Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

2012年の終わりに

2012年12月31日 | Weblog
2012年が間もなく終わります。


「志の教育」を実践し続けることに力を注ぎ、

少しずつ、手応えが感じられ始めた1年でした。

支えて下さった皆様、

共に学んで下さった皆様、

本当にありがとうございました。

心より感謝申し上げます。


2013年、明日からも、

全力で走り続けます。
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教えるということ

2012年12月31日 | Weblog
「教える」と言うことは非常に難しいと思います。

だから、共に学ぶことが大切だとも思います。


しかし、あえて「教える」ということに向き合うとすれば、
三つの段階を踏まなければならないと思っています。

まずは、「わかる」ということ。

それは、本に書かれていることや、
相手の伝えている事柄を正しく理解し、
また、その中にある、相手の「思い」や「願い」を
正しく受け止めることです。


次に、「できる」ということ。

それは、理解したことを、
自分なりに実際にできるようになることです。
過不足なく美しくできるということです。


そして、その次に、「教える」ということ。

私たちは、
自分が本当に「わかり」、本当に「できる」ことしか、
人様に本当の意味で「教える」ということはできないのだと思います。

「わかったつもり」「できたつもり」の人たちが、
尊大に「教えよう」とすることの如何に多いことか。

だから、真に教えることの困難を理解している教育者からは、

「教えることはできないが、共に学ぶことはできる。共に学びましょう。」

という言葉が自然と出てくるのだと思います。


私自身、そんな人間でありたいと心から願っています。



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足立美術館研修

2012年12月25日 | Weblog
第8期生の足立美術館研修が終了致しました。

解散式では、声が出なくなって大変失礼致しました。
今は、だいぶ元に戻りました。


『沈黙の春』を書いたレイチェル・カーソンは、
『センス・オブ・ワンダー』にこう書いています。

「わたしは、子どもにとっても、

どのように子どもを教育するべきか

頭を悩ませている親にとっても、

「知る」ことは「感じる」ことの

半分も重要でないと固く信じています。

美しいものを美しいと感じる感覚、

新しいものや未知なものに触れたときの感激、

思いやり、憐れみ、

賛嘆や感情がひとたび呼び覚まされると、

次はその対象となるものについて

もっとよく知りたいと思うようになります。

そのようにして見つけ出した知識は、

しっかり身につきます。」


そんな思いで、

私は、塾生の皆さんを足立美術館へと引率しています。

季節としては、冬枯れの寂しい時期なので、

また、緑したたる季節や

紅葉の季節に訪ねていただけたらと思います。

今は、まだそのことの価値や意味が

わからないかも知れませんが、

それもまた良しなのです。


遠い未来への種まきですから。

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志を持てない人たちへ

2012年12月22日 | Weblog
あせることはないのです。

私も若い頃、志ははっきりとはしていませんでした。

ぼんやり、何となく、

「教育」が好きかもしれないという思いがあっただけです。


しかし、今は、

「日本の教育をより良いものにするため全力を尽くす」

という明確な志があります。

そして、ここには書き切れませんが、

具体的に何をしていくかも、はっきりと見定めています。


大切なことは、ぼんやりしていても、

自分を信じて、夢を追い続けること、

そして、学び続けること。

自分自身に力がなければ、夢を叶えることは無理です。

だから学び続けなければならない。


そして、大切なことは、

残念な自分がいたとしても、

それも自分が選んだのだという自覚を持つことです。


二十四時間をどう使うかは、自分の選択によって、

いかようにもできます。

勉強するのも自分の選択。

勉強しないのも自分の選択。

だから、今の自分という存在は、

自分が選び取ってできた自分の姿なのです。


仕方なくそうなったのでもなく、

運命がそうしたのでもなく、

自分自身がそうなることを望み、選んできたのです。


今の自分が嫌なら、今から、変えようとすればいい。

習慣を変えるのです。

習慣を変えれば、明らかに、人は違った成果を手にすることができる。


今の自分になったのは、

誰のせいでもなく、自分の選択の結果だと思えるようになって、

初めて、人は自由でいられるようになるのだと私は思います。



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講義を受けて下さった専門学校の皆さんへ

2012年12月21日 | Weblog
GCBⅡを受講して下さった皆さん、

8講座おつきあいいただき、本当に有り難うございました。


今日、皆さんからのレポートが届きました。

読んでいるうちに、目頭が熱くなりました。


一人一人、自分の言葉で、自分が掴んだことを書いて下さっている。

そして、自分の成長を感じ、クラスメイトの成長を喜んで下さっている。

その思いや、心配りの全てが、とても素晴らしいと思います。

皆さんは人間として大きく成長されました。


皆さんの言葉に私の心が大きく動かされたということは、

皆さんに本当に思いを伝える力が備わったということでもあります。

そのことを何よりも共に喜びたいと思います。


読みにくいレポート、字の汚いレポートも確かにありました(笑)。

しかし、そんなことはどうでもいいのです。

そんなことを超えて伝わってくる素晴らしい思いが紙面にあふれている、

そのことにこそ価値があるのです。


みんなは本当に素晴らしいのです。

どうか自信を持って、頑張って下さい。

努力を厭わず、困難に立ち向かって下さい。


困難には笑顔で立ち向かうのです。

苦しい表情は、自分にも周囲にも、何も生み出しません。

そして、苦しいときほど笑顔でいることが大切です。


ほんの8講座という短い出会いではありましたが、

沢山のことを学ばせていただきました。

みなさんに心から感謝します。


本当にありがとうございました!!

