Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

妥協せずに

2021年09月24日 | Weblog

今日のバッカーズ寺子屋の講座は、

経営者講話がメインでした。

やはり、世界の第一線で戦い、

実績を出している方のお話は、

非常に深くて面白く、示唆に富んでいます。

未来を担う子どもたちは、

社会で実際にやっている人の話を聞くことが

とても大切だと思います。

私は教育の徒ですから、

実はたいしてやっていません。

何も形あるものを作り出してはいないのです。

農作物を育てたり、エネルギーを生み出したり、

建造物をこの世に残しているわけでもありません。

木を育てたり、魚や肉をとっているわけでもありません。

教育は所詮は虚業に過ぎないのです。

だからこそ、真剣に、全力で、

伝える力を高めていこうと思いますし、

感化力を高めていきたいと思います。

そして、実業として

私の会社を発展させていこうと思います。

それしか私にはできないからです。

「人作り」などという言葉は、

私には恐れ多くて口にできません。

「人を作る」など、神の領域の所業でしかありません。

私ができることは、ただひたすらに、共に学ぶだけなのです。

大したこともできませんが、

妥協せず、自分に厳しく、道を求めて歩いて行きます。

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幸せ

2021年09月23日 | Weblog

何が幸せかということは、

人それぞれです。

色々な幸せの形があると思います。

同様に、

不幸せにも色々な不幸せがあるのだと思います。

結局、どう思うかは、

自分の心が決めているとしか

言いようがないのかもしれません。

私は、・・・。

栗御飯食べられて幸せだった。

中秋の名月を見られて幸せだった。

鳩サブレ食べられて幸せだった。

沢山の幸せに包まれていて幸せです。

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学び続ける

2021年09月22日 | Weblog

先人の書き遺した文章を読んでいると、

その大きさ、強さ、思いやりの深さに圧倒されます。

吉田松陰の『留魂録』

橋本左内の『啓発録』

西郷隆盛の『南州翁遺訓』

言葉の端々に、

その思考の深さと、

人間としての懐の深さ、

思いの真っ直ぐさ、

精神性の崇高さがにじみ出ています。

この歳になって、

やっとそのことに気がつけるようになりました。

そうしたことが若い時分に学べない日本。

先人のことを顧みなくなった日本の教育を、

少しでも変えていくことができたらと思います。

だから、とにかく学び続けていこうと思います。

 

