酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

西加奈子「通天閣」~瑞々しいカタルシスで読書納め

2019-12-31 21:56:44 | 読書

 まずは、ドラマの感想から……。「歪んだ波紋」(BSプレミアム、全8回)には、塩田武士(原作者)の神戸新聞記者当時の経験が織り交ぜられていた。地方紙記者の沢村(松田龍平)、虚報(メイクニュース)を仕掛ける桐野(筒井道隆)、ネットニュースを立ち上げた三反園(松山ケンイチ)が、SNS時代のメディアの未来を追求する。角野卓造、イッセー尾形、長塚京三、小芝風花ら豪華脇役陣が彩りを添えていた。

 上記の筒井が同じくヒールを演じた「ゴンゾウ 伝説の刑事」(2008年、全10回)の再放送をテレ朝チャンネルで見た。警視庁捜査一課のエースだった黒木(内野聖陽)は愛する人を失って気力が萎え、今は所轄暑の備品係だ。取って代わった佐久間(筒井)との葛藤を軸に、二つの殺人事件が一本の糸に収斂していく。〝テレ朝刑事ドラマ史上、最高傑作〟の評価に偽りなく、ヒューマンドラマの要素も備えている。

 <衰>と<劣>が今年の一字に相応しい俺だが、読書を堪能した一年だった。スピードは格段に落ちたが、熟読した分、密度は濃くなる。未読の作家たち、目取真俊、帚木蓬生、そして今日紹介する西加奈子に出会えたことは収穫だった。読書納めに選んだのが「通天閣」(06年発表、ちくま文庫)である。還暦を過ぎても〝感動体質〟は変わらず。瑞々しい言葉の渦がクチクラ化した体内に染み込んでくるのを覚えた。

 通天閣近くに暮らす男と女が主人公だ。男は40代半ばで、百円ショップに卸す大小2つの懐中電灯セット「ライト兄弟」を製作する工場で働いている。女は20代後半で、ボッタクリといえなくもないバーのホステスだ。男は他を圧する作業スピードを誇り、女は店のチーフ格……。職場では認められているが、世間的には〝なくてもいい存在〟と自身を捉えている。

 両者の主観がカットバックし、章によっては冒頭で心象風景を反映する夢が綴られる。大阪人は通天閣、新世界をどのようなイメージで受け止めているのだろう。前稿のサブタイトルで<ブラックホール>と評した歌舞伎町とも、東京タワーとも違うはずだ。主人公はともに自転車で仕事に通っている。釜ケ崎と遠くはないはずだ。女のアパート前でオカマのおっちゃんが客を引いているし、男の周辺にも有象無象が蠢いている。

 物語が進行するにつれ、やるせなさが沸点に近づいていく。カメラマン志望の女の恋人マメはニューヨークに飛びだった。男とラーメン屋の女子店員の因縁を仄めかせていたのは作者の遊び心といえる。ちなみに男は、太めの女性に惹かれるようだ。男と女の生活実感、冴えないが個性的な登場人物、職場での会話など、ディテールがリズムを作っている。

 女の元にマメから電話がかかってきて、別れを告げられる。新しい彼女は尊敬出来る同志という。〝自分なんて愛される価値のない〟とタナトスに憑かれた女はマメのカメラを見つけ街に出る。飛び降り騒ぎに野次馬が集まっていた。

 女の目には一瞬、店のママが重なったが、自殺を試みたのは男の隣人だった。飛び降りを心待ちにする酷薄な空気が充満する中、鬱陶しいオカマと普段から避けていた男が大声で叫ぶ。「お前のことがっ、好きやあ(16個)っ!!!」。カメラを落としそうになるほど女は動揺する。
 
 痴話喧嘩の末に世を儚んだと周囲は誤解する。男の叫びは本音ではないが、本音でもある。自分も生きる価値がないと考えている男は、現場に集まった全ての冴えない者たちに、生きていることの意味を問い掛ける。空気は変わった。ドラマチックなクライマックスを彩る雪が、男と女の一期一会の奇跡的な邂逅を浮き彫りにする。

 物語は神話の域に飛翔し、カタルシスに心が潤んだ。女は愛されるより愛することにポイントを切り替え、男は趣味で集めた時計の数々に電池をセットしようと考えた。再生と希望が滲むラストに、俺は西加奈子を読書ルーティンに組み込むことを決めた。

 最後に、今年も拙い駄文に付き合っていただいてありがとうございます、ブログは物忘れの激しい俺にとって備忘録である。来年も暇があったら訪ねてください。
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「新宿タイガー」&「選挙に出たい」~歌舞伎町というブラックホール

2019-12-28 16:37:19 | カルチャー
 詐欺まがいの勧誘で高齢者に契約を迫るなど、かんぽ生命の不適切販売で日本郵政グループに行政処分が下された。小泉純一郎元首相が郵政民営化を掲げて衆院解散に打って出た時、日本は拝金主義と売国に舵を切った。この路線を継承したのが安倍政権である。

 この20年、新宿駅から徒歩30分の街で暮らしている。かつての喧騒と猥雑さは影を潜め、こざっぱりしたと嘆く人もいるが、それでも新宿と新大久保は多様性を体現する魅力的な文化圏だ。

