Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

「先に」気づく力

2018年05月29日 | Weblog
気づく力はとても大切です。
そして「先に」気づくということが大切です。

食事をしていても、
お客様が何を求めているかを「先に」察知して、
お店のスタッフが動くことが、
お客様のストレスをなくし、
食事を楽しんでいただくことに繋がります。

お客様の方に「先に」気づかれたら、
お客様の方にサービスを「待つ」時間がうまれ、
目に見えないストレスをかけていくのです。

そして、それは飲食店などの
サービスを大切にする業界だけの話ではなく、

日常生活の中でも、
日常の仕事の中でも、
とても大切なことだと思います。

「先に」あいさつをするのも、
「先に」相手を認識することが出来ていて、
「先に」相対しようとする心が
そこにあるからできることです。







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卒塾生ミーティング

2018年05月26日 | Weblog
バッカーズ寺子屋の
卒塾生ミーティングを開催しました。

さすがに13年やっていると、
当時の小学生たちもお酒が飲めるようになり、
会話も弾みます。

いやいや、
そんなことよりも、
みんな立派な社会人・大学生になっています。

17:30のスタートでしたが、
22:00を回るまで、
みんなで盛り上がっていました。

やはり、こうした会は、
定期的に開きたいものです。

一つ一つ、糸を紡ぎ直していこうと思います。


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伝える場を与えていただいた責任

2018年05月24日 | Weblog
沢山の企業や、学校や、団体で、

志の教育について、
伝える場を与えていただいていることに、
心からの感謝を申し上げたいと思います。

そして、その責任の大きさを思います。

今の日本の社会に抜け落ちた部分を補う力が、
志の教育の中には沢山あることを感じています。

その大切さは学校よりも、
実社会に近いところにいる専門学校生や、
企業人の皆様から強い反応をいただきます。

社会の現実と共にある教育だからだと思います。



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意識改革

2018年05月23日 | Weblog
企業での「志の教育」が求められるのは、
「意識改革」が必要だからです。

そして、
「意識改革」の必要性を心から感じた人だけが、
自分の「意識改革」を成し遂げることができます。

意識改革を阻むものは、
「素直さの欠如」です。

素直さがある限り、
人は何歳になっても、
成長を続けていきます。

しかし、
それがなければ、
成長はありません。

何を伝えても、
大切なことを受け取ろうとはしないのです。

そうした姿勢を、
民間企業で感じることはあまりありません。

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若い頃

2018年05月22日 | Weblog
私が若い頃より
多少マシになったことがあるとすれば、

人がわからないことが、
わかるようになったということだと思います。

経験が不足していれば、
視野が狭いのは避けられません。

狭い視野のまま、
お互いに物を言えば、
そこで諍いが起こります。

若い頃の発言は、
私は若いなりに、
背負っていたものもあり、
尖っていたと思います。

今、次の世代を多少なりとも、
余裕を持って見られるのは、

学ばなければわからないし、
自分で体験しなければわからないことが、
それなりにわかっているからです。

世の中の、
様々な立場の人たちと、
出会い、過ごしてみなければ、
わからないものです。

貧しき人もそうですし、
富める人ともそうです。

どちらも同じ人間なのです。

そして、

自分自身が一文無しになったり、
借金を抱えて苦労したり、
また、
それを乗り越えていったり
というお金の苦労の経験がなければ、

なかなか世俗の真実は
見えてこないだろうと思います。

また、

給料をただ受け取る側にいるだけでなく、
支払う側にも立ってみなければ、

その苦労や大変さはわからないものだろうと思います。

でも、それで良いのです。
全ての立場を人は経験することが出来ないからです。

だから、

人の苦労や思いがわからぬ人間にならぬよう、
心を磨き続けようと思います。

どれだけ自分が恵まれた境遇にいるか、
それがどのようにして成り立っているのかに
気づけなければ、
本当の意味で感謝の心は生まれません。
志の大切さも見えては来ません。








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鹿児島にて

2018年05月21日 | Weblog
今日は鹿児島で講演でした。

開始まで、お茶をいただきましたが、
桜島を一望できる広々とした喫茶の空間は、
何だかとても気に入りました。

90分の講演時間だと、
どうしても時間が足りなくなる
自分の未熟さを感じつつ、

志の種を蒔き続けていこうと、
新たな思いを抱いた今日でした。

また、
新しいチャレンジへの決意が芽生えました。

講演終了後、
ホテルからタクシーで鹿児島中央駅に向かいましたが、

タクシーの運転手さんの息子さんが、
苦節18年、
やっと漫画家になったということで、
誇らしげに紹介してくださいました。

早速買って読んでみようと思います。
息子を思う父親の思いは素晴らしいと思いました。

駅に着いてから、
鹿児島中央駅近くの、
私が気に入っているラーメン屋さん(思無邪)で、
ラーメンを食べて博多に戻りました。
この店は、鹿児島とアメリカとシンガポールに
出店していて、色々素晴らしいし、美味しいのです。