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敵対しない

2021年09月20日 | Weblog

若い頃は、考え方の違いで、

何かと人と敵対することもありましたが、

今、できるだけそれは避けようと思っています。

逃げているわけではありません。

なぜなら、私の目的は、

日本の教育をより良いものにするということであり、

私を否定する人たちも、

当然、その日本の中に入っているからです。

対立しても何も変わらないだろうと思うのです。

本当に変えようと思うのなら、

二宮尊徳の「一円観」という所に

行き着かざるを得ないのだろうと思います。

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ひたむきに

2021年09月20日 | Weblog

私には能力もなく、力もないから、

全力を尽くすだけです。

一回、一回の勝負に全力を尽くすだけです。

それを毎日、毎時間、毎分やれたら、

どんなにか成長できるだろうと思います。

そのためには、

自分の弱さと向き合い、

それを克服していくしかありません。

のんびりと生きる余裕など、

私には全くないのです。

目指しているところは、

まだまだ遠いところなのです。

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為さざるなり

2021年09月19日 | Weblog

ふと気がついたら、

できなかったことが、

できるようになっていることがあります。

その時に思うことは、

「あぁ、今までは、真剣にやろうとしてなかったのだな。」

ということです。

できないと思っていたけれど、

それは、自分が本気でやろうとしていなかったから、

できなかっただけなのだと気づくのです。

私は整理整頓が苦手です。

いや、正確に言えばそうでもありません。

例えば、膨大な種類と量の資料をかき集めて、

講座の内容を考えたり、

原稿を書いたりしているときには、

整理整頓の脳が働かない気がするのです。

だからすべて一段落して、

整理整頓に集中すると、

一気に整理整頓が進んでいくことになります。

脳が違う方向に集中しているときにやろうと思っても、

どうしてもうまくいかない感じになるのです。

そこで、苦手なのだという意識が生まれます。

今、とあることの整理をしていて、

今までできなかったのに、

状況が変わり、必要に迫られると、

いつの間にかそれをやっている自分がいることに気がつきます。

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愛国心と総裁選

2021年09月19日 | Weblog

私利私欲ではなく、

人々のために政治は執り行われるべきものだと思います。

いや、政治のみならず、経済活動も、医療も、教育も、

私心を去り、多くの人々や次世代のために、

素晴らしい価値を生み出し、

手渡していくために存在するのだと思います。

結局、そうしたことは、愛国心という言葉に集約されます。

家族のために、周囲の人たちのために、と、

そして、その範囲を広げていけば、

当然、国家というものに行き着かざるを得ないのです。

勿論、それを更に拡大していけば、

世界という所に行き着くのは当然のことです。

しかし、愛国心といった瞬間に、右翼呼ばわりされ、

レッテルを貼られ、否定されるのは、

一体どうしたことでしょうか。

愛国心に否定的な言説を垂れ流している人たちの、

底意を見透かしておかなければならないと思います。

また、一見、愛国心を叫んでいるようで、

実は愛国心という言葉に拒否反応を持つように

意図的に言説を流布している人たちの底意も

見透かしておく必要があります。

愛する者たちを守るということは、

それを脅かす者たちとの戦いであることを、

私たちはいつも忘れてはならないのだと思います。

 

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書くことの意味

2021年09月19日 | Weblog

私は大学ノートに色々なことを書くようにしています。

そして、このブログにも書くようにしています。

自分自身の思考を深めていくために、

どちらも大切な作業です。

実に大したこともないささやかな人生ですが、

言葉を紡ぐことで、思考が整理され、

意志が鍛えられていくことを感じます。

特にこのブログは、色々な人の目に触れますから、

自分の考え方や心の持ち方が問われます。

勿論、人目を意識した偽りを書くつもりはありません。

むしろ、正直に書くが故に、人間の未熟さが、

そのまま表現されてしまう怖さをいつも感じています。

それでも書き続けようと思います。

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エクスプレッションアカデミー福岡

2021年09月16日 | Weblog

新型コロナウイルスによる、

度重なる緊急事態宣言発出のため、

福岡でのエクスプレッションアカデミーもまた、

度重なる延期を余儀なくされました。

みなさんとすっかりご無沙汰になってしまい、

誠に申し訳なく思いますので、

Zoomでの無料特別講座を開催致します。

受講者の皆様には既にご案内を差し上げていると存じます。

是非、お気軽にご参加下さい。

折悪しく、明日は台風の影響があるようですが、

元気に「利他の心」について、

共に学ばせていただこうと思います。

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我執を捨てる

2021年09月16日 | Weblog

「利他」ということについて、考えていると、

「我執」というものが大敵だと気づきました。

これは若いときに乗り越えるのは不可能だと思います。

やはり欲がなければ、エネルギーも生まれない

というのが人間の姿だと思うからです。

しかし、歳を重ねていくと、段々と、

欲が澄んでいく気がします。

若い頃は、物欲だったり、独占欲だったり、

出世欲だったり、権力欲だったり、

我執にとらわれていたものが、

歳を取ると、

少しずつ、社会を少しでも良くしたいとか、

少しでも他人様のお役に立てるようになりたいといった

純粋なものに変化していくように感じます。

まだ、仙人のじいさんのようにはなれそうにありませんが、

少しずつ、澄んだ心を持ちたいと思う自分がいます。

それでも日々、血生臭い戦いではありますが、

我執を捨て、皆が望むものを

生み出せるようになりたいと思います。

皆さんと共に成長し続ける

自分であり続けたいと思います。

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