Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

大正自由教育

2014年04月28日 | Weblog
ある方に、
成蹊の創設者中村春二先生のことが紹介された
新聞記事を送っていただきました。

そこで、興味を惹かれた私は、
ここ十日間ほど、
中村春二先生に関する様々な本やDVDを取り寄せて
読み込んでいた所です。

大正デモクラシーの時代に、
これまでの知育偏重の実利主義の教育に対して、
個性を尊重し、人格形成を目的とした、
「新しい教育」が芽吹いていたのです。

勿論、教育史としての知識はありました。

しかし、その中身や、
中村春二先生の実践については無知でした。

勉強してみて驚いたのは、
今まで創り上げてきた、
バッカーズ寺子屋の教育が、
驚くほど似通っていたと言うことです。

勿論、時代背景も違いますし、
徹底の度合いも全く異なります。
バッカーズ寺子屋は月に2回程度ですから、
較ぶべくもありません。

しかし、その考え方と方法論には、
大いに共感する部分がありました。
そして、大いに刺激を受けました。

もう少し学び続けようと思います。

出会わせていただいたことに、
心から感謝致します。
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努力

2014年04月28日 | Weblog
色々な人が、
それぞれの立場で努力をしています。

人は万能ではありませんから、
得意分野、不得意分野が常にあります。

それを理解しつつ、
人に対して厳しく言うのは、
やはり、その人の成長を期待するからに他なりません。

その人の成長を願う心なくして、
人の出来ぬことをあげつらうのは、
人間として実に貧しいことだと思います。


自分が上手くいくことしか
考える余裕のない人も世の中には多いものです。

そして、往々にして、
そのような人は、
本当の意味で、
責任ある立場にはいないものです。

所詮は他人事だと思うから文句を言いっ放せるのです。

一人一人の人間の成長や、
社会全体の向上を願う、
深い視点を持つことができるようになれば、
どうでもいい人などいないものです。

そのことに気がつけば、
物の見方や、物の言い方も、
自ずから改まってくるものです。

相手が偉い人だから丁寧にものを言い、
相手が目下だからぞんざいにものを言うのは、
私は人としてのレベルが低いと言っているのと同じです。

言葉だけ取り繕っても、
心は伝わってくるものですから、
誤魔化しはききません。

かつて私がそうだったからこそ、
そのように言えるのだと思います。





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教育とは

2014年04月27日 | Weblog
教育というのは、
次の世代を担う子供たちに、

自分が学んできて、
価値あると信じるものを

心を込めて
手渡していく作業だと思います。

大切なことは、

・自分が真剣に伝える価値のあることを学んできたかということ
・手渡そうとしているものの価値を
 本当に心の底から自分が大切だと信じているかということ
・それを祈るような気持ちで手渡そうとしているかということ

