酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「マンチェスター・バイ・ザ・シー」~エンドマークの先に続く物語

2017-05-29 22:16:27 | 映画、ドラマ
 前稿で熱く語ったアドミラブルは、能力の一端は見せたものの③着に敗れ、ダービー制覇はならなかった。超スローペースでは、さすがに大外枠は厳しかったといえる。レイデオロを勝利に導いたルメールの腹を括った好騎乗には、「あっぱれ」と言うしかない。幸いアドミラブル以外にも、夏を越して成長しそうなPOG指名馬は数頭いる。実りの秋が楽しみだ。

 〝ロックの都〟マンチェスターで爆破事件が起き、22人が犠牲になった。アリアナ・グランデはティーンエージャーに人気の歌手&俳優で、家族に引率されて会場に足を運んだ子供たちも多かったという。追悼集会で自然発生的に起こったのが、オアシスの「ドント・ルックバック・イン・アンガー」の大合唱だった。作者でもあるノエル・ギャラガー、モリッシーらマンチェスターに縁のあるロッカーたちがコメントを発信している。

 自爆犯は憎んでも憎み切れないが、俯瞰で眺めると別の構図が見えてくる。湾岸戦争でクラスター爆弾を用い、自国の兵士まで傷つけたアメリカは、ファルージャ空爆で化学兵器(≒核兵器)を投下する、人間の形をとどめない遺体が山積みになり、DNAを破壊された多くの赤ん坊は生後間もなく亡くなった。ガザ無差別空爆観賞会に集ったエルサレム市民は、着弾するたびハイタッチして乾杯した。その様子を報じたキャスターは翌日、CNNをクビになる。

 憎悪の連鎖の背景は武器の蔓延だ。常任理事国が武器輸出大国なのだから、国連が唱える平和など信用出来ない。水面下でイスラエルとの武器共同開発を進めるなど、日本も死の商人の列に加わろうとしている。NGOの会見(23日)で、日本の金融4社がクラスター爆弾を製造する米中韓企業に投融資していることが明らかになった。憲法9条は既に蝕まれている。

 ようやく本題……。新宿武蔵野館で先週末、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」(16年、ケネス・ロナーガン監督・脚本)を見た。重厚なホームドラマで、アカデミー賞(脚本賞、主演男優賞)に輝くなど、世界の映画祭を席巻した。公開後間もないので、ストーリーの紹介は最低限に、感想を以下に記したい。

 ボストンで便利屋を生業にしている主人公リー・チャンドラー(ケイシー・アフレック)は兄ジョー(カイル・チャンドラー)の訃報を受け、故郷のマンチェスター・バイ・ザ・シーに向かう。5000人ほどの海辺の小さな街で、景勝地として知られている。登場人物の心象風景が鈍色の空、蒼い海、舞うカモメに託され、寂寥感がスクリーンから零れてくる。予習抜きで見たので英マンチェスターが舞台と思い込んでいたが、10分ほどして勘違いに気付いた。

 親子の葛藤、夫婦の亀裂を抱える普遍的な家族が描かれて」いる。物語が進むうち、「そういえば、わが一族にも……」と心の中で呟いた方も多いはずだ。それでも見る者を引き寄せるのは、上記した卓越した風景描写であり、カットバックで時系を紡ぐ脚本の妙だ。さらに、オスカーに値するケイシー・アフレックの演技が、主人公の心の陰影を表現している。

 リーは問題児で、ジョーは人格者と賢兄愚弟の典型だが、二人は強い絆で結ばれていた。だからこそジョーは生前、息子パトリック(ルーカス・ヘッジス)の後見人にリーを指名していたのだ。哀しい記憶ゆえ故郷に帰れないジョー、当地で青春を謳歌しているパトリック……。叔父と甥は実によく似ている。突然キレて暴力的になること、そして女性が向こうから寄ってくることだ。

 ラストシーンはピリオドではない。エンドマークの先も、家族の物語は続いていく。例えば3年後、リーとパトリックはどう繋がっているのだろう。本作では海と船が、兄と弟、叔父と甥の関係を象徴していた。観賞後、俺はなぜか「ドント・ルックバック・イン・アンガー」を口ずさんでいた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アドミラブルはモンスター~愛に根差したダービー予想

2017-05-26 13:28:24 | 戯れ言
 藤井聡大四段が竜王戦6組決勝で近藤誠也五段を破った。近藤は若手有望株のひとりで厳しいと予想していたが、19連勝で本戦トーナメント入りを決めた。藤井は三段リーグ(16年4~9月)を13勝5敗で勝ち抜き、プロになった。見方を変えれば、登竜門で五つ負けている。1年間の上昇曲線に驚くしかない。

 23日、今年初めて横浜スタジアムに足を運び、横浜対中日戦を観戦した。筒香が5試合ぶりに復帰して豪快な一発を放ち、9対4で快勝する。翌日は港の見える丘公園でローズガーデンを鑑賞するなど、横浜の街を堪能した。

 試合後、ホテルで見た報道番組は、共謀罪衆院通過、マンチェスター爆破、新宿暴動の容疑者逮捕をパッケージにして伝えていた。<政府-警察-広告代理店>にとって、〝共謀罪は必要〟を刷り込む好機だったといえる。翌朝(24日)には大道寺将司死刑囚の死が、当時の映像を背景に報じられた。辺見庸が〝現在最高の表現者〟と評する大道寺の句は、現実、仮想、記憶、心的風景が交錯する空間で成立し、神的響きに満ちている。十七字に贖罪を刻んだ大道寺は、死によって苦悩から解き放たれたのではないか。

