Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

明治維新

2008年03月31日 | Weblog
明治維新は、政権が変わったとか、欧米列強の圧力に対抗する国作りとか、色々な見方ができるが、人に焦点を当ててみれば、武士たちがこれまでの既得権益を捨てて国の未来に殉じていったものだと言うことができる。武士の高貴なる精神がそれを可能にしたのだろう。かつての武士たちは、生産をせず利益を生み出さない者たちであった。だからその生き方や行動の美学が問われていた。

幕府(国)や藩(県)の録を食む者たちを、現代では公務員という。明治の改革、昭和の改革に次ぐ、三番目の国作りを遂行していかなければならない今日、公務員は、かつての武士がそうであったように既得権益を捨てる覚悟はあるのだろうか。

国政の混乱が報じられるにつけ、そうしたことを思う。

そして、今日的価値観をつくってきた教育の在り方と、これからの教育の在り方に思いを巡らす。
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教育改革

2008年03月30日 | Weblog
時代の変化を肌で感じる。教育も当然変わらなければ、変化に対応していくことができないだろう。昭和的な価値観が終焉を迎えているのが今という時代である。

私のように、自分で会社を創り、企業のサポートで寺子屋事業を行い、高校で非常勤として国語を教え、さらにはあちこちで講演や研修を行うといった、変な人間が誕生したのも、きっと新しい時代の要請なのだろう。

定年までひとところにじっとしがみついていれば、定年まで昇級し続け、あとは年金で暮らしていけるという時代はもう終わっている。

これからの四十歳以下の世代は、自分のキャリアを積み、腕一本で食べていく時代になる。

だから、昭和的年功序列の価値観を持つ旧人類のままでは、平成的能力主義の人間は育てられないかもしれないという強烈な危機感を持つ必要が今の教師にはある。

とにかく時代の流れを見つめるために勉強を重ねなければならない。そして、不易なる部分をしっかりと教育の中で子どもたちに伝えなければならない。

どこまでやれるか私もまた挑戦の日々を送る。

一人一人の教師の行動こそが教育改革の本質であろう。
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花見

2008年03月30日 | Weblog
四月二日に花見を計画しています。忙しい時期なのですが、それでも新しいインプットをしておかないと、言葉のパワーが落ちるような気がするのです。

研修・講演がメインの仕事であるので、どうしても瑞々しい感性を持ち続けていなければ、響く言葉は失われていきます。

・・・え?言い訳だって?

ばれましたか(笑)
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受験の先にあるもの

2008年03月29日 | Weblog
私は受験勉強を否定しない。しかし、受験勉強だけやっていても、世界に通用する人材育成はできないと思う。

だから学校現場では創り出せない教育を、私は寺子屋という新しいフィールドで創り続ける。

一方で、今なお学校教育現場でも教え続け、学校教育の可能性をも模索したいと思っている。

今、私と共に現代文を学んでくれた生徒たちは、大学に進学し、何人もがメールをよこしてくれる。

「報告が遅れてしまいましたが、無事に大学に合格することができました。先生には、受験勉強の枠をこえた学問の面白さを教えていただき、大変感謝しています。本当にありがとうございました。」

私にとって本当に嬉しいメッセージである。週に二日しか学校に行かない「なんちゃって先生」の私は、教え子から教えてもらうことの方が多かったように思うのだが、それでもこうしたメールを送ってくれる素晴らしい生徒がいる。

私も教え子たちに恥じぬよう、志高く生きたい。教育に夢とロマンを抱いて、頑張り続けていこうと思う。
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プレゼンセミナー

2008年03月26日 | Weblog
授業であれ、学年集会であれ、保護者会であれ、
「伝える」ということが教師の仕事だと思う。

しかし、「伝える」ということの本質を
学ぶ機会は教育現場にいた時にはなかった。

幸い学校の外で私は幾人もの素晴らしい
プレゼンテーターと出会い、
「伝える」ということについて学ぶことができた。

今、教育現場にあったプレゼンセミナーを
私なりの切り口で創っている。

そして、それは、教育現場だけでなく、
自分の「思い」を他人に伝えたり、
自分の「考え」を確立したいと願う
多くの人たちにとって有効な方法だと確信している。

福岡ですでに三期目を実施している。
いよいよ、6月7日(土)・8日(日)に、
東京(新宿)でプレゼンセミナーを開催する。

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平凡な言葉を新鮮に感じるとき

2008年03月24日 | Weblog
昭和40年頃のある日、松下幸之助氏による
『ダム式経営』の講演会が開かれていた。

『水をダムに満々と蓄えておけば、水力発電に
も使えるし、何時も一定量の必要な水が使える。
企業経営も同じ事で、設備、資金、在庫、人材等、
みな同様で、ダムのように蓄えておけば安定した
経営が可能となる。』

「ダム式経営」論とは以上のようなものである。

ところがその講演後、ある一人の社長が質問を投げかけた。

『ダム式経営が重要だということはよく理解できた。
わたしも同感だ。でも、どうしたらそれができるのか、
それを教えていただきたい。』

『経営の神様』松下幸之助氏の口から
どんな"経営の極意"が飛び出すかと会場全体が期待をした。

しかし、松下幸之助氏の口から出てきた言葉は、
『それは、まずダム式経営をやろうと思うことですな・・・』
というものであった。

会場からは失笑が漏れ、期待はずれだ、
あほらしいという表情の者も多かったそうである。

ところが、そうした中で、
「なるほど!」と衝撃に打ち震えた人物が会場の片隅にいた。
若き日の、京セラ名誉会長稲盛和夫氏であった。

「まずはやろうと思うこと」このメッセージを、
稲盛和夫氏は強烈な衝撃とともに受け止めた。

当たり前のことが、ある瞬間に当たり前ではなく、
新鮮なメッセージとして強烈に心に飛び込んでくることがある。

それが「気づく」ということである。
「気づき」を伴った学びは大きな進化を促す。

私自身、そうした「気づき」を得続けたいし、
また、そうした学びの場を創り続けてみたい。

日々新たでいることに、真剣に向き合っていきたい。
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中江藤樹

2008年03月12日 | Weblog
中江藤樹のDVDをまた見る機会がありました。

私の大学時代の専攻は日本思想史学で、
近世儒学をテーマに選びました。
…と言っても名ばかりで、
バンドにバイトに遊び呆けていた、
よくいるイマドキの大学生の一人でした。

卒論を書くにあたっては、
貝原益軒にするか中江藤樹にするかで随分悩み、
結局、貝原益軒にしたのはよかったのですが、
全くデタラメな手抜き論文で、
今振り返ると、
身もだえして反省したくなるような代物でした。

とはいえ、
その時の問題意識は私の中にずっと眠っていて、
今、猛烈に勉強しているから不思議なものです。

中江藤樹は「五事を正す」ということを説きます。
「貌・言・視・聴・思」の五つを大切にせよと説くのです。

正直、中江藤樹の書いたものは面白くありません。
いまだに私はそう感じています。
なぜなら立派すぎて、当たり前すぎて、面白くないのです。

でも、中江藤樹の人生と
彼の学問がもたらした周囲の人々の変化は
とても素晴らしく、とても感動的なものです。

だから、私は中江藤樹のDVDを見るたびに
涙を流してしまいます。

理屈ではなく、
何かが心を突き動かしていくから、
涙が止まらなくなる。
そんな感覚なのです。

是非、皆さんもご覧下さい。







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みのり寺子屋

2008年03月11日 | Weblog
昨日、みのり寺子屋の卒塾式が終わりました。
これは、バッカーズ寺子屋より、
もっと低学年の子供たちに、
少しでもそのエッセンスを
伝えられないだろうかという、
理事長先生の思いを受け止めて
スタートしたプログラムです。

とにかく、ここでも私は
子供たちの可能性に驚かされます。
素晴らしい!としか言いようがない。

そして、お母様、お父様たちの
姿勢の素晴らしさにも感服します。
卒塾式では、保護者の皆様全員から
コメントをいただきましたが、
一人の塾生のお祖父様からの
コメントが心に残りました。

「公立学校の教育を見に行くたびに
嘆かわしさを感ずる。
しかし、今日の寺子屋の
子供たちの姿は素晴らしかった。
今の学校とは全く違う世界である。
願わくば、この寺子屋を何年も続けて、
一人でも多くの子供たちを
大切に育ててほしい。」と。

どうやらまだまだ
闘いはこれからのようです。


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