Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

問われるメディアの品位と倫理

2020年05月27日 | Weblog
The Page の記事に、タイトルの言葉がありました。
そして、次のように書かれていました。

「しかし、メディアには真実を伝える一方で、弱者に配慮した「書かなくていいことは書かない」「報じなくてもいいことは報じない」の品位、倫理がなければならないと考える。それは決して独立性の放棄でも、自主的な言論、報道規制でもない。」

それは大いに賛成です。

しかし、問題はそれだけではありません。

品位と倫理の失われた報道の原因は、それを好む、品位と倫理の失われた人たちが多く存在するからです。誰も見たくないし、聴きたくないし、読みたくないと思えば、そもそも、そうした報道は存在できないはずだからです。

報道する前の企画や取材の段階でも、「いや、これは品位がないし、人の道に悖るからやめておこう」という会話が交わされれば、そこで終わっている話です。

しかし、そうではありません。人間の劣情や悪しき欲望に油を注ぐような面白さを追求すれば、視聴率が上がるから、それで良いのだと思っているのでしょう。人間の弱さにつけ込んだ、良識のない価値観ですが、それが世の主流なのです。

反論しようものなら、「何堅いこといってるんだ」「まじめぶっちゃって」と非難されていくだけなのでしょう。そうして、私たちがそういう方向に社会を作ってきたのです。勿論、私もそれに加担している一人です。強烈に異を唱え続け、反発し続けなかったのですから。

明治の人たちからすれば、いったいいつから日本人はこうなったのだと叱られそうです。私たちは、自由だの権利だのと主張して、品位や倫理などはみんなで置き去りにしてきたのです。「いや、人間も動物だ。そんな高尚なものではない。」という言に惑わされながら。

確実にメディアの毒は回ってきました。抗う力はありません。司法、行政、立法の三権と並ぶ「第四の権力」と言われるぐらいですから。

しかも、司法・行政・立法は国家として責任を追う立場ですが、マスメディアは大衆を誤導したところで、あるいは、他人の人権を踏みにじったところで、何ら責任はとりません。

そうしたやっかいな存在に、教育はどう立ち向かうのか。私の課題でもあります。



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エクスプレッションアカデミー2020

2020年05月26日 | Weblog
エクスプレッションアカデミー2020のお申し込みを、早速何人もの方からいただき、誠にありがとうございます!

ちょっとここで申し訳ないお知らせです。
6月の岡山ツアーの旅程にある「大原美術館」からお電話いただき、この際、空調設備も全て改修するので、八月中旬まで休館させていただきますとのこと。

「大原美術館」抜きでこのまま岡山ツアーにするか、別の目的地に変更するか、ちょっと検討致します。

確定次第、連絡致しますので、しばらくお待ちください。


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教育とは

2020年05月26日 | Weblog
教育という仕事は、共に笑い、共に悩み、共に喜び、共に悲しみ、という仕事です。決して、事務的にはできないものです。一緒に前に進んで、一緒に後退して、また、一緒に前に進んで、共に成長していく歩みです。だから、いいとこ取りなどはできない仕事です。

伝えたいことが伝わらないのは自分の力不足ですし、届けた思いに返事がないのも、自分のせいですし、そもそも、見返りを求めるようなこともない仕事です。いや、仕事と言って良いかどうかも怪しいものかもしれません。

それでいて、人の成長には様々な要因が複雑に絡み合っていますから、私のやっていることなどは、ほとんど意味のないことである可能性が極めて高いのです。

ただ、それでも全力を尽くして悔いることのない仕事です。
きっと人間が人間を育てると言うことは、そういうことだと思います。

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十悪

2020年05月25日 | Weblog
仏教では十悪という言葉があります。
身口意(しん・く・い)それぞれを使って悪しきことを為すことです。

・身による悪
 殺生 生きものの生命を奪うこと。
 偸盗 人の物を盗むこと。
 邪婬 よこしまな男女の付き合いをすること。

・口による悪
 妄語 嘘をつくこと。でたらめを言うこと。 
 綺語 無意味、無益なことを言うこと。
 悪口 他人を傷つける言葉を言うこと。陰口を言う。誹謗中傷すること。
 両舌 他人の仲を裂く言葉を使うこと。