 重いテーマを枕にし、本題はダービー……。「あり得ない」と感じる方も多いだろうし、いい加減さは自覚している。3年前の6月1日、さくらんぼ狩り(山梨)、ダービー(府中競馬場)、川内原発再稼働への抗議(国会前)の三つのイベントに誘われた。筋からいえば国会前だが、最初に声が掛かったさくらんぼ狩りを選ぶ。

 話は逸れるが、ブログの訪問者は乱高下を繰り返しながら漸減している。ツイッターやフェイスブックなど発信の形が多様化する中、〝お客さん〟を維持するのは難しい。ビジュアル的工夫は一切せず、くどくて暗い文章が続くブログだが、最大の欠点は内容が多岐にわたること。アクセス数アップにはテーマを絞り、〝輪〟をつくることが得策なのだ。

 俺は3年前、グリーンズジャパン(緑の党)に入会したが、メーリングリストにブログをアップして〝損失補填〟を図るつもりはない。上記した通り、俺は反原発よりさくらんぼを選んだ。寛容で優しい会員は、俺のブログを読んだら人間性を疑うだろう。ダービーなんて尚更で、リベラルやラディカルは総じてギャンブルに厳しい。太宰治の言葉をひねって、<人生最大の賭けは恋と政治>と話したら、一笑に付された。ちなみに、緑の党と人脈的に繋がっている中村敦夫氏は大の競輪好きである。

 閑話休題。ダービーの展望を。いや、願望を。現POGに参加してから指名馬が7頭、ダービーに出走した。09年=セイウンワンダー(⑬着)、11年=コティリオン(⑭着)、12年=ディープブリランテ&フェノーメノ(①、②着)、13年=コディーノ(⑨着)、15年=タンタアレグリア(⑦着)という結果である。自慢になるが、以前のPOGでは2冠馬サニーブライアンを指名していた。

 この10年で馬券圏内は外さないと確信していたのは、自身の指名馬がワンツーした12年のゴールドシップ(⑤着)だった。そのゴールドシップより強いと確信しているのがPOG指名馬アドミラブルである。ということは、⑤着前後で終わる可能性も十分だけど……。

 POG参加者は、指名馬に感情移入する。俺もアドミラブルの動向に気を配り、心配してきた。1年前、音無調教師の「怪物」の評価にドラフトで1位指名する。近親にフサイチコンコルドがいる血統馬だ。ところがデビュー戦(昨年9月)直前、「無事に回ってくれば」と師はトーンダウンし、結果はブービーの⑨着(4番人気)だった。

 評判馬が凡走するのはよくあるケースで、アドミラブルもそのうちの一頭と諦めた。その後は音信不通で、喉を手術したとの情報が流れた。クラシックには間に合わないと覚悟したが、今年3月に復帰するや、フサイチコンコルドを彷彿させるパフォーマンスで3連勝。音無師の評価も「怪物」と元に戻った。師はオグリキャップ、ナリタブライアンに匹敵する馬と確信している。

 1番人気になると思うが、記者の評価は不思議なほど低い。馬場は一日で一変するし、金曜日の雨で大外⑱番が不利にならない可能性もある。短期間で2400㍍3戦目を不安視する声もあるが、アメリカ3冠レースはケンタッキーダービーの後、中1週→中2週のローテだ。音無師は青葉賞直前、「本番を見据えた軽い調教」と語っていたし、調教後の馬体増も輸送を考えれば好材料だ。

 同じく指名馬のウインブライトは⑰番だ。皐月賞⑧着が精いっぱいとの見方は妥当だが、〝わが子〟は見限れない。単勝の⑰と⑱、馬連とワイドの⑰⑱を買ってレースを楽しむことにする。予想というより、愛に根差した願望だ。3連単に絡めるなら、④スワーヴリチャード、⑥サトノアーサーあたりか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「シャーロック・ホームズの冒険」~罪を照らす孤独な蒼い焔

2017-05-22 22:22:03 | 映画、ドラマ
 一昨日(20日)のWBAミドル級王座決定戦は、不可解な判定で村田諒太がアッサン・エンダムに敗れた。マッチメーカー、トレーナー、解説者として活躍するジョー小泉氏は「エキサイトマッチ」(WOWOW)で毎回、採点基準を明示している。リングゼネラルシップ(試合を支配すること)、ダメージの大きさ、手数(有効なパンチ)の3点で、いずれの点でも村田が上回っていた。

 贔屓目でないことは、WBAメンドサ会長のコメントからも明らかだ。「私の採点では117対110で村田が勝っていた。ファンの皆さんに謝罪したい」とツイッターにアップし、ダイレクト・リマッチを指示する。グローバルスタンダードが確立し、ジャッジの質も上がっているはずだ。今回の結末に至った〝裏の事情〟に興味がある。

 イマジカBSとAXNミステリー(ともにスカパー!)が、同時並行で「シャーロック・ホームズの冒険」(1984~94年、英グラナダTV、全41話)を放映中だ。世界中のシャーロキアンから絶大なる支持を得ているシリーズで、ジェレミー・ブレットの名は〝理想のホームズ俳優〟として未来永劫、語り継がれていくだろう。俺が見たのは30話弱だが、感想を以下に記したい。