博多駅に着いて、
茅乃舎だしを買って帰ろうと、
お店に寄って計算してもらっていたら、
なにやら聞き覚えのある声が・・・。

福岡雙葉の卒業生でした。
先生になっているそうで嬉しかったです。
私の本も何度も読んでくださったとのこと。

タクシーで帰ろうとして、
ふと、今度の研修先となる
某飲食店で食事をしておかねばと思い、

おなかが空いていないので、
行くかどうか迷いつつ意を決して食べに行きました。

食べ過ぎでしたが、
色々な発見があり、
行って良かったと思いました。

さて、

まだまだ、私の夜は続きます。

1日をふりかえってみると、
色々なことが繋がっているのだと思いました。

グローバルにチャレンジするラーメン屋さんの志。

タクシーの運転手さんの親心と息子さんの志。

雙葉の卒業生の志。

これから研修で出会う飲食店の人たちの志。

今日、講演を聞いて下さった、
全国の自動車学校経営者の方々の志。

そうして、出会いを頂く中に、
色々と感慨深いものを感じています。


でも、とにかく、また一から、がんばろうっと。






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これで良かったのだろうか?

2018年05月21日 | Weblog
「これで良かったのだろうか?」

私がよく口に出す言葉の一つです。

「きっとこれしかなかった。全力は尽くした。」

と思いつつも、

「これで本当に良かったのだろうか」と、

自分の仕事に対して、
いつも反省し、
改善の余地を捜している自分がいます。

それはそれで大切なことなのかなとも思いますし、

「我、事において後悔せず。」と語った、

宮本武蔵の境地には、
なかなかたどり着けていない自分に
もどかしさも感じています。



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五浦で少し見えてきたこと

2018年05月19日 | Weblog
東京を追われるように、
五浦へ居を構えた、
岡倉天心や横山大観や菱田春草の人生に触れてみて、

自分が如何に、
その作家たちの絵や言葉を
深く読み切れていなかったかに気づきました。

やはり、
その人の言葉や作品は、
その人の人生に触れてみて、
本当のところが初めて感じられるように
なるものだと思います。

ありのままに、
先入観なくその絵を見なさいと言うのは、
文化的背景を否定することのように思います。

屈原の絵にしても、
屈原の人生を知らずに見たところで、

伝わってくるものは、
たかが知れているに決まっています。

一つの作品を見るには、
見る側の豊かさも問われているのだと思います。

美という観点に立てば、

作品自体の美しさも大切ですが、
作品を美しく見る心もまた大切なのだと思います。

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大きな志を!

2018年05月18日 | Weblog
大きな志を持つことも、
小さな一歩を大切にすることも、
どちらも大切なことです。

しかし、あまりにも
小さな事にばかり目を向けていると、
お互いが重箱の隅を突くようなことになります。

国会の議論もそうですし、
教育改革を巡る議論もそうです。

国家の在り方や、
日本の未来をどうするかという議論はなく、

国会議員の不祥事があったかなかったかに
議論は終始しています。

そして、
そのことの異常さにさえ、
もはや気づかなくなっている。

テレビのニュースになっていることは、
個人の引き起こした事件か、
スポーツや芸能の類いの話で、

世界や国家や正義といった
大局観からは目を背けさせられるような
仕掛けと誘導が無数にあるように思えてなりません。

自己を如何に鍛え、如何に強く持つか。

私に出来ることはそれだけです。

ただ、一つ言えることは、
大きな志を持つことで、

目先のことしか見えぬ迷路からは、
脱出できると言うことです。

大志を持たぬから、
目先の小事に絡め取られていくのです。

志高く!

そんな生き方をやり続けます。





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計画

2018年05月18日 | Weblog
若い頃、

無計画であることが
自由であることだと勘違いしていました。
計画に縛られて、
自由さを失いたくないと思っていました。

しかし、
今は、自分がやりたいことをやるためには、
計画的でなければ実現しないと思っています。

そして、
本当の自由とは、
自分が心の赴くまま、
仕事に全力で打ち込んでいくことだと
思うようになりました。

そのためには
自分の時間も、
人と共に過ごす時間も、
計画的でなければならないのです。

自由でいるということは、
自分が本当にやりたいことをやるということです。

自分に本当にやりたいことがなかったから、
目先の空虚な時間の浪費を、
自由だと勘違いしていたのです。

自由であるためには、
自分という人間が、
確乎たる意志を持たなければならないのです。

遅まきながら、
やっとそんなことがわかってきました。





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