Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

教える者として

2012年05月26日 | Weblog
脅すことは教育的ではありません。
迎合することも教育的ではありません。

そして、そのいずれもが、
教える側の人格未熟ゆえに
子どもたちにもたらされる不幸だと思います。

解決の道は、

教える側が、
自分自身の成長を
心から願い、
真摯にその努力を続けること。

それだけだと思います。

自分への評価など大して重要ではありません。

評価は全て相手に委ねておいて、
自分の道を迷わず歩き続けるだけです。

世の中は私たちが思っている以上に
公平なのだと私は思います。
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言葉の力

2012年05月25日 | Weblog
言葉の力は、技術ではありません。

自分の持てる力の全て、全人格です。
そして、自分の思いであり魂です。

だから、言葉の力を磨こうと思うのであれば、
自分の全てを磨かなくてはならないのだと思います。

人生観、仕事観、哲学、志、夢、希望、
そこには、哲学や理念や価値観と言った
本質的なものの全てが凝縮されています。

だから、言葉を人に対して発するときには、
聞いて下さる方に深い敬意を持たなくてはなりません。

相手が子どもであれ、大人であれ同じです。

意味を理解できない子どもであっても、
心を込めて伝えなければならないと思います。

また、そうしたいと思います。

聞いて下さる方の
社会的な地位や肩書きによって
自分の話が左右されるというのも
私は違うと思います。

誰に対しても変わらぬ
不変の信念があれば、

誰に対しても同じような表現が、
自然とできていくものだと思っています。


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炬火として

2012年05月23日 | Weblog
夢や希望を失ったときに、
人は荒んでいきます。

それも心の持ち方一つなのですが、
人はそれを忘れてしまいます。

自分ではなかなか軌道修正できず、
立ち直るには随分と時間も要します。

その間に周囲の人たちは次々に去っていき、
更なる絶望がもたらされていきます。


しかし、
それがわかっていれば、
やるべき事は一つだけです。

わかっている人間が、
自分自身の希望の炎を燃やし続け、
それを周囲の人々に伝え続けることです。

しかし、押しつける必要もありません。

ただ、ただ、温かく接していくだけです。

どんなに絶望の言葉を聞かされ続けたとしても、
自分の希望と、心の温かさを、
一グラムたりとも削り取られる必要はありません。

すべては神様の計らいなのですから、
安心していてよいのです。



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子どもの成長への願い

2012年05月23日 | Weblog
子どもの人間的成長をど真剣に願うこと。
そのために、
自分の人格を磨くことにど真剣であり続けること。
大人が忘れてはならない大切なことだと思います。

子どもは、遊興や情報や知識を売りつける
商売の相手として存在しているわけではありません。

しかし、多くの大人が、
そうした目で子どもたちを見てしまっている。

けれども、
大人が真剣に子どもの人間的成長を願わぬような国が、
今後も繁栄し続けるとは到底思えません。

私にできることなど多寡が知れていますが、
それでも将来のために、
一矢報いてやろうと思っています。

とにかく、
子どもの人間的成長を願い、
祈るような気持ちで日々を過ごすことに、
成否はかかっているのだと思います。








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人生の喜び

2012年05月19日 | Weblog
今、私たちの仕事はとても充実しています。

子どもたちの成長、
お母様方の成長、
ビジネスパーソンの皆様の成長が、
本当に実感されるからです。

それが一番なのだと思います。

共に学び、共に成長していく実感が本当に得られたら、
名誉も地位も何もいりません。

お金は、良き教育事業をやっていくために、
必要不可欠なものですから、
避けては通れない大切なテーマだと思っています。

ただ、とにかく、
皆様と共に、有意義で楽しい人生を過ごせたらと思います。





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親心の学舎

2012年05月15日 | Weblog
今日は佐賀での「親心の学舎」でした。

もう、8年も続いています。

今日も新しい出会いと、学びがありました。

私がこの学びに「親心の学舎」と名付けたのは、
育児の知識を習得するのではなく、
親としての心を豊かにするお手伝いをしたいという、
一つの決意と深い思いがあったからです。

