酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「悲劇の島チェジュ(済州)」~歴史の闇が照らすもの

2008-04-30 01:07:51 | 社会、政治
 聖火リレーが朝鮮半島を縦断した。ソウル市街を五星紅旗が埋め尽くしたが、北京で数千本の他国旗が掲げられたら、中国当局はどのような対応を見せるだろう。38度線を越えるや喧騒は一転、粛々とした葬列と化す。対照的な表情に分断国家の痛みを感じた。

 NHK教育は先日(27日)、ETV特集枠で「悲劇の島チェジュ(済州)~『4・3事件』在日コリアンの記憶」を放映した。3人の在日コリアンの目を通して4・3事件に迫るドキュメンタリーである。

 「パッチギ」をプロデュースした李鳳宇氏(シネカノン代表)は猪飼野(現大阪市生野区)から済州島へと、自らのルーツを辿る。夫亡き後も都内で弁当店を営む金東日さんは、民主愛国青年同盟の一員として4・3事件に関わった。日本入国後も拷問による心の傷は癒えなかったという。金石範氏は半世紀にわたり、4・3事件をモチーフにした小説を世に問うてきた。「歴史は抹殺しても記憶は抹殺できない」という氏の言葉が、心に深く突き刺さった。

 4・3事件の背景と経緯を簡潔に記したい。

 1945年8月15日は、朝鮮人にとって米ソによる分断の始まりだった。日本では解放軍の顔を覗かせた米軍だが、南朝鮮(38度線以南)では圧制者だった。民主勢力が結集した朝鮮人民共和国を承認せず、過酷な物資供出を求めた。南北統一選挙を求める勢力は、米軍支配下の警察、旧日本軍属、北朝鮮からの越境者により、徹底的に弾圧された。

 自由と平等への希求が最も強かった済州島で48年4月3日、武装蜂起が起きた。朝鮮労働党と連携したこともあり、9年後に鎮圧されるまで7万人が虐殺された。済州島出身者はその後も諜報部にマークされ、就職などで厳しい差別を受け続ける。80年以降、状況は少しずつ改善され、盧武鉉前大統領が03年、国家権力による人権蹂躙を公式に謝罪した。蜂起60周年に当たる今年4月3日、金東日さんは政府主催の式典に招待され、親族と涙の再会を果たす。

 李氏がプロデュースした「月はどっちに出ている」の原作者、梁石日氏も済州島に縁が深い。「Z」は日韓現代史の闇を穿つエキサイティングな小説だった。

 主人公の朴敬徳(作家)は訪韓した際、済州島で衝撃的な事実に直面する。自らが戸籍上、死者になっていたのだ。朴の親族に関わるミステリーと<朝鮮戦争時の日本人戦死者リスト>をめぐる国家的策謀が交錯し、殺人事件が相次いだ。米軍の意を受け左派を虐殺した旧日本軍属のZと、彼を追う秘密組織との暗闘が浮き彫りになり、物語は意外な結末を迎える。

 人ごとのようにあれこれ記したが、朝鮮の悲劇が日本の植民地支配に起因することを肝に銘じなければならない。この間の中国の若者たちの滑稽な振る舞いを他山の石に、日本人も排外主義的ナショナリズムを克服すべきだ。客観的に歴史を学ぶことが前提になると思う。
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聖人ゴアの「不都合な真実」

2008-04-27 00:08:02 | 社会、政治
 滑稽で惨めな聖火リレーが長野を走り去った。<政治とスポーツは無関係>なんて幻想で、サマランチを筆頭にIOCはファシストの巣窟だった。ナチスが始めた聖火リレーなど、今回で廃止すればいい。

 聖火がチベット弾圧への怒りを喚起する結果になったのは皮肉な成り行きだ。孤児化を恐れる中国は、米大統領選でマケイン候補の勝利を願っているだろう。“オバマ大統領”なら確実に<人権&保護貿易>を軸に据えるからである。

 00年8月の民主党大会で大統領候補に指名されたのがアル・ゴア氏だった。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンは会場近くで、<ブッシュもゴアも同じ>と2大政党制の虚妄を訴えゲリラライブを敢行する。8年後の両者は対照的だ。不正選挙で勝利したブッシュは史上最低の大統領のレッテルを貼られ、敗者ゴアはノーベル平和賞を受賞して聖人に祭り上げられた。

 本当に<ブッシュもゴアも同じ>だったのか……。歴史に“IF”は禁物だが、00年以前のゴア氏の<不都合な真実>を、「金で買えるアメリカ民主主義」(角川書店)から挙げてみる。著者のグレッグ・パラスト氏は、保守派から<社会の敵NO・1>に指名された尖鋭なジャーナリストだ。

