酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

ウイズコロナの一年を振り返る

2021-12-30 19:46:15 | 独り言
 オミクロン株の蔓延もあり、コロナウイルスとの密な関係は来年も続きそうだ。仮にコロナが終息しても、自然破壊に歯止めが掛からない以上、新たなウイルスは確実に人間界に下りてくる。もともと非社交的な俺でさえ、他者と接する機会が減り、鬱とまではいわないけれど、引きこもりの日々を過ごしている。

 来年3月に年金生活者になる。生き方をオープンにして仕事を探さないと干上がってしまうだろう。迫り来る危機を前に暢気に構えているのは、芯から楽観的に出来ているからだが、ベースになるべき健康に不安がある。今夏は脳梗塞で10日、11月下旬には心臓の検査で3日入院した。循環器内科の担当医によると〝楽観出来ない〟症状らしい。イエローカード1枚持ちで、もう1枚出れば人生から〝退場〟しても不思議はない。

 中国による香港弾圧が続いている。民主派メディアの元編集長、歌手のデニス・ホーが先日、相次いで逮捕された。ミャンマーでは国軍兵士に大勢の市民が殺されたが、その中にNGO「セーブ・ザ・チルドレン」の職員2人が含まれていた。2021年に相応しいニュースに暗澹たる気分になった。

 香港やミャンマーでは多くの市民が声を上げたが、日本では時代閉塞が極まった。「バルセロナ・イン・コモン」を率いるバルセロナ市長が公平と平等を求める市民と歩調を合わせて改革を推進している。EU圈では水道の再公営化に向けた運動が広がるなど、コモン(共有財)に価値を置くグループが社会の空気を変えつつある。

 〝資本主義の総本山〟アメリカでも、民主党支持の若者の間で資本主義より社会主義に価値を見いだす傾向が顕著になっている。格差が拡大する現状で、社会主義、左翼に支持が広がるのは当然だが、日本では逆のことが起きている。膨大な供託金と、候補者の手足を縛る公選法で、日本の国会は貴族院の如くだ。連合(労働貴族)は立憲民主党に共産党と手を切るよう脅しを掛けている。<グリーン&レッド連合>が勢力を伸張しているEU圈とは好対照だ。

 この一年、さすがにロックファンは引退したが、数々の映画と書物が生きる糧だった。大谷翔平の規格外の活躍も驚きの連続だったし、藤井聡太4冠の鋭く鮮やかな差し手にも感銘を覚えた。来年もAI超えの妙手に魅せられるだろう。

 我田引水、牽強付会の駄文に付き合ってくださった皆さんに心から感謝しています。良いお年をお迎えください。
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「心経」~尼僧と道士の恋物語が映す中国社会

2021-12-27 21:34:15 | 読書
 前稿末に記した有馬記念の予想は無残な大外れだった。俺が推した「ア」から始まる3頭は6、7、16着(最下位)に終わる。まあ、こんなものだ。ホープフルSは⑧ジャスティンパレス、⑨ボーンディスウェイあたりに注目しているが、自信はない。

 名古屋入管に収容されていたスリランカ人女性が死亡した件で、遺族らに新たな映像が開示された。日本の状況も危機的だが、中国では民主主義が死に瀕している。ウイグル地区、香港に対する弾圧に加え、<AI独裁国家>として国民を監視する姿勢に狂気が滲む。

 過去の体制批判で監視されていた唐吉田元弁護士と作家の郭飛雄が現在、所在不明だ。五輪開催に向けた当局の雑音封じとみられる。中国文学には詳しくないから郭飛雄は知らないが、ノーベル文学賞候補と目される閻連科(えん・れんか)の「心経」(2020年、飯塚容訳/河出書房新社)を読了した。閻は香港科学技術大学の客員教授だから、香港抑圧についての見解は推して知るべきだ。

 「心経」の背景にあるのは中国共産党の一党独裁、硬直した官僚機構、都市と地方の格差、はびこる拝金主義だ。舞台は北京の有名大に設置された宗教研修センターで、全土からやってきた仏教、道教、天主教(カトリック)、プロテスタント、イスラム教の五大宗教の老若男女の信徒たちが学んでいる。

 <当局が信者たちを弾圧>という構図が想定できるが、そうでもない。出世のために金を稼ぎたい主任は宗教間の綱引きゲームを企画するが、信徒たちも賞金目当てに熱狂している。主任の助手を務める道士の明正も野心家だが、18歳の尼僧の雅慧に懸想している。雅慧は世間知らずの女の子だが、他の信者たちも決して純粋というわけでもない。