・意(心)による悪
 慳貪 財物などをむさぼり求める欲。
 瞋恚 いかり憎むこと。
 邪見 誤った見方をすること。

新聞を見ても、TVを見ても、ネットを見ても、この世は十悪に満ち満ちています。ブッダの生きた時代から、人間は立派なものにはなれてはいないのです。

十悪をなくすには、まず、この十悪を知らねばなりません。そして、全てに「不」をつけることが、十善への道です。(不殺生、不偸盗、・・・)
してはいけないことが何かを知り、それをしない意志を持たねばならないのです。

私たち一人ひとりが、こうした悪を乗り越えて行く以外に、世の中を良くする手立てはありません。



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おかしな逆転

2020年05月24日 | Weblog
戦後、日本の総理大臣は、日本で一番たくさんの誹謗中傷を受けている人だろうと思います。

本来、みんなに選ばれた人であり、重い責任を有している人ですから、最も尊敬と感謝を集めても良い人のはずです。

しかし、現実はそうではありません。

自分が代わりが務まるとも思っていないのに、多くの人たちは、罵詈雑言を浴びせかけます。
それが、何か価値を生み出したりはしないし、国益にかなうとも思えません。

国会議員たちは、立場が違う人、意見が違う人には、何を言ってもいいとばかりにヤジを飛ばします。子どもたちはきっとその姿を見て、学んでいることでしょう。選ばれた立派な人たちのすることだから、意見の違う奴にはきっと何を言っても良いのだろうと。

人間の本質はなかなか変わりません。だから、紀元前に語られたような、孔子やブッダやキリストの教えなどは、もう古いから、もっと新しく立派な教えを受けたいものだ、ということにはならないのです。

人格をいかに磨いていくかという修行を重ねていく以外に、世の中がより良くなる術はないのだろうと思います。

遠い、遠い、道のりです。









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誹謗中傷

2020年05月23日 | Weblog
木村花さんという人が亡くなって、著名人訴え「ネットの誹謗中傷を本気で考えなくちゃいけないとき」という記事が出ていました。

その通りなのですが、では、政治家や著名人に対してなら、何を言っても良いのか。犯罪など過ちを犯した人に対しては、何を言っても良いのかと思います。

私のようなささやかな立場でも、若い頃は、様々なことを言われました。今もおそらくはそういうこともあるでしょうし、発信すれば、様々な反応が起きることは覚悟しなければなりません。
誰が言っているかも分からない、昔の便所の落書きのような言葉でも、やはり、自分に向けられたものだとわかれば心が傷つきます。言葉には良くも悪くも力があるのです。

言われている中に、信念が鍛えられて、強くなっていくこともあります。歳を取れば打たれ強くもなります。しかし、言葉に対する感性を鈍らせてはいけません。
また、人間は完璧な存在ではありませんから、誹謗中傷にも1%程度の正しさがあることもあります。そこで、たかがそれぐらい言っても良いじゃないかという感覚も生まれます。

亡くなった木村花さんは22歳ですから、まだまだ、心ない言葉に耐える力も備わっていなかったのだと思います。まして、小中学生は、もっと耐える力が備わっていないでしょう。
「そんなことで死ななくても」というのは簡単です。しかし、「そんなこと」の重みは人によって違うのです。

かくして、誰に対しても誹謗中傷はしないことが大切なのだと思います。異論反論を言いたいのなら、相手に敬意を持ちつつ、相手の立場も慮って、名乗りを上げて、責任の所在を明確にしてものを言うしかないのだと思います。

誹謗中傷のお手本は、国会の場でも、大手メディアでも、毎日のようにこれでもかと言わんばかりに見せてくれます。だから、子どもたちもしっかりと学習していくことと思います。実に情けないことです。

こういう人に対しては誹謗中傷してもかまわないが、こういう人に対しては駄目という線引きなどできるはずがありません。

とにかく、品位をもって生きていくことが大切なのだと思います。言葉の品性、立ち居振る舞いの品性が、人間には大切です。そうしたものが身についていない人を、「禽獣の如し」と昔の人たちは言って戒めていたのです。(下手すれば、「禽獣の如し」という言葉も、誹謗中傷になり得ますが・・・。)

だから、まずは、教育をする人たちの言葉の品性、生き方の品性が求められるのだろうと思います。子どもの頃の人間教育が大切だと思います。

その第一歩は、とにかく他人の悪口を言わない、他人のせいにしないということだと思います。

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夏の甲子園

2020年05月21日 | Weblog
夏の甲子園が中止になりました。戦後初めてのことです。
球児たちの目的が消えた喪失感は大きなものがあります。
3年間限定の目標である、甲子園の素晴らしさと大きさを、失ってみて一層わかったというコメントもありました。
球児たちの晴れ舞台であり、大きな目標がなくなってしまったことを、とても残念に思います。

