Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

小人閑居して不善をなす

2017年03月25日 | Weblog
小人(人徳がなくつまらない人間)は、
誰も見ていない状態で一人でいると、
つまらないことをするものである。

ということですが、
全くその通りだと思います。

大きなミッションを持って働いていないと、
つまらないことが、
おおごとに思えてくるものです。

ラインだのツイートだので、
どうでも良い言動を流布しては、
人を苦しめていく人が
世の中には無数に存在します。

浅ましい限りだと思います。

その反対に、
君子(立派な人間)は「独を慎む」。

一人でいるときにも、
お天道様が見ているからと、
言葉や行動を慎むということで、
下らないことを言わないし、しないのです。

私は立派な人間にはとてもなれていませんが、
その言動を
「私の尊敬する○○さんに
 聞いてもらって大丈夫だろうか?」
といつも思うように努力しています。

このことで、
自分が浅ましい言動をすることは、
かなり避けられるように思います。

また、ここだけの話はないように努力しています。
だから、一見、過激な発言であっても、
腹を括って言うと決めていることが多いと思います。

ただ、私が立派ではないのは、
「後は野となれ山となれ」と
いつも思っているところです。

だから、『大学』を学ぶことが必要であり、
「志」を持つことが大切なのだと
改めて思う今日この頃です。



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ふと思ったこと

2017年03月24日 | Weblog
教師は、

今年の生徒は、
去年の生徒とくらべて云々。

最近の生徒は云々。

そんなことを良く口にしています。

しかし、大切なことは、

今年の私は、
去年の私とくらべて云々、

最近の私は云々、

ということを考えることだと思います。
そして、そう口にすべきだと思います。

生徒のレベルが下がったことを嘆くより、
自分のレベルが上がっていないことを嘆く、
そんな教師でありたいと思います。







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善意と仕事

2017年03月24日 | Weblog
善意のボランティアでは、
継続性のある仕事を成し遂げていくのは、
なかなかに困難です。
人は霞を食べては生きていけないからです。

しかし、
お金で仕事を切り売りするようであっても、
良い教育を生み出すことはできません。

だから、
両者の間に立って、
絶えず苦悩しつつ、
教育を進めていく以外に
道はありません。

対価以上の仕事を
常に成し遂げるという
気迫を持って走り続けようと思います。

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大切なこと

2017年03月22日 | Weblog
私にとって大切なことは、

世の中にどのような価値を
生み出せたかということです。

人が喜んで下さり、
人の成長や社会の発展に繋がるような、

そんな価値をどれだけ生み出し得たか。

一つ一つの、
講演・研修・執筆に、

魂がこもるように、
日々精進していこうと思います。







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強さとは優しさのこと

2017年03月22日 | Weblog
人生の終盤にさしかかり、
これまでに歩んできた道を振り返ると、

自分が本当にやりたいことを
仕事にしてきて良かったなぁと思います。

自分でハードに仕事に打ち込んでいると、
他人を責める気持ちが少なくなります。

また、
ささやかながらも、
自分の会社で仕事をしていると、

全てに責任があるのは、
自分だと思うしかないというのも
良い環境だと思います。

組織の中にいたときには、
小さなミスを鬼の首を取ったように
居丈高に責めてみたり、

自分の権限の範囲では、
権力を笠に着たりという人が時々いました。

今思えば、
そうした人たちは、

そこでしか自己表現をすることが
できない人たちだったのだと
かわいそうにも思います。

本当に人々のために強く生きていないから、
やさしくもなれなかったのです。

強い人は、優しい人だと思います。














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萩往還

2017年03月19日 | Weblog
萩往還を歩いてきました。

萩の涙松から
山口市の瑠璃光寺五重塔まで、
約30㎞ほどの道程です。

何回目の萩往還か、
自分でもよくわからなくなりました。

おそらく50回近くは
歩いているような気がします。

毎回、違う学びがあります。
毎回、楽しく生き生きできる気がします。

萩往還を歩くことは誰にもできるし、
30㎞を歩くことはどこでもできます。

しかし、
これほど深く学び、
多くを感じ取ることのできる萩往還は、
他では作り得ないと断言できます。

あと何回
この道を歩くことができるかわかりませんが、

共に歩いて下さる方がいる限り、
歩き続けてみようと思います。

そして、
最後の萩往還は、
一人で歩いてみたいような
そんな気がしています。







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初鳴き お別れ

2017年03月16日 | Weblog
昨年の3月に「初鳴き」というタイトルで、
ブログを書いていました。

でも、もうそのうぐいすの声を聴くことはありません。

会社のマンションの裏の林が、
宅地造成されて更地になってしまったからです。

うぐいすは何処に行ったのでしょうか。

一抹のさみしさを感じます。

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会社で机に向かっていると、
オフィスの裏の茂みの方から、
ウグイスの声が聞こえてきました。