 閻連科の他の作品は読んでいないが、虚実の境界を行き来するという特色があるという。宗教研修センターで綱引きというのは荒唐無稽な設定でユーモアに溢れているが、若者の燦めきも滲んでいる。二段組み340㌻の長編だが、雅慧の特技である切り絵が繰り返し挿入され、物語を寓話に高めている。雅慧と明正のラブストーリーは切り絵に描かれる老子と菩薩の邂逅とすれ違いを敷衍する形で進行する。

 俺が気になったのは、作者自身による「後記」と「日本の読者へのあいさつ」だ。本書は中国本土では発禁で、自国で読まれることはない。作家としてこれほど辛いことはないはずだ。続々と世界で翻訳される見込みだが、最初に日の目を見ることになった日本の関係者に感謝している。何より閻が遠藤周作の「沈黙」を大傑作と評価していることも大きい。

 後半に登場する権力者の無名氏が雅慧と明正に大きな影を落としていく。自身の出自を気にしている明正は、出世の手掛かりを掴むため、共産党の絶対的な力が窺える墓地群を徘徊する。雅慧も算盤を弾いて無名氏に近づくことになる。雅慧と明正がそれぞれ性器に自傷行為を施すあたりは、何かのメタファーなのだろう。

 宗教は中国から集団退場? を暗示するかのようなラストも衝撃だった。ダライ・ラマ、新疆への対応、そして道教と仏教を取り入れた法輪功への徹底的な弾圧を見れば、暗示ではなく、既に現実なのだ。習近平の神格化が加速している中国で、閻の作品が読まれる日が来ることを願っている。
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「悪なき殺人」~愛の迷路で戸惑う者たち

2021-12-22 21:23:25 | 映画、ドラマ
 四半世紀前、父は膨大な量の録画ビデオ(VHS)をため込んでいた。映画、時代劇、ミステリー、紀行番組とジャンルは様々で、完全リタイア後、のんびり視聴するのを楽しみにしていた。ささやかな夢は実現せず、突然の不調で桜が咲く頃に召された。

 父の没年齢に近づいた俺も、あちこちガタがきている。生きているうちに見ておこうと2021年も週1回ペースで映画館に足を運んだ。今年の私的ベストテンを記したい。ちなみに、海外で高評価の「ドライブ・マイ・カー」は見逃したので、機会があれば来年に観賞することにする。

①「茲山魚譜-チャサンオボ-」(イ・ジュニク)
②「ソウルメイト 七月と安生」/「少年の君」(ともにデレク・ツァン)
③「アメリカン・ユートピア」(スパイク・リー)
④「ヤクザと家族 The Family」(藤井道人)
⑤「すばらしき世界」(西川美和)
⑥「クルエラ」(クレイグ・ギレスピー)
⑦「MINAMATA-ミナマタ-」(アンドリュー・レヴィタス)
⑧「悪なき殺人」(ドミニク・モル)
⑨「スウィート・シング」(アレックス・ロックウェル)
⑩「花椒の味」(ヘイワード・マック)

 他にも「モーリタニヤン 黒塗りの記録」、「コレクティブ・国家の嘘」、「空白」など、多くの作品が印象に残っている。今回紹介するのは8位にランクした「悪なき殺人」(19年、ドミニク・モル監督/仏独共作)で、新宿武蔵野館で見た。定評ある原作(コラン・ニエル)を監督と脚本家が共同で脚色した本作は、小説ならフーガ形式、映画では<羅生門スタイル>と呼ばれる複数の主観によって紡がれている。

 南仏のコース高原の雪道で富豪の妻エヴリーヌ・デュカ(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ)の車が発見され、失踪したと思われるエヴリーヌの捜索が始まった。無人車に気付いた福祉士のアリス(ロール・カラミー)は、クライアントであり愛人でもある農夫ジョセフ(ダミアン・ボナール)の元に向かう途中だった。

 本作はグローバルなスケールで時間を行き来するミステリーゆえ、内容については最小限にとどめたい。<第1章:アリス>では失踪事件のあらまし、アリスの夫で牧畜業を営むミシェル(ドゥニ・メノーシェ)との微妙な関係とすれ違いが描かれ、<第2章:ジョセフ>で同じシチュエーションを見るアリスとジョセフの受け取り方の違いが明らかになる。母を亡くしたジョセフの絶望的な孤独も浮き彫りになった。