しかし。

甲子園も高校三年生にとっては、一度限りの夏ですが、人生も一度限りです。
人生の目的がないことには何の痛みも感じずに生きていることの不思議を思います。

高校球児から、プロ野球選手になり、華々しい活躍をしても、薬に溺れたり、お金を失ったりで、辛い人生になっている人たちの話もよく耳にします。

やはり、大切なことは、人生を貫く目標をどう持つかだと思います。自分にとって何のための甲子園なのか。何のための野球なのか。野球を通じて世の中に何を残していきたいのか。その先を考えることが大切なのだと思います。

「甲子園に行くのが夢? じゃあ、甲子園が終わったら、夢もおしまいですね。」
「医者になるのが夢? じゃあ、医者になったら、夢もおしまいですね。」
「東大に入るのが夢? じゃあ、東大に入ったら、夢もおしまいですね。」

その先にある、自分の志を考えることが、これまでの努力を無駄にしないことではないかと私は思います。

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アビガン効かないの?メディアリテラシー

2020年05月21日 | Weblog
治療薬アビガン、有効性示せず 月内承認への「前のめり」指摘
新型コロナウイルス感染症の治療薬候補アビガンを巡り、国の承認審査にデータを活用できると期待された臨床研究で、明確な有効性が示されていないことが19日、分かった。複数の関係者が共同通信に明らかにした。感染した著名人がアビガンの投与後に回復したと公表し、安倍晋三首相は「5月中の承認を目指す」とするが、現時点で薬として十分な科学的根拠が得られていない状況だ。
 アビガンは催奇形性の問題などがあり、専門家からは「効果や安全性を十分確認せずに進むのは納得できない」「月内の承認方針は前のめりだ」などの声が出ている。
共同通信 最終更新:5/20(水) 12:29
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アビガン「有効性示されず」報道は誤解 藤田医科大が見解
新型コロナウイルスの治療薬候補である新型インフルエンザ治療薬「アビガン」の臨床研究を進めている藤田医科大は20日、研究の中間解析に関する一部報道について「安全性を担保するために行われるもので、有効性の判定が主目的ではない」との見解を発表した。
 中間解析で有効性が示されず、現時点で承認に必要な十分な科学的根拠が得られていないとする一部報道を受けたもので、同大関係者は「報道には誤解がある。中間解析で結果を出す方が異例だ」と話した。厚生労働省も「途中経過で判断するのは時期尚早」としている。臨床研究は無症状や軽症の患者計86人を対象に8月まで実施。政府は有効性が確認されれば、今月中の承認を目指すとしている。
 臨床研究は全体を終えた時点で有効性を確認できるように計画するのが一般的という。
産経新聞 最終更新:5/20(水) 19:56
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アビガン「安全性問題なし」 藤田医大、臨床研究を継続
アビガンの新型コロナウイルスへの治療効果を研究している藤田医科大(愛知県)が20日、インターネット上で会見し、学外の専門家による評価委員会による中間解析の結果、安全性に大きな問題はみつからず、研究を続けると発表した。有効性については「中間解析は有効性を評価するものではない」とし、現段階では判断できないと説明した。
 同大は3月から患者計86人を目標に臨床研究を行っている。初日から10日間アビガンを使うグループと、6日目から15日目まで使うグループの二つに分け、体内のウイルス量の減少や安全性を調べる。会見した研究責任医師の土井洋平教授によると、半数の患者の結果に基づく中間解析では、中止の要件となる安全性の問題、極めて高い有効性のいずれにも当たらないと判断された。
 会見は中間解析の結果、有効性を示せなかったとする一部報道に反論するために開かれた。「(中間解析は)薬剤の効果を判定するものではない。違う形で報道されている」と話した。
朝日新聞社最終更新:5/20(水) 23:17
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三本の記事を時系列で並べてみました。最初の誤報はどう責任をとるのだろうかと思います。
「アビガン効かないよ」と大声で言っちゃったわけですから。
でも、当の藤田医科大は、「中間解析で、安全だってわかったよ。有効性はまだ後でね。」と言っただけなのです。

情報は大切なのですが、とにかくメディア情報を鵜呑みにしないことが大切です。こんなことは日常茶飯事なのです。自分が正しいと信じていることの根拠を常に疑ってかかる必要があります。信じられるものがない、面倒な世の中です。

ん?最初の記事で、アビガンが効かないと言っている理由は、安倍首相が推してるからってことかな?