 2002年の監視カメラ設置以降、自由の気風は薄れたが、上京した頃(70年代後半)の歌舞伎町は、「夜と朝のあいだに」(69年、ピーター)の歌詞そのまま、<闇と光が交錯するアンダーグラウンド>の趣があった。現在も〝訳あり〟を引き寄せるブラックホールである。

 歌舞伎町の今を伝える2本のドキュメンタリーを見た。ともに日本映画専門チャンネルで放映された「新宿タイガー」(2019年、佐藤慶紀監督)と「選挙に出たい」(18年、ケイヒ監督)である。まずは「新宿タイガー」から……。
 
 新宿タイガーはタイガーマスクのお面、カツラもしくはカーリーヘア、花や縫いぐるみを纏って新宿を闊歩する。朝日新聞の朝夕刊配達員だが、空き時間は映画館をハシゴする。お気に入りの女優が出る舞台に足繁く通い、彼女たちとゴールデン街で酌み交わしている。実に多忙なバガボンドだ。

 勤め人の頃、未明に仕事を終えると、頻繁に新宿に繰り出した。歌舞伎町の噴水前、闇が光に奪われる瞬間に心をときめかしていたが、同時刻、生業に励んでいるはずのタイガーを目撃したことはない。映画館でも未遭遇だから、俺とタイガーは新宿を棲み分ける〝異種〟といっていい。決定的な違いは食性で、具体的にいえば飲むか飲まないかだ。

 下戸で座談が苦手の俺は、酩酊状態で女優たちと打ち解けるタイガーが羨ましい。8歳年上のタイガーは団塊の世代だが、意識的なのか知と理を語らず、寺島しのぶのナレーションにあったように秘密主義者だ。自由を維持する条件を満たした〝永遠のフラワーチルドレン〟を、新宿は今後も許容し続けるだろう。

 〝歌舞伎町案内人〟こと李小牧氏が新宿区議選(2015年)に挑んだ姿を追ったのが「選挙に出たい」である。今年4月に足を運んだトークイベント「ここがオカシイ!日本の選挙」(高円寺グレイン)のコメンテーターのひとりで、香港と台湾に思いを馳せていた。日本国籍を取得した李氏は、郷土愛と中国共産党への不信感が入り混じった複雑な心情を明かしていた。

 李氏の父は文革のさなか、毛沢東支持の造反派だったが、林彪の失脚で父親も冷遇される。天安門事件の前年、李氏は日本に渡った。中国では実現不可能な自由と民主主義、日中友好、水商売従事者の地位向上……。これが李氏の主なスローガンである。俺が新宿区民なら一票を投じた可能性は高いが、〝奇特〟な人は少ない。

 李氏は裏社会との繋がりをネットで取り沙汰された。歌舞伎町で生き抜くにはアンダーグラウンドと無縁であることは不可能に思える。撮影時、李氏は50代半ばだが、なかなかの好男子だ。結婚歴数回というのも、金と容姿の成せる業だが、こと選挙になるとマイナスに響く。

 芸能人にさえ品行方正を求める日本人が、〝選良〟に不良を選ぶのは無理がある。いっそのこと、N国のようにヒールに徹する手もあったと思うが、真面目な李氏は民主党の支援に期待した。選挙終盤、推薦を得られたものの、他の公認候補と軋轢が生じた。応援してくれたホストたちにしても、住民票が新宿にあるとは限らない。

 ブラックホールのように票を吸収出来ず、李氏は落選した。ちなみに今年も同じ結果だった。最大の敗因は中国への反感だ。「新大久保〝多国籍会議〟~ニッポンの未来が見える町で」(NHKBS)で、異文化コミュニケーションを実践する場として日本人、韓国人、ベトナム人、ネパール人が立ち上げた「4か国会議」が紹介されていたが、中国人の姿はなかった。

 李氏も新宿タイガー並みの有名人だが、選挙では〝新宿ドン・キホーテ〟になる。新大久保で演説しても罵声は浴びるが、情熱は伝わらなかった。次の機会には国際都市新宿に相応しいメッセージを発信してもらいたい。
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「自由思考」~中村文則というミステリーを読み解いた

2019-12-24 23:49:41 | 読書
 先日夕、新宿からバスに乗った。入り口近くに10代後半と思しきマスク姿の女性が立っていた。潔癖症なのか座らず、他の客と接触すると「ギャー」と叫ぶ。咳が聞こえると、その方向を睨んでブツブツ呟いていた。渋滞に事故が重なったのか、バスは前に進まない。苛立ちと〝異物〟の存在が〝事件〟を起こす。

 彼女の横に座っていた俺と同世代の男が「うるさい。黙ってろ」と一喝すると、彼女は「あなたのことを言ってるんじゃない」と弱々しく返す。俺は男に怒りを覚えた。彼女は病んでいる。バス乗車も社会と繋がるためのトライだったに相違ない。3倍も生きていて彼女の苦しみを理解出来ず、周りの気持ちを代弁したと勘違いしたなら、いじめっ子とレベルは変わらない。