今年はなぜか、
「初鳴き」ということが、
強く意識されました。

そこにウグイスは居たはずなのに、
初めて声を発したこと、
それが初めて耳に飛び込んできたことが、
なぜかとても強く季節を意識させてくれたのです。

その数分前に、
家から持ってきた桜桃の一枝が、
一気に花開いていたからかもしれません。

一昨日まで暖房の効いた部屋に置いていても、
たいして花開かなかった桜桃が、
昨日の春の陽気と共に一気に開花したのです。

季節を知るということについては、
私たちは鶯や桜桃の足下にも及ばない。

そんなことを思いました。

そして、花鳥風月と共に生きた人々の精神に、
もっと学んで行きたいと思いました。

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うぐいすは姿を消してしまいましたが、

昨年の思いは、留めておこうと思います。

我が家の桜桃は今年も美しく咲いています。


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明治維新150年へ向けて

2017年03月16日 | Weblog
来年は、
明治維新150年にあたります。

長州や薩摩を中心に、
「志」をテーマとした、
様々なイベントが企画されています。

明治維新というのは、
本当に学べば学ぶほど、
奇跡のような改革であったと思います。

そこに、
吉田松陰という
一人の人物の
強烈な影響力を考えずにはおれません。

わずか30年の人生が、
多くの若者の心に強烈な影響を与え、

その志が伝播し、
ついには、
社会全体を変革させていったのです。

私も頑張らなくてはと思います。

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一騎当千

2017年03月14日 | Weblog
私は一騎当千の教育者でありたいと思います。

日本の教育をより良いものにするためには、
普通の力では到底足りないと思うからです。

一人一人の教育者が、
一人の教育の力を低く見積もり、
人間は所詮この程度だと思っていては、
改革など覚束ないと思うからです。

そうした発想は、
常に安易な道を志向し、
できない言い訳を口にする呼び水となります。

だから、
私は一人で居ることも当然多くなります。

他人の批判をして溜飲を下げてみても、
互いに愚痴を言って傷をなめ合ってみても、
何も変わらないことがわかっているからです。

そうした居心地の良さと決別しなければ、
自分を磨き抜くことはできないと思います。

しかし、
たとえそこまでは理解できたとしても、

本気で自分の弱さと向き合い、
学び続け、行動を起こし続けていく
強靱な意志の力がなければ、
決して改革の原動力にはなり得ないと思います。

私もそこまではなかなか行けませんが、
少しでもそこに近づいていこうと思っています。

その上で、

志を同じくする畏友たちと、
手を携えてやっていく日がくることを
私は夢見ています。
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学び続ける

2017年03月12日 | Weblog
自分の会社として
教育事業を行っていく私には、
何の保障もありません。

保障された給与も、
退職金も、福利厚生も、
休日も、何もないのです。

大手印刷会社の社員であったり、
教育公務員であった時期は、
如何に恵まれていたかがよくわかります。

しかし、

私の人生の目的が、
日本の教育をより良いものにする
ということである以上、

今の生き方、働き方の方が、
以前の何倍も何十倍も、
教育的価値を生み出すことが
できていると思います。

自分が学んだだけ、
自分で稼いだだけ、
自分の明日の道が開けていく。

実に手応えのある刺激的な日々です。

自分の教育力を磨くしか、
道を開く術はありませんから、

上手くいかないことも、
他人のせいにする必要はありません。

全ては自分なのです。

厳しい修行の日々は、
知らぬ間に、
私を次のステージへ運んでくれます。

実に、有り難く、楽しいことです。

あ・・・。

定年がないのも
良いことの一つかも知れませんね(笑)。






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