 エイズ禍に苦しむアフリカを救うため、南米やアジアで製造された安価の治療薬が輸出される運びになっていた。この試みにストップを掛けたのが、大手製薬会社代理人のゴア氏だった。<史上最もアフリカ人を殺した男>の汚名が、大統領選でマイナスに働いたことは言うまでもない。ゴア氏は90年代、「行政革命」と称して石油メジャーの権益を守り、IT業界と癒着した。環境破壊の当事者たる企業側に立ち、CO2排出権取引の基になる汚染権の概念を提示する。

 俺の知識でCO2排出権取引を説明するのは不可能だが、的外れかつ不謹慎な以下の例えを示したい。

 <統一模試で偏差値45以下の生徒が30%を超える高校に、補助金(3000万円)が下りないというルールが設定された。条件クリアが難しいA学園は、秀才校のB学院に”生徒の一時預かり”を要請する。B学院と仲介役のCファンドに、A学園から謝礼として500万円ずつ払い込まれた>……。

 結果として学力向上(環境対策)よりトレードを選ぶ学校(国)が増え、抜本的解決は先送りになるだろう。このシステムを環境問題に置き換えたのが、20兆円市場といわれるCO2排出権取引ではないか。

 ゴア氏に批判的な論調になったが、「不都合な真実」(06年)は注意喚起に努めた点で評価すべきドキュメンタリーだ。ゴア氏の背後で蠢く金融メジャー、科学的誤りを指摘する声もある。前稿で記した広瀬隆氏は温暖化の原因をCO2排出に一元化するゴア氏に否定的で、CO2を排出しないことで再評価の動きがある原発については、海水温を数度上げる構造が温暖化の一因と指摘していた。

 「不都合な真実」に高校時代の友を思い出した。彼は資源枯渇に警鐘を鳴らした「成長の限界」(72年、ローマクラブ編)を俺に薦めた。「エライこっちゃ」が俺の感想だったが、感銘を受けた彼は通産省(現経産省)に進み、資源行政に携わる。数年前、彼の名を検索して衝撃を受けた。いずれ首相と将来を嘱望されながら、既に病に斃れていた。

 志を保った友は召され、芥を纏った俺は東京砂漠で生にしがみついている。これぞ<不条理な真実>だ。そして、俺は願う。純粋な魂が「不都合な真実」に触発され、世界の変革を目指すことを……。

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激しく、そしてしなやかに~広瀬隆講演会に参加して

2008-04-24 00:34:11 | カルチャー
 光市母子殺害事件で被告の元少年に死刑判決が下された。死刑廃止がEC加盟条件になるなど、制度存続の先進国は減っているが、国内では依然として厳罰を求める声が強い。辺見庸氏が提示した<憲法9条と死刑の矛盾>が、あらためて重くのしかかってくる。

 さて、本題。先日(19日)、「君は戦後史を知っているか、君は安保条約を知っているか」と題された広瀬隆講演会(渋谷勤労福祉会館)に参加する。「持丸長者 日本を動かした怪物たち」三部作(ダイヤモンド社)完結を記念するイベントに、100人ほどの聴衆が詰め掛けた。

 反原発など市民運動に関わる広瀬氏は、エキセントリックなアジテーターであると同時に、ネットワークを駆使して情報を組み立てる国際派ジャーナリストだ。生の声に接し、氏の<マグマ>が愛と怒りによって組成されていることを知る。

 広瀬氏は日本の自然と文化、国民の勤勉さと創意工夫を愛する“ナショナリスト”である。「得るべき対価を奪ってきたのは誰か」と自問し、答えを三部作に記した。簒奪者は即ち、薩長土肥の維新の盗人、排外主義を煽った福沢諭吉、知性の欠片もない軍人、最大地主としての皇室、国民を顧みない指導者たちである。

 広瀬氏は冒頭、名古屋高裁が下した<空自イラク派遣は憲法違反>の判決を、「司法の良心を見た」と評価した。戦争を切り口に東京大空襲直後の写真をスクリーンに映し、留意すべき史実を挙げた。第一は、報道管制を敷いた陸軍が空襲警報を出さなかったため、下町の惨禍が拡大したこと。第二は、鈴木首相の「ポツダム宣言黙殺発言」が原爆投下やさらなる空襲を正当化したこと。アメリカの無差別空爆に、日本の支配層も加担していたのだ。

 <日本国民が自由に表明する意志に従って平和的な責任ある政府が樹立されれば、連合国占領軍はただちに日本から撤退する>……。ポツダム宣言12条に記された内容は今もって実現していない。広瀬氏は「世界」79年4月号に掲載された外交文書を紹介し、昭和天皇を俎上に載せた。