 雪の高原で物語の円環が閉じられるのかと思いきや、<第3章:マリオン>と<第4章:アマンディーヌ>で急展開を見せる。港町でウエートレスとして働くマリオン(ナディア・テレスキウィッツ)とエヴリーヌの出会いが物語の真の起点なのだ。迷路はさらにコートジボワールへと広がる。

 上記の登場人物に加え、コートジボワール編に登場するアルマン(ギイ・ロジュ・ンドラン)とモニークの若いカップル(元夫婦)も愛を求めている。タイトルの<悪なき殺人>は、孤独と背中合わせの狂おしい愛の連鎖によって形になった。

 映画は偶然のクラッシュに紡がれているが、本作は度を越していると感じたら、距離を置いてしまうのではないか。俺は時空を巧みに紡ぐ監督の演出によって、偶然とリアリティーに齟齬を感じなかった。だから、ラストシーンも想定内だった。

 コートジボワール編に登場するサヌー師は、アルマンがアドバイスを求めた際、<人は偶然には勝てない>と話し、<ないものを与えるのが愛、あるものを与えるのが快楽>(趣旨)と説く。その言葉が作品全体に敷衍している。年内にもう一本見る可能性はあるが、充実した映画ライフの締めに相応しい作品だった。

 次の更新はレース後になる可能性が高いので、有馬記念の注目馬を挙げたい。「ア」で始まる3頭だ。人気はそれほどなさそうだし、まあ来ない。それでも2分半の夢を見たい。
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「茲山魚譜-チャサンオボ-」~魂を濾過する水墨画

2021-12-17 21:10:34 | 映画、ドラマ
 8月に脳梗塞で入院して以来、来し方を振り返ることが増えている。凡庸で煩悩だらけの俺だが、清冽な思いに浸れるドキュメンタリーと映画を見た。まずは、3つのタイトルを懸けた藤井聡太と豊島将之に照準を定めたNHKスペシャル「四冠誕生 藤井聡太 激闘200時間」から。

 両者に共通するのは純粋な将棋への思いで、無冠になった豊島は少年のような澄んだ目をしていた。2人を見て思い出したのは夭折した村山聖九段の生涯を追った映画「聖の青春」(大崎善生原作)だ。打ち上げを抜け出した村山と羽生善治が言葉を交わすシーンが記憶に残っている。

村山「羽生さんが見ている海は他の人と違う」
羽生「深く沈み過ぎて、戻れないと思うこともあります。でも、村山さんとなら一緒に行ける。行きましょう」

 かつて勝負師を自任した羽生が求道者の装いを纏うようになってから、棋界の空気が変わった。佐藤天彦元名人がポナンザに敗れてから、AIが神として君臨するようになる。藤井と豊島は〝神のしもべ〟として仕える者の謙虚と矜持を体現している。両者の高邁な魂に重なる韓国映画を見た。「茲山魚譜-チャサンオボ-」(2021年、イ・ジェニク監督)である。俺の年間ベストワン確実で、ぜひご覧になってほしいから、背景に軸を置いて記したい。

 舞台は19世紀初頭の韓国だ。キリスト教に寛容だった正祖の死後、「辛酉迫害」が始まる。ターゲットになったのは名声が国中に轟いていたキリスト教徒のチョン3兄弟で、長兄のヤクチョン(ソル・ギョング)は黒山島に流される。島を散策するヤクチョンは魚や鳥に詳しい青年漁師チャンデ(ピョン・ヨハン)と交友するようになる。

 当ブログで紹介したイ・ジュンク監督作「金子文子と朴烈」に心を揺さぶられた。同作のテーマは愛と革命だったが、友情をベースに描かれた「茲山魚譜」は人生の意味を問いかけてくる。ソル・ギョングは主演作だけで3本記しているし、京塚政子風のカゴを演じたイ・ジョンウンは「半地下の家族」に出演している。

 スタッフ、キャストと韓国映画の粋を集めた本作は、モノクロの文芸映画だ。黒澤明の「赤ひげ」を彷彿させ、心的風景がくっきり浮き上がってくる。静謐でスピリチュアルな水墨画に心を濾過された。本作で頻繁に出てくるのが朱子学に基づき人間の本性を究明する「性理学」だ。チャンデはキリスト教徒でありながら性理学を究めたヤクチョンに師事し、世に出ることを目指している。一方のヤクチョンは論理から距離を置き、実学で庶民に貢献したいと考え、図鑑「茲山魚譜」の執筆を進める。