 NHK放映時、30代だった俺は「女優が奇麗じゃない」と友人に話した記憶があるが、今回は正反対の印象を受けた。ホームズにとってのファム・ファテール、エレーネ・アドラーを演じたゲイル・ハニカットを筆頭に、女優たちに魅了される。還暦を過ぎると、女性の好みが変わるのだろうか。

 細部に至るまで歴史考証が行き届いており、ビクトリア朝のロンドンが忠実に再現されている。だが、コナン・ドイルは〝日が沈まない大英帝国の栄光〟ではなく、植民地支配の影、収奪による荒みと淀みを見逃さない。典型は「四つの署名」だが、宿敵モリアーティ教授の腹心というべきモラン大佐(「空き家の怪事件」)、ロイロット博士(「まだらの紐」)など、植民地で人生を踏み外した男たちが登場する。

 ドイルは大英帝国の地位を脅かしかねないアメリカの勃興に気付いていた。「ソア橋の謎」にはアメリカで成功を収めた後、英国に移り住んだ大富豪ギブソンが登場する。トランプ的世界観の持ち主であるギブソンが、被疑者になった女性の欧州的価値観(公正と平等)に影響されという設定が興味深い。「踊る人形」ではマフィアの家系であることを嫌って渡英した女性が描かれている。粗野、強欲、暴力的が、当時のアメリカ人のパブリックイメージだったのか。

 作品の肝はホームズとワトソンの友情だ。二人は時に死を覚悟して、〝鉄火場〟に赴く。ホームズが射撃の名手ワトソンに銃の所持を頼むシーンも度々だ。日常のまったりした両者の会話にはユーモアが溢れている。「常に肝心なことを見逃す」だの「女性に甘い」だのホームズにネチネチいびられても、ワトソンは怒る様子もない。

 ワトソンは医者としてジャンキーのホームズを案じている。NHK放映時にはカットされていたかもしれないが、薬物に関する会話は以下の通りだ。

ワトソン「今日は何を打った? コカインかモルヒネか」
ホームズ「コカインなら7%の溶液がお勧めだよ。精神が研ぎ澄まされ高揚するんだ」        

 ワトソンが阿片窟からホームズを担ぎ上げて救出するシーンもあった。「僕の人生はただひたすら、平凡な存在から逃れる努力に費やされている」と語るホームズは、難事件の間の退屈しのぎに薬物を嗜んだ。 

 頭脳明晰であらゆる事象に精通しているホームズをモデルにしたのは、「相棒」の杉下右京だが、両者には決定的な違いがある。現役警察官である杉下は<法の下の正義>を第一に考えるが、ホームズは以下のように語っている。

 「これまでにも、僕が犯人を発見したために、その犯罪以上の悲劇を生んだ苦い経験がある。それからは慎重になったよ。わが良心を欺くより、イギリスの法をごまかす方がましだと」

 「悪魔の足」、「ウィステリア荘」、「銀星号事件」、「修道院屋敷の怪」などに、<人間としての正義>を追求するホームズの姿勢が反映している。軍医として従軍したワトソンは<法の下の正義>にこだわるが、議論でホームズには勝てない。  

 記憶に残るエピソードを五つ選べば「ノーウッドの建築業者」、「赤毛連盟」、「もうひとつの顔」、「ソア橋の謎」、「瀕死の探偵」となる、いずれもラストがドラマチックな作品だ。罪をかたどる欲望や憎しみを照らし出すのは、孤独なホームズの蒼い焔である。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

共謀罪に至る道程~歳月をかけて摘まれた自由

2017-05-19 12:11:38 | 社会、政治
 昨日は「柳家小三治独演会」(調布グリーンホール)に足を運んだ。「長短」と「粗忽長屋」を演じたが、名人も77歳、以前と比べ声の艶がなくなった気がする。それでも芸術的な間は健在で、満員の会場から笑いの渦が起きていた。話芸だけでなく〝人間小三治〟をファンは愛しているのだろう。枕で安倍首相に触れようとしたが、「皆さんも私も腹が立つだけなので、やめておきます」と短く結んだ。
 
 老若男女が皇族の婚約を喜んでいるなんて虚構に過ぎない。インタビューに冷ややかに答えた人の映像はカットされているからだ。<みんなが……>という空気を蔓延させるメディアのレベルは、北朝鮮やタイと大差ない。<放射能はアンダーコントロール>という大嘘を前提に東京五輪開催が決まった時も、祝賀ムード一色だった。

 秘密保護法、戦争法との3点セットというべき共謀罪が衆院本会議を通過する。自身が深く関わる森友&加計問題で新事実が続々明らかになり、安倍首相が目指す憲法改悪が頓挫する可能性も出てきた。麻生副総理を軸にした派閥合流、旧経世会の動きなど〝1強〟を揺さぶる動きの陰に、財務省の意向を指摘する声もある。安倍首相の国家私物化、利益誘導は甚だしいが、<ポスト安倍=麻生副総理>という漫画チックな予想に愕然とする。

