Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

小郡寺子屋「志学舎」三期生・入塾式

2024年07月20日 | Weblog

明日は、否、本日は、小郡寺子屋「志学舎」の第3期生入塾式です。全力でこの寺子屋の意義をお伝えしようと思います。

私は、教育が良くなるということは、あるいは、教育の成果とは、一人一人の子どもの姿が変わるということだと考えています。

大人が何をしたか、ではないのです。ともすれば、仕組みを変えたり、機器を導入することをもって、教育の成果とすることが多々あります。それは、行政の成果としてはその通りです。

しかし、教育者の仕事はそうではありません。良い点数をテストで取ること、偏差値を上げることが教育の目的ではありません。

私の寺子屋では、その子の、何気ない立ち居振る舞い、目の輝き、言葉の強さや、自分の考えを持っているか否か、そうしたことを大切にし、成長の尺度としています。

 

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志の教育

2024年07月16日 | Weblog

私はあまり声高に志の大切さを叫びたくはありません。これほどに手垢のついた、誤解されやすい言葉は無いからです。

ただ、言えることは、佐藤一斎、吉田松陰、橋本左内と言った先人たちの言葉の重みに静かに耳を傾けようという事ぐらいです。

後は、眉間にしわ寄せて「志を持たねば!」と言うのではなく、「志があると、めちゃくちゃ楽しい!」「自分も楽しいし、周囲の人たちに役立つし、感謝もしていただける!」という感じを目指しています。

世のため人のために生きるということは、そういうことだと思います。

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自嘲

2024年07月16日 | Weblog

人生の時間は有限です。日々を全力で生きなければ私など何事も為すことなく人生が終わってしまいます。能力がないから努力でカバーするしかないだけのことですが、その現実から目を背けずに立ち向かっていく自分でありたいと思います。しかし、それでも大したことはできないものだなぁと、自嘲している私がいます。

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私の歩むべき道

2024年07月16日 | Weblog

ただ地道に、ただ静かに、自分のやるべき事をやる。

誰に知られずとも、認められずとも、粛々と己の道を歩み続ける。それが教育者の歩むべき道だと思います。

願わくば、何か少しでも良い影響を一人でも多くの人に与えることが出来たら、それが教育者としての幸せな人生だと言えるのだろうと思います。

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教養

2024年07月13日 | Weblog

教養というものが軽んじられるようになってずいぶんと時が経ちました。大学の教養学部というものも消えてなくなってから久しくなりました。大学で学ぶ一般教養も、「パンキョウ(般教)」と言われる程度のものになり。教養のある人がずいぶん少なくなってしまったと思います。

教養の定義はなかなか難しいと思いますが、知識がその人の知性となり人格となるような学び方をしている人が、教養のある人ということになるのだと思います。いくらクイズに答えられるような知識がたくさんあろうとなかろうと、それがその人の品位品格を高める物になっていなければ、教養人として他人からの尊敬も得られないと思います。例えば、法的な知識がいくらあったとしても、法の網をかいくぐるようなことばかりしていれば、その人が、教養のある人として、人からの尊敬を集めることはないのだろうと思います。

「あの人は教養が無いよね」あるいは、「あの人は教養があるよね」と言われるのは、そこに何があるのかを改めて考えてみたいものです。

 

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石丸現象

2024年07月11日 | Weblog

7月7日に行われた東京都知事選挙では、前広島県安芸高田市長の石丸伸二氏が165万票もの得票を記録し、次点となりました。無所属で政党の推薦や支援を受けずに立候補した候補としては、異例の大量得票だということで、様々な分析や、些末なところでの批判、非難、揚げ足取りなどの声が聞こえてきています。

政治については、このブログで書くことはありませんでしたが、教育にも通じることなので、少し感想を書きたいと思います。

まず、何に人々が反応したかと言えば、「言葉の力」であると思います。それは、忖度も無く、取引、駆け引きも無い、真っ直ぐな信念のある言葉に反応したのだと思います。少なくとも私はそうです。政治家の言葉、官僚の言葉は、常に言質を取られぬよう、当たり障りの無いことしか言わないから、そこに全く真実を感じないし、辟易としていました。それが無いのが良いと思いますし、人々に強い印象を与えたのだと思います。常に何かに気を遣い、奥歯に物の挟まったような言い方に、私もうんざりしています。

次に、発言のスタンスから、自分のことを全く省みておらず私心が無いこと、すべては日本の未来を考えての言動だということが伝わってくるところも、私はとても良いと感じます。私利私欲、党利党略、既得権益、自身の評価、そうしたことを全く意に介さない姿に、私は新しい政治への希望を感じました。自分の地位、収入、肩書き、一切を気にせず、全く保身の意識が無いところが良いと思います。

論理の厳しさを非難する向きもありますが、私は、国際社会で生きていくためには、当然、必要なことだと思います。人情や懐の広さの不足を言う向きもありますが、41歳の、ある意味若者です。尖っていて良いと思いますし、十分に温かい心もユーモアもあると感じます。そうしたことが読み取れない人が多いのが、私には不思議です。

