Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

萩・維新塾キッズ

2008年08月25日 | Weblog
今日から明治維新140周年記念事業として行われる
萩・維新塾キッズの指導のために、萩に来ています。

塾長は萩市長。
塾頭が私。
松下村塾前で入塾式が行われ、
四日間の研修が始まります。

今まで萩を舞台に様々な研修を創ってきました。
その一つ一つがあって、
今回の維新塾キッズに
関わらせていただくことができたのだと思います。

これまで支えて下さった多くの人たちに感謝しています。
そして、
やはり歩いてきた道は間違っていなかったのだと
改めて感慨深く振り返っています。

今日からまた新たなチャレンジを開始します!!
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九州経済NOW

2008年08月23日 | Weblog
明日、8月23日(土)9:00~
TVQの九州経済NOWという番組で、
バッカーズ九州寺子屋の活動を取り上げていただきます。

また、第二期の募集活動もスタートします。
詳細は、バッカーズ九州寺子屋のホームページをご覧下さい。

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伝えたいこと

2008年08月20日 | Weblog
教育という営みは、
子どもたちの先を生きている大人たちが、
子どもたちに是非伝えておきたいと思う、
知識や技術や考え方や心の持ち方などを伝えることであろう。

大人の生き方や価値観が千差万別であれば、
大人たちが子どもたちへ伝えたいことも、
当然、千差万別になる。

だから、子どもたちに「教えるべき事」を大切にしましょう、
などと言ったところで、
なかなかコンセンサスは得られないこととなる。

おそらく、いつの時代も、
どこの世界でもそうだったのではないか。

だから、
結局、
自分が、
あるいは、
自分と教育的価値観を同じくする人たちが、
己の信ずる所に従って、
師となっていくしかないであろう。

あるいは、己の信ずる所に従って、
師を選んでいくしかないのであろう。

何が正しい教育であったかなどと言うことは、
どのみち後からしか分からぬ事である。

ただ、一つだけ言えることは、
遊ぶにせよ、怒るにせよ、誉めるにせよ、
とにかく「本気」でなければ、
その「思い」は伝わらないということである。








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逆境

2008年08月17日 | Weblog
橋本左内が著した『啓発録』に、
志の立つ四つの場合が書かれている。

①読書により先人の生き様を学ぶ
②師友に学ぶ
③逆境をはね返す
④感動する

今、先人の生き様を学び直しているが、
それらの人々の、
なんと逆境に陥ったことの多いことか!

肉親を失い、地位を失い、経済力を失い…。

だが、それでも志が揺らぐことは微塵もなかった。

あらためて、私の心構えを見つめ直し、
襟を正して事業に取り組んでいきたいと思った。

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お盆

2008年08月15日 | Weblog
お墓に仏様をお迎えに行き、家に連れて帰る。
そのことで仏様は数日を家族と共に家で過ごすことができる。
そして15日には、また仏様をお墓へと送っていく。

私は仏教徒ではない。
(かといって、キリスト教徒でも神道でもないが…。
もちろんイスラム教徒でもないが…。)

しかし、どんなに忙しくともこの習慣は大切にしている。

理由はよく分からない。

おそらく、命の連続性に思いを馳せることのできる習慣であり、
目に見えぬものの存在に敬意を払おうとする心性を大切にすることを
一人の日本人として忘れてはならないような気がしているからであろう。

あるいは、それは、
まだ、亡くなった父と共に生きているという感覚があるからかもしれない。

冷たいお墓に一人じゃ淋しかろう。
たまにはお家に帰っておいでよ。
みんなが待ってるよ。

あの世とこの世を隔てる境界線は、
私たちの国では古代より、
人間の「情」という力によって、
破られたり守られたりするのが常であった。

そんないい加減さが私は大好きである。
人間のいい加減な感情を否定的に捉えることなく、
大らかに肯定していくこともまた人生の妙味だと私は思う。



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ご無沙汰してすみません

2008年08月14日 | Weblog
読んで下さっている皆様。
ご無沙汰してしまい申し訳ありませんでした。

7月30日から、
バッカーズ寺子屋の合宿・四日間、
バッカーズ九州寺子屋の合宿・四日間、
この二つを中二日で実施して、
更に熊本、東京と、かけずり回っていました(笑)。

バッカーズ寺子屋の二つの合宿は、
お陰様で無事終了致しました。

回を重ねる度に、
今の教育に不足しているものが何か。
そして、それをどうすれば改善していくことができるのか。
そのヒントを塾生たちの姿から沢山教えてもらっているように思います。

今年の合宿を通じてもまた、
私自身が学び続けていくしかないのだと改めて思いました。
学んで、自分の人生をしっかりと生きていくしかない。

塾生たちの目は、
教えている人間が、
どんな行動をし、どんな生き方をしているかに
注がれていると思います。

何を語っているかではなく、
社会の中で何を実践し、どんな行動をしているのか。

恥ずかしくない人生の軌跡を残していかなければと、
決意を新たにすることができました。

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死生観

2008年08月03日 | Weblog
人間の生き方が弱くなっているのは、
死生観が失われているからなのかもしれないとふと思った。

私はいつ死んでもいいと思う気持ちで毎日を過ごす。
だから、時として体を酷使して毎日を生きる。

しかし、命を粗末にする気はないし、
健康を軽んずる気持ちもない。

その両者はいつも同じ力で拮抗している。

つまり、生に執着し過ぎれば、腑抜けた生にしかならない。
反対に、死に執着し過ぎれば、これまた貴重な生を粗末にすることにしかならない。

生を捨てる気がなければ生を輝かせることはできないし、
死を望むようでは生を輝かせることはできない。

この矛盾した価値観の中にこそ真理は隠れているのかもしれない。

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極限

2008年08月03日 | Weblog
バッカーズ寺子屋の合宿が終わりました。

四日間、睡眠時間も少ないハードな合宿です。
もちろんスタッフには、それ以上のタフさが要求されます。

子どもも大人もそうですが、
楽なときにはいくらでも良い顔ができるものです。

追い込まれて苦しい状況にあってこそ、
はじめて、その人の本質が見えてくる。

誤魔化しようのない本質が・・・。

私は本気で塾生やスタッフたちと関わっていきたいと思っています。
そのためには、当然、自分も苦しい状況に立たなくてはいけない。

そこから初めて本質的な交流が生まれてくるのだと思います。

塾生たちの可能性は本当に無限に広がっていると思います。
若いスタッフの皆さんの可能性も同様に無限に広がっている。

だからこそ、あえて厳しい状況を生み出し、
それを乗り越えていくことに私は期待を寄せているのです。









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