 共謀罪については、<オリンピックを無事に開催するため>という刷り込みが功を奏したのか、肯定的な国民も多い。安倍首相の「パレルモ条約批准のため共謀罪は必要」との答弁は、十八番の詭弁である。同条約の立法ガイドを書いたニコス・パッサス教授は「報道ステーション」(16日放映)のインタビューで、「パレルモ条約はテロ対策ではなく、利益を追求する組織犯罪を対象にしたもの。共謀罪は同条約と無関係」と断言していた。

 「こんな時、おまえは何をしている」というお叱りに返す言葉もない。仲間や知人は共謀罪への抗議に取り組んでいるが、俺は変わらぬ日常を享受している。<共謀罪成立で監視社会がスタートする>との声に、俺は自問自答している。「日本はこの間、本当に自由だったのか」と……。

 1970年代後半、学生だった俺の目に、クラスメートが〝見えない力〟に怯えていると映った。社会の矛盾に敏感だった俺は、といっても典型的スキゾゆえ、自由で縛られないことが前提だったが、政治に向き合い、硬軟取り混ぜ署名を集めることもあった。反応はといえば、「趣旨には賛同するけど、署名したことが警察に漏れたら、確実に企業に流れる。絶対に就職できない」という冷淡なものだった。大学、そして社会は40年前から自由ではなかったのである。

 引きこもり気味のフリ-ターを経て1984年、メディアの端くれに潜り込んだ。会社(平均年齢30歳前後)で研修が企画され、数十人が三々五々、徒歩数分の区民館に向かう。すると会社に翌日、警察から確認の電話が入った。反核か何かの集会を間近に控えていたことも理由だろうが、言論の自由を脅かす共謀罪は30年前に〝施行〟されていた。

 1998年、江沢民中国主席が早大・大隈講堂で講演した際、参加者の名簿が大学当局から警察に流れていたことが世間を賑わせた。たまたま発覚しただけで、同様のチェックは全国津々浦々で起きていたに違いない。高村薫の「マークスの山」(93年)では、主人公(合田刑事)の妻が反原発運動に加わったことで招いた事態が描かれている。

 監視社会の雛型を作ったのは〝日本のアンドロポフ〟こと後藤田正晴だ。田中角栄に引き立てられた後藤田は徳島で、日本の政治家で最も自由に理解が深かった三木武夫元首相と三角代理戦争を展開する。落選した参院選では史上最悪の選挙違反を引き起こした後藤田が晩年、〝護憲派のシンボル〟として崇められた点に納得がいかない。

 30代、40代を悔いても仕方ないが、俺は約20年、集団に埋没していた。俺だけでなく、所属する職場やコミュニティーで抑圧が進行していても、抗議の声を上げたり、改善策を提示したりする人は少数だった。看過し沈黙することで、自由は削られ、摘み取られてきた。その積み重ねが共謀罪といえる。

 憲法9条はどうか。この四半世紀、PKO法、周辺事態法、テロ特措法、有事3法&イラク特措法、そして小泉元首相によるイラク派兵と段階を経て、関連する法律も整備され、憲法9条は蝕まれてきた。安倍政権下による戦争法→憲法改悪は、流れに沿った必然の帰結に見えてくる。星野智幸は「戦争を必要とする私たち」(01年発表、「未来の記憶は繭のなかで作られる」収録で、<国旗国歌法が誕生し、通信傍受法が成立し、日米防衛のためのガイドラインが改訂された1999年を右傾化元年と捉えている>と記している。

 自分の殻にこもり、ペシミスティックに風雨を避けたい気分になるが、まだ希望を捨てていない。都議選では、自由の気風が社会に浸潤するための〝蟻の一穴〟に期待し、全選挙区で唯一の市民派候補を支援する。おいおいブログでも記していきたい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「ライオン~25年目のただいま」が提示する<過去-現在-未来>を繋ぐ環

2017-05-16 19:59:28 | 映画、ドラマ
 終活というとオーバーだが、CDの整理に取りかかった。回収用(恐らくブックオフに依頼)の段ボールを用意して、〝積聴〟状態のアルバムを聴いているうち、メランコリックでダウナーな気分が心に溶けてきた。〝俺の青春時代は長くて暗く、ギザギザしてたんだな〟と独りごちながら、それゆえのロックとの深い絆を再認識する。終活どころか、延々と続く回春の日々になりそうだ。

 藤井聡大四段がNHK杯将棋トーナメント(14日放映)で、俺一押しの千田翔太六段を破った。俺がこの間、怒りを禁じ得なかったのは、メディア(スポーツ紙)が将棋界の不文律<テレビ対局では放映時まで結果を伏せておく>を蔑ろにしたからである。俺だけでなく、NHK杯や銀河戦(囲碁・将棋チャンネル)を〝疑似リアルタイム〟で楽しみにしているファンは多い。

 将棋に関心の薄い知人の女性も14日は見たという。藤井関連でワイドショーに出演した香川愛生女流三段の美貌にノックアウトされた同世代のおっさんもいる。〝藤井効果〟はかくも絶大なのだ。肝心の対局は、千田の空回り→自爆→戦意喪失といった感じか。藤井は自然体で、感想戦でも遠慮気味に話していた。藤井の次の対戦相手は森内俊之九段(永世名人位保持者)だ。メディアのルール遵守に期待したい。  

 角川シネマ新宿で「ライオン~25年目のただいま」(16年、ガース・デイヴィス監督/オーストラリア)を見た。実話をベースに世界の映画祭で絶賛された作品だが、その割に上映規模は小さい。タイトル「ライオン」の意味はラストに明かされる。