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矛盾の中で

2020年05月20日 | Weblog
緊急事態宣言下で、結構、TVを見る機会が出てきました。(いつもは全くと言って良いほど見ないので。)

まぁ、日頃から見てなくて良かったとつくづく思いました。コメンテーターが生み出す余計な情報に振り回されるだけになりかねないなと思ったからです。(なりませんけど)

結論としての批判ありきだから、辻褄の合わない話になるのだろうなとか、陰謀論まで出てくるのかとか、色々と考えさせられました。
私はTVを見ないから良いようなものの、日頃、見てる人たちは大丈夫かな?と思いました。

メディアも学校も似たところがあります。

一つ目は、様々な情報に、自分たちの価値観のフィルターを通して、世間や子どもたちに伝えていくと言うことです。誰しも自分の価値観のフィルターを持っています。だからこそ、不特定多数に伝える上では、元になるデータなど、できるだけ正確な事実だけを伝えて欲しいと思います。また、それが正確である根拠も伝えて欲しいと思います。
それから自分のフィルターが汚れていないか、いつも気にして欲しいと思います。汚れたフィルターで物事を見れば、真実は汚れていなくても、汚れて見えるからです。

二つ目は、やっていないことを伝えていると言うことです。医者が医療について伝える、パティシエがお菓子について伝える、寿司屋が寿司について伝える、ミュージシャンが音楽について伝える、庭師が庭について伝える、介護士が介護について伝える、経営者が経営について伝える。みんな具体的に日々やっていることを話すのが基本です。

しかし、メディアと学校は、伝えること自体が仕事ですから、自分がやってもいないこと、そこまで深くは理解していないことを伝えていくということにもならざるを得ません。

だから、そこに幾ばくかの本当らしさをもたらすには、自分がよほど謙虚で、様々な人たちに学ぶ姿勢が必要なのだと思います。

私はメディアでも学校でもないので、とにかく、精一杯、一人の人間として、正直でいようと思います。理解されないことや、誤解されることは多いけれど、丁寧に、誠実にやっていこうと思います。







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次第に分かってきたこと

2020年05月19日 | Weblog
米国、死者数8万9874人。感染者数149万6509人。
英国、死者数3万4796人、感染者数24万6406人。
イタリア、死者数3万2007人、感染者数22万5886人。
フランス、死者数2万8239人、感染者数17万9938人。
スペイン、死者数2万7709人、感染者23万1606人。
日本、死者数765人、感染者16.365人。

次第に、新型コロナウイルスに対する各国の状況が明らかになってきました。

やはり、この問題で大切なことは、「人命を守る」ということですから、日本の対応力は、ダントツに素晴らしいとしか言いようがありません。

ちなみに各国の人口は、米国を除けば、日本の半数前後です。つまり、日本は2倍以上の人口を抱えながら、死者は極端に出していないのです。

イギリス6,753万人、
イタリア6.055万人、
フランス6,513万人、
スペイン4,673万人
日本 12,686万人

小林よしのりさんが揶揄したように、「PCR真理教」の如く、マスコミは「海外に較べてPCR検査をやっていない。だから日本は駄目なんだ。政府は無能なのだ。」とヒステリックに叫んでいました。今も記憶に新しいところです。

勿論、検査数が増えるのは大切なことです。どんな病気もそうですが、検査しなければ、最終的には感染は分からないのですから。(検査の精度が低いという問題はありますが。)

しかし、感染防止の観点、医療崩壊を防ぐことの大切さを考えれば、すぐにやれというのは無理があります。それが、混乱のさなかにおいては、常識的な判断だと思います。

今回のことで、災害の最中に、黙々と人の命を守るために、命がけで頑張ってくれている人たちがいることがよく分かりました。

色々な批判に晒されながらも、懸命にやり抜いて下さる、政治家や行政の人たちがいることもよく分かりました。

黙々と困難に耐え、みんなのためを思って行動する人たちがたくさんいることも分かりました。緊急事態宣言を受けて、自粛に協力して下さった人たちです。

安全なところにいて何もしないのに、批判だけする人たちがいることもよく分かりました。

どんな人間を育てるべきか。答えは明白です。
「あんな大人になっちゃいけませんよ。」と言われない人財育成をしたいと思います。



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