天皇賞は前期POG指名馬フェノーメノが快勝し、初のGⅠをゲットする。レース直後、アドマイヤラクティ騎乗の岩田が蛯名を祝福していたのも印象的だった。岩田はフェノーメノの主戦だったが、2度の凡走もあり、蛯名に乗り替わる。ダービーではディープブリランテに騎乗した岩田が、フェノーメノを鼻差抑えた。経緯を抱えた名ジョッキーたちの胸に去来していたのは,いかなる思いか。
昨夜見た「TPP特集」(NHK)に説得力を感じなかったが、おぼろげにわかってきたのは、TPPが決して<もの>だけの問題ではないこと。アメリカ的<制度>が普通になり、ボーダレスに<人>が行き来するようになるだろう。TPP参加に反対だが、移民受け入れには賛成と、俺の中でねじれが生じている。
先日、「虚実亭日乗」(森達也著/紀伊國屋書店)を読了した。主人公の緑川南京≒著者の森で、帯に〝フェイクドキュメンタリー〟と記されている通り、作者の日常と心情が投影された作品だ。TVディレクターとしてキャリアをスタートした森は、オウム関連のドキュメンタリー映画の監督を経て、現在は作家として活動している。
俺と同じ1956年生まれで、共通体験も多い。学校から帰った後、宵寝し、深夜放送に備えるという生活パターンも10代の俺そのものだ。メディアで幅を利かす全共闘世代は世渡り上手が多いが、俺と森は一つ下の<迷える世代>に属している。思いは曖昧に揺れ、割り切れないのが特徴だ。
偽悪的でユーモアたっぷりの語り口で、森は自身のピンボケぶり、他者とのズレ、才覚のなさを語っている。方向音痴、人の話を聞かない点も俺とそっくりで、やたら親近感を覚える。同年齢のサラリーマンと変わらぬ収入というのは本当だろうか。
内容は多岐に渡るので、ポイントを絞って記したい。本作のメーンテーマは<日本人とは何か>ではないか。内からだけではなく、外からも日本を見据えている。ピースボートのツアーでヨルダンを訪れ、アラブ風ディスカッションに参加した後、南京は次のような感想を洩らしていた。
日本人は場に従う。共同体内部における同調圧力に逆らえない。(中略)日本における「空気を読む」は、「読む」だけでなく「染まる」ことが強要される……
同行していた池上彰と南京に、スタッフがクイズを出す。「タイタニックが沈む寸前、男たちが海面に飛び降り、救命ボートまで泳ぐことを乗組員は願う。国別の説得マニュアルがあるが、日本人には何と言うか」……。池上と南京は同時に答えた。「みなさん、飛び込んでますよ」と。本作には池上だけでなく、森と交遊がある文化人が数多く登場する。
ニューヨークで取材した「デモクラシー・ナウ!」のエイミー・グッドマンも、<所属する共同体の規範やルールに従おうとする傾向がとても強い。美徳かもしれないけど、時と場合によってはとても危険なこと」と日本人について語っていた。森は少数の側から異論を突き付けるという方法で、常に一石を投じてきた。代表作「死刑」は別稿で紹介したが、本作でも死刑について多くのページを割いている。
死刑存置派の前提は、<治安の悪化と凶悪犯罪の増加>だが、警察発表を信じる限り殺人事件は減少している。<死刑が凶悪犯罪の歯止めになる>という考え方も、統計を見る限り根拠はない。南京は死刑廃止を正しいと確信するが、被害者家族の心情も慮り、廃止の立場で収入を得ていることに後ろめたさを覚えている。日本が死刑廃止という先進国のスタンダードを取り入れる条件は、上記の〝タイタニック・ジョーク〟ではないが、アメリカが国を挙げて廃止に舵を切ることと想定している。
興味深かったのはノルウェーでの取材だ。当地の開放的な刑務所は日本と全く雰囲気が異なるが、南京が驚いたのは過渡期住宅の存在だ。刑期を終えたばかりの人が市民と同じアパートで生活している。日本なら反対の声が上がり、メディアも押し寄せるだろう。ノルウェー社会の成熟に南京は感心するが、取材から2年後、銃乱射事件で77人が犠牲になった。寛容と自由が根付いていても、狂気と暴力の芽を摘むことは不可能なのだ。