 1987年、インドの貧しい村……。5歳のサルー(サニー・パワール)は兄グドゥとともに、重労働に従事する母を助けている。ある日、グドゥとはぐれたサルーは回送列車に閉じ込められてカルカッタ(現コルカタ)に着く。貧困と暴力が渦巻く大都会でストリートチルドレンになったサルーだが、善意の出会いに恵まれる。ジョン(デヴィッド・ウエンハム)とスー(ニコール・キッドマン)夫婦の養子になってオーストラリアに渡った。

 インドでのシーンに重なったのが「駆ける少年」(85年、アミール・ナデリ監督だ。同作の主人公アミルは孤児だが、本作のサルーのように瞳を輝かせて走っていた。絶望も孤独も希望を失わなければ克服出来ると言いたげに……。

 青年期のサルーを演じるのは「スラムドッグ$ミリオネア」で鮮烈なデビューを飾ったデヴ・パテルで、役柄にもインドの光景にもマッチしていた。同じくインドからの養子で弟のマントッシュは少年期、癒えることのない傷を負ったのだろう。成長してもトラウマから逃れられず、クスリに依存している。一方のサルーは過去の扉に吸い込まれ、時を溯る旅人になる。

 映画館に足を運ぶ方は多くないだろうが、レンタルDVDやテレビ(WOWOW)でご覧になる方もいると思うので、ストーリーの紹介は最小限にとどめ、肝と感じた点を以下に記したい。 
 
 サルーの二人の母親に心を打たれた。息子が生きていると信じて捜し続けた生母、慈善のレベルを超えた高邁な意志でサルーとマントッシュを育てたスー……。ラストでシンクロした思いに、ハナをすする音が前後左右から漏れていた。〝母〟への強い情は国境、年齢、性別を超えて普遍なのだ。
 
 拗ね者として、ケチをつけたい点もある。本作で重要な役割を果たしているGoogle Earthは、確かに使い勝手はいい。だが、CIAら諜報機関とグーグルの蜜月は多くの人が指摘している通りだ。小泉元首相のブレーンだった岸博幸慶大教授は、「皆殺しの発想を仮面で隠しながら自由を説き、アメリカによる一元化に寄与している」とグーグルの危険性に警鐘を鳴らしていた。

 エドワード・スノーデンやジュリアン・アサンジなら、秘密保護法や共謀罪とグーグルの関係を明快に展開するだろうが、俺が何を言っても屁理屈にしか聞こえないだろうから、この辺で止めておこう。実在するサルーが効果的にGoogle Earthを使ったことで感動的な結末に至ったことは、本作に描かれている通りである。

 順風満帆だったサルーにとって、過去が突然、意味を持ち始める。自分を愛してくれた母と兄に再会しなければ、生きている意味はなく、そして未来に進めないと直感するのだ。人は誰しも<過去-現在-未来>の環に繋がれている。「人」を「国」に置き換えてもいい。歴史修正主義が蔓延る現在は、残念ながら真理と程遠い。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

人生と愛の迷路を辿る「僕とカミンスキーの旅」

2017-05-13 16:05:00 | 映画、ドラマ
 今回は二人の画家について記したい。一人は波瀾万丈の至高の表現者、もう一人は架空のポップアートの巨人である。

 先日、「ミュシャ展」(国立新美術館)に足を運んだ。売りはアルフォンス・ミュシャが16年かけて創作した20作からなる「スラブ叙事詩」だ。いずれも見上げるほどの壮大なスケールで、3~20世紀のチェコ史をモチーフにしている。

 農民、労働者、戦争で斃れた者が描き込まれ、怒り、哀しみ、諦念、恐怖をこちらに訴えているような目力を感じる。靄がかかったような柔らかな色調で、透明な衝立を通してコミュニケーションを取っている気になる。鑑賞する側と異界を結びたいというミュシャの作意が窺え、<過去-現在-未来>を繋ぐリアリティーを感じた。

 ミュシャはアールヌーボーの旗手としてパリで成功する。グラフィックデザイナーとして一世を風靡し、50歳で故郷に帰った。パリ時代のポスターも展示されていたが、金銭的な成功に背を向け、「スラブ叙事詩」に没頭する。パリ以前と以降は同じ画家の作品とは思えない。途轍もない転回が人生に起きたのだろう。

 「スラブ叙事詩」を制作する際、ミュシャは村人たちの写真を撮り、忠実に反映させたという。<歴史の主役は名もなき民>という信念の表れだったのではないか。ミュシャの愛国心は侵攻したナチスドイツに警戒され、獄に繋がれた。解放され、間もなく死亡する。社会主義政権でも黙殺され、プラハの春で再評価された。

 恵比寿ガーデンシネマで「僕とカミンスキーの旅」(15年)を見た。監督=ヴォルフガング・ベッカー、主演=ダニエル・ブリュールの「グッバイ、レーニン!」(13年)以来のコンビが謳い文句である。鮮烈なデビューを飾ったブリュールは「ベルリン、僕らの革命」、「サルバドールの朝」、「コッホ先生と僕らの革命」などに主演し、「ラッシュ/プライドと友情」ではニキ・ラウダを演じるなどハリウッドでも地歩を固めている。