その三つだと思います。

価値あることとは、
真・善・美に関わることであり、

大切なこととは、
個人、家族、国家、世界の幸福を
心から願っているかということだと思います。

それは、当然に「祈り」となります。

子供たちを育てることに本気で真剣になり、
全力を尽くしていけばいくほど、
教育者は己の無力を痛感することになると思います。

だから、祈るしかないと思うのです。

そうした意味において、
「祈り」を忘れた教育は、

どんなに一生懸命だと言ったところで、
やはり、何かが欠落しているのだと思います。









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私の思う教育

2014年04月26日 | Weblog
私が大切にしたい教育の在り方は、

一人一人を見て、
その瞬間瞬間に応じた、
臨機応変の指導をしていくことです。

そして、
そのためには、
指導のタイミングを待つことも大切です。

一見、指導をすべきタイミングで何もしないこともあれば、
何故このタイミングでそこまで言わなきゃいけないのか?
ということもある。

それは私の感覚的なもので、
結果として正しかったことが
私も含め、後でようやくわかる
という質のものが多くあります。

理解されにくい教育実践です。

しかし、
一人一人を見て教育するということは、
また、
集団全体の力学を考えて教育するということは、
そうしたものにならざるを得ないのだと思います。

足に靴を合わせてあげるのは、
靴を準備する側としては手間暇がかかります。

成長すればサイズも変えなければなりません。
面倒だし、お金もかかってしまいます。

だから、
靴に足を合わせろと言わんばかりの教育が
いかに多いことか。

靴が小さければ我慢しろ。
痛みに耐えるのも学びだ。

靴が大きければ我慢しろ。
上手く履きこなす知恵を持つのも学びだ。

そうした教育も良いのかもしれません。
そこに学びもあるでしょう。

しかし、それは私の教育ではありません。


そうしたものに変質していくのであれば、
私は静かに去って行くだけです。

教育者がシステムに飲み込まれ続けた結果が、
今日の教育の姿だと思います。

だから、私は飲み込まれることに抗い続けます。

人間と人間の「思い」の結びつきで、
私が手がけてきた教育は成立しています。

一つ一つの行動の大義はどこにあるのかが大切なのです。

私の価値判断の基準は、
私がスムーズに仕事ができるということではなく、
そこに人の成長があるかどうかということでしかありません。

効率重視の社会の中では、
私はきっと愚かな部類の人間なのでしょう。

しかし、私が私の思いで教育を実践していく限り、
必ず人を人として伸ばしていくのだという
不退転の決意は持っています。

その結果が出せているのかどうかは、
私の知るところではありません。
そして、それを知ることもなく
私はこの世を去って行くのだと思います。

教育とはそうしたものなのだと思います。

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根津美術館

2014年04月20日 | Weblog

根津美術館に行ってきました。

これから、ちょくちょく行って、

仕事(考え事)をする時間を過ごそうと思います。

新緑がとても美しかったです。

また、殷や周の時代に思いを馳せられるのも良いところです。

孔子が理想とした、周王の時代の息吹を感じようと思います。

そして何よりも、日本らしさの中に身を置こうと思います。
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バッカーズ寺子屋・入塾説明会

2014年04月16日 | Weblog

4月19日(土)15:00~16:00に、
バッカーズ寺子屋の入塾説明会を開催致します。

この学舎では、
本当に子供たちが大きく成長していきます。

今年、10期生を迎えます。

残念ながら、まだまだ認知されていません。

しかし、日本の教育改革の方向性は、
ここにあると自負しています。

まずは、是非、入塾説明会へお運び下さい。

あまり堅苦しい学舎ではありません。
楽しみながら学び、子供たちは大きく成長していきます。

詳細は、バッカーズ寺子屋ホームページをご覧下さい。

当日、西新橋の会場で
お目にかかれますことを楽しみにしています。



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命とは

2014年04月15日 | Weblog
命とは時間のこと。

人生の時間を無駄にすることは、
自分の命を粗末にすること。

自分の命は、
自分一人で生み出したものではないので、

命を粗末にすることは、
祖先をないがしろにするということ。

時間を無駄にするのは、
時間を無駄にする意識が習慣となっているから。

勘違いしてはいけません。

ゆっくりするのもよいのです。
ぼんやりするのもまた良しです。

しかし、

意図したことを、
イメージ通りのスピードで処理できないのは、
やはり時間が勿体ないと思ってしまいます。




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卒業生

2014年04月12日 | Weblog
昨日、卒業生の皆さんと久しぶりに食事をしました。

7年前の思いがよみがえってきました。
決して忘れていたわけではありません。

しかし、改めて
自分の原点に立ち返らせていただくことができたように思います。

感謝です。

心からそう思っていると、
不思議なことが起こり始めました。

滞っていた運気が、
流れ始めたように感じます。

自分の原点を忘れないこと。


その大切さを改めて学ばせていただきました。

ありがとうございました。
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ホームカミングデイ

2014年04月09日 | Weblog
4月6日にバッカーズ寺子屋の
ホームカミングデイが開催されました。

バッカーズ寺子屋は、
2005年に設立され、
9年の歳月が流れました。

卒塾生たちの成長は、
本当に素晴らしいと感じます。

当時の小学生たちは、
大学生になり、社会人になってきました。

この学舎から、
各界で活躍する人材たちが、
数多く羽ばたいていくことを確信しました。

心の価値基準を
損得に置くのではなく、
バッカーズ少年教育10原則に置いているからこそ、
素晴らしく羽ばたいてゆけるのだと思います。

私も私の志を追い続けます。

それは、
日本の教育をより良いものに変革する
というミッションであり、

そのために、
志の教育を実践し続けていくということです。

共にチャレンジを続けましょう!


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常に考える

2014年04月04日 | Weblog
私たちVision&Education,Ltd.の仕事は、

教育を通して、
新しい価値を生み出していくことですから、
日々、考え続けていなければなりません。

しかし、
いくら考えても、
教育実践としての形を生み出していかなければ、
何の意味もありません。

学び続けること。
考え続けること。
発信し続けること。

もっとスムーズにやれるように努力を重ねるだけです。



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