 向学心が強いチャンデは両班の血を引いており、その才能はやがて実の父の知るところになった。役人になって島を出たチャンテだが、性理学(朱子学)が支配の便法いなっていることを知る。庶民の塗炭の苦しみに、チャンデはある決意をする。その時、ヤクチョンにも変化が起きていた。

 政治の腐敗と堕落は古今東西を問わない。邂逅によって生き方を変えた二人は、ラストで再び邂逅する。黒山島の美しい自然の中にこそ、学ぶべき真理があるのだ。モノクロの映像の中、互いを見やるヤクチョンとチャンデの柔らかい視線が焼き付いている。
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「スウィート・シング」~パーソナルで普遍的な家族の物語

2021-12-13 20:36:09 | 映画、ドラマ
 藤井聡太4冠の進化の背景にあるのはディープラーニング型AIを用いての研究という。棋界で最初にAIに注目した羽生善治九段は著書「人工知能の核心」で、<AIの親和力をとば口に、良心や倫理観を備えることが出来たら、人類の未来はバラ色になるかもしれない>(要旨)と希望を寄せていた。だが、現実は厳しい。中国を筆頭に〝AI独裁〟が人々の自由を蹂躙している。

 世界では年に何度か、家族の絆を深める日がある。日本ならお盆と年末年始、中国なら旧正月、アメリカではもちろんクリスマスだ。コロナ禍で景色は変わっているが、それぞれが愛しい人に思いを馳せる一日だ。クリスマスを控えた家族の風景が起点になった映画を新宿で見た。「スウィート・シング」(2020年、アレックス・ロックウェル監督)である。

 モノクロながら少女の夢と希望を映すパートカラー、シーンの繋ぎに遊びとユーモアがあり、気鋭の若手による作品かなと思っていたが、ホームページで勘違いに気付く。監督はジム・ジャームッシュとともにインディーシーンを牽引してきたロックウェルだった。「リトル・フィート」(13年、日本未公開)の続編で、監督の子供であるラナとニコの姉弟が引き続き主演を務めている。

 ラナの役名はビリー、ニコは本名のままだ。姉弟を置いて家を出た母イヴ役は監督の妻カリン・パーソンズというからパーソナルな作品だ。姉弟の父アダムを演じたウィル・パットンは友人でもある監督に「おまえがやった方がいい」と告げたが、固辞したため引き受けたという。

 ロックウェルは「リトル・フィート」製作時、資金難だったが、ニューヨーク大学で教員になった今回もあまり変わらない。主要キャストは家族3人、スタッフは大学の教え子たちで、クラウドファンディグで完成にこぎ着けた。アマチュア精神と家族の絆が作品を紡いでいく奇跡を体感できた。
 
 15歳のビリーは少女と大人のあやうい境界を演じ切り、ニコは11歳特有の純粋さを表現していた。ビリー・ホリディを愛する父にビリーと名付けられた娘は聴く者を夢見がちにする声で歌う。その声に魅せられたマリク(ジャパリ・ワトキンス)は姉弟と親友になった。自称アウトローの奔放なマビリービリー、ニコの道行きは「スタンド・バイ・ミー」や「地獄の逃避行」を彷彿させる。マリクの役名も「地獄の逃避行」のテレンス・マリック監督から取ったのだろうか。

 本作には格差や人種間の確執など、社会の普遍的な痛みも描かれている。プアホワイトでアルコール依存症のアダムの元から去ったイヴはアフリカ系だ。ロードムービー風になった後半、キャンピングカーで暮らす夫妻も人種が異なる。アダムが療養所に収容されることになり、姉弟はイヴが恋人ボー(ML・ジョゼファー)と暮らす別荘に身を寄せた。ボーはトランプ支持者風の暴力的な白人男で、ビリーとニコに〝所持品〟のように接する。姉弟と〝共犯関係〟になったマリクの身に起きたことは、ブラック・ライヴズ・マターと重なっていた。

本作の肝というべきは音楽だ。ビリー・ホリディの歌声が流れ、ヴァン・モリソンによるタイトル曲「スウィート・シング」は、邦訳すれば〝愛しい君〟となる。アダムにとってイヴ、そしてビリーとニコは何物にも代え難い愛しい存在で、ラストで再び絆が紡がれる。その輪の中にマリクも加わる気配がある。