知識も必要ですが、知識では救われないのです。

様々なことが複雑に絡み合って生まれるのが、
子育てをしている親としての悩みです。

これは私も様々に悩んだからこそ、
今、何が大切なのかが、多少は見えてきたのだと思います。
しかし、決してマニュアルなどはありません。

「親心の学舎」は毎回のテーマこそ決まっていますが、
いつもシナリオのない学びの時間でした。
そして、これからもそうしていこうと思います。

私たちの親心の学舎は、
いつも笑顔に満ちています。
そして、涙もたくさん流されました。

人生の大きな選択の場面に
立ち会わせていただくこともありました。

皆さん、子どもへの大きな愛情から、
深い覚悟を定められ、
人として大きく成長して行かれました。

一年、一年、お母様方の人間的成長に関わらせていただき、
それをしっかりと見届けさせていただきました。

それは私の人生にとっても、
素晴らしく有意義なかけがえのない時間でした。

時には厳しいことも言ってはきましたが、
素晴らしい受講生の皆様と一緒に作りあげてきた、
温かさに満ちた交流の時間、学びの時間でありました。

これからも、
悩みなど笑い飛ばして、
素敵な人生を歩んでいきましょう!

また次回、お目にかかれますことを楽しみにしています。













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和辻哲郎

2012年05月14日 | Weblog
和辻哲郎を読まなくてはと思います。

久しぶりに読み返してみると、
深い教養と哲学、
鋭い美意識と批判精神に充ち満ちています。
その知性のきらめきに、読んでいて胸が躍ります。

高校生、大学生の若者たちが、
こうした硬派な書物を読まなくては、
精神は鍛えられないのだと思います。

反射的に答えを出すクイズのような学問ではなく、
深く深く学ぶことで思考力を鍛えていくことが、
これから必ず大切になるのだと私は思います。




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1000年

2012年05月14日 | Weblog
「あらゆる木の王様と言われるオリーヴは、
 成育するのに百年を要する。
 一方、ネギは九週間で収穫できる。
 今までの私の人生は、このネギのようなものではなかったか…。
 私は、とうてい、このような人生に満足することはできない。」

私の大好きなオグマンディーノ『地上最強の商人』の一節です。


また、

法隆寺の檜は、
1000年かけて育ったものを使ったから、
1000年の寿命を保つことができています。

ハウステンボスも
コンクリート護岸やアスファルト舗装を一切せずに、
1000年の街を作ることに全力を注ぎました。


やはりじっくりと育てたものは、
長きにわたって本物の命の輝きを放つのだと思います。

私もそんな人生を生きたいと思います。



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価値観

2012年05月08日 | Weblog
教育で陥りやすいのは、
価値観の押しつけだと思います。

自分の価値観には信念を持たなくてはなりません。
しかし、同時に、
他人の価値観も誠実に受け止めなくてはなりません。

それをせずに自分の価値観のみを広げていこうとすれば、
それは教育ではなく政治や宣伝になってしまいます。

だから、本当に教育をしていこうと思えば、
鑿で大岩を穿ち続けるような努力を続けなければならない。
私はそう思います。

届かないことを覚悟で、
叫び続けなければならないのだと思います。

近道をしようとした瞬間に、
誠実さは失われます。

誠実でない者がする教育が、
大きな広がりを持つとは思えません。

世の中は私たちが思っている以上に公平だと私は思います。

また、自分一人のメッセージが人を育てている
などという思いには到底なれません。

善も悪も、様々に、その人と関わり合い、
様々な人たちのメッセージが届けられ、
その人の人格が形成されていくものだと思うからです。

だから、私の言う教育とは、
共に学びましょうという体のものでしかありません。

しかし、私はそうしようと思いますし、
そのようにしかできないと思っています。







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教育の成果

2012年05月05日 | Weblog
今、私たちがやっている教育の成果が
どれほどのものになるかなど全くわかりません。

ただ、目先のことだけを考えて
動いているのでないことは確かです。

私たちの父祖の代は、
孫子の代や、そのはるか先の、子々孫々のことを考えて、
教育をしてくれていたと思います。

最近、ようやくそれがわかってきました。

今の私たちは、自分たちの代のことばかり考えて、
ビジネスをし、教育をしているように思えてなりません。

目先の利益よりも、先々での人々の幸福を慮る。
そのためなら自分たちのやりたいことも我慢する。

そうした精神性を培っていくことが、
実は尊いことなのだと思います。

目先の成績を上げたり、目先の受験に勝ったり、
目先の売上が上がったところで、
100年先、200年先にどうなるのか?

みんな「とりあえず」が良くないとは言いつつも、
結局の所、対処療法を繰り返して、
ついに日本はこんな姿になったのだと思います。

とにかく、私たちは、
本質に向き合うことを至上命題として、
チャレンジを続けたいと思います。

人々に受け入れられず、敗れ去っていくかもしれません。

しかし、私は信念をもってやり続けたいと思います。
結果など、何十年先かにしかわからないと思っています。

そんな人生もまた楽しですね!



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