メディアは、いつも尖った若者が出てくることを期待する言説を述べていますが、いざ出てくると、袋だたきにするのかと苦笑してしまいます。それは、政治家の言葉も、メディアの言葉も、その本質が同じであることを意味しています。ステレオタイプ、予定調和が好きなのだろうと思ってしまいます。

長いものに巻かれ、正義面はするが、保身に走り、捨て身になることはない。そうした不誠実な姿に若者たちは嫌気がさしているのだと思います。私は若者ではありませんが、そう思っています。また、足して二で割る式の結論の出し方にも、正しさや民主的なるものは感じません。それで日本の危機に対応できるとも思えません。必要なのは、自分の判断力と決断力なのだと思います。

そして、教育界も大切なことは同じだと思います。誠実であること、言葉の力を取り戻すこと、私心無く、日本の未来のために力を尽くすこと。教育は実践でしかありませんから、無駄な評論をすること無く、自分の判断力と決断力で、全力で教育実践を形にしていきます。

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プライベート②

2024年07月10日 | Weblog

プライベートについて書いたのですが、誤解を沢山招くと思っています。なぜなら、それは、62歳になった今の時点での私の考え方だからです。昔、子どもたちが、まだ小さかった頃には、勿論、そうはいきません。プライベートの時間が大切なものであることは言うまでもありません。

何かを語るときに難しいのは、人は、自分の経験と今の立ち位置からしか物を言えないということです。そこに誤解や行き違いが生まれます。発信する側も、受信する側も、自分の枠組みでしかものを見ることが出来ないからです。

歴史についても同様です。今の価値観で過去の人たちの言動を裁いてはいけないと思います。その時代には、その時代の社会状況と価値観があったからです。逆に、過去の価値観で今の人たちの言動を裁くことも難しいのだと思います。特にこの場合、過去と言っても、どこの時代に立脚するかで大きく判断基準は違ってきます。だから正確に議論することが大切になるのだと思います。

例えば、「男子厨房に入らず」という言葉が男尊女卑を示すかのように言われることがあります。しかし、信長の時代に日本に来たルイス・フロイスの日記を読むと、「男性しか厨房に立って料理をしなかった。これは、われわれヨーロッパ人とは逆である。」というような言葉が記されています。「日本は」「ヨーロッパは」というけれど、いつの時代を切り取って物を言っているかによって、物の見方は大きく異なるものだと思います。

だから、何が正しいかということもあるでしょうが、今の私たちにとって、「何が大切か」を考えて行くしかないように思います。そして、それは、いつの時代も利己的であってはならないものだと思います。

 

 

 

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Z世代

2024年07月09日 | Weblog

私はZ世代を否定的に捉えているわけではありません。そうではなく、世代論にあまり意味を感じない人間ではあります。結局、いつの時代も人間は24時間、365日与えられる情報によって教育されていくのだと思います。デジタルネイティブの子どもたちを見ていて思うことは、YouTubeの影響の大きさです。良い意味で、話をするお手本を見ていますから、人前でも割とすぐ自然に話せるのではないかと思います。また、マスメディアの価値観にどっぷりつけ込まれた世代ではありませんので、あまり大手メディアの言うとおりのことを盲目的に信じ込んだりせず、様々な視点から物事を見ようとするところがあると思います。これはとても良いことです。ただし、特定の考え方にどっぷり浸かってしまう危険性もあると思います。ということで、その世代の良さに目を向けて、共に学び続けていきたいと思います。

 

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プライベート

2024年07月09日 | Weblog

Z世代の特徴として、タイパにこだわる、プライベートを重視する。というものがあげられていました。私には能力が無いので、ほとんどプライベートも仕事に費やしています。それでも足りている気がしません。

もっとも「教育」が仕事ですから、全てが教育になります。だから、仕事が遊び、遊びが仕事と言えなくもないのです。日々、楽しいことが多いと思います。全力を尽くして、他人様に喜んでいただけたら、これほど幸せなことは無いと思います。

また、同じ能力があれば、多くの時間を働いた方が、多くのものを生み出せると思います。そして、能力が足りなければ、時間をかけて、必死の努力で補うしか無いと思います。それだけのことです。

お気楽にスマートに働いていて、本物を生み出せる仕事は、古今東西、無かったように思います。私は本物を生み出したいと思います。近代日本画の巨匠たちの、鬼気迫るような生き方、しかし、どことなく余裕のある豊かな生き方に私は憧れています。

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バッカーズ寺子屋19期生スタート

2024年07月09日 | Weblog

バッカーズ寺子屋の19期がスタートしました。7月7日に入塾式を行いました。大きな責任を背負い、新たな挑戦を始めます。

一期生から教育プログラムのフレームは変えずに実施しています。勿論、毎年新たな塾生を迎えるわけですから、少しずつ内容は違っていますし、日々、磨き抜こうと考えています。

それにしてもつくづく思われることは、「学び方が変わると人生が変わる」ということです。

シンプルなことですが、「アウトプットを前提としたインプットの大切さ」をはじめ、「読む・聴く・書く・話す」を如何に深く掘り下げていくかが、人間の成長には大切なことなのだと思います。

それは、考える力を育みつつ、発信力を鍛えることであり、世界に通用する日本人を育てていくことでもあると思います。

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