Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

朗報

2018年09月11日 | Weblog
私は萩往還を歩きながら、

「この植物は何か。この昆虫は何か。
写真に撮ったら表示してくれるソフトができたらいいね。」

と言っていました。

「鳥の声も、音声を拾って、表示してくれたらいいね。」

とも言っていました。
でも、開発しても誰が買うかを考えたら、
ビジネスにならないかなと思っていました。

しかし、今日のニュースに出ていました!
スマホをかざすだけで、
すぐに生き物の名前が分かる「図鑑アプリ」!

水族館の9割の魚に対応しているということで、
私がイメージしていたものとは違いますが、
いずれそうなっていくのだろうと思うと嬉しくなります。

Linneという会社が出していて、
そこの杉本社長は「世界中のあらゆる動植物を
認識するエンジンを作ろうと。そこが夢ですね。」と
語っていらっしゃいます。

その夢応援します!
というか、そのアプリ買います!
もう少し精度が上がったら。

一年先あたりが楽しみです!









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横山大観の画業に思う

2018年09月11日 | Weblog
 日本の近代は、科学技術にせよ、絵画にせよ、鎖国が終わり、諸外国との関わりの中で、日本という自己を確立するための苦闘の連続でした。「日本画」という言葉も「西洋画」という概念に対して生まれたもので、それまでは、琳派や狩野派といった流派の名前しかありませんでした。
日本画は様々な鉱物を使った岩絵具が主として使われ、胡粉などの顔料や膠、墨が使用され、絹本、和紙などに描きます。襖絵や屏風絵といったものもあります。日本の自然が生み出した素材を使って、日本の風物や古典文学に題材を求め、描かれています。
米国人アーネスト・フェノロサは、日本の美に大変な関心と理解を示しましたが、彼が1882年に龍池会で行った講演『美術真説』で使った Japanese painting の翻訳が「日本画」という言葉の初出だそうです。この講演でフェノロサは、日本画の素晴らしさとして、「写真のような写実を追わない。陰影が無い。鉤勒(輪郭線)がある。色調が濃厚でない。表現が簡潔である。」という点を挙げています。
 日本画は、日本の自然や歴史を背景に生まれてきたものだからこそ、そこには日本の心があり、画家たちの言葉にも日本の精神の深さが宿ります。写真のような写実ではなく、写実を超える写実を追い求め、光や空気といった描けないものを描こうとするからこそ、芸術家の境地は、それを観るものに感じ取らせる深い精神の境地に達していきます。そうした境地が言葉として紡ぎ出されたのが、次の横山大観の言葉です。
 「富士の名画というものは昔からあまりない。それは形ばかりうつすからだ。富士を描くと言うことは、富士にうつる自分の心を描くことだ。心とは、ひっきょう人格にほかならぬ。それはまた気品であり、気魄である。富士を描くということは、つまり己を描くことである。己が貧しければ、そこに描かれた富士も貧しい。富士を描くには理想をもって描かなければならぬ。私の富士もけっして名画とは思わぬが、しかし、描くかぎり、全身全霊をうちこんで描いている。富士の美しさは季節も時間もえらばぬ。春夏秋冬、朝昼晩、富士はその時々で姿を変えるが、いついかなる時でも美しい。いわば無窮の姿だからだ。」
 「筆をもつて絵を習うことはさう大騒ぎしなくてもよいのです。それよりも人物をつくることが大事で、それを土台にしないことにはいくらやつても駄目なことです。人間が出来てはじめて絵が出来る。それには人物の養成といふことが第一で、先づ人間をつくらなければなりません。歌もわかる、詩もわかる、宗教もわかる、宗教は自分の安住の地ですから大事なものですし、哲学も知ってゐて、さうして茲に初めて世界的の人間らしき人間が出来て、今度は世界的の絵が出来るといふわけです。世界人になつて、初めてその人の絵が世界を包含するものになると思ひます・・・。作家はどこまでも創造していくことが貴いので、人の真似はいけません。自分の今日の作品と、明日のそれとは変わつてゐてよいのです。またその変化のない人は駄目です。只一つ我は日本人であるといふ誇りをどこまでも堅持して貰ひたい。」横山大観の言葉「大観画談」(昭和二十六年)
 教育にも通じるこの精神を私も真摯に学び取っていきたいと思います。
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ネバーエンディングストーリー

