運ばれ、日々200万が口にする。日本への輸出分は、スズキとして回転寿司のコンベアを泳いでいる。廃棄されたパーチの頭や尾は油で揚げられ、タンザニアの人々の食べ物になる。

 地雷で足を失くしたストリートチルドレン、10㌦で外国人に体を売るエリザの末路、積載過剰で墜落した飛行機、戦争こそ上昇の機会と話す警備員、飢饉報道を否定する政府……。本作はタンザニアの知られざる断面を抉っていく。

 小さな村でも年に100人前後が貧困やエイズで死んでいくが、神の意志に反するとして牧師はコンドーム使用を認めない。果たして神の耳に届いているのか、賛美歌や説教が虚しく響いた。 

 ムワンザが武器輸送のサンクチュアリであることが、進行とともに明らかになる。ヨーロッパから武器弾薬をアフリカ各地に届けた後、ムワンザ空港に寄ってパーチを積み込むパターンが確立しているようだ。

 <ジャングルの掟>を遂行する先進国に苦言を呈する漁師……。アフリカに武器を売るのも国連を支配して援助するのも同じビジネスと、ヨーロッパを告発するジャーナリスト……。「クリスマスの日、アンゴラの子供に武器を、ヨーロッパの子供にブドウをプレゼントした」と回想するロシア人パイロット……。

 彼らの証言に心を揺さぶられると同時に、自身の罪に思い至る。前々稿「罪人たちの洞爺湖サミット」で先進国首脳を揶揄したが、回転寿司でスズキを頬張る俺もまた、非情の構造に組み込まれた一人なのだ。

 知ること、そして悔いることでおこった種火も、絶望と諦めによって消されている……。そんなことを限りなく繰り返してきた。無為こそが恐らく、俺にとって最大の罪だと思う。



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50年後の未来~進歩の恩恵に与るのは誰?

2008-07-11 00:12:00 | 社会、政治
 2050年までに温室効果ガスを50%削減する長期目標を設定し、洞爺湖サミットが閉幕した。

 42年後なんて予測不能だが、NHK衛星1で再放送された「50年後の未来」(ドイツZDF=07年)で半世紀後の世界を疑似体験する。医療、電脳都市、エネルギーをテーマに各分野のトップランナーが協力し、ミチオ・カク教授(理論物理学者)が進行役を務めていた。

 都市を一括管理するコンピューター、健康をチェックするチップ内臓服、パイロットがいない飛行機、高機能の人工臓器、脊椎損傷を補う技術、公認されたクローン人間、フォログラフィーで作った知的ペット、顔認識監視システム、瞬間ヒゲそり器、宇宙エレベーター……。

 最初の2回ではバラ色の未来が提示されたが、最終回「世界の命運を握る新エネルギー開発」で、カク教授の歯切れが悪くなる。教授自身、エネルギー危機を克服する方策に確信を持てないからだ。ドラマ仕立てのSFドキュメンタリーでは、太陽電池実用化に成功し、大国のエゴを砕く米中の科学者が描かれていた。

 人工太陽、メタンハイドレートも代替エネルギーとして紹介されたが、ともに一長一短あり、軸に据えるのは無理がある。太陽エネルギーを効率良く利用できれば石油枯渇分を余裕で補えるが、越えるべきハードルは高いという。

 バイオガス、バイオマス、風力発電、地熱利用の研究も進んでいるが、洞爺湖サミットで原発が急浮上した。ブッシュ大統領はCO2を排出しないことを理由に、原発推進を主張している。この展開を危惧していた広瀬隆氏は、海水温を数度上げる原発こそ温暖化の大きな要因と講演会で指摘していた。

 CO2排出に警鐘を鳴らしたゴア氏に資金を提供しているのは、原発利権を独占するロスチャイド系財団だ。大統領選で接戦を演じたブッシュ、ゴア両氏だが、今では原発セールスマンとして歩調を合わせている。

 「50年後の未来」3回シリーズを見て、しばし俺は考えた。半世紀後の日本で、進歩の恩恵に与るのは誰だろう? <多民族共生国家>に舵を切ることで少子高齢化に歯止めを掛けていると信じたいが、格差のさらなる拡大は間違いない。

 A=快適な暮らしを楽しむ上流、B=現状(08年)の利便さを維持する中流、C=50年前のレベルに転落した下流……。日本人は半世紀後、三つの層に分化しているのではないか。

 俺はその頃、覚めない眠りに沈んでいる。人ごとのように言うのは申し訳ないが、若者や子供のいる人には息を抜けない日々が続きそうだ。頑張って!