 新憲法施行で象徴になった昭和天皇だが、水面下で怪しい動きを見せていた。マッカーサーに<アメリカに日本の安全保障を図ってほしい>と注文したが、「軍備を持たないことが、日本にとって最大の安全保障」とたしなめられる。<アメリカによる沖縄の軍事占領は、日本に主権を残存させた形で長期(50年以上)にわたり継続すべし>と、沖縄県民の神経を逆撫でする提案までしていた。

 軍部を抑え切れなかった平和主義者、もしくは「昭和天皇」(ハーバート・ビックス、ピュリッツァー賞受賞)に描かれたような戦争遂行者……。評価が分かれる昭和天皇だが、自己保身のためか、GHQも驚くほどの<売国的言動>を繰り返していた。

 広瀬氏はデータや資料を基に、国家的偽装を次々に暴いていく。憲法改悪論者やメディアが流布した<新憲法はアメリカのお仕着せ説>が事実無根であることが、21世紀になって明らかになった。GHQは鈴木安蔵グループの草案を取り入れて新憲法の骨子を作った。機会があれば、経緯を描いた「日本の青空」(07年)を見てみたい。日本国憲法は平和と民主化を求めた日本人の血と涙の結晶だったのだ。

 日米安保条約は成り立ちからしていかがわしい。ポツダム宣言12条に抵触する同条約を、吉田首相、池田蔵相、白洲首相特使の3人が正しい手続き(国会の承認)を経ずして締結する。その第1条には<国際連合の目的と両立しない武力による威嚇または武力の行使を慎む>と記されている。イラク攻撃への協力は憲法だけでなく、安保条約にも違反しているのだ。

 広瀬氏が質疑応答で地球温暖化に言及した部分は、次稿(聖人ゴアの「不都合な真実」)に簡潔に記す。懇親会で氏は、的を射ない俺の質問にも丁寧に答えてくれた。日本を代表する知性のしなやかな素顔に触れ、有意義な時を過ごすことができた。

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虹よ、再び~レッスルマニアに感じたこと

2008-04-21 01:18:26 | スポーツ
 18日のタイムラグでWWE「レッスルマニア24」(シトラスボウル)を観戦した。<ジェフ・ハーディーがマネー・イン・ザ・バンク戦を勝ち抜き、その夜のうちに王座を獲得する>というストーリーが、俺の中で出来上がっていた。ところがジェフは、薬物使用が発覚して謹慎処分を受ける。主役不在の祭典に、拍子抜けの感は否めなかった。

 はしごからリング外に落下する、金網最上部からスワントーンボムを決める……。ジェフは選手生命を失いかねないパフォーマンスで、ファンに感銘を与えてきた。肉体の痛みと恐怖心を鎮めるため薬物(ドラッグ?)に頼ったとしても責める気にはなれない。エディ・ゲレロやクリス・ベノワの悲劇を、ジェフに重ねてしまうのだ。

 リック・フレアーの引退試合に複雑な思いがよぎった。フレアーは90年代、テッド・ターナー傘下のWCWで、WWE壊滅作戦の最前線に立っていた。世が世ならさらし首の敵の総大将に、寛大なビンス・マクマホンは極め付きの舞台を用意した。フレアーに相応しいのは<史上最高のレスラー>ではなく、<最も政治手腕を発揮したレスラー>の称号ではなかろうか。

 現在WWEを牛耳っているのは、マクマホンファミリーのHHHだ。モントリオール事件(97年)の一部始終を収めた「レスリング・ウィズ・シャドウズ」で、HHHはブレット・ハートの妻に「恥を知りなさい」と叱責されている。HHHは駆け出しの頃から政治屋レスラーだったのだ。
 
 ベストマッチはメーンイベントのエッジ対アンダーテイカーのヘビー級王座戦だった。エッジは10年前、テイカー率いる<ミニストリー・オブ・ダークネス>の一員で、パシリ役を演じていた。その後、クリスチャン(現TNA)、ハーディーボーイズとともに過酷なシナリオをこなし、スピードを保ちながら筋肉の鎧を纏ってきた。元ボスにタイトルを奪われたが、今や押しも押されもせぬ業界NO・1のヒールである。

 マネー戦を制したのは、全社挙げてプッシュされているCMパンクだった。ストイックなサムライ風のキャラには魅力を覚えるが、ビルドアップしない限り頭打ちになると思う。プロレスとはリアリティーが求められるエンターテインメントで、試合の質と肉体に説得力がなければ、ファンの支持を失くしてしまう。

 不良性を前面に出すランディ・オートンが、HHHと優等生シナを破りWWE王座を防衛した。結果は良しとするが、内容に見るべきものはなかった。ビッグ・ショーとメイウェザーの異種格闘技戦は案の定、語るに落ちる茶番に終わった。ケインのECW王座獲得には拍手を送りたいが、喜んでばかりいられない。アングル(TNA移籍)、ベノワ(家族と無理心中)、RVD(退団)、ラシュリー(解雇、TNA入り?)と、ECW所属のトップレスラーは次々にWWEを離脱している。ケインの今後が心配になってきた。

