Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

明治への郷愁

2021年05月05日 | Weblog

かつての日本人のリーダーたちは、

自分の判断力と決断力を持っていました。

そして、行動力も。

時にそれは「狂」という文字で語られることもありました。

『狂夫の言』(吉田松陰が書いた)、「西海一狂生東行」(高杉晋作のこと)「山県狂介」(山県有朋のこと)、等々です。

自分の考えも、意志も持たず、非難を恐れ、

安全なところに身を置き、

当たり障りの無い言葉を吐くだけの現代の大人とは対照的です。

だから、私は幕末の人々の生き方に学びたいと思います。

 

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良かった記事

2021年05月05日 | Weblog

作家・高杉良さんの記事が出ていました。

僭越ながら問題意識は同じなのだと感じました。

私は教育の世界で頑張らなくてはと改めて思いました。

読んでみてください。

やはり政治が悪い、古い人は自ら退くべきーー忖度しない経済作家、高杉良が語る日本(Yahoo!ニュース オリジナル 特集)

高杉良、82歳。 19歳で業界紙『石油化学新聞』に入社。豪胆でフットワーク軽く、どんな企業や省庁にも物怖じせずに押しかけて取材を行い、ほどな...

Yahoo!ニュース

 

 

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小さくて大きいこと

2021年05月04日 | Weblog

最近、「学び方」の大切さを思います。

例えば、

「資料を読んでおきなさい。」と言って放っておくのと、

資料を共に手元に置いて私が読み、受講者が目で追い、

ペンでラインを引き、意識に入れて読んでいくのとでは、

全く違うということです。

また、こちらの読むスピードも、

声に出して読むスピードは速く、声は大きく、

滑舌が良くなければ、

意識に入ってくる精度が大きく変わります。

目で読む方が、声を出して読むことの三倍は速いからです。

放っておけば、もう勝手に先を読み進めていくことになります。

目で読み、声で読み、手で読むことで、

その時間の読みの密度を最大化することが

できるのだと思います。

そして、間髪入れず、こちらも、受講者も、

感じたこと、気づいたこと、考えたことを言語化し、

それを共有していくと、

学びは広く深いものになるのだと思います。

小さいことだけど、大きいことのように思います。

 

 

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思い出

2021年05月04日 | Weblog

中学2年生から、ギターを弾き、歌を歌い始めました。

あの頃は、繊細な感情を抱えていることが、

苦しい時代でもありました。

今でも井上陽水など当時流行った曲を聴いていると

その感情が蘇ってきます。

何通もの手紙をもらったこともありました。

全てに誠実であろうとしていた自分がいました。

しかし、そうした思い出も、

死と共に全ては消えて無くなっていくものです。

残るのは自分の信念と共に人生で生み出してきたものだけ。

昔の甘美な感傷にあまり意味はないと思います。

でも、時々、当時の心の蓋を開けて、

そっとのぞき込んでみたくなる自分がいます。

 

 

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ふと思ったこと

2021年05月03日 | Weblog

子どもの頃に、親と過ごした楽しい時間、楽しい事柄は、

その子が大人になったときの趣味となったり、

人生の糧となったりしていきます。

だから、忙しくとも、一緒に遊ぶことが大切です。

子どもに「こんなことをさせたい」と思わなくて良いのです。

構えなくて全然良いのです。

ただ、親自身が楽しむことを見つけて、

子どもと共に過ごせば良いのです。

私も、もっと共に

過ごしてあげられたら良かったと思います。

しかし、私は私の道を歩いてきました。

子どもが小さい頃の私は、

自分を追い込んでいくような

そんな生き方しか出来ませんでした。

そして、哀しいことに今もそうです。

でも、それが私事のためでないことは、

きっと伝わっているのだと感じます。

私も両親にたくさんのものを手渡していただきました。

その時には気づかないけれど、

今になってわかります。

きっとそんなものなのだとわかる歳に

私もなったのでしょう。

 