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罪人たちの洞爺湖サミット

2008-07-08 00:18:28 | 社会、政治
 指定暴力団の組長が一堂に会したなんて記事に、眉をしかめる良識派は多いだろう。親分衆の懇談より質が悪いイベントがあるとすれば、サミット以外に思いつかない。

 環境破壊、アフリカの困窮、原油と食料の価格高騰に貢献大の者たちが洞爺湖に勢ぞろいした。サミットとは重罪人が検察官に成り変わる仮装パーティーなのだろう。

 別稿(4月27日)に記した通り、ゴアはアフリカのエイズ患者を見殺しにし、排出権取引を提唱して環境を金儲けの具にした。聖人とは程遠い御仁だが、サミットに集う各国首脳も似たり寄ったりだ。

 <資本主義は様々な矛盾に対応し、柔軟に変容を遂げてきた>……。御用学者はしたり顔で解説するが、新自由主義導入以降、弱肉強食が世界に蔓延した。資本主義が人間の仮面――倫理、理性、良心――を脱ぎ捨てた以上、反グローバリズムこそが変革への道標だ。

 「報道ステーション」は先日、バイオガス利用に取り組むスウェーデンを紹介していた。バイオガスは次世代エネルギーの一つで、廃棄物、汚水といった<負の生産物>を発酵させることで生じる。社民主義が浸透した小国(人口900万)だからこそ、しがらみ(利権)を拒み、量から質への動機付けを徹底できるのだろう。

 スウェーデンの試みは日本にもヒントになる。自然環境、人口密度、産業など、条件は自治体ごとに異なる。小さな行政単位が独自の案を打ち出し、成果を積み重ねることが、国全体としての環境保護に繋がるのではないか。

 数万のデモ隊がサミットお約束の光景だが、今回は警備ばかりが目立った。<自由からの逃走>が顕著な日本で、抗議の声を上げた人たちに敬意を表したい。あなたたちのおかげで、日本は”先進国”としての面子を保つことができたのだから……。

 体を張って民主主義を勝ち取った韓国は、民衆が主役という気概に溢れている。米国産牛肉輸入反対運動の導火線になったのは、小学生を含めた10代の若者だった。 中国では少女の死をめぐり、大規模の抗議運動が起きた。貧困を看過し、腐敗を粛正しない政府への不満が爆発したのだろう。弾圧を恐れぬ中国民衆の勇気に心を揺さぶられた。

 俺自身も含めて日本人は、怒り、義憤、正義感、不安といった真っ当な感情を形にする術を失ってしまった。精神の閉塞化と格差拡大が同時進行する日本は、もはや先進国ではない……。そんな思いを強くしたサミット初日だった。



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THE WHO来日~過去との再会を夢見て

2008-07-05 00:49:38 | 音楽
 ザ・フーの武道館公演(11月17日)をプレオーダーした。申し込みが殺到しているようで、日本で冷遇されてきたバンドの人気が沸騰したようだ。

 フーと知らず曲に接している人も多い。全米NO・1視聴率を誇る怪物番組「CSI科学捜査班」とスピンオフ(マイアミ&NY)は、テーマ曲をフーで統一している。フーはアメリカ北東部で絶大の人気を誇り、当地(NYやボストン)から中継されるスポーツイベントでは、彼らの曲が頻繁に流れている。ニューヨーカーのスパイク・リーは「サマー・オブ・サム」(99年)で、フーへの過剰な思いを表現していた。

 T・S・エリオットの影響を受けたピート・タウンゼントの内省的な詩と、破壊衝動に満ちたパフォーマンス……。矛盾とアンビバレンツをエンジンに、フーはロック界を牽引してきた。ポール・ウェラー(元ジャム)、エディ・ヴェダー(パール・ジャム)、ノエル・ギャラガー(オアシス)ら、フーに敬意を抱くロッカーは数え切れない。

 2枚のアルバムが映画化されたという事実が、フーの知性を証明している。疎外をテーマにした「トミー」は、映画(75年)だけでなくブロードウェイの定番になった。「四重人格」を基に制作された「さらば青春の光」(79年)はモッズムーブメントに迫った青春映画の金字塔だ。パンク世代からも熱狂的に迎えられ、「ゴッドファーザー・オブ・パンク」の称号を得た。

 キース・ムーン(ドラマー)は78年、ジョン・エントウィッスル(ベーシスト)は02年にそれぞれ召された。ピート・タウンゼントとロジャー・ダルトリーは、葛藤と恩讐の40年を生き残る。<ピート=絶対に超えられない父>、<ロジャー=永遠に反抗する息子>の位置付けは、還暦を過ぎても変わらない。

 フー初心者で日本ツアーに参加される方には、ベスト盤「アルティメイト・コレクション」(2枚組)を薦めたい。初期のメロディアスなポップチューンからライブの定番まで、代表曲が収められている。レアな映像も収録されたドキュメンタリーの「キッズ・アー・オーライト」(79年)が恰好の入門編で、在りし日のキースの存在感に圧倒されるに違いない。

 武道館のチケット入手は無理っぱいが、さいたまスーパーアリーナにシフトして過去との再会を果たしたい。俺の青春の悶々は<パンク~UKニューウェーヴ>に彩られているが、底を穿てばフーに行き着く。会場で涙ポロポロの中年男がいたら、それはきっと俺だろう。

 フーと同じく、全世界で支持されながら日本で盛り上がらないバンドといえば、キュアーしかない。今回フーは四つの大会場を満杯にするはずで、キュアー人気がいきなり爆発しても不思議はない。単独公演を心待ちにしている。


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