 バスで起きたことを洞察し、彼女の心情と酷薄な社会の仕組みを重ねて表現する力は、残念ながら俺にはない。脳裏に浮かんだのは中村文則だ。彼ならきっと心を打つ言葉で表してくれるはずだ。今回はエッセー集「自由思考」(2019年、河出書房新社)を紹介する。文学、政治についての論考、ユーモアたっぷりの雑文から作家生活のあれこれまで、内容は多岐にわたる。

 中村の小説を何度もブログで取り上げてきた。亀山郁夫氏が<ドストエフスキー的課題を21世紀に甦らせた>と絶賛する中村の真骨頂は、人間の闇を抉る対話、手記、モノローグだ。本作に収録された「罪と罰」の分析は秀逸である。

 デビュー以来、中村は1年1作のペースで小説を発表してきた。<テーマは重厚なのに短過ぎる。ドストエフスキー的課題を継承している作家に、複層的な枠組みで饒舌に語ってほしいと願うのは、時代遅れの感性なのだろうか>と多作の〝後遺症〟を案じたこともあったが、「教団X」と「R帝国」で不満は一掃されている。

 短編集「A」(14年)に収録された「A」と「B」は日本軍の中国における蛮行と従軍慰安婦をテーマにしていた。〝中村もついに政治に目覚めたのか〟という感想が的外れだったことを「自由思考」で気付く。毎日新聞に寄稿した論考では辺野古、原発、秘密保護法、戦争法、護憲、森友&加計etcと、安倍政権に舌鋒鋭く斬り込んでいる。中村は一貫してリベラル、ラディカルで、疎外された弱者の側に立っている。

 本作で興味深かったのは、〝硬〟ではなく〝軟〟の部分だ。漫画(とりわけ「ONE PIECE」)、ゲームに造詣が深い。AVについても詳しく、熱烈な巨人ファンである。<暗さと孤独>がパブリックイメージだが、幼い頃はいじめを避けるため策を講じていたという。

 中村は童顔で悪い印象を持つ人は少ないだろうが、<電車で誰も隣に座らない>とこぼしていた。自身が発する〝来ないで〟オーラと目の下の隈に理由を求めていたが、俺も同様で、冒頭に記したバスでも2人席で唯一、隣が空いていた。俺の場合、胡散臭さと加齢臭が人を近づけないのだろう。

 その才能が10代の頃、周囲を瞠目させていたと思っていたが、太宰治に出合った後も、名古屋時代は平凡だったようだ。中村と他者との距離が縮まったのは福島大入学後で、温かい土地柄に溶け込んで仲間と交遊し、作家という夢を見つけた。だからこそ、思い出の地を汚した原発には強い憤りを感じている。

 修業時代、弁当屋の女性に覚えられるほど購入した「えびたま丼」を独りぼっちの部屋で食べる下りなど、孤独と逼迫生活の思い出も微笑ましい。初代〝日本のドストエフスキー〟高橋和己も、文学賞予選通過発表の号をめくり、愕然と本屋を出たことが一切ならずあった。中村も文学賞に3回落ち、新潮文学賞受賞と同時期に応募した小説も1次予選落ちだったという。芥川賞もノミネート3度目に受賞している。

 この辺り、作家に限らず、世に出ることを目指している表現者の卵には参考になるはずだ。諦めないことがデビューの条件だと思う。自らを見いだしてくれた新潮社には恩義を感じているだけに、「新潮45」廃刊を巡っては厳しい論調で記していた。「去年の冬、きみと別れ」に至る幻冬舎編集者との交流も感動的で、映画(18年)も素晴らしい内容だった。

 中村は叫びながらのたうち回り、自身を切り刻むように言葉を紡ぐ。登場人物の多くは〝あらかじめ失われた存在〟でトラウマを抱えている。海外ではミステリーにカテゴライズされるケースもあるが、中村についての最大の謎は両親だ。本作に一行も触れられていなかった。
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「像は静かに座っている」~神話の域に達した奇跡の映画

2019-12-21 21:24:02 | 映画、ドラマ
 自身の劣化は隠せない一年だったが、ムービーライフは充実していた。イメージフォーラムで観賞した「象は静かに座っている」(2018年、フー・ボー監督)に掉尾を飾る傑作だ。2019年私的ベストテンを挙げる。

①「象は静かに座っている」(フー・ボー)
②「主戦場」(ミキ・デザキ)
③「金子文子と朴烈」(ファン・ソング)
④「グリーンブック」(ピーター・ファレリー)
⑤「存在のない子供たち」(ナディーン・ラバキー)
⑥「テルアビブ・オン・ファイア」(サメー・ゾアビー)
⑦「イエスタデイ」(ダニー・ボイル)
⑧「国家が破産する日」(チェ・グクヒ)
⑨「ハンターキラー 潜航せよ」(ドノヴァン・マーシュ)
⑩「乱世備忘 僕らの雨傘運動」(チャン・ジーウン)

