酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「幽霊たち」~オースターのポストモダンな出発点

2023-10-07 22:30:45 | 読書
 Youtubeをチェックしていたら、アメリカからの白人の留学生(チェイス、なぜか関西弁)と日本人の学生(けんけん)が作成している動画を見つけた。「大谷って有名なの」とけんけんに聞かれ、チェイスは「僕は知らない。周りもそう」と答えていた。MLBはNFLとNBAに比べて人気はないが、ポストシーズンに入ってスタンドは埋まっている。

 階層によって好むスポーツは異なるようで、小説の中でNFLに言及されるケースは少ない。今回紹介する「幽霊たち」(1986年、ポール・オースター/新潮社)の主人公も、MLB初の黒人選手ジャッキー・ロビンソンの試合を観戦していた。<ニューヨーク三部作>の第2作で、ロビンソンがドジャーズに加わった1947年のニューヨークが舞台だ。

 オースターを読むのは、稠密かつ濃厚な描写で<孤独>と<流浪>が織り込まれていた「ブルックリン・フォリーズ」、「ムーン・パレス」に次いで3作目だ。〝骨太なストーリーテラー〟という印象だったが、「幽霊たち」は異なる。オースターの作品を数多く訳してきた柴田元幸氏(東大名誉教授)が訳者あとがきで「エレガントな前衛」と評していた。オースターはポストモダンに分類される作家だったのか……。本作でオースターの出発点に気付かされた。

 「幽霊たち」の冒頭は<まずはじめにブルーがいる。次にホワイトがいて、それからブラックがいて、そもそものはじまりの前にはブラウンがいる>だ。主人公は探偵事務所を開業したばかりのブルーで、記憶の中にはゴールドやグレーも登場する。名前に<色>を付けたことで、描かれる世界が単調に見え、リアリティーが後退する効果がある。

 ブルーの元に、明らかに変装したホワイトが現れ、ブラックを見張るよう依頼される。ホワイトが用意してくれたブラックの部屋が覗ける一室から、ブルーはブラックを監視する。その結果を報告し、報酬が送られてくる。ブラックは書き物をし、ヘンリー・デイビッド・ソローの「ウォールデン」(「森の生活」)を読んでいる。ブルーは見張りを続けながら、父の記憶、かつて見た映画や読んだ小説、事件に思いを馳せる。

 何も起きない日々、外出するブラックをブルーは尾行する。2人は奇しくも似た体験をした。ともに恋人に去られたのだ。ブルーはブラックとの接触を試み、会話に成功する。〝自分は私立探偵で、何もしていない男を監視している〟とブラックは語った。ポーやドストエフスキーに描かれたドッペルゲンカー(自分とそっくりな姿をした分身)かと思ったが、終盤になって衝撃的――というのはオーバーだが――ある事実が判明する。

 ブルーはブラックの部屋に忍び込み、紙の山が自身が送ったリポートであることに気付いた。<ブラック=ホワイト>で、ブルーはブラックによってコントロールされていたのだ。ブラックの原稿はブルーの物語でもあった。作家であるブラックは、自分を主人公にして小説を書こうとするが、自分のことは客観的に見られない。だから、探偵に監視してもらい、報告書を基に小説を書こうと思いついたのだ。

 タイトルにある<幽霊>とは何か。作品中に<書くというのは孤独な作業だ。それは生活をおおいつくしてしまう。ある意味で、作家には自分の人生がないとも言える>という記述がある。つまり、<幽霊=作家>で、オースターは読むこと、書くことに伴う孤独を表現している。「ムーン・パレス」の主人公は辺境へ旅立ったが、ブルーは自分の内側という辺境を彷徨ったのか。

 人は時に日々が虚ろだと感じる。自分自身の物語は存在するだろうか。一応の決着を見た後、ブルーはブラックの部屋を出る。どこへ行くのだろう。辺境の地? ソローの暮らした森の中? それともオースター自身が滞在したフランス? 物語を書くことの虚しさを表現したオースターはその後、膨大な作品群で世界を震撼させる。
 
 俺にはハードルの高い作品だったが、さらに難解な小説を現在、読み進めている。俺は読書という孤独な苦行を楽しんでいるのだ。
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