森と俺の共通点の一つはプロレス好きだ。森は自ら企画した「愛しの悪役シリーズ~昭和裏街道ブルース」(NHK、全4回)で、<プロレスは虚実の皮膜にあり>と論じていた。番組制作の裏話も本作で明かされている。多くの点で俺の視点と感性は森に近い。以前に読んだ小説「東京スタンビート」(08年)についても、機会があれば紹介したい。
昨夜見た「TPP特集」(NHK)に説得力を感じなかったが、おぼろげにわかってきたのは、TPPが決して<もの>だけの問題ではないこと。アメリカ的<制度>が普通になり、ボーダレスに<人>が行き来するようになるだろう。TPP参加に反対だが、移民受け入れには賛成と、俺の中でねじれが生じている。
先日、「虚実亭日乗」(森達也著/紀伊國屋書店)を読了した。主人公の緑川南京≒著者の森で、帯に〝フェイクドキュメンタリー〟と記されている通り、作者の日常と心情が投影された作品だ。TVディレクターとしてキャリアをスタートした森は、オウム関連のドキュメンタリー映画の監督を経て、現在は作家として活動している。
俺と同じ1956年生まれで、共通体験も多い。学校から帰った後、宵寝し、深夜放送に備えるという生活パターンも10代の俺そのものだ。メディアで幅を利かす全共闘世代は世渡り上手が多いが、俺と森は一つ下の<迷える世代>に属している。思いは曖昧に揺れ、割り切れないのが特徴だ。
偽悪的でユーモアたっぷりの語り口で、森は自身のピンボケぶり、他者とのズレ、才覚のなさを語っている。方向音痴、人の話を聞かない点も俺とそっくりで、やたら親近感を覚える。同年齢のサラリーマンと変わらぬ収入というのは本当だろうか。
内容は多岐に渡るので、ポイントを絞って記したい。本作のメーンテーマは<日本人とは何か>ではないか。内からだけではなく、外からも日本を見据えている。ピースボートのツアーでヨルダンを訪れ、アラブ風ディスカッションに参加した後、南京は次のような感想を洩らしていた。
日本人は場に従う。共同体内部における同調圧力に逆らえない。(中略)日本における「空気を読む」は、「読む」だけでなく「染まる」ことが強要される……
同行していた池上彰と南京に、スタッフがクイズを出す。「タイタニックが沈む寸前、男たちが海面に飛び降り、救命ボートまで泳ぐことを乗組員は願う。国別の説得マニュアルがあるが、日本人には何と言うか」……。池上と南京は同時に答えた。「みなさん、飛び込んでますよ」と。本作には池上だけでなく、森と交遊がある文化人が数多く登場する。
ニューヨークで取材した「デモクラシー・ナウ!」のエイミー・グッドマンも、<所属する共同体の規範やルールに従おうとする傾向がとても強い。美徳かもしれないけど、時と場合によってはとても危険なこと」と日本人について語っていた。森は少数の側から異論を突き付けるという方法で、常に一石を投じてきた。代表作「死刑」は別稿で紹介したが、本作でも死刑について多くのページを割いている。
死刑存置派の前提は、<治安の悪化と凶悪犯罪の増加>だが、警察発表を信じる限り殺人事件は減少している。<死刑が凶悪犯罪の歯止めになる>という考え方も、統計を見る限り根拠はない。南京は死刑廃止を正しいと確信するが、被害者家族の心情も慮り、廃止の立場で収入を得ていることに後ろめたさを覚えている。日本が死刑廃止という先進国のスタンダードを取り入れる条件は、上記の〝タイタニック・ジョーク〟ではないが、アメリカが国を挙げて廃止に舵を切ることと想定している。
興味深かったのはノルウェーでの取材だ。当地の開放的な刑務所は日本と全く雰囲気が異なるが、南京が驚いたのは過渡期住宅の存在だ。刑期を終えたばかりの人が市民と同じアパートで生活している。日本なら反対の声が上がり、メディアも押し寄せるだろう。ノルウェー社会の成熟に南京は感心するが、取材から2年後、銃乱射事件で77人が犠牲になった。寛容と自由が根付いていても、狂気と暴力の芽を摘むことは不可能なのだ。
森と俺の共通点の一つはプロレス好きだ。森は自ら企画した「愛しの悪役シリーズ~昭和裏街道ブルース」(NHK、全4回)で、<プロレスは虚実の皮膜にあり>と論じていた。番組制作の裏話も本作で明かされている。多くの点で俺の視点と感性は森に近い。以前に読んだ小説「東京スタンビート」(08年)についても、機会があれば紹介したい。