 以下、「バハールの涙」、「COLDWAR~あの歌、2つの心」と続く。邦画では「解放区」、「閉鎖病棟」、「夕陽のあと」が印象に残っている。

 「象は静かに座っている」は「息もできない」(08年、ヤン・イクチュン監督)とともに21世紀のツインピークスだ。〝永眠へのリハーサル〟中ゆえ234分の長尺は厳しいと不安だったが、長回しの鈍色の画面は言霊ならぬ〝映霊〟というべき魔法に彩られ、緊張感が途切れることはなかった。

 「息もできない」を<アジア的宿命観を背景に、年齢も境遇も性をも超越して相寄る魂を描いた物語>とブログで評した。舞台は韓国、中国と異なるが、「象は――」にもそのまま当てはまる。フー・ボー監督は初の長編作となる本作完成後に自殺。享年29だった。師匠で友でもあったタル・ベーラ監督だけでなく、多くの映画関係者がその死を悼んでいる。

 中国北部の石家荘市が舞台で、朝から深夜にかけて物語は進行する。本作の魔法の正体はタナトスだ。監督は自ら命を絶ったが、4人の主人公も孤独と疎外、そして死の影に囚われている。4人の主人公を以下に記す。

 自身の妻とチェン(チェン・ユー)との情事を目撃した友は、部屋から飛び降り自殺する。チェンの弟は学校の階段から落ち重傷を負う。もみ合って突き落としたのは、家から放り出されたブー(ポン・ユーチャン)だった。ブーの友達で拳銃を所有するカイの行動がストーリーに爪痕を残す。

 目の当たりにした友の自殺と、嫌っていたとはいえ生死の境を彷徨う弟……。友が遺した言葉<満州里の動物園に一頭の象がいる。その象は、一日中ただ座っているという>がチェンの脳裏を去らない。サーカスのポスタ―に魅せられたブーもまた、満州里に思いを馳せる。ブーと親しいリン(ワン・ユーウェン)は母との相克を抱えている。ラスト近くの感情の爆発は死を連想させる。

 老人ジン(リー・ツィンシー)にとって気を許せるのは孫娘だけだ。散歩中、うろつく大型犬に飼い犬を嚼み殺される。入居先候補の老人ホームを訪れたジンの目に映る死の薫りが漂う光景が印象的だった。ジンはブーとの邂逅で、兵役を務めた満州里を終の住処に定めた。観賞中は満州里も、座る象も存在しないと決め込んでいたが、ネットで検索すると実在していた。

 満州里は石家荘市から2300㌔離れた内モンゴルに位置する。象は2時間ほど立ったままで眠るが、東山動物園(名古屋市)がアップした映像ではお座りしていた。<静かに座る象>は主人公たち、そしてフー・ボー監督の心象風景と重なる暗喩(メタファー)になのだろう。

 <両方の端から彼というロウソクを燃やしていた>というタル・ベーラの追悼のコメントに、〝両方〟の意味を考えてみた。希望と再生、絶望と喪失のアンビバレンツを表象し、彼方から聞こえてくる象の鳴き声……。美しいラストシーンは行き止まりなのか、それとも通過点なのか……。フー・ボーは見る者に委ねている。

 主人公たちは映画の前半、行き場のなさを明らかに<他者のせい>と捉えていた。だが、それが脱出であれ、逃避であれ、自らの意志で行動を定めた時、宿命を超える何かが兆していた。細部にまで精緻に紡がれた奇跡の神話に出合えた幸せを実感している。

 最後に、有馬記念について。POGを始めて競馬は愛の表現になった。愛はもちろん、ギャンブルにそぐわないことは百も承知で、2年前の指名馬アーモンドアイとエタリオウを軸に据えて買う。外れるのは想定内だ。
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パワーシフト&友川カズキ~血はサラサラ、心は潤った週末

2019-12-17 23:25:42 | カルチャー
 この1カ月、失敗が続いている。鍵が見つからず施錠しないまま仕事に行ったり、土地勘がある場所で道に迷ったり、昼食を食べた店で財布を落としたりと〝一日一ドジ〟だ。今年の漢字は<令>に決まったが、俺、いや社会の実態に即しているのは<劣>と<衰>だ。

 先週末はクチクラ化した血管の流れをサラサラにする集会、干からびた心を潤すライブをハシゴした。「パワーシフト杉並~キックオフ集会(高円寺グレイン)と第18回オルタナミーティング「友川カズキ~阿佐ヶ谷ライブ」(阿佐ヶ谷ロフト)で、ともに緑の党(グリーンズジャパン)会員発のプロジェクトである。

 まずは「パワーシフト杉並」から。パワーシフトとは<持続可能な社会に向けて、電力の在り方を変えていく>こと。壇上に立ったのは吉田明子さん(FoE Japan)と竹村英明さん(グリーンピープルズパワー)で、立憲民主党の区議やジャーナリトなどエネルギー問題に関心の高い人たちが集まった。

 先月末、世界中で数百万人が参加した「グローバル気候マーチ」(新宿中央公園)に参加した。スローガンの<気候を変えずに自分を変える>は脱成長、ダウンシフト、ミニマリズム、反原発に則り、環境に優しい銀行や電力会社に貯蓄先、契約先を変更するパワーシフトに繋がる。

 <東電から市民や地域が主体になった自然エネルギーの電力へのシフト>が今回のテーマだったが、問題は電力に限らない。俺の周囲には、購読紙を東京新聞、銀行口座を城南信用金庫にチェンジした人が多い。<慣習に支配されている>から<個々が起点になって世の中を変える>がパワーシフトの目的なのだ。

 吉田さんと竹村さんは、いまだ原発重視を変えない政官財の癒着を抉っていた。パワーシフトは環境・エネルギーだけでなく、格差と貧困、農業問題、都市と地方、官と民といったテーマを見据えている。世界の構造を根底から覆すパワーを秘めているのだ、

 5回目になる友川カズキのライブには、スタッフの端くれとして広報、チケット販売、会場整理などに関わった。控室で挨拶した友川の子供のように澄んだ目は、シンガー、詩人、画家、陶芸家の貌を持つピュアーな芸術家の証しだった。ステージでの偽悪的、自嘲的なポーズは、酒とともに正気を保つ特効薬なのだろう。

 俺にとって友川のライブは師走の風物詩、年越しイベントになっている。動員数は少しずつアップし、年齢層も若返っていた。リハーサルでは複数の撮影陣がカメラを回していたが、来年は3本のドキュメンタリーが上映される。いずれプラチナチケット化するかもしれない。

 オープニングアクトの築秋雄は奄美大島出身のフォークシンガーで、独特の技法でギターをかき鳴らしながら熱い魂を客席に放射していた。1部と2部の合間に登場した火取ゆきは2年前、友川と阿佐ヶ谷で共演した際、心臓の手術で休養することを明かしていた。復帰を心から喜んでいる。友川のカバー「サーカス」を含め2曲を披露する。

 友川の魅力については繰り返し記してきた。曲ごとに静謐と狂気、繊細と野性のアンビバレンツがちりばめられ、諦念、絶望、孤独を叙情に包んでいる。創造性、カラフルな文化の薫りが漂う絵画的な詩は、晩年の大岡昇平だけでなく多くのアーティストを魅了している。今回も作家や詩人が詰め掛けていた。

 接近戦で世界に挑む友川の言葉に嘘はない。例年はMCの多くを競輪グランプリに割いていたが、今年は2週間後なので一切なく、その代わり、安倍政権に繰り返し毒を吐いていた。「週刊金曜日」や社民党の発行物で告知されたイベントゆえ、リベラル、左派が多数を占める客席とステージは繋がっている。

 セットリストには「三鬼の喉笛」、「一人ぼっちは絵描きになる」、「祭りの花を買いに行く」、「生きてるって言ってみろ」など名曲が含まれていた。「ワルツ」を演奏する際、同曲をカバーした遠藤ミチロウへの思いを語っていた。くしくも両者は1950年生まれ。生き残った大酒飲みの友川は、下戸のミチロウといかに友情を築いたのだろう。

 ドキュメンタリー第1弾のタイトルは「どこへ出しても恥かしい人」……。いかにも友川カズキらしい。公開を心待ちしている。
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善悪の彼我を笑いで包む「テルアビブ・オン・ファイア」

2019-12-13 12:23:17 | 映画、ドラマ
 小泉進次郎環境相がCOP25で嘲笑の的になった。南米の活動家グループが会場でデモンストレーションを行ったことが象徴的だが、気候危機は反グローバリズム、反資本主義、格差と貧困といった構造の変革を問うテーマになっている。お飾りで入閣した小泉氏には明らかに荷が重い。

 政府は反社について、「定義は困難」との答弁書を閣議決定した。2007年にまとめられた指針には<暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団または個人>と記されている。〝威力と詐欺的手法〟はそのまま、〝経済的〟を〝政治的〟に置き換えれば、反社リストの筆頭は安倍首相だ。

 「桜を見る会」の名簿破棄の責任を障害者職員に転嫁した首相は先進国なら一発レッドだが、今回も生き延びそうだ。この国にグローバルスタンダードは通用せず、民主国家のスタートラインにさえ立っていないことが、<森友・加計・桜>の遠因になっている。

 供託金制度について繰り返し記してきたが、東京高裁は11日、<OECD加盟35カ国で例を見ない高額の供託金は合憲>と違憲訴訟を棄却した。中下流層にとって、300万円の供託金は狂気の沙汰。結果として国会は弱者に冷酷な貴族院になっている。

 英総選挙で敗れた労働党のジェレミー・コービン党首はこの間、バッシングを浴びていた。イスラエルのパレスチナ弾圧に疑義を呈し続けたコービンを<反ユダヤ的>とラビが攻撃したことがきっかけである。分断の壁をアパルトヘイトになぞらえたツツ大主教も<反ユダヤ的>ということか。

 枕が長くなったが、新宿シネマカリテで先日、「テルアビブ・オン・ファイア」(2018年、サメフ・ゾアビ監督)を見た。イスラエルとパレスチナの対立を軟らかくさばいた作品で、名画座やレンタルDVDでご覧になる方も多いと思う。ストーリーの紹介は最小限にとどめ、感想を以下に記したい。

 主人公サラーム(カイス・ナショフ)は、第3次中東戦争(1967年)を題材にした人気ドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」(TOF)のスタッフだ。ヒロインはパレスチナ人のタラ(ルブナ・アザバル)で、イスラエルのイェブタ将軍(ユーセフ・スウェイド)の元にスパイとして潜入する。現実と劇中劇がカットバックし、二つの三角関係を重ねながら進行する。

 言語指導、ダイアローグライターとしても関わるサラームは、検問を切り抜けるため「TOFのシナリオライター」を自称するが、その場しのぎで事態は一変した。家族が夢中になっているTOFが気になっていた検問所のアッシ司令官は、サラームにあれこれ提案する。軌を一にしてセンスを買われたサラームは〝嘘から出たまこと〟でシナリオライターに昇格した。

 違和感を覚えたのは、パレスチナ制作の〝反ユダヤ的ドラマ〟がイスラエルの軍人一家が楽しみにしていたことだ。アッシの大好物が〝パレスチナのソウルフード〟フムスというのもスパイスが効いている。イスラエルとパレスチナは憎悪以外の感覚を共有しているのかもしれない。

 アッシのアドバイスはやがて命令になり、サラームは窮地に陥る。よりを戻したいと願っているマリアム(マイサ・アブドゥ・エルハディ)にも揶揄されていたが、サラームは歴史に疎く、シナリオライターとしての素地に欠けていた。それでもプレッシャーを昇華し、抱腹絶倒のエンディングに物語を導いた。

 ユーモアに溢れた本作だが、サラームが分断の壁を眺めながら歩くシーンなど、イスラエルの暴力に晒されるパレスチナの若者の日常が伝わってくる。サラームとマリアムの台詞に窺われるのはエルサレムへの愛着だ。トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都に認めたことは、歴史的に許されない暴挙なのだ。

 憎悪の連鎖からの解放を志向する「オマールの壁」と「判決」を16年、19年のベストワンに選んだ。本作は年間ベスト10クラスだが、考えるヒントになるエンターテインメントだった。多様性と調和を説きながら、俺もまた、敵と味方を峻別する二元論に囚われていることを実感させられた。
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「だってしょうがないじゃない」~狭い井から大空が見えた

2019-12-09 23:17:56 | 映画、ドラマ
 アフガニスタンで命と水を守る活動に従事していた中村哲医師が銃撃されて亡くなった。<平和を維持するための忍耐、武器より水>を中村氏は常々説いていた。犠牲になった同行者を含め、心から冥福を祈りたい。

 竜王戦で豊島将之名人が広瀬章人竜王を4勝1敗で下した。スカパー!とabemaTVで観戦していたが、解説陣は広瀬勝勢と分析していた。110手目の△8六銀あたりで形勢が入れ替わったのか、しのぎ切った豊島が広瀬玉を受けなしに追い込んだ。

 これまで名人・竜王を同時に保持したのは永世名人の称号を持つ谷川、羽生、森内の3人のみ。棋界を統一した豊島だが安閑としていられない。名人挑戦権を争うA級順位戦第6局で、無敗の渡辺明3冠と4勝1敗の広瀬が相まみえる。いずれも豊島にとって難敵だ。

 10月に帰省した際、叔母から封筒を渡された。差出人は従妹で、中身は映画「だってしょうがないじゃない」(2019年)の特別観賞券。坪田義史監督は知人という。ポレポレ東中野に足を運んだが、客席は俺を含め3人。坪田が親族である大原信さん(以降、まことさん)にカメラを据えた本作は、あまりに地味な〝バディムービー〟だが、狭い井から大空が見えた。

 独り身で同世代であるまことさんに、いつしか自分を重ねていた。あれこれ感じていることを併せて本作の感想を記したい。

 広汎性発達障害と診断されたまことさんは知的障害も抱えており、決め事に縛られている。買い物、家事はヘルパー頼り、孤独を案じる傾聴ボランティアの女性2人が足しげく訪ねている。財産の管理など全面的にサポートしているのはマチ子叔母さんだ。坪田も〝チームまことさん〟に加わった。

 強風の日にビニール袋を飛ばしたり、マッチに火をつけてニヤニヤしたり……。隣人にとって、まことさんは困った存在だった。子供向けのイベントでミニ電車に乗り、仮面ライダーの模型を収集する姿は少年そのものだ。中卒後、旋盤工を経て自衛隊に入隊したまことさんは除隊後、母と生家で暮らしていた。数年前の母の死でポッカリ空いた心の穴は埋まりそうもない。
 
 まことさんだけでなく、障害者にとって生き辛い世の中だ。「桜を見る会」の名簿破棄を障害者職員のせいにした首相の答弁に憤りを覚える。<一億総活躍社会>は口先のスローガンだったのだ。反社が世間を賑わせているが、森友・加計・桜で国家と税金を私物化した首相夫妻は、反社リストの筆頭に掲載されるべきだ。

 確実に地歩を築いてきた坪田だが数年前、変調を覚えてカウンセリングを受け、注意欠如多動性障害(ADHD)と診断された。自身の病を知ったことが、本作を撮るきっかけになったという。多くの著名人がADHDや適応障害を公表している。無自覚であっても、人は表皮の下に〝障害〟を持っている。首相に忖度して沈黙する官僚たちの病理は、<反国民性虚言症>とでも呼ぶべきか。

 ちなみに俺は、症状は軽いが解離性人格障害の疑いがある。記憶が飛んだり、デジャヴ状態に陥ったり、集中力を著しく欠くことが多い。

 まことさんは人生の岐路に立たされている。築数十年の家は取り壊しが迫っており、マチ子叔母さんらサポートする側も高齢化している。施設で暮らす日が近づいているのだ。本作でエロ本がたびたび話題になっていたが、坪田はまことさんの入浴シーンを延々と追う。新しい生活への決意を、坪田は酌み取ったのだろうか。

 横浜七夕祭りでまことさんは<幸せになりたい>と短冊に書く。還暦を過ぎた同世代の純真さに感銘を覚えた。坪田は仲間の監督、まことさんと3人でカラオケに興じる。初体験だったが、まことさんは歌が実にうまい。人に誇れるものを見つけた喜びが滲んでいた。

 まことさんは箱根駅伝で神奈川大を応援し、ベイスターズのファンでもある。横浜スタジアムで〝チームまことさん〟と会えるかもしれない。

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「米中ハイテク覇権のゆくえ」~21世紀、世界の覇者は変わるのか

2019-12-05 23:27:55 | 読書
 藤井聡太七段はC級1組順位戦で7連勝を飾り、来期の昇級を確実にした。一方で絶対王者だった羽生善治九段はA級順位戦で敗れて2勝4敗になり、降級の可能性もある。時の流れは残酷だ。

 「香港人権法案」が米議会で成立したことに対し、中国は報復措置を発表した。米軍の駆逐艦や飛行機が整備のため香港に寄港することを拒否すると同時に、香港民主派と人権団体(NGO)との繋がりをデッチ上げる。米中の亀裂はさらに深まった。

 「アメリカVS中国」(NHK・BS)の感想を簡単に記した(9月17日の稿)。理解不足を補強するため、同番組取材班による「米中ハイテク覇権のゆくえ」(NHK出版新書)を購入した。中国の攻勢にポイントを置いたエキサイティングなリポートだった。

 米中という巨大なリンゴを囓ったが、〝咀嚼〟は十分ではない。関心のある方は本書で、世界を読み解くヒントを手に入れることが出来るだろう。俺は別の角度から米中を記してみたい。即ち、下半身を共有する<双頭の悪魔>……。

 農民工を追った「苦い銭」(ワン・ビン監督)の背景には、中国の絶望的な格差と貧困がある。米国はといえば、生活苦のシングルマザーが援助を求めた団体の資金源が、彼女を不当解雇した会社だったというエピソードを当ブログで紹介した。表現は異なるが、両国とも弱者に冷酷で、拝金主義が社会のベースになっている。

 この30年、米国は唯一の強国として君臨してきた。その地位を永遠にキープするかに思えたが、甘くはない。遥か後方に確認した挑戦者の姿が次第に大きくなり、今や並び立つ勢い、いや、5Gなど幾つかの分野で抜き去っている。トランプ大統領の言動に恐れと焦りが滲むのは当然だ。

 米国トップの大学、そしてシリコンバレーに、中国政府の肝いりで若き俊才たちが送り込まれ、最先端の知識を身に付けた後、還流する。<海亀>と呼ばれる大群は、政府の全面的支援の下、自ら立ち上げたベンチャー企業で研究開発に没頭する。<中国は技術や情報を盗んだ>というトランプの言葉にも一理ある。

 技術を制する者は軍事を制するから、人民解放軍が人員だけでなく武器の優位性で米軍を凌駕する日は遠くないといわれる。米国にとって深刻なのは、ブロックチェーンの浸透で、これまでの貿易体制が崩壊する可能性が高いことだ。<一帯一路>が志向するのは基軸通貨ドルの失墜で、参加する資源国の多くはドル建てに不満を抱いており、中国の思惑と一致している。米中は〝全面戦争〟に突入した。

 いかなる結末が待ち受けているのか、本書の後半でイアン・ブレマー氏(国際政治学者)が分析していた。米国内には、〝悪〟の中国を抑えるため、〝必要悪〟トランプが必要との声もあるが、科学と資金で劣勢になるのが確実な米国にとって必要なのは、トランプとは真逆の、世界観と価値観によってグローバルな支持を得られる大統領ではないか。

 取材班はファーウェイの研究拠点を訪ねる。東京ディズニーランドの2・5倍の敷地は欧州12都市を再現するテーマパーク風で、トヨタの1・5倍の研究費を投じ、AI、5G、自動運転車の開発を進めている。日本への敬意と親近感を隠さない任CEOの、夢と技術への思いが溢れるスペースだった。