 本作でブリュールが演じたのは、芽の出ないドイツ人の美術評論家だ。名声とお金を求める野心家のセバスティアンは盲目の画家、マヌエル・カミンスキー(イェスパー・クリステンセン)の伝記を書くため、隠遁しているスイスの山奥を訪ねる。カミンスキーは本当に盲目なのか? 視力をなくしてから描いた作品はあるのか? セバスティアンカミンスキーの娘ミリアム(アミラ・カサール)に接近しながら取材を進めていく。

 フェイクニュース、メタフィクションっぽい、虚実ない混ぜのムードでスタートする。ピカソ、マチス、アリ、ビートルズ、ウディ・アレンら時代の寵児とカミンスキーがコラージュされた写真と記事、映像が流れる。カミンスキーは芸術家やムーヴメントを辛辣に斬って捨てる。セバスティアンの心の声と妄想が頻繁にインサートされるなど、ユーモアと遊び心に溢れた作品である。セバスティアンの元恋人宅には、日本文化や黒澤明へのオマージュを窺わせるポスターが飾られていた。

 奔放なカミンスキー、そして煩悩の塊のセバスティアン……。年齢も個性も異なる二人だが、魂は次第に相寄っていく。ブレーク直前、カミンスキーの心の支えだったテレーゼ(ジェラルディン・チャップリン)が生きていることを知ったカミンスキーは、セバスティアンを伴い再会の旅に出る。

 レオン・カラックス監督作で注目を浴びたカール・ルードヴィヒがコソ泥役で登場するなど、道中はエピソード、ハプニングの連続だった。辿り着いた目的地で、カミンスキーとセバスティアンは絶望と孤独を共有する。形と手触りのあるものは得られなかったが、それ以上の価値にセバスティアンは気付いた。エンドロールの絵は、カミンスキーの心象風景そのものだ。本作は人生と愛の迷路を彷徨う温かなロードムービーである。

 最後に、ヴィクトリアマイルの予想を。雨で波乱を期待したいが、重でも実績のあるミッキークイーンが馬券から外れることはなさそうだ。先行できそうな②スマートレイアーと③ジュールボヌール、いまだに成長している⑭レッツゴードンキをミッキーに絡めて買うことにする。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「オペレーション・ノア」~36年後を見据えた野坂昭如のペシミスティックな預言

2017-05-10 22:34:13 | 読書
 一昨日(8日)、紀伊國屋寄席に足を運んだ。柳亭市江「熊の皮」→古今亭文菊「笠碁」→三遊亭圓窓「そば清」→仲入→春風亭一之輔「蜘蛛駕籠」→柳家さん喬「寝床」と高座は進む。ビートと毒が臨界点に達した〝ホール落語〟に慣れていたが、年齢層の高い「紀伊國屋寄席」は空気が異なる。手練れの芸をまったり楽しんだ。

 フランスと韓国で対話を掲げたマクロン、文氏が新大統領に決まった。俺の感想は「隣の芝は青い」……。マクロン候補はメランション支持の若者票を取り込み、文候補の選挙戦を支えたのは10~20代の若者たちである。翻って日本はどうか。意思表示を忌避するどころか嗤う傾向は、とりわけ若い世代に顕著だ。変革への思いが芽吹くことなく枯れてしまった時、この国は脳死を至るだろう。

 野坂昭如の訃報に接した時、「オペレーション・ノア」(1981年)を再読しようと手に取ったが、活字の小ささ(2段組み)にたちまち放り出す。仕事先でS君にその旨を話したところ、「文庫は大きめだから、アマゾンで注文しましょうか」と提案してくれた。確かにその通りで、帰省を挟んで上下巻(文春文庫、計600㌻)を読了した。36年前の〝衝撃の感触〟が肉付きされて甦り、当時は気付かなかった野坂の巨視に感嘆した。

 高度成長期が一段落した1970年代、ペシミスティックな空気が世間を覆っていた。人口増と資源枯渇に警鐘を鳴らした「成長の限界」(72年、ローマクラブ刊)は、脱成長、脱GDP、ミニマリズム、循環型社会と再生可能エネルギーへの志向の原点となった。「非情のライセンス」最終話(80年末オンエア)のテーマになった<人間の小型化>にも同書の影響が窺える。

 70年代の日本は公害問題を抱えていた。「オペレーション・ノア」でも、公害の影響で健常な状態で生まれてこない新生児の激増が伏線になっていた。公害とファシズムが重なる展開を先駆的に示したのは「光る風」(70年、山上たつひこ)であり、その延長線上に位置するのが「オペレーション・ノア」には、野坂の社会に対する緻密な分析と情念が織り込まれている。

 商社マンの堂内は妻と娘を交通事故で亡くした後、冠がリーダーを務める藤平首相直属の「オペレーション・ノア」のメンバーに選抜される。<人縮>と<国家の縮小>を目指す秘密プロジェクトに立ちはだかったのは、アメリカからの独立と軍国化を説く南原だった。藤平は南原の意見に耳を傾け、「オペレーション・ノア」は頓挫する。堂内らは地下に潜った。

 安倍政権は北朝鮮の脅威を煽って〝失点〟隠しに懸命だが、本書では偽装された地震情報が治安強化、国民統合の具に用いられる。〝鈍牛〟イメージの藤平は安倍キャラに転じ、高い支持を背景に、福祉切り捨て、軍備増強、武器輸出を断行する。議会制民主主義は終焉を迎え、「機密防止条例」(≒秘密保護法)で規制されたメディアは沈黙する。藤平は安倍首相同様、「憲法9条に国防軍(自衛隊)を条項として盛り込む」ことを宣言する。

