まずは、ドラマの感想から……。「歪んだ波紋」(BSプレミアム、全8回)には、塩田武士(原作者)の神戸新聞記者当時の経験が織り交ぜられていた。地方紙記者の沢村(松田龍平)、虚報(メイクニュース)を仕掛ける桐野(筒井道隆)、ネットニュースを立ち上げた三反園(松山ケンイチ)が、SNS時代のメディアの未来を追求する。角野卓造、イッセー尾形、長塚京三、小芝風花ら豪華脇役陣が彩りを添えていた。
上記の筒井が同じくヒールを演じた「ゴンゾウ 伝説の刑事」(2008年、全10回)の再放送をテレ朝チャンネルで見た。警視庁捜査一課のエースだった黒木(内野聖陽)は愛する人を失って気力が萎え、今は所轄暑の備品係だ。取って代わった佐久間(筒井)との葛藤を軸に、二つの殺人事件が一本の糸に収斂していく。〝テレ朝刑事ドラマ史上、最高傑作〟の評価に偽りなく、ヒューマンドラマの要素も備えている。
<衰>と<劣>が今年の一字に相応しい俺だが、読書を堪能した一年だった。スピードは格段に落ちたが、熟読した分、密度は濃くなる。未読の作家たち、目取真俊、帚木蓬生、そして今日紹介する西加奈子に出会えたことは収穫だった。読書納めに選んだのが「通天閣」(06年発表、ちくま文庫)である。還暦を過ぎても〝感動体質〟は変わらず。瑞々しい言葉の渦がクチクラ化した体内に染み込んでくるのを覚えた。
通天閣近くに暮らす男と女が主人公だ。男は40代半ばで、百円ショップに卸す大小2つの懐中電灯セット「ライト兄弟」を製作する工場で働いている。女は20代後半で、ボッタクリといえなくもないバーのホステスだ。男は他を圧する作業スピードを誇り、女は店のチーフ格……。職場では認められているが、世間的には〝なくてもいい存在〟と自身を捉えている。
両者の主観がカットバックし、章によっては冒頭で心象風景を反映する夢が綴られる。大阪人は通天閣、新世界をどのようなイメージで受け止めているのだろう。前稿のサブタイトルで<ブラックホール>と評した歌舞伎町とも、東京タワーとも違うはずだ。主人公はともに自転車で仕事に通っている。釜ケ崎と遠くはないはずだ。女のアパート前でオカマのおっちゃんが客を引いているし、男の周辺にも有象無象が蠢いている。
物語が進行するにつれ、やるせなさが沸点に近づいていく。カメラマン志望の女の恋人マメはニューヨークに飛びだった。男とラーメン屋の女子店員の因縁を仄めかせていたのは作者の遊び心といえる。ちなみに男は、太めの女性に惹かれるようだ。男と女の生活実感、冴えないが個性的な登場人物、職場での会話など、ディテールがリズムを作っている。
女の元にマメから電話がかかってきて、別れを告げられる。新しい彼女は尊敬出来る同志という。〝自分なんて愛される価値のない〟とタナトスに憑かれた女はマメのカメラを見つけ街に出る。飛び降り騒ぎに野次馬が集まっていた。
女の目には一瞬、店のママが重なったが、自殺を試みたのは男の隣人だった。飛び降りを心待ちにする酷薄な空気が充満する中、鬱陶しいオカマと普段から避けていた男が大声で叫ぶ。「お前のことがっ、好きやあ(16個)っ!!!」。カメラを落としそうになるほど女は動揺する。
痴話喧嘩の末に世を儚んだと周囲は誤解する。男の叫びは本音ではないが、本音でもある。自分も生きる価値がないと考えている男は、現場に集まった全ての冴えない者たちに、生きていることの意味を問い掛ける。空気は変わった。ドラマチックなクライマックスを彩る雪が、男と女の一期一会の奇跡的な邂逅を浮き彫りにする。
物語は神話の域に飛翔し、カタルシスに心が潤んだ。女は愛されるより愛することにポイントを切り替え、男は趣味で集めた時計の数々に電池をセットしようと考えた。再生と希望が滲むラストに、俺は西加奈子を読書ルーティンに組み込むことを決めた。
最後に、今年も拙い駄文に付き合っていただいてありがとうございます、ブログは物忘れの激しい俺にとって備忘録である。来年も暇があったら訪ねてください。