 アリババが開発したブロックチェーンは、奇跡の瞬間を実現する。香港で働くメイドなどフィリピンからの出稼ぎ労働者が、アプリをダウンロードするだけで、母国に送金できる。ある女性が遠く離れた息子にクリスマスプレゼント代を送る場面に感動した。銀行口座も必要ないし、所要時間はほんの数秒。中国企業の急成長を支えるのはロマンと愛かもしれない。ブロックチェーンがGAFAを超えた時、情報覇権も移る。

 追う者が有利なのは世の常だが、中国の泣きどころは<自由と民主主義の欠落>。進歩が最優先される時代だからこそ、青臭い理念が求められるのではないか……。時流に乗れない俺はアナクロな妄想に耽ってしまった。
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初冬の雑感~教皇、修善寺、新大久保、気候マーチ

2019-12-01 22:18:00 | 独り言
 フランシスコ教皇は来日中、核の傘の下での平和に疑義を呈し、格差解消を訴えた。東京ドームで開催されたミサには袴田巌さんを招き、死刑廃止への思いを窺わせる。帰途の機内では「原発は神の意志に反する」と警鐘を鳴らしたが、当日、女川原発が規制委員会の審査に合格した。

 旧約聖書に描かれたソドムとゴモラは、腐敗、堕落、悪徳、弱者への冷酷さを象徴する街だが、幼児化した日本は教皇の目に、いかなる像を結んだのか。「桜を見る会」は森友・加計の延長線上にあり、安倍首相の国家私物化と文書主義の否定の表れだ。出来損ないの三文芝居に怒る気が失せた自分が怖い。

 前稿末に記した通り、1泊2日で修善寺を訪れた。宿泊したのは登録文化財の旅館で1872年創業後、横山大観、泉鏡花、正岡子規、芥川龍之介、川端康成ら多くの文人墨客が草鞋を脱いだ。その足跡は館内のあちこちに刻まれている。
 
 修善寺はこぢんまりした観光地で、東京在住なら日帰りも可能だ。修禅寺(寺の正式名称)、日枝神社、指月殿、竹林の小径を巡っても2時間弱で、各スポットを渡月橋、虎渓橋、桂橋、楓橋が繋いでいる。紅葉ライトアップを観賞するために足を運んだ虹の郷で幻想美を満喫した。

 兄頼朝に謀反の疑いを掛けられ修禅寺に幽閉された範頼、母政子の命で殺された2代将軍頼家の墓もある。頼家の次男公暁に暗殺された3代将軍実朝と、暗い情念に彩られたホームドラマの末、源氏の支配は終焉する。<平家ハ、アカルイ。アカルサハ、滅びノ姿デアロウカ>と綴られた太宰治の「右大臣源実朝」(1943年)を当地で思い出した。敗戦の予感を、太宰はこの一節に込めたのか。

 「新大久保〝多国籍会議〟~ニッポンの未来が見える町で」(NHK・BS1スペシャル)に希望を覚えた。住民の40%が外国人で、異文化コミュニケーションを実践する新大久保で、日本人、韓国人、ベトナム人、ネパール人が「4か国会議」を立ち上げる。伝統、習慣、宗教、思想が異なる集団が、議論を重ねて融和に至る……。この試みこそが個を鍛え、集団を成長させる道筋だと確信している。

 日韓政府に軋轢が生じ、ヘイトスピーチの一団が練り歩いても、大久保には若者たちが訪れている。文化(ドラマや映画)は日本人を惹きつけ、焼き肉は今やこの国のソウルフードだ。「4か国会議」をベースに「新大久保フェス」が立ち上げられた。来年はイスラム教徒も参加するという。日本人は受容性に優れ、多様性に価値を置く……。俺はそう確信している。

 一昨日(11月29日)、世界中で数百万人が参加した「グローバル気候マーチ」(12時30分~新宿中央公園)に参加した。若者、女性、外国人の姿が目立ち、制服姿の女子校生の姿もあった。メディアも多数詰め掛け、警察の対応もソフトだったが、沿道や歩道橋から公安職員がスマホやカメラを手に参加者をチェックしていた。

 東京で掲げられたのは、①<都が気候非常事態宣言(CED)を発表すること>、②<「COP25」に向け、気候変動対策への関心を示すこと>、そして③<大量消費を促す「ブラックフライデー」に反対の意を示すこと>である。シュプレヒコールの「気候は変えず、自分が変わろう」が象徴するように、三つの項目は要求というより、自身の生き方を問う内容にまっている。

 興味深いのは③だ。気候危機を訴えるとは、脱成長、ダウンシフト、ミニマリズムに則り、環境に優しい銀行や電力会社に貯蓄先、契約先を変更するパワーシフトに繋がる。同時に個のレベルを超え、ローカリゼーション、地産地消、ひいては反グローバリズム、脱資本主義を志向せざるを得ない。大量消費を可能にしているのは途上国における苛酷な労働条件と搾取だ。気候マーチは構造を根本的に変える可能性を秘めている。

 参加して困ったのは加齢による脚力の衰えで、どんどん追い抜かれていったこと。シュプレヒコールには「正義(ジャスティス)」が組み込まれていた。紛うことなき正義だが、その言葉に違和感を覚える俺は素直に唱和出来ない。自身の暗い来し方を改めて実感した。
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