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共に天を戴かず

2021年05月03日 | Weblog

私は信頼を前提とした仕事をしていきたいと思っています。

特に私の仕事は教育ですから、

人を信じることが出来なければ、

良い教育などできはしません。

しかし、社会は不信を前提として

回っているところも多いと思います。

それはそれでよくわかります。

しかし、共に天を戴く必要は無いかと思います。

 

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日本の未来に

2021年05月03日 | Weblog

信念を持って、

それを枉げずに生きることが大切だと思います。

私は私の道を行く。

君は君の道を行け。

そう言い切る強さが大切なのだと思います。

そして、主義主張が異なっていても、

その根底には深い学びと、

人々を愛する気持ちがなければなりません。

そうした人が増えていくことが、

日本が強くなる道なのだと思います。

 

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既視感

2021年05月02日 | Weblog
先のblogの渋沢栄一の言葉
「この世の中みんなが幸せでなかったら、俺は嬉しいとは思えねえ。」が、
どことなく宮沢賢治の言葉と似ていたような気がして、
どんな言葉だったかを探してみたら、ありました。
 
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」
 
これです。
 
『農民芸術概論要綱』の中の言葉でした。
 
「序論……われらはいっしょにこれから何を論ずるか……

おれたちはみな農民である
ずゐぶん忙がしく仕事もつらい
もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい
われらの古い師父たちの中にはさういふ人も応々あった
近代科学の実証と求道者たちの実験と
われらの直観の一致に於て論じたい
世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する
この方向は古い聖者の踏みまた教へた道ではないか
新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある
正しく強く生きるとは
銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである
われらは世界のまことの幸福を索ねよう
求道すでに道である」
 
こうして読んでみると、
ちょっと違ったかなと言う気がします。
 
渋沢栄一は、やはり、「修身・斉家・治国・平天下」という
儒学的考えからの言葉だと感じます。
『論語と算盤』を書いたぐらいだから、
まぁ、当然と言えば当然ですね。
 
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能力

2021年05月02日 | Weblog

私は能力が低いです。

だから、人の何十倍も努力しないと駄目です。

そして、実際にそのように日々を過ごしています。

それでも力及ばず批判にさらされます。

だから、更に頑張り続けるしかありません。

24時間、365日、努力を重ねていくしかありません。

 

 

 

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大義に生きる

2021年05月02日 | Weblog

第13回「青天を衝け」の、

最後の場面の台詞のやりとりが素晴らしいと感じました。

渋沢栄一と両親、そして、妻の台詞です。

そこに、日本人が失った精神があるように感じられたし、

私もそんな思いを持とうと思うからです。

ここでは、その一部だけ紹介します。


栄一「こんな乱れた世の中になっちまった以上、もう安穏としてはいられねぇ。家を出て天下のために働きてぇと思う。」

(略)

母「なぁ栄一、何でこのままじゃいけないんだい。あんたさぁ、この家を俺がつぐんだって、ずっと言ってたじゃないか。父っ様みてぇになりてえって、藍を初めて一人で買いに行った時は、あんなに喜んで。

苦労もあるけど、一家みんなで働いて、村のみんなと助け合って。
いい暮らしだよ。その上、働き者の嫁がいて、あんな可愛い子まで産まれて。あんたこれ以上、何が足りないって言うんだい。」

栄一「すまねえ、母っさま。俺一人満足でも、この家の商いが上手くいっても、この世の中みんなが幸せでなかったら、俺は嬉しいとは思えねえ。みんなが幸せなのが一番なんだい。俺はこの国が間違った方向に行こうとしているつうんに、それを見ねぇふりして、何でもねぇような顔して生きていくことは決してできねぇ。
 何度も、何度も胸に手を当てて考えた。でも俺は、この世を変えることに命をかけて、この村にいるだけでは決して出来ねぇ、大義のために生きてみてぇんだ。」(頭を下げ続ける)

若者の真っ直ぐな思い。公を思う思い。

今の日本人が忘れてしまった思いがここにあると思います。

母親の気持ちもよくわかります。

しかし、大義に生きようとする人たちがいたからこそ、

日本はあの時代に発展することができたのだと思います。

そうした思いを私たちは忘れてはならないと思います。

 

 

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