アメリカについてあれこれ記してきた。俺の立ち位置は、「デモクラシーNOW!」に頻繁に登場するノーマ・チョムスキー、ナオミ・クライン、マイケル・ムーア、パティ・スミスら<反グローバリズム>派に近い。巨大な果実を左から齧っているが、芯まで届いた実感はない。「聖書男」(阪急コミュニケーションズ)はそんな俺にとり、アメリカ発見のための瑞々しいガイドブックだった。
著者のA・J・ジェイコブズはアラフォーのニューヨーカーで、知的ユダヤ人の典型だ。その素顔は家族思い、民主党支持のリベラルである。「名探偵モンク」を彷彿させる潔癖症には十分笑えたが、全て聖書の教えに則ったものだ。<聖書の教えを忠実に守った1年間>を綴ったのが本書で、自身が実験台になる手法に、映画「スーパーサイズ・ミー」のモーガン・スパーロックを思い出した。
A・Jは旧約聖書=8カ月、新約聖書=4カ月のタイムテーブルを設定する。新旧とも聖書に無縁の俺だが、シャープな切り口とユーモアたっぷりの語り口に引き込まれていった。旧約聖書はユダヤ教徒にとって唯一の正典だが、キリスト教徒は新約に重心を置きつつ旧約も読む。イスラムの教典にも旧約の一部が取り入れられている。
本作の肝というべきは、A・Jのエルサレム訪問だ。正統派ユダヤ教徒、フランシスコ修道士、ムスリムがごく自然に行き交う光景に、<驚愕すると同時に、深い孤独感を味わった>と記している。1年間の〝修行〟を通じて身に付けたのは、敬虔さ、寛容さ、感謝の念だった。A・Jは後半で、宗教間の軋轢を煽るキリスト教福音主義派に疑義を呈していた。
あくまで本書を通してだが、旧約聖書は神話、警句、掟、人生訓の集合体で、新約聖書はキリストの言行録といった印象が残った。本書の帯に「アメリカ人の55%は聖書の記述を真に受けている」というニューズウイークの世論調査の結果が記されていた。事実、進化論を教えない学校は多く、天地創造の記述から地球の歴史は1万年足らずとする〝学説〟が幅を利かせている。折しも大統領選の共和党候補選びがスタートしているが、アメリカは偏った字句解釈が政治にも影響を与える<キリスト教原理主義国家>だ。有力視されている中道派のロムニー氏は、キリスト教右派からの攻勢にさらされている。
福音派はすべて保守と決めつけていたが、リベラルが存在することを本書で知った。A・Jもシンパシーを抱く「レッドレタークリスチャン」は、金儲けを肯定するどころか実践している右派と対極に位置し、ボノ(U2)も名誉会員という。「レッド――」の主張は、俺が当ブログで繰り返し称賛している映画「奇跡の丘」(パゾリーニ)と同一だ。少数派ではあるが、清貧と富の分配を説くキリストの教えを忠実に伝えている。
本書を通じて理解できたのは、どの章、どの字句を重視するかで聖書の読み方が変わってくるということ。ファンダメンタリストは穏健派を、自らが守りたいものをピックアップしている<カフェテリア宗教>となじっている。だが、<勇ましいキリスト>を説くファンダメンタリストも、困窮者への慈悲深いキリストの言葉を意識的に無視している。聖書自体が矛盾を孕んでいる以上、<カフェテリア宗教>こそ理想の在り方ではないか……。A・Jの意外な結論に、ファジーな俺は納得した。
A・Jはあらゆる場所に赴き、意見を異にする人にも教えを請うている。アーミッシュと交流し、ユダヤ教徒のパーティーで恍惚を覚え、蛇使いの教団を訪ねた。好奇心を揺さぶる記述も多い。アダムとイヴの逸話に登場するのはリンゴではなくオレンジだとか、「姦淫するなかれ」(モーゼの十戒)の対象は人妻限定だとか……。ちなみに旧約聖書に描かれる男尊女卑については、恐妻家のA・Jは冷ややかである。
本書に繰り返し現れるのは虚言、悪口への戒めだ。A・Jも頻繁に反省している。俺も今日、つまらぬ言葉を仕事先でこっそり吐いてしまった。「神様、お赦しを」と懺悔したところで、聞き入れてくれる神はいない。本書を読んで、そんな自分が惨めで孤独に思えてきた。
