富士山も自分の立っている位置からしか見ることはできません。
世の中もやはり自分の立っている位置からしか見ることは出来ないのだと思います。
正しいか正しくないかではなく、良いか悪いかでもなく、
ただ自分の立っている場所で、それぞれが力を尽くしていくしかないのだと思います。
批判をしたり、誹謗中傷したりしていても何も変わりはしないのです。
私は私の与えられた場での教育に全力を尽くします。ただ、それだけです。
一つ言えることは、学校の先生は、校舎があって、教科書があって、生徒が目の前にいてと、恵まれた環境にいます。
自分一人で世間を相手にして、「私が数学を教えます」「私が国語を教えます」と言って、
いったい何人の人が学びに来てくれるでしょうか。
教室を借りるのにも家賃、光熱費、コピー機リース代、コピー代、用紙代、様々な費用が必要となります。
また、机や椅子やホワイトボード、プロジェクター、パソコン、色々なものが必要です。
自分の給与やスタッフへの給与も支払う必要があります。
20人の生徒から、一人月額2万円を集めたとして、売上は40万円です。
教室の家賃が20万だとすれば、残りは20万円しかありません。
それでは経営としては成り立つはずもありません。
そもそもあなたの授業に月額2万円を払う価値を認めて下さる方がどれだけいらっしゃるのかです。
そうした経費がかからない(税金で賄われている)というだけで、学校の先生は大いに恵まれているのです。
だから、私も教員時代、もっと謙虚に、与えられた環境に感謝せねばならなかったと今は思えています。
本当に自分が教えたいこと、教えられることがないのに、
ただ、教科書通り教えることにどれほどの価値があったのだろうかと今は思います。
そんなことに疑問すら持たなかった自分でなくなって本当に良かったと思います。