 日米安保破棄が決定的になる過程で、南原の正体も明らかになる。米ソと対峙する流れを急変させたのが、日本を崩壊の瀬戸際に追い込んだ金融テロである。コンピューターの持つ意味を、野坂は誰よりも理解していた。崖っ縁にゾンビの如く再登場した「オペレーション・ノア」はヒューマニズムを全否定し、ポル・ポト政権下のカンボジアを彷彿させるような〝静謐な逆行〟を目指す。

 野坂は本書で、自由と民主主義に馴染まぬ日本人の服従性と集団化を憂えていた。当時は〝絵空事〟と感じていたが、再読した今、36年後にタイムトリップして書いたかと思えるほどの野坂の予知能力に瞠目させられた。本書では原発について繰り返し言及している。<必然的に起きる原発事故で人口が減ることは、プロジェクトにとって好都合>という理由で、原発は推進される。

 展開上、主人公の堂内の存在感が希薄になっていくのは仕方がないだろう。ラストに堂内がフェードインした新宿は焼け跡闇市派の野坂の心象風景そのものだった。ジョージ・オーウェルの「1984」と匹敵するとはいわないが、「オペレーション・ノア」は21世紀の日本を見据えた預言の書といっていい。単行本も文庫も絶版なって久しいが、今の日本を憂える方には必読の書といえる。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

宇都宮健児&中澤誠トークイベント~築地の現在と都議選

2017-05-07 17:42:24 | 社会、政治
 当稿をアップした直後、ニュース番組に呆れてしまったので冒頭に書き加える。藤井聡大四段は今日、公開対局(非公式戦)で豊島将之八段に敗れたが、テロップは何と「意外な結末」。豊島はA級八段で、タイトルに最も近い若手精鋭のひとり。負けたのは決して意外ではない。藤井をスターにしたい気持ちはわかるが、最低限の知識を踏まえてから報じるべきだと思う。

耳が一層遠くなった母とのコミュニケーションを取るため、筆談を始めた。90歳になった母は「悟りを開いた」と話していたが、果たして……。軍人の娘で頑迷な保守の母の口癖は「日本の男はアカン」だったが、ネット掲載のメディアの記事を見せつつ、<10代、20代の男の72%以上が安倍政権支持。憲法改正にも賛成」と書いて渡すと驚いていた。「戦前並みになった」と心中、喜んでいるのかもしれない。

 祇園会館の裏手にある台湾料理店で従兄弟夫婦、従兄弟とフィリピン貧困救済事業に携わっているTさんと歓談した。台風(2013年)で甚大な被害を受けた地域で、従兄弟は「市長より信頼されている」(Tさん)。政界や宗門の芥にまみれた時期もあった従兄弟だが、貧困に喘ぐフィリピンでの活動を通して心が濾し取られたという。僧侶には失礼な物言いだが、従兄弟も母同様、「悟りを開いた」のだろうか。

 悟りと無縁の俺は東京に戻り、「宇都宮健児&中澤誠フリートーク~築地市場と都議選 混沌から希望へ」(6日、高円寺グレイン)に足を運んだ。豊洲移転反対のリーダーである中澤氏がこの間の経緯を、森山高至氏(建築家)の協力を得て説明する。提示される具体的な数字に説得力を覚えた。4月下旬に同場所で開催された「神田香織一門会」で「人を喰う魚」を演じた高橋織丸さんも来場されていたが、噺に登場した「築地女将さん会」の活躍を中澤氏は何度も紹介していた。

 お二人のトークに衝撃を覚えた。3月以降、メディアが官邸の指示に屈し(忖度ではない)、方向転換したのだ。築地の欠陥をあげつらい、問題だらけの豊洲と〝どっちもどっち〟という世論操作を行っている。宇都宮氏が局に呼ばれても、司会者を含めた4人が移転推進派で、四面楚歌の状態だったこともあったという。内情を知る中澤氏によると、〝○○会長〟、〝△△代表〟という肩書でメディアに登場する人たちは市場の声を反映していない。市場の7割は<豊洲移転反対、築地再整備>で固まっているのだ。

 傀儡を据えて大衆の声を抑える仕組みは<植民地支配>そのものだと、宇都宮、中澤両氏は口を揃えていた。<豊洲の汚染は大丈夫>と語る識者の多くは。<放射能は大丈夫>と主張した面々と連なっている。沖縄を訪れて山城博治氏の横でアピールした経験のある宇都宮氏は、「沖縄と築地問題は構図が同じ。地道な闘いによって壁を打ち破るしかない」と強調していた。<原発-沖縄-築地>は共謀罪や戦争法とも繋がっている。

 参加者から目からウロコの指摘があった。資本主義の最も良質な部分を体現する卸売市場は大資本にとって敵であり、政府は地方崩壊に拍車を掛ける卸売市場法廃止を画策しているという。前触れになったのが閣議決定後、短時間で国会を通過した主要農作物種子法廃止だ。昨日初めて知った言葉なのでこれから学んでいきたいが、モンサントなど遺伝子組み換えを解禁する動きは、米中を中心に進行している。築地市場の問題とTPPなどグローバル経済の流れは不可分であるらしい。