 最近のWWEで連想するのは90年代のWCWだ。ホーガン、フレアー、ナッシュ、ホールら東映オールスター時代劇並みのビッグネームを結集したのに、オースチンを主演に据えたWWEの低予算作品に粉砕される。驕る平家は久しからず……。現在のWWEに往時の勢いはなく、視聴率もPPV購買者数も右肩下がりだ。バックステージの駆け引きに没頭していると、TNAに寝首を掻かれる可能性もある。

 などと御託を並べつつ、WWEから離れられない。俺の視線は遥か彼方、絶頂期の煌きを追っている。眩い虹が再び懸かる日は来るのだろうか。


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皐月賞も大波乱?~地方出身ジョッキーの連勝なるか

2008-04-19 00:13:04 | 競馬
 「てなもんや三度笠」の時次郎、「必殺シリーズ」の中村主水、「はぐれ刑事純情派」の安浦刑事、東宝の「駅前」シリーズ、クレージーキャッツ映画……。物心ついた頃から身近な存在だった藤田まことが、食道がんで入院し、明治座の舞台を降板した。

 最も強烈な印象を受けた出演作は、戦中と戦後を繋ぐ社会派ドラマ「日本の青春」(68年、小林正樹)だ。実年齢(35歳)より10歳上の男の屈曲、悲哀、矜持を、藤田は見事な演技力で表現していた。名優の一刻も早い快復を祈りたい。

 さて、本題。地方出身の小牧がレジネッタで桜花賞を制した。皐月賞の本命はスマイルジャックと決めていたから、「1週早いよ」が本音だが、インタビューで小牧が流した涙に、言葉で表せない何かを感じた。

 <騎手たち、とりわけ若手から嫌がらせ、いじめを受けた>……。

 「武豊TV!~新年会スペシャル」で岩田が衝撃の告白をする。情けない風潮に歯止めを掛けたかったのか、ホストの武豊は問題部分をカットせず、具体名に音を被せて放映させる。同席した四位と武幸も経緯を把握していた。

 警察機構に例えれば競馬学校出身はキャリア官僚、地方出身は叩き上げの刑事だ。エリート意識が強い中央育ちが、<メシのタネ>を奪う腕利き地方騎手を快く思うはずもない。目の肥えたファンは移籍後の小牧の強引な騎乗に批判的だが、正攻法だと包まれる(意図的に?)から、極端な戦術(先行、後方一気)が増えたという見方もできる。

 岩田は<いじられキャラ>で、親分肌の四位と仲がいい。小牧は<ひょうきんキャラ>で、エピソードの数々が「武豊TV!」で紹介されている。地方時代、お山の大将だった両者は、自己防衛のために新キャラを演じているのだろう。日本社会の閉鎖性が競馬界の若手にまで浸透していることに強い失望を覚えた。

 皐月賞は地方出身騎手を応援する。小牧のGⅠ連勝なんて非現実的だが、初志貫徹で本命はスマイルジャックだ。好枠(2番)から先行して楽しませてくれるだろう。内田鞍上のフローテーション、安藤勝を確保したレインボーペガサスも、馬場と展開が向けば浮上のチャンスがある。上記3頭に、決め打ちの川田が駆るキャプテントゥーレを加えたい。

 前々日売り1~3番人気はまとめて切る。気性難のショウナンアルバは、昨年のヴィクトリーのような逃げを打つしか勝機はない。軽い調教で弥生賞を制したマイネルチャールズはハードワークで本番に臨むが、さらに馬体が減れば危険信号だ。ブラックシェルは調教の動きと血統に不安がある。クロフネ産駒はマイル前後がベストだし、人気ほど信頼を置けない。

 結論。◎②スマイルジャック、○⑰フローテーション、▲⑥キャプテントゥーレ、△⑤レインボーペガサス。馬券は4頭BOXで馬連6点、3連複4点。3連単は当日の馬場と馬体重を見て、4頭のいずれかを軸にして買い足すつもりだ。

 今週もまず当たらない。確実なのはレース後、テレビ前で茫然としている自分の姿だけだ。


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文太、松方、サニー千葉~深作美学の体現者たち

2008-04-16 00:37:39 | 映画、ドラマ
 WOWOWは先週末、「深作欣二と四人の男」と題し、傑作4本を放映した。今回は「県警対組織暴力」(75年)と「北陸代理戦争」(77年)を中心に記したい。