2018年09月02日 | Weblog
『ネバーエンディングストーリー』という映画があります。滅び行くおとぎの国「ファンタージェン」を、『果てしない物語』を読んでいる一人の少年が救うという物語です。「ファンタージェン」は人間の夢や希望によって作られている世界ですが、人間が「虚無感」に支配され、夢や希望を持たなくなったために滅びつつありました。この物語の主人公である、『果てしない物語』を手に取った人間の少年バスチアンは、自分がファンタージェンを救うことなどできないと思っていますが、それもまた一つの「虚無感」です。所詮は本の中の話だから自分に関係なく、もし関係があったとしても、自分にはどうせ無理だ、世界を救うことなどできるわけがないと思い込んでいるのです。
 映画の終盤、ファンタージェンが滅び行く中、女王陛下(幼心の君)の言葉が続きます。「人間の子供は自分が果てしのない物語の主人公だってわかってないのよ。」「自分のような小さな子供に、ファンタージェンを救う力があるとは考えていないんだわ。」これは大きな可能性があるのに、その可能性を信じられない子供たちの姿、ひいては大人たちの姿を示唆していると思います。
 とうとうファンタージェンは滅びてしまいます。しかし、バスチアンは、間一髪のところで幼心の君に新しい名前を付け、彼女の手にはファンタージェンの最後の一粒の砂が残ります。現実の世界からファンタージェンへと行ったバスチアンは、幼心の君と闇の中で言葉を交わします。「なぜこんなに暗いんだろう?」「始まりはいつも暗いものなのよ。」「それ何なの?」「一粒の砂よ。これだけが残ったの。」「ファンタージェンはすっかりなくなってしまったの?」「ええ。」「じゃあ、全て無駄だったのですか?」「いいえちがうわ。ファンタージェンは新しくまたよみがえるのよ。あなたの夢と希望の中からね」。幼心の君はバスチアンの手のひらにファンタージェンの最後の一粒の砂を手渡し、促します。「何か願い事をしなさい。」「わからないよ。」「それじゃあ、ファンタージェンは生まれないわ。いつまでも。」「望みはいくつ叶うの?」「いくつでもいいのよ。望みが多ければそれだけファンタージェンは大きくりっぱになるのですもの。」そこでバスチアンは沢山のことを願い、無限の想像力によってファンタージェンは再び広大で豊かな世界を取り戻していきます。これが映画『ネバーエンディングストーリー』の概要です。
 おとぎの国ファンタージェンは、現実の世界のことだと私は思います。実は私たちの生きる現実の世界も、私たちの想像力や夢や希望によって生み出されてきたものです。科学技術の進歩も、文化・芸術の豊かさも、スポーツも、全ては私たちの想像力と希望(こんなことができたらいいなぁという思い。)が生み出したものです。あきらめや、虚無感との戦いは、今も続いています。「どーせ無理。」「自分なんて。」といった虚無感に打ち克ち、夢や希望を失わない人生を歩むことの大切さをこの映画は語りかけてくれます。
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今日一日の

2018年08月25日 | Weblog
今日(昨日)は、
一日、企業研修でした。

出会った方々の心に、
何をお伝えできたかは、
正直言ってよくわかりません。

ただ、
今日の精一杯を尽くしたと思います。

しかし、
まだまだ力は足りていないと思います。

個人の意識が変わり、
組織の意識が変わり、
社会がより良いものになるように、
全力を尽くしていきます。

なかなか結果を出せていないところが、
もどかしくもありますが、
頑張り続けます。




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世襲について

2018年08月22日 | Weblog
 「世襲は良くない」という声を耳にすることがあります。政治の世界でも二世議員、三世議員への批判が大きくなることもあります。確かにどこの世界でもあまりよろしくない二世、三世も沢山いると思います。二代目、三代目が会社を潰したという話もよく聞きます。しかし、創業者以上に立派な二代目、三代目が数多く存在していることもまた事実です。創業と守勢、いずれも難きものであり、それぞれに違う苦労がありますから、それを乗り越えて成功し続けている人たちの努力は、大変に敬服すべきものだと思います。
 また、能・狂言・茶道・華道などの伝統芸能や伝統文化は、第何代家元がいて、脈々と受け継がれているからこその重みがあります。個人の一生では到底生み出し得ない深い世界を、世襲によって、何代もかけて受け継ぎ、磨き上げ、祖先の叡智と共に創造し続けることができるのです。個人の才能の燦めきも素晴らしいと思いますが、時代と共に受け継がれ、熟成されている芸術や文化もまた素晴らしいものだと思います。
 そもそも私たち人間は、過去や未来と断絶した存在ではありません。多くの先人たちが築いてきた過去の尽力の上に今があり、今を築いている私たちの後に、未来の人たちが存在します。世襲の否定はともすれば、そうした祖先の努力や次世代への思いの否定ともなり、過度の個人主義へとつながります。エドマンド・バークは、「祖先を顧みようとしない人々は、子孫のことも考えまい。」という言葉を遺しましたが、今の世相はまさにそのような姿ではないでしょうか。過去や未来の軽視とは、親や先祖の軽視と、子や子孫の軽視に他ならず、自分の個人的損得や自己愛だけを価値判断の中心に据えてしまえば、それはいずれ、親子の断絶、世代間の断絶を招くことにつながります。
 問題は、世襲か否かではなく、あくまでもその本人の考え方と生き方がどうであるかです。社会のリーダーたちへの批判も必要なことだとは思いますが、それが故なき批判になってはならないし、批判する側の囚われや思い込みや偏見であってはならないと思います。
 今の自分があるのは、自分の力だけではなく、多くの祖先たちの努力の上に成り立っているのだという、感謝と謙虚な気持ちを忘れぬ世襲であれば、それは善きものになる可能性が高いと思います。個人であれ組織であれ、良きものが受け継がれていくことは、素晴らしいことですし、従前のものをさらに良きものになるよう磨いていけば、一世代では到底成し遂げられなかった大きな財産を世の中に残すことができます。
 政治にせよ、教育にせよ、芸術にせよ、子供の頃からその分野に触れていれば、それは大きなアドバンテージとなります。友人にしても、父祖の代からの家族ぐるみの交流である方が、友情も信頼もはるかに厚みのあるものとなる可能性がでてきます。そうした個人と個人の良きつながりは、家族と家族の良き結びつきとなり、やがては国と国との良き結びつきとなるのだと私は思います。そう考えていくと、有権者としての学びには、社会的知識のみならず、人間観・社会観を磨くことも大切なのだろうと思います。
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働き方改革

2018年08月21日 | Weblog
「働き方」に正解はないのだろうと思います。ただ、第一次産業革命以降の工業化の流れの中で、「機械と共に働く仕事」と「自分で生み出す仕事」とに分かれてしまった気がします。さらに、その二者は日本古来の稲作文化によって形成されてきた勤倹力行主義的な勤労観とも異なるため、「働き方」にまつわる改革議論が混沌としたものになっているのを感じます。三者の溝は深くもあり、曖昧でもあり、それが働く人たちに迷いを生じさせています。
 私も含め、自分の全てを賭けて、何かを生み出す意識で仕事をしている人たちは、時間を切り売りするような働き方にはなりません。勤務時間が終わったからといって、魂を吹き込んでいる仕事を中断する気にはなれないのです。夢中で働いて、仕事が遊びになり、遊びが仕事になる感覚です。生活のために嫌な事も我慢して、休日に趣味の世界に生きがいを持つという生き方ではありません。それが良いか悪いかは知りませんが、私の場合は、気がついたらそういう生き方・働き方になっていたというだけのことです。
 稀代の美食家であり、芸術家である北大路魯山人の言葉が、そうした心情を的確に言い表して下さっています。「今後十年私に健康を与えてくれるなら、なんとかしたものを遺すべく、努力したいと思っている。努力といっても私のは遊ぶ努力である。私は世間のみなが働きすぎると思う一人である。私は世間の人がなぜもっと遊ばないかと思っている。画でも字でも茶事でも雅事でも遊んで良いことまで、世間は働いている。なんでもよいから、自分の仕事に遊ぶ人が出てこないものかと私は待望している。仕事に働く人は不幸だ。仕事を役目のように了えて他のことの遊びによって自己の慰めとなす人は幸せとは言えない。政治でも実業でも遊ぶ心があって余裕があると思うのである。」
 夢中になって仕事に遊んでいるときに、時間は念頭にありません。教育においても、時間を切り売りして働く人と、魂を込め、自己研鑽に励み、時を忘れて夢中になって働く人とがいます。どちらが正しいと言うつもりはありません。教育の成果は子供の成長によってのみ測られるものだからです。ただし、教育も芸術も他の仕事も、人間が己の全身全霊をかけて打ち込めば、次の河井寛次郎の言葉に共鳴していくことになると私は思います。
「人に好かれるかどうかは知りませんが、自分の好きなものを自分で作ってみようというのが、私の仕事です。そういう際に表現されるぎりぎりの自分が、同時に、他人のものだというのが自分の信念です。ぎりぎりの我に到達したときに初めて、ぎりぎりの他にも到達します。自他のない世界がほんとうの仕事の世界です。」
 師弟の別なく教学同時の域に達することや、自分の生み出したものが他人様に心から受け入れられることなどが、それにあたると思います。至誠天に通ず。私も魂のこもった仕事を目指し、自他のない世界を見てみたいと思います。
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文化と教育

2018年08月18日 | Weblog
子供たちに「知っている画家の名前を挙げてみて。」と言うと、返ってくる答えは、ピカソやゴッホやダビンチといった海外の画家たちの名前です。日本の画家たちの名前はほぼ出てきません。以前は私もその一人でした。しかし、島根県安来市にある足立美術館と出会い、近代日本画の確立のために奮闘した横山大観らの人生とその作品に触れて目が開かれました。さらに、岡倉天心、菱田春草、木村武山、榊原紫峰、竹内栖鳳、北大路魯山人、河井寛次郎、様々な芸術家たちの作品と人生、そして遺した言葉にどんどん魅せられていきました。それは、私自身が生まれ育った母国の日本文化を吸収し、日本人としての感性と教養を深めていく過程であったとも言えます。
 日本一の日本庭園を持つ足立美術館の創設者・足立全康氏が語ったように、「文化」には強い力があります。国と国の付き合いも元をただせば人間と人間の付き合いであり、その人が文化的な豊かさを持っているかどうかで、会話の方向性も自ずと変わってきます。グローバル化の中で、お金と仕事の話しかできないビジネスパーソンでありたくはないと思いますし、子供たちにも豊かな教養人であって欲しいと願います。ヨーロッパなどでは小さな子供たちが学芸員の案内で美術館をよく見学していますが、やはり子供の頃から沢山の本物の芸術に触れ、深い学びを経験した専門家に学ぶことが大切だと感じます。
 心から感動できる芸術の分野は、人それぞれに違うものだと思います。新奇な芸術が好きな人、異国の芸術が好きな人、伝統的な美を好む人、様々です。私はと言えば、その国の自然と風土を背景に生まれた、何百年、何千年の命を持つ芸術作品が好きです。日本に限らず、それぞれの国で、それぞれの自然・歴史・文化・宗教を背景とした芸術が興ってきましたから、それをできる限り沢山知り、美に感動する心を持ち続けたいと思います。
 文化・芸術の教育も、私は素人ながらもっと改善していく必要があると感じています。小学生の時分に私が一番困ったのは、「絵を自由に描きなさい。」と先生に言われることでした。デッサンの基礎も知らないのに自由にというのは難しいと感じたのです。だから足立美術館で出会った北大路魯山人の言葉には非常に納得させられました。「個性だとか、創作だとか、口でいうのはやすいことだが、現実に表現が物をいうようなことは、なまやさしい作業でなし得られるものではない。さあ自由なものを作ってみろと解放されたとしても、決して自由はできないものである。第一過去の人間が作った美術に充分心眼が開かなくては、かなわないことである。過去といっても千年も二千年も前からの美術、芸術に眼が利かなくては、かなわないことなのである。食器師だからというので陶器ばかり観ているぐらいの注視力では乙な器は生まれるものではない。三百年前の茶碗が作りたければ、千年前の美術が分からなくてはかなわぬものである。」
芸術家にならない、なれない私は、もっと教養としての芸術を学び、人生を心豊かなものにしたいと思います。
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「食」という名の教育

2018年08月17日 | Weblog
「食」は人間の心身の健康に直結しています。それだけでなく、季節感や、異文化体験や、マナーという心遣いや、心の豊かさにもつながっています。あらゆる人たちが、家庭教育、学校教育、社員教育、社会教育といった、「教育」という営みに関わっている以上、「食」をに対して深く温かなまなざしを持つことが大切だと思います。それほど、「教育」と「食」とは深く結びついています。子育て・教育においては、質の高いものを生み出すためには、子供に寄り添い「手間暇」をかけることが大切です。同様に「食」においても、食べて下さる方に心から満足していただくためには、やはり「手間暇」をかけることが大切です。「手間暇」の時間は、共に食べる家族のことや、食べて下さるお客様のことを思い、自然の恵みである素材や、四季折々の旬と美について思い、自分の心とも真摯に向き合う時間でもあります。つまり、料理する自分の心の有り様が問われるのです。
 「料理」という言葉は、元々、「物事をうまく処理すること」という意味だったそうです。「料」は「米」と「斗」を合わせた「計る」という意味を持つ字で、「理」は「おさめる」という意味で「物事を適当に処置する」「世話をする」といった意味の漢語であったそうです。(語源由来辞典)だから、素材の本来の素晴らしさを最大限に引き出しすために、理にかなった調理をし、美味しく提供することが、料理をすることだと思います。理にかなった仕事や生き方をすることは、すべてのことに通じるものであり、料理を通じて「理にかなう大切さを知る」感性を磨いていくことができると思います。
 例えば、美味しいものは「鮮度」が大切です。素材の鮮度は勿論のこと、「作りたて」を食べていただくのも「鮮度」です。勿論、熟成させてうまみを引き出したり、保存食として美味しいものもありますが、それとてもいただくタイミングが大切です。美味しくいただくためには、多くのことに心を砕き「手間暇」をかけることが大切なのです。
 私たちは、ものすごい勢いで変化する時代の只中を生きています。みんなが仕事に追われ、慌ただしい日々を過ごしているが故に、できるだけ簡単に、時間を短縮できる「食」に向かおうとしています。確かに科学技術の力が生み出してくれた、インスタント食品も、レトルト食品も、冷凍食品も、時間短縮のためには実に重宝するものです。しかし、命をいただく感覚や、「手間暇」という名の愛情は、そうした「食」にはありません。
 かつて国全体が貧しい時代には、子供を飢えさせないことが一つの愛情の形でした。それは、動物としての根源的な愛情の形ともいえます。私が幼い頃、戦争を体験した祖父母は、「ひもじゅうないかね。」「ご飯しもうてきたかね。」といつも心配してくれました。私たちは多くの人の愛情と自然の命に支えられて生かされているのです。
 本物の「食」は、体を育て、心を育ててくれます。時代が変わっても豊かな「食」や「食卓」を忘れないようにしたいし、その「心」を子供や孫たちにも伝えたいと思います。
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お盆に思う

2018年08月16日 | Weblog

お盆は、もともと、祖先や亡くなった人たちが苦しむことなく、成仏してくれるようにと、子孫が、報恩や追善の供養をする期間でした。日程は、地域によって多少の違いがあるようですが、十三日の夕方に迎え火を焚き、先祖の霊を迎え、期間中にはお経や飲食の供養をし、十五日か十六日の夕方に、送り火を焚き、御先祖さまに帰ってもらうというのが、基本的なあり方として定着しています。
 この時期によく見かけるのが、キュウリとナスビに割り箸やマッチ棒(楊枝)を刺して馬と牛に見立てた精霊馬(しょうりょううま)です。キュウリを馬に見立てているのは、お盆のときに、少しでも早く迎えられるようにとの願いを表し、ナスを牛に見立てているのは、お盆が終わって帰るときには、ゆっくりと荷物を持って帰ってもらえるようにという願いを表しています。
 お盆の由来については、「釈迦の弟子である目連(もくれん)が、亡き母が地獄で苦しんでいることを知り、なんとかして母を救いたいと、お釈迦様に教えを乞うた。そこでお釈迦様は、「旧暦の7月15日(現在の8月中旬ごろ)に多くの高僧を心から供養すれば、三途の苦しみから救えるでしょう。」と伝えた。目連がその通りにしたところ、母親は無事、往生することができた。」ということが盂蘭盆会の始まりだそうです。
 今ではお盆が、ただの夏休みになっているところも多いと聞きます。仏教と関係ないご家庭では余計にそうでしょう。しかし、この日本の心優しき風習を、私は大切にしたいと思っています。
 なぜなら、亡くなった人たちの魂が、お盆の期間には、家に帰ってくることができると考える風習はとてもユニークだと思うし、生前と同じように家族の一員として居続けて欲しいと願う心は、深い家族愛・人間愛を感じさせてくれるものだからです。
 祖先への供養も、自分の力だけで今があるのではないことに気づき、深い感謝の心や謙虚な心を抱かせてくれます。さらに、亡くなってしまった家族や祖先の魂に、「少しでも早く帰っておいで。」そして、「少しでもお家でゆっくりしていって。」と願う、思いやり深い心を持ち続けることや、「亡くなった子が、父が、母が、寂しい思いをしてはいないか、辛い思いをしてはいないか」と、死んだ後々にまでも幸せを願い続ける優しい心は、失ってはならない美しいものだと思います。
 お盆にお墓参りをすることは、とりもなおさず、こうした心を次の世代に伝えていくことでもあります。親の振るまいが、実は多くのことを子供たちに伝えていて、心を育んでいるのです。私自身の価値観が善きものになるよう学び続けたいと思います。
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おじさんたち

2018年08月15日 | Weblog
最近、卒業生である社会人と飲んでいて、
次のようなコメントをもらいました。

「会社のおじさん(上司)たちは、
 お酒を飲むと自慢話か、
 苦労話しかしないのに、
 先生は全くそんな話をしないし、
 人の話をちゃんと聞いていますよね。」

う~ん。なるほど。
私には、まだ、自慢できることがありません。
そして、尊敬できる人たちのご苦労からすれば、
大した苦労をしているとは到底言えません。

ただ、それだけのことなのです。

しかし、その当たり前のことが、
当たり前でない社会になっているとすれば、
それは由々しきことだと思います。

「俺だってよ~。若い頃はよ~。
 あの時こうしてたらよ~。」

新橋あたりでよく見かける、
酔っ払いのおじさんたちの声が耳にこだまします。

そう言わなくてすむよう、
誇りを胸に人生を歩んでいこうと思います。

謙虚であること、
常に向上心を持ち続けること。
そして、
己の人生にプライドを持ち続けること。

それだけのことです。





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