 豊洲移転反対は宇都宮氏が都知事選立候補を前提に準備していた政策だった。小池知事は移転延期で支持を得たが、都民ファーストの動きが怪しい。移転推進派の公明党との共闘、上記の官邸からの圧力で〝どっちもどっち〟に世論が歪められたことは、小池知事にとっても好都合のはずだ。7割以上の市場労働者に後押しされ、中澤氏は「小池知事は信用していないし、既成政党に頼るつもりはない」と語っていた。

 自主避難者の住宅支援打ち切り、定時制高校廃止と弱者に冷酷な小池知事を当ブログで批判してきた。都議選圧勝を予測する声もあるが、直近の世論調査では意外な結果が出た。「どこに投票しますか」の問いに答えは「自民32%、都民ファースト17%」だった。俺が会員である緑の党はある選挙区で幅広く市民の声を結集し、「小池ノー」を訴えるべく準備している。宇都宮氏、そして中澤氏も応援してくれるに相違ない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

京都から憲法記念日に寄せて

2017-05-03 21:13:22 | 社会、政治
 ゴールデンウイークはいつも通り、従兄弟宅(寺)に泊まって母が暮らすケアハウスを訪ねる日々だ。普段は見る機会のないワイドショーでは、多くの時間を割いて藤井聡大四段を紹介している。明日の新人王戦(対局者は横山大樹アマ)の結果も大きく取り上げられるだろう。霞んだ感のある名人戦第3局は、稲葉陽八段が116手で制して2勝1敗とリードした。佐藤天彦名人にとって、後手で迎える次局が正念場になった。

 憲法記念日の今日、あちこちでそれぞれの立場からイベントが開催された。安倍首相は、2020年の改憲施行を目標に掲げた。ビデオメッセージでは奇麗事を並べていたが、国民の権利を制限する項目も俎上に載せられている。自民党が地位を押し上げたい皇室を、リベラルや左派が改正ストッパーに期待するという捻れが現出している。

 <現憲法はGHQのお仕着せ>という改憲派の金科玉条がまやかしであることは、「日本近現代史入門」(広瀬隆著)を紹介した別稿(4月21日付)で記した通りだ。公募によって採用されたのは「憲法研究会」(高野岩三郎、鈴木安蔵)が作成した草案だった。吉田茂、緒方竹虎らファシストが企てた自由化阻止はGHQによってことごとく否定され、同志だった白洲次郎は新憲法についての苛立ちを日記に綴っている。

 映画「日本国憲法」(05年、ジャン・ユンカーマン監督)は、憲法を論じるための格好のテキストだ。自由と人権を尊重した憲法研究会の草案がGHQにインパクトを与えたことが、複数の証言によって明かされている。ちなみに憲法研究会に影響を与えたのが、色川大吉(民衆史を提起した歴史学者)が発掘し、美智子皇后が言及した五日市憲法(1881年起草)である。

 俺もそのひとりだが、硬直した護憲派の現状に疑問を覚えている。三宅洋平について「彼は改憲派だろ」と斬り捨てた護憲派がいた。三宅は環境、生物多様性などを考慮して加憲の必要性を説いているが、現憲法の精神を高く評価している。自民党の改憲草案をボツにしたいのなら、公明党を引き寄せるしかないが、<自公=改憲派>と敵視している点にも納得がいかない。条文の全てがアンタッチャブルなのではなく、肝心なのは精神である。

 憲法を達成目標と捉える内田樹は、「憲法の『空語』を充たすために」で以下のように記していた。<護憲というのは、あるいは立憲主義というは、憲法は国の最高法規だから守らなくてはいけないという静止的な話ではない。最高法規に相応しい重み、厚み、深みをいかに加えていくかの力動的活動が求められる>……。柄谷行人は「憲法の無意識」で、<護憲派が憲法を守っているのではなく、9条によって護憲派が守られている>と述べていた。

 <9条と死刑は同じ文脈で捉えるべき>との持論を仕事先の夕刊紙記者に披瀝したところ、「初めて同じ意見の人に会いました。お互い少数派ですね」と返ってきた。「マイケル・ムーアの世界侵略のススメ」(15年)でも描かれていたように、〝死刑廃止こそ民主主義の第一歩〟が先進国の常識だが、日本では通用しない。世界の目を気にする自民党の一部には、「(欧米からメディアが押し寄せる)2020年に向け、死刑廃止の議論を起こすべき」という声があるという。アリバイ作り、ポーズの類いに相違ないが……。

 憲法の根幹である自由の価値が、この国では右肩下がりだ。普段はリベラル風に見せているが、組織に縛られ、身近の理不尽を看過している者も多い。集団化が下から進行し、安倍政権を下支えしている。アメリカの赤狩りは原子力産業と軌を一にしてスタートしたが、日本において原発が自由の最大の阻害要因であることは、3・11後の出来事が証明している。

 4月29日、除染作業が進んでいない浪江町の山林で火事が起きた。関東甲信越、東海地区まで放射性物質が飛来した可能性が高いが、なぜか速報のみで終わった。「放射能はアンダーコントロール」と宣言して誘致した東京五輪に合わせ、安倍首相は憲法改正を目指している。暗澹たる気分に沈んだ憲法記念日だった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする