Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

徒然なるままに

2009年07月21日 | Weblog

徒然なるままにブログを書きたいところですが、
最近、全く余裕が無くて申し訳ありません。

今、私たちの教育活動が、
大きく伸びているところだと実感しています。

次のステージに立つために、
パワー全開で、元気に頑張っています。

勿論、「個」を大切にし、
妥協せず、驕らず、阿らず、
私たちの目指す教育を追究していくというスタンスは、
全く変わっていません。

メールマガジンの配信等、
新たな準備を進めています。

どうか今しばらくお待ち下さい。






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量も大切

2009年07月09日 | Weblog
どんなに良い薬でも
十分な量を飲まなければ、
効き目があるはずもありません。

どんなに素晴らしい料理でも
前菜だけしか食べてないのであれば、
その料理を味わったことにはなりません。

しかしながら、
忙しい時代の中で、
色々な事を、ちょっとだけ囓ってみて、
わかったような気になっている人が
とても多くなって来ていることは、
実に残念なことだと思います。

また、その一方で、
ちょっとだけやってみせることで、
効果があまりないと知りつつも、
免罪符を得ようとする向きが
多くなっているのも残念なことだと思います。

しかし、それもまた人の世の姿なのだと思います。

どんな状況であっても、
私たちは心を込めて、
学びの時間を創っていこうと思っています。
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天与の命

2009年07月06日 | Weblog
豪華絢爛たる料理を
豪華絢爛だというだけの理由で
有り難がるのは愚かなことなのかもしれません。

しかし、

豪華絢爛たる料理を
豪華絢爛だと言うだけの理由で
非難するのもまた愚かなことかもしれません。

両者は一見異なるように見えますが、
料理そのものを見ていないという点においては、
その本質は同じだと思います。

大切なことは、
その料理を虚心に味わうこと。
そこに込められた心を味わい、
供された命に感謝することではないかと私は思います。

供された命には何の罪もありません。
高級魚か否か、ブランド牛か否かなど、
人間が決めたことであって、
神仏の前では等しく同じ命に過ぎないのだと思います。

しかし、そこに人間の熱意と思いがあるのならば、
その価値を認めることもまた尊いことだと私は思います。

料理がどれほど豪華絢爛だと言っても、
すべては人間の口に入る物です。
そして、すべてが自然の恵みです。
肉も魚も野菜も、
名工が作る器の土も、
すべては天与のものなのです。



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