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著者のA・J・ジェイコブズはアラフォーのニューヨーカーで、知的ユダヤ人の典型だ。その素顔は家族思い、民主党支持のリベラルである。「名探偵モンク」を彷彿させる潔癖症には十分笑えたが、全て聖書の教えに則ったものだ。<聖書の教えを忠実に守った1年間>を綴ったのが本書で、自身が実験台になる手法に、映画「スーパーサイズ・ミー」のモーガン・スパーロックを思い出した。
A・Jは旧約聖書=8カ月、新約聖書=4カ月のタイムテーブルを設定する。新旧とも聖書に無縁の俺だが、シャープな切り口とユーモアたっぷりの語り口に引き込まれていった。旧約聖書はユダヤ教徒にとって唯一の正典だが、キリスト教徒は新約に重心を置きつつ旧約も読む。イスラムの教典にも旧約の一部が取り入れられている。
本作の肝というべきは、A・Jのエルサレム訪問だ。正統派ユダヤ教徒、フランシスコ修道士、ムスリムがごく自然に行き交う光景に、<驚愕すると同時に、深い孤独感を味わった>と記している。1年間の〝修行〟を通じて身に付けたのは、敬虔さ、寛容さ、感謝の念だった。A・Jは後半で、宗教間の軋轢を煽るキリスト教福音主義派に疑義を呈していた。
あくまで本書を通してだが、旧約聖書は神話、警句、掟、人生訓の集合体で、新約聖書はキリストの言行録といった印象が残った。本書の帯に「アメリカ人の55%は聖書の記述を真に受けている」というニューズウイークの世論調査の結果が記されていた。事実、進化論を教えない学校は多く、天地創造の記述から地球の歴史は1万年足らずとする〝学説〟が幅を利かせている。折しも大統領選の共和党候補選びがスタートしているが、アメリカは偏った字句解釈が政治にも影響を与える<キリスト教原理主義国家>だ。有力視されている中道派のロムニー氏は、キリスト教右派からの攻勢にさらされている。
福音派はすべて保守と決めつけていたが、リベラルが存在することを本書で知った。A・Jもシンパシーを抱く「レッドレタークリスチャン」は、金儲けを肯定するどころか実践している右派と対極に位置し、ボノ(U2)も名誉会員という。「レッド――」の主張は、俺が当ブログで繰り返し称賛している映画「奇跡の丘」(パゾリーニ)と同一だ。少数派ではあるが、清貧と富の分配を説くキリストの教えを忠実に伝えている。
本書を通じて理解できたのは、どの章、どの字句を重視するかで聖書の読み方が変わってくるということ。ファンダメンタリストは穏健派を、自らが守りたいものをピックアップしている<カフェテリア宗教>となじっている。だが、<勇ましいキリスト>を説くファンダメンタリストも、困窮者への慈悲深いキリストの言葉を意識的に無視している。聖書自体が矛盾を孕んでいる以上、<カフェテリア宗教>こそ理想の在り方ではないか……。A・Jの意外な結論に、ファジーな俺は納得した。
A・Jはあらゆる場所に赴き、意見を異にする人にも教えを請うている。アーミッシュと交流し、ユダヤ教徒のパーティーで恍惚を覚え、蛇使いの教団を訪ねた。好奇心を揺さぶる記述も多い。アダムとイヴの逸話に登場するのはリンゴではなくオレンジだとか、「姦淫するなかれ」(モーゼの十戒)の対象は人妻限定だとか……。ちなみに旧約聖書に描かれる男尊女卑については、恐妻家のA・Jは冷ややかである。
本書に繰り返し現れるのは虚言、悪口への戒めだ。A・Jも頻繁に反省している。俺も今日、つまらぬ言葉を仕事先でこっそり吐いてしまった。「神様、お赦しを」と懺悔したところで、聞き入れてくれる神はいない。本書を読んで、そんな自分が惨めで孤独に思えてきた。
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