 サントラにはブライアン・イーノ、シガー・ロスまで名を連ねている。温かくてポエティックな佳作を満喫した〝最高の一日〟の余韻は、数日経っても去ることはない。
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奧泉光著「ゆるキャラの恐怖」~究極のダメ男クワコーに自身を重ねた

2021-12-09 21:07:40 | 読書
 将棋NHK杯トーナメントでは画面上に表示されるAIの形勢判断に目が行きがちだが、トップ棋士の対局でも序盤の差を挽回しづらくなっているのは、AI研究の反映か。俺が注目しているのは2回戦で同門の永瀬王座を破った日浦八段だ。出場棋士中、最年長の55歳。アナログが匂う大ベテランが佐藤天九段(元名人)に挑む3回戦が楽しみだ。

 将棋への造詣の深さを感じる作家といえば奧泉光だ。「ビビビ・ビ・バップ」には大山康晴十五世名人のアンドロイドが登場するし、最新作「死神の棋譜」の主人公は将棋ライターだ。奧泉はオルタナティブファクト(起こり得た史実)、メタフィクション(史実と創作との交錯)の手法を織り交ぜる日本を代表する作家である。

 奧泉の〝裏芸〟というべきは〝桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活〟シリーズだ。第1作「モーダルな事象」(2005年)の舞台は麗華女子短大(東大阪市、通称レータン)だったが、「黄色い水着の謎」以降、クワコーはたらちね国際大(千葉県、通称たらちね)の準教授になる。「黄色い水着の謎」に次ぐ第4作「ゆるキャラの恐怖」(19年、文藝春秋)を読了した。タイトル作に合わせ「地下迷宮の幻影」が収録されている。

 短期入院の供として病院に持参した。「クワコーシリーズ」が理屈抜きに面白いからで、さらに今回、副反応があった。検査後、管を通した左手を固定され、右手は点滴だから自由は利かない。おのずとベッドで来し方を振り返ることになる。恥と失敗に塗れた人生に暗い気持ちにならざるを得ないが、〝この男、もしかしたら俺よりも……〟と思わせてくれるのがクワコーなのだ。

 全国最低クラスの偏差値の大学の教員であるクワコーは給料も安く、超緊縮生活を送っている。値引き品、特売品を求めて近隣のスーパーを飛び回るだけではない。タダの食材をゲットするため、子供たちと競ってザリガニやセミを採り、大学の庭でシソを摘む。「地下迷宮の幻影」ではキャンパス裏地に自生するキノコがストーリーの回転軸になっていた。

 登場する男は全てだらしない。クワコーをたらちねに引っ張った〝エロナマズ大王〟こと鯨谷教授は無教養なおっさんだ。薄井聡太准教授は、藤井聡太4冠から名前を拝借したに相違ないが、存在感は真逆だ。対照的にクワコーが顧問を務める文芸部の女の子たちは煌めいて、「ビビビ・ビ・バップ」、「雪の階」、「死神の棋譜」に登場する女性たちを連想してしまう。

 文芸部員はクワコーの研究室を部室代わりに占拠している。クワコーは彼女たちに敬意を一切払われない。飛び交う〝クワコー的〟とはセコい、卑屈、小心、追及されたら開き直るというクワコーの冴えなさを集約している。だが、クワコーが窮地に陥るや、木村部長を筆頭に協力して救い出してくれるのだ。異彩を放つのがホームレス女子大生の神野仁美(通称ジンジン)で、最低限の情報を明晰な頭脳と観察力で捌き、真相を明らかにする。

 奧泉は近大で教壇に立っているから、若い世代の感覚をキャッチしている。情けない中年男クワコーとビビッドなギャルたちの好対照がシリーズの肝なのだ。奧泉の猫好きは、「ビビビ・ビ・バップ」の語り手ドルフィーが猫アンドロイドであることからも明らかだが、「ゆるキャラの恐怖」にも猫という言葉があちこちにちりばめられている。

 「石の来歴」と「浪漫的な行軍の記録」を紹介した稿で、奧泉を〝遅れてきた戦争文学者〟と評した。海軍に照準を絞った小説もあるし、「雪の階」の舞台は二・二六事件(1936年)前夜である。旧日本軍がヘロインを廃坑に隠匿したとの設定は、「地下迷宮の幻影」から「死神の棋譜」に繋がっている。

 奧泉の根底にあるのは反戦だ。「地下迷宮の幻影」のハイライトは育勅語を巡る展開だ。島木を特任教授として招聘することになり、クワコーがサポート役を命じられる。島木が推奨する教育勅語を大学の柱に据えるための模擬講演会が開かれる。進行役を務めるのがクワコーとお目付役の卯月女史で、学生2人が選ばれる。大学唯一の男子学生モンジと、その恋人のアンドレ森だ。