 「県警対組織暴力」は苦い思い出と重なっている。十数年前、知人の女性を招き、同作のビデオをセットしたが、すぐさまNGを出された。「こんな映画、気に入ると思ってたの」と彼女は憤然と部屋を出る。同作における女性の扱いは、他の実録物と同じくかなりひどい。デリカシーを疑われても仕方なかった。

 問題点はさておき、「県警――」はヤクザ映画に不可欠な要素を織り交ぜたエンターテインメントだ。<良質なヤクザ映画はヤクザ否定に繋がる>というハードルもクリアしている。舞台は1963年の中国地方だ。

 <情と義>で結ばれたやさぐれ刑事の久能(菅原文太)と暴れん坊ヤクザの広谷(松方弘樹)……、<利と力>を求めて一体になる<行政=大企業=暴力団=警察上層部>……。この対立項を軸にストーリーは進行する。

 「こんにちは赤ちゃん」をBGMにした惨劇、少年ヤクザをめぐる因縁、オカマ役の田中邦衛など見どころは多く、ユーモアもちりばめられている。「極道を張るには極道の分際まで落ちにゃならん」と印象的な台詞を吐いた吉浦刑事も、退職後は豹変し久能の前に立ちはだかった。追い詰められた者は自棄的に弾け、ラストのコントラストが余韻になって胸に染みる。

 「北陸代理戦争」の舞台は68年の福井だ。手勢も資金もなく、大組織に命を狙われる徒手空拳の川田(松方弘樹)は、ヤクザ映画の定番<滅びの美学>と無縁の存在だ。暴力と才覚で関西の大組織をも黙らせる<上昇のダイナミズム>に爽快感を覚える。

 特筆すべきは女性の意志がストーリーを引っ張っている点だ。<知と利>で世を渡るきく(野川由美子)と<情と信>で川田を支える信子(高橋洋子)の姉妹が好対照だ。フェミニズムという新たなインクを一滴垂らした同作は、深作監督にとって最後のヤクザ映画になった。

 「県警――」には梅宮辰夫、山城新伍、金子信雄、川谷拓三、「北陸――」には伊吹吾郎、西村晃、ハナ肇、千葉真一、両方に成田三樹夫と、濃いキャラが勢ぞろいしている。俳優たちがしのぎを削る戦場で際立っているのが千葉真一(サニー千葉)の存在感だ。本作、「仁義なき戦い~広島死闘篇」、「沖縄やくざ戦争」(中島貞夫監督)で制御できない狂気を表現していた。

 タランティーノやジョン・ウーに絶大な影響を与えた深作監督だが、日本では正当な評価を受けていない。<「仁義なき戦い」シリーズで知られる>などお決まりの訃報記事を載せたメディア関係者は、作品を殆んど見ていないだろう。戦争の意味を鋭く問いかけた「軍旗はためく下に」と今回WOWOWが放映した4本(あと2本は「資金源強奪」、「仁義の墓場」)が深作映画ベスト5だと思う。

 学生時代、昭和館や文芸坐オールナイトで深作ワールドに痺れていた。この30年、パトスもエートスも大きく変化する。今の若者の多くは、ヤクザ映画全般に拒否反応を示すかもしれない。
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仁川で舞え、2輪の黄色いひなげし~第68回桜花賞

2008-04-13 01:40:46 | 競馬
 辺見庸講演会(7日)、MUSE(10日)とハイボルテージの恋文が続いた。ヘトヘトでネタ切れ状態だが、幸い春のGⅠシーズンだ。

 桜花賞を予想する前に、JRAのCMに文句を言いたい。社会が沈没しつつある現在、博打らしく不健全を売りにした方がいい。俺がプロデューサーなら、以下のようなCMを企画する。

 <CLUB KEIBA=援交少女編>
 ○三ノ宮の街。少女(蒼井優、ちょっと厳しいか)が中年男(佐藤浩市)に駆け寄る
 少女の声「おっちゃん、カッコええな。うちと付き合わへん?」
 ○阪神競馬場スタンド。真剣な眼差しで直線の叩き合いを見つめる男と少女。ジャンプして歓喜のハイタッチ
 少女の声「競馬場に連れてかれた。おっちゃん、馬券当てて小遣いくれた。ちょっぴり幸せな気分」
 男と少女の声「不良少女にだって夢はある。4月13日、桜花賞」

 不良少女を花に例えたら、ケシ科というだけで偏見を持たれるひなげしだ。宮沢賢治の「ひのきとひなげし」では、ひなげしの少女たちが悪魔に騙され、阿片の材料を奪われそうになる。ひのきの機転で毒牙を逃れるというストーリーだが、設定に事実誤認がある。日本で咲くひなげしはモルヒネを含んでいないのだ。

 ようやく本題。展開の鍵を握るポルトフィーノの回避で興趣を削がれたが、トールポピー(のっぽのひなげし)とリトルアマポーラ(ちびのひなげし)が5枠に同居している。2輪の黄色いひなげしが仁川で舞うシーンが目に浮かぶようだ。