また、お会いしましょう!
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頑張りましょう!

2012年12月21日 | Weblog
専門学校の先生から、

「木村先生は、がんばれっ!て、ほとんど仰いませんよね。」

と言っていただいた。

「頑張りましょう!という言い方ですよね。」と。



確かに「頑張りなさい!」という言い方は、

私の中では、どうも、「君は頑張りなさい。私は関係ないけどね。」

と言っているようで、嫌なのです。


私の中の感覚は、

「私も頑張るから、一緒に頑張ろう!」
「何かあったらいつでも言っておいで。共に学ぼう!」

といったものです。


コーチング的に、

「頑張っているのに結果を出せていない人間に、
頑張れと言ってモチベーションを下げてはいけない。」

などとマニュアル化した対応をするつもりは毛頭ありません。

私は、「頑張れ!」と言って良いと思います。


ただ、それは、
いつも自分ができるだけのサポートをして
支えていこうという思いがあるか、

サポートできなくても、
私も全力で頑張っているから、
共に頑張ろう!

という、祈りにも似た思いがあるかのどちらかです。

とにかく、
皆さん、頑張りましょう!!




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伝えるということ

2012年12月20日 | Weblog
伝えることには技術も必要かも知れませんが、

やはり、
伝えたい思いがあるかどうかということが
大切なのだと思います。

そして、
それ以上に大切なことは、

必ず伝わると信じること。

そう思います。

何人かの聴いていない聴衆や、
反発している聴衆に心を惑わされると、
信じる力は揺らぎます。

そして、伝わらなくなってしまいます。

あくまでも、心を込めて、
まっすぐに思いを伝えていくこと。

伝わると信じ切ること。

伝わらないと思った瞬間に、
思いは伝わらなくなります。

伝わっていないと思われる中にあっても、
伝わることを信じて語り続けていけば、
それは必ず時と共に伝わっていく。

私は経験上そう思います。

だから、大切なことは、
聴いてくれない状況を、
決して、聴衆のせいにしないこと。

だって、聴衆は、わざわざ時間をとって、
拙い私の話しに耳を傾けて下さる大切な人たちなのですから。

あくまでも自分の全存在をかけて伝えようと
心を込めて努力し続けることが大切なのだと思います。


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多様性を大切にする

2012年12月19日 | Weblog
これから日本の社会は、
もっと多様性を大切にできるようになる必要があると思います。

日本の社会が、
多様性をあまり認めず、
個性をあまり尊重せず、
同調圧力が強く働くことになっているのは、

やはり、
「個」の確立がなされていないからだと思います。

言い換えれば、
「考える」ということを、

また、そのために必要な、
「聴くこと」「読むこと」「書くこと」を
ないがしろにしているから、
「個」が確立されにくくなっているのではないかと思います。

「聴き」「読み」「書く」ことは、
自分の考えを確立し、
自分の考えを発信していくためにとても大切だと思います。

しかし、
その目的が、

仲間はずれにならないようにとか、
みんなと同じでいるためということになっていくのであれば、
「個」は確立されないだろうと思います。

自分の個性をとことん追求し、
強い「個」を確立することで、
他者への寛容ということも生まれるのではないでしょうか。

だって、
私のような変な生き方が許されるのだから(笑)、
他の人の変な生き方も許さなきゃねっと思うのが、
公平であるということだと思うからです。

多様性を大切にすることは、
公平であるということなのかもしれません。

そして、
そのような公平さを持つためには、
心の広さが必要になるのだろうと思います。

















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政権が変わる時に

2012年12月19日 | Weblog
政権が変わる時が近づいてきました。

教育についても、
きっと様々な政策が打ち出されていくことでしょう。

しかし、教育を改革することは、
つまり、
人が人を育てるという営みの姿を変えていくことは、

教師や親、
ひいては全ての人たちの、
考え方や価値観が変わるということでしかありません。

一体、そんなことが実現可能なのでしょうか?

もし、

「私の考えは正しく、
 あなたの考えは間違っているから、
 それを改めなさい」

というのであれば
その改革は全く力を持ち得ないと思います。

人は押しつけられたものに対して、
本能的にいかがわしさを正しく感じとるからです。

だから、結局は、

それぞれの立ち位置において、
それぞれが仕事を極め、
精神を鍛え、
人格を磨いていくことにおいてしか、

教育が良くなる道はないように思います。

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プリントを読む

2012年12月15日 | Weblog
研修をしていると、

「なぜ、ただプリントを読んでいるだけなのに、
そんなに聴いている人の心に響いてくるのですか?」

と質問をされることがあります。
私にとって、とても嬉しいことです。

それは、おそらく、次の理由です。

①「自分の思いとぴったりと合致する資料」しか使わないこと。

②資料作成に当たっては、コピーをするのではなく、また、誰かにタイプしてもらうのではなく、必ず、自分自身でタイプすること。

③その文章を書いた人の、論理の流れと、感情の流れに、自分の論理と感情の流れをシンクロさせていくこと。

④「聴く人が黙読する早さと、意識の流れのスピード」を意識して、それに沿う形で読むこと。

⑤その資料を使って何を伝えたいのかが自分の中で明確であること。



こんな感じだと思います。

たかが読むこと。されど読むこと。

①~⑤の説明でもわかりにくいと思いますが、
あとは微妙な感性の問題だと思います。

とにかく一つ一つをおろそかにしないことが大切だと痛感しています。


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