 モンジは教育勅語について何も知らないが、直感で教育勅語の問題点を抉っていく。要約すれば<生きる上で最も重要な点が省かれている。仲間や身内以外の〝敵〟といかに理解し合うかが大切>……。言葉を換えれば、多様性やアイデンティティーの重要さを、無教養なモンジが指摘するのだ。日本会議や安倍元首相支持者はモンジにいかに反論するだろう。

 軟らかいユーモア小説だが、しっかりした骨がある。シリーズ5作目も楽しみだ。ちなみにクワコーの特異なキャラがいかに形成されたのか興味がある。「ゆるキャラの恐怖」には、実家に帰って1泊したという記述があった。家庭環境は謎のままである。
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師走の雑感あれこれ~ソダシ、藤井聡太、コロナ、立民、そして短期入院

2021-12-04 14:48:35 | 独り言
 あすのチャンピオンズカップに注目している。多士済々なので当たる可能性は極めて低い。ならば白毛の桜花賞馬ソダシに一票を投じたい。歴戦の兵の壁に跳ね返されてもしょうがない。同馬に重ねているのはかつてのダート女王ホクトベガだ。ちなみに両馬の共通点は、27年を経て札幌記念を制したことだ。

 藤井聡太4冠がB級1組で近藤誠也七段を下した。無敗の佐々木勇気七段が敗れたためトップに立ち、A級昇級は確定的だ。リードして終盤に向かうパターンが増えた藤井だが、今回は近藤の工夫が上回った。耐えながらマジックをちりばめ大逆転した藤井に驚嘆するしかない。師匠の杉本昌隆八段が<目先の結果より将棋の内容を追求している>と評する藤井は、10代にして仙人の高みに達しているのか。

 ヘソ曲がりの俺は、コロナ感染者数が激減した10月末にワクチン接種を受け、2度目が先日終了した。ところが今、世界で感染が爆発しており、南アフリカ発のオミクロン株の脅威が懸念されている。東京は昨日も新規感染者は14人だったが、1カ月後は未知数だ。ウイズコロナ時代、人類がマスクを手放す日は来るのだろうか。

 泉健太衆院議員が立憲民主党新代表に決まった。労働貴族(連合)に共産党との連携に釘を刺されているが、〝日本の常識〟は先進国レベルから逸脱している。EU圏では<グリーン+レッド連合>が自治体選挙を席巻しており、ドイツ緑の党も左派の枠組みで語られるようになった。

 格差の拡大を見据えると、公正・公平を主張する左派に支持が集まるのは当然だ。アメリカでもバーニー・サンダース、そのフォロワーの民主党プログレッシブの影響で、民主党支持の若い世代は資本主義より社会主義に価値を見いだすようになっている。普通選挙法(1925年)以降の負の遺産を引き継ぐ供託金制度のを廃止こそ民主主義への第一歩と、俺は繰り返し主張してきた。日本の左翼アレルギーにペシミスティックにならざるを得ない。

 前稿末に記した通り、2泊3日で検査入院した。8月下旬に脳梗塞では10日間だったが、当時の検査で心臓が十分に機能していないことが判明した。自覚症状はないが、冠動脈造影検査を受けた。診断は<心臓の機能は低下しているが、一発アウト(心筋梗塞など)の可能性は低い>だった。

 前回時の低カロリー、薄味、少量の〝糖尿食〟に辟易したが、この間、HbA1cの数値は低下したこともあり、今回は〝一般食〟だった。体重は5㌔ほど減り、血圧も120強と高血圧の範疇を下回るケースもあった。〝人間万事塞翁が馬〝というが、入院したことで節制に目覚め、少し健康になった気がする。

 4人部屋で、医師や看護師との会話から、平均年齢は俺ぐらい(65歳)だろう。俺を含めてそれぞれ肩、首、腰、膝などに痛みを抱えているようだ。検査の後、左手は伸ばしたまま、右手は点滴で本も読めなかった。恥と失敗だらけの無数の汚点が甦り、眠気が消えてしまった。

 体調が急変した父が召されたのは1990年代前半だった。当時は年金や保険が充実しており、安定した老後を過ごせたが、この30~40年、人々(99%)は明らかに貧しくなった。1%の支配が続くこの国の未来を考えて暗い気分になった。
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