 ♪丘の上ひなげしの花で 占うのあの人の心 今日もひとり……
 アグネス・チャンの「ひなげしの花」を口ずさんでしまったが、この曲はグリム童話並みに残酷だ。少女は♪来る来ない帰らない帰ると花弁を引きちぎり、恋する人の気持ちを占っているのだから……。

 馬体減とフケの不安を抱えるリトルアマポーラをあえて本命に推す。鞍上は不良っぽい武幸四郎だし、父(アグネスタキオン)は「ひなげしの花」とアグネス繋がりだ。対抗はもちろん、安定感があるトールポピーだ。

 追い切りが軽かったオディールは、体調不安とみて3連単の3着付けまで。確たる軸馬がいない年は、トライアルで人気を裏切った馬が穴を出す。エイムアットビップの巻き返しに期待しよう。単騎逃げ濃厚のデヴェロッペも、ミドルペースで流れたら前残りの可能性がある。

 結論。◎⑨リトルアマポーラ、○⑩トールポピー、▲③エイムアップビップ、△⑤オディール。注①デヴェロッペ。馬券は3連単<⑨・⑩><⑨・⑩・③><⑨・⑩・③・⑤>の8点。3連複は①③⑨、①③⑩、①⑨⑩の3点。馬連とワイドは人気薄の①から印の4頭に流すつもりだ。

 ドカッと当たれば幕張メッセに急行し、当日券でフー・ファイターズを見ることにしよう。これぞまさに、取らぬ狸の皮算用だけど。


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“HAARP”~MUSEが示した弁証法 

2008-04-10 01:43:27 | 音楽
 <自己内に含む矛盾を止揚して高次の段階へ至る>……。ヘーゲル弁証法の実践例として思い浮かぶのは、骨太3ピースのミューズぐらいだ。相反する様々な要素を坩堝でごった煮し、止揚することで、光速の進化を遂げてきた。

 昨年6月16、17日、新装なったウェンブリースタジアムで、ミューズという名の怪鳥が翼を広げた。15万人を動員した祝祭を記録した“HAARP”(CD+DVD)の国内盤が昨日、店頭に並んだ。CDを聴く時間はなかったが、DVDの感想を記すことにする。

 プロコフィエフが響き渡る中、マシュー、ドム、クリスが客席からせり上がり、花道からステージに向かう。「ナイツ・オブ・サイドニア」のイントロでヒートアップした聴衆は、「ゲットアップ・スタンドアップ」(ボブ・マーリー)の本歌取りといえるメッセージを合唱する。

 ギターとキーボードを縦横無尽に操り、ボーカリストとしても故ジェフ・バックリィの域に迫りつつあるマシューを、幼なじみのドムとクリスのリズム隊が支えている。ハイライトは静謐な「ブラックアウト」だ。2基の気球が浮遊し、ダンサーが空中で華麗な舞いを披露する。完璧な演奏、映像と光のアンサンブル、一分の隙もない演出が相まって、ウェンブリーは壮大な幻想空間と化していた。「プラグ・イン・ベイビー」~「ストックホルム・シンドローム」の弾けっぷりに、フジロック'07の興奮が甦る。

 轟音ビートに溺れたい人、エキゾチズムとリリシズムに惹かれる人、パンクやオルタナの洗礼を受けた人、クラシカルな旋律に安らぐ人、メタリックな触感を好む人、超絶テクニックに痺れる人、調和と破綻のアンビバレンツにロックの本質を見いだす人……。一つでも当てはまる人には、自信をもって“HAARP”を薦めたい。

 手放しでミューズを絶賛する俺だが、将来に対しては悲観的だ。止揚困難の二つの矛盾を抱えているからだ。

 マシューは母方から霊媒師の血を引いており、詞には神秘主義的、ボヘミアン的、アニミズム的世界観が織り込まれていた。政治的メッセージが前面に出るようになったのは4th「ブラックホールズ・アンド・レヴァレイションズ」からで、マシューは昨夏来日時のインタビューで、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン支持を表明していた。

 次作では、クラシックとプログレの要素を濃くしたスペースミュージックを志向するという。かつてのピンク・フロイドのように、壮大な舞台装置を用意して世界ツアーを展開する可能性が高い。<ハイパー資本主義>の構造に組み込まれながら、ラディカルなメッセージを発信する……。ミューズならずとも、この矛盾を止揚するのは容易ではないはずだ。

 20代で高みに到達したミューズにとって、老いの克服が課題になる。<蒼さ>と<刹那的切なさ>が彼らの魅力であり、40代になって「プラグ・イン・ベイビー」を歌うマシューを想像したくない。“HAARP”はミューズ美学の結晶であると同時に、レクイエムになる可能性をも秘めている。

