Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

誠実であること

2018年12月31日 | Weblog
不誠実な人とも国とも、
誠実な人は、
あまり付き合いたいとは
思えないものだと思います。

ただ、不誠実な人が、
自分自身の不誠実さに
気づくことは困難ですし、

不誠実な人ならではの、
相手や周囲のせいにしていた方が
得だという思考回路が、

自分自身を省みて
改める思考に変わるということにも
なかなかならないだろうと思います。

だから、
結局は平行線をたどることになります。

かくして、

誠実な人には悲しみが残り、
不誠実な人には恨みが残っていくのだろうと思います。

恨みを友として生きるよりも、
悲しみを友として生きた方が、

私は心安らかでいられると思います。





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人生の時間

2018年12月31日 | Weblog
人生の時間はあっという間に過ぎていきます。

私のように、若い頃、怠け者だった人間が、
どれだけ世の中に善いことを残していけるのか。

その挑戦を全力でやっていこうと思います。

人生の残り時間が少なくなると、
人はそう思うようになるのかもしれません。

確かに去年の自分と違う自分が、
今年一年間を生きてきました。

そして、

来年もまた、
新しく生きようと思っている自分がいます。
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今年の漢字

2018年12月31日 | Weblog
今年の漢字一文字は何ですか?と言われ、
1年を振り返って出てきた文字は「闘」の一字でした。

もちろん「志」の一字も出てくるのですが、
それを外して考えると「闘」。

色々な闘いがありました。

自分自身との闘いも、
私の思いを理解していただけない人たちとの闘いも。

人生は闘いです。

しかし、それを笑顔で楽しみたいものです。

私はもう失うことを恐れません。
自分の信念に従ってひたすら進み続けるだけです。




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過ぎゆく平成

2018年12月31日 | Weblog
2018年もあとわずか。
今年もそれなりに走り続けました。

「それなり」ではなく、
全力で駆け抜けて、
ゴールでぶっ倒れるところまで、
自分を追い込まなくてはならないのですが、
まだまだ甘さが残っています。

来年は、この甘さを如何に無くしていくかです。

とにかく、
より良い社会の実現を目指して、
より良い教育の実現を目指して、
走り続けます。

一人で仕事はできない以上、
色々な価値観の人と向き合わなければなりません。

哀しいことや辛いことも色々とありますが、
とにかく人間としての成長を求め続け、
乗り越え続けていくしかありません。

そう思います。







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日本人の美徳

2018年12月29日 | Weblog
日本人の美徳は、
正直であり、勤勉であり、繊細であり、
和を重んじるところにあると思います。

これは、日本の風土によって、
長い時間をかけて育まれてきたものです。

島国であり、四季があり、
主に農耕を生業とし、
自然災害が多発する火山列島が育んだ、
感性であり、思想だとも言えます。

例えば、
「配置売薬」などというビジネスモデルも、

正直で誤魔化さない、逃げない、
という前提があって、
始めて成り立つものです。

これは世界に類を見ないビジネスモデルです。

しかし、
世界はそうではない国の方が多いのです。

そこに日本人の苦難があります。

それを乗り越えていく強さを、
身につけていきたいものだと思います。

揺るがずに美徳を大切にし続けたいと思います。
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ゴールをどこに置くか

2018年12月24日 | Weblog
以前、高校教師だった時、
学期が終わるとよく風邪を引いていました。

「あー、終わった」と思うと、
どっと疲れが出て、
風邪を引いていたようです。

最近、それがなくなりました。
自分のゴールが遠いからです。

一つの山を越えた瞬間に、
もう次の山に登り始めなければならないから、
気を抜く暇が無くなっているのだと思います。

エンドレスゲームを
戦い抜こうという意志の力が、
私を支えてくれているのだと思います。

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「知識の教育」と「人物をつくる教育」

2018年12月23日 | Weblog
グローバル化、IT化が急速に進み、
語学やITといった知識の教育が
とても大切な時代になりました。

しかし、人間が仕事をする以上、
人物の養成というものも不可欠です。

だから人間教育もやはり大切なのです。

これから残された人生の時間で、
人物をつくる教育を形にして行けたらと思います。



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闘う理由

2018年12月21日 | Weblog
ボクサーたちは、
肉体も技術も大切ですが、
戦う理由の大きさも、
大いに勝敗に関わっているのかもしれません。

闘う理由は何か?

人生も闘いだとすれば、
その理由の大きさが、
人生の成果を左右するのかもしれません。

志とは、闘う理由のことなのかもしれません。

不屈の闘志を持ち続け、
闘い続けられるかどうか。

それは、
その志の大小によるし、
どれだけ深いところから出てきた思いか
ということによって決まるのだと思います。



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成長に必要なもの

2018年12月19日 | Weblog
人間が成長していく上で必要なことは、
まず、「気づく」ことだと思います。

自分が如何にできていないか、
自分が如何に他人様に支えていただいているか。

それに気づけない人は、
成長もできない人だと思います。

また、気づいた後に「認める」
ということも大切です。

自分ができていないことを「認める」には、
大きな勇気と自己変革への意志を持つことが
必要だからです。

これができるようになるためには、
できている人たちと
付き合っていかなければならないと思います。

そういう人たちは、
愚痴を言い合うようなことはしない人たちです。

どうすれば変革できるか。
その意志に満ち満ちている人たちです。

愚痴を言って傷口をなめ合っている時間は、
何も生み出さない勿体ない時間であり、

それが習い性となれば、
人生自体が不満だらけのものに成り果てていきます。

実に勿体ないことです。
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人の世は

2018年12月19日 | Weblog
人の世は、なかなか思うに任せぬものです。

良かれと思ってしたことが、
結果として良くないことを
招くこともありますし、

善意がその人にとっては、
悪意にしか思えぬこともあります。

結局、大義は何かを考えぬところに、
価値観の混乱が起きるのだと思います。

大義を見失っていなければ、
価値判断を誤ることは少なくなります。

しかし、どうしても、
人は自分の小さなプライドとか、
虚栄心とか、メンツとか、
そうしたものにとらわれしまいます。

だから出処進退も立ち居振る舞いも誤ってしまい、
端から見て残念な人になってしまうのです。

そうならないためには、
常に大義を思い続けることが大切だと思います。

私のミッションは何だろうか?
私の組織のミッションは何だろうか?
そのために私が果たすべき役割は何だろうか?
私にとって成果とは何だろうか?

そうしたシンプルな問いを、
常に自問自答する心がけが必要だと思います。
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