 グラストンベリー'04以来、ミューズは欧州のビッグフェスで軒並みヘッドライナー(トリ)を務めてきた。不毛の地アメリカでも昨年、劇的変化が訪れる。オルタナ界のカリスマ、ペリー・ファレルがロラパルーザ(米最大の夏フェス)のヘッドライナーにミューズを指名し、直々の紹介でステージに迎える。マディソン・スクエア・ガーデンでの公演もソールドアウトになり、ミューズはアメリカでもGⅠクラスのバンドになった。

 怪鳥が孵化したばかりの01年秋、ZEPP東京でミューズを見た。<好きな子の前で滑稽なほど自分を曝け出す初心な少年>というマシューの第一印象は、昨年春の日本ツアーでも変わらなかった。これだけ薦めた以上、明らかに矛盾しているが、ミューズの日本での人気は今のままでいい。3000以下のキャパで彼らを見られるなんて、海外では夢物語なのだから……。

 扱いがGⅡクラスでも、ミューズが日本を素通りすることはありえない。親日派の彼らは今まで通り、連日セットリストを変えてファンを感激させ、夜な夜な街に繰り出しては好物の和食や焼き肉を頬張るだろう。次回の日本ツアーが実現すれば、高齢ファンの一人として足を運ぶつもりでいる。


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「死刑と日常」~辺見庸講演会に参加して

2008-04-07 02:08:10 | 社会、政治
 5日午後、「死刑と日常――闇の声あるいは想像の射程について」と題された辺見庸講演会(九段会館/死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90主催)に参加した。

 海野幹雄氏(チェリスト)が奏でるバッハとカザルスで厳粛と静謐が染み渡った頃、辺見氏が演壇に登場する。辺見氏の講演会は06年12月7日以来になるが、「心身喪失で、口が意思に反して動いたと斟酌してほしい」と冒頭で公安関係者を揶揄するなど、ユーモアを織り込んで超満員の聴衆(1200人)を沸かせていた。

 辺見氏は「愛」、「日常」、「痛み」、「世間」、「マザー・テレサ」、「スパルタカス」、「ギュンター・グラス」をキーワードに、周縁から死刑に切り込んでいく。<人間=時間的連続性>と捉え、その連続性を絶つのが死刑制度と論を進める。私たちが縛られているのは不条理、不合理、不都合な状況を捨象し、偽りの諧調(ハーモニー)に彩られた日常だ。その日常から意図的に遠ざけられているのが死刑制度である。

 <個がないから愛がない。諧調だけが存在する>……。辺見氏はこのフレーズを何度も繰り返した。諧調こそファシズムの源であることを、若者の意識から生まれた<KY>を例に分析する。当日の会場は平均年齢が高かった。辺見氏の本を読むことも体制に異を唱えることも、若者にとって<KY>なのだろう。

 4年前に脳出血で倒れ意識混濁に陥った辺見氏は、家族から捨てられた患者たちと身近に接することで、壊れゆく者たちの気高さを知る。病によって痛みと孤独を経験したことが、死刑を考える時のベースになっているようだ。

 06年12月25日、クリスマスの朝に3人の死刑を執行したことで、日本は世界中で批判に曝される。そのうちの1人は、自力で歩行できない高齢の病人だった。<立てない人の首に縄を掛けることを可能にする倫理が、この世のどこに存在するのだ>……。辺見氏は声を荒らげ聴衆に問いかける。怒りの矛先は、世間におもねり<ル-ティンワークの殺人>を闇に葬るメディアにも向けられていた。

 鳩山法相、橋下大阪府知事、鴻池参院議員の暴言、「靖国」上映中止問題、岡山駅突き落とし事件の加害者父親の引っ張り出し……。辺見氏は様々な事象を挙げ、俗情との結託によるファシズム醸成を詳らかにしていく。辺見氏は数回にわたり教員組合に招かれ、<反「君が代」>を説いて喝采を浴びた。ところが歌わずに処分された教師がたった98人という現実を知り、愕然としたという。

 天皇制に収斂する<ヌエのようなファシズム>に対置したのは「スパルタカス」(60年、キューブリック)だった。鎮圧者に「スパルタカスは誰だ」と問われた奴隷たちは、「私がスパルタカスだ」と答える。主体があるから、愛があり、愛があるから社会が成立する……。自らを映す鏡を持たず世間にとどまったままの日本を、辺見氏は深く憂えている。

 EUは死刑撤廃を加入の条件に挙げ、米国でも廃止に動く州はあるが、日本人の80%は存置論という。憲法9条を支持する多くの日本人が、なぜか死刑を肯定する。この矛盾を辺見氏は見事に突いた。<死刑を自国民に対する国家の生殺与奪の権利とするなら、行使を他国民に拡大するのが戦争だ。死刑と戦争は通底しており、憲法9条は死刑を否定する精神を体現している>(趣旨)……。辺見氏の論理に強い感銘を受けた。

 前回(06年12月)と同様、辺見氏が最後に説いたのは個の確立だ。敗北者、挫折者、卑怯者、臆病者だっていい。それぞれの目で社会を見つめることが、自らの半身にある世間からの解放に繋がると語った。<私がスパルタカスだ>と多くの国民が叫べるようになった日、日本は世間から社会へ進化するだろう。辺見氏は世間のままの日本で導入される裁判員制度を、<司法への世間の流入>と危惧していた。

 3時間半に及ぶ講演をまとめるのは不可能だが、辺見氏の身体を懸けた言葉の重みに感動した。当代随一の日本語の使い手で、石川淳、三島由紀夫、開高健の域に迫る辺見氏だが、芥川賞受賞後、表現の刃で権力と対峙する道を選んだ。五臓六腑から血とともに吐かれる言葉は、俺にとって濾過フィルターでもある。次回の講演会にも参加するつもりだ。

 九段下駅で競馬新聞を買い、地下鉄に乗り込む。脳内ボイスレコーダーの辺見氏の声をBGMに、レースを予想していた。こんなに愚かしい俺の日常だって死刑と繋がっていることを、辺見氏が教えてくれた。


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桜を愛でつつ<日本的>を考えた

2008-04-04 01:20:14 | 戯れ言
 雨で予定は2日ずれたが、今年も哲学堂を起点に花見と洒落てみた。濃密な気が漂う宵闇、ヒラヒラ花弁が肩に落ちてくる。不眠症がデジャヴを誘発したのか、後頭部が痺れ、シラフなのに千鳥足で中野通りを南下した。

 ♪花が開いて陽ざしに溶けて 君が笑った おだやかな午後
 ♪桜色の君の全て ヒラヒラとただ舞散る踊る 花吹雪 風の中 君と歩いた道 花吹雪 この心 病い重い思い
 ♪けしの花びら さえずるひばり 僕は孤独なつくしんぼう

 昨年の脳内BGMは井上陽水だったが、今年はイエローモンキーである。

 今に手触りがなく、未来に光が差さぬゆえ、思いは厚化粧した過去を通り過ぎ、生まれる前まで突き抜けた。<63年前、人々はどんな風に桜を愛でたのだろう>……。東京大空襲と「硫黄島からの手紙」をブログで取り上げたせいか、<あの頃>に郷愁を覚えていた。

 桜は古来<日本的>の象徴として西行、芭蕉、一葉、安吾らの作品に描かれてきた。特攻と玉砕を導いた<散華>と重なる部分もある。桜並木である疑問が頭をもたげてきた。<日本的>って何だろう? 愛国心、アニミズム、天皇制、力への従属、もののあはれ、和と寛容?

 歴史修正主義者の稲田朋美衆院議員(自民党)らが、「靖国 YASUKUNI」上映にストップを掛けた。一方で民族派の鈴木邦男氏は、同作を「愛日映画」と推奨している。<日本的>に拘泥し<右翼>にカテゴライズされる両者だが、同作へのスタンスは180度違う。理念で<日本的>を捉えるのは不可能かもしれない。

 情念における<日本的>も一筋縄ではいかない。「ベンゴ」(トニー・ガトリフ、00年)について、別稿(05年7月9日)で以下のように記した。

 <酒場でグラマーな(ロマの)熟女が「ラブユー東京」を日本語で歌う場面も印象的だった。小節の利かせ方など、演歌とロマの歌に共通する部分がある>……。

 19世紀末(明治期)、演歌師は謡曲と浪花節をベースにした歌を弾き語りして全国を放浪する。これを原型に様々なテイストを加えたのが演歌だという。最近の注目は黒人演歌歌手ジェロで、2日付朝日新聞朝刊でも大きく取り上げられていた。船村徹氏が記事中で<民衆のうめき>と評した演歌の精神は、ジェロのDNAに刻印されたソウルやR&Bと近い。彼が演歌に親しめたのも不思議ではない。

 <日本的>を突き詰めていけば、地下深く根を結んだ他国の情念と出会えるかもしれない。その先に存在する<真のグローバリズム>の可能性を示唆してくれるのが、「ベンゴ」でありジェロだ。

 ♪潮騒の音 快晴の彼方 そこに吹く風 その時の匂い 潮は満ちてく ひざから肩へ

 イエモンで締めくくり、今年の花見は終了した。何気なく口ずさんでいたが、この曲(「天国旅行」)は自殺ソングである。来年はどんな状況で、この季節を迎えるのだろうか。



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