Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

志の教育

2014年10月30日 | Weblog
2日間の管理職研修を終えました。

最後のスピーチで、

一人の受講者が、

静かに語って下さったのが、

私の胸に突き刺さりました。


「私はある時期を境に、

 目立たず地味に仕事をしていこうと思いました。

 しかし、今一度、奮起しようと思いました。」


そう語って下さったのです。


何があったのかは知りません。

余程のことだったのでしょう。


しかし、そのことに向き合い、

再びファイティングポーズを取り始めて下さったのです。


私は、一人のビジネスパーソンが、

再び、魂に灯を灯して下さったという、

そのことに、涙が溢れそうになりました。


「志の教育」を掲げて、

私も死にものぐるいで走り続けます。


私のような者の人生が、

少しでも人様のお役に立てたのであれば、

望外の喜びです。


ありがとうございました。

私も頑張ります。


コメント

そこそこ

2014年10月27日 | Weblog
勤務時間をしっかり守って、
与えられた役割をしっかりこなしていれば、
しっかり仕事を頑張ったことになります。

法的なことを含め、
あらゆる意味でそれは正しい。

しかし、
人々の幸せを願って、
本気で世の中を変えようという仕事をするのであれば、
その縛りにほぼ意味はありません。

芸術家が17:00で仕事を終えるとは思いません。
それ以降の仕事を残業ととらえるかも怪しいところでしょう。

私もとことん仕事と向き合いたい。
そう思っています。

そして、それが楽しいからそうしているだけの話です。

能力適性がないために、苦手な仕事も沢山ありますが、

少なくともこだわりを持ってやっている部分については、
とことんやり抜いていこうと思います。





コメント

こだわり

2014年10月26日 | Weblog
仕事にはこだわりが必要だと思います。

こだわりのない仕事、

心のこもっていない仕事は、

人の心に満足や感動を与えることはできません。

しかし、
それは言って解るほど簡単なことでもありません。

だから、

若者たちの成長を祈りつつ、

自分一人だけになったとしても、
とことんこだわり抜くしかないと覚悟しています。

お気楽にやって上手くいくほど教育は甘くはありません。

悲しいことではありますが、

絶望と戦うのには慣れています。

しかし、

一人でも理解者がいてくれたらと思います。

そして、それは、

私が人に理解してもらうのを待つのではなく、

私が人を理解していこうとする強い願いと意志の中から

生まれてくるものだと思います。






コメント

私が知っていること

2014年10月25日 | Weblog
私が教育者として知っていることは、

そう多くはありません。


ただ、

熱心にやれば、熱心にやっただけの結果が帰って来、

手を抜けば手を抜いただけの結果しか帰って来ない、

ということは知っています。


そして、それらのことを、

公平に見る視点の大切さも知っているつもりです。


コメント

自己投資

2014年10月24日 | Weblog
自己投資を続けなければ、
人間は成長できるものではありません。

本を読むこと、
文化や芸術に触れること、
仕事に打ち込むこと、
人を大切にすること、
旅をすること、
深く思索に耽ること・・・。


様々な時間の過ごし方を、
少しでも価値ある物にしていくことが、
自分自身の価値を少しでも高めていくことに
つながっていくのではないかと思います。

仕事は人間がするものですから、
自分の価値を高めぬままにしている仕事は、
やはり価値の高いものにはなりにくいのだと思います。

自分の学びの足跡を振り返って、
それが貧しきものでないように
日々省みつつ精進していこうと思います。

コメント

把手

2014年10月23日 | Weblog
剥離骨折した足で東京に行って帰ってきて、

オフィスに着いて、

タクシーのトランクからキャリーバッグを下ろしたら、

キャリーバッグの把手がとれてしまいました。


あまりの荷物の重さに、

そして、

日々酷使されるのに耐えかねて・・・。


しかし、よくよく見れば、

把手を留めていたネジは2本ともバッグの中にあったので、

ネジを留めなおしたら使えるようになりました。


ネジを締めていたら、

スタッフ三人が寄ってたかって、話をし始めました。



スタッフA 「スゴイよねぇ。たった2本のネジで支えていたなんて。」

スタッフB 「こんな重い荷物を2本で支えていて大変だったわよねぇ。」

スタッフC 「本当に2本だけでよく頑張ってたよねぇ。」


私 「・・・いいなぁ。ネジはねぎらってもらえて・・・。」


V&Eは、今日も平常運転です。





コメント

芸術を解す

2014年10月14日 | Weblog
若い頃は、本当に芸術がわかりませんでした。

いや、わかるものではない、
感じ取れば良いのだという意見もあります。

しかし、感じることすらなかったのです。

今、思うことは、
蓄積がなければ、
見えてこないものがあるということです。

教養が足りなかったのです。
精神が未熟だったのです。

やはり日本画を見ていてつくづく思うのは、
近代日本画を切り拓いた芸術家たちの、
教養の深さと、精神性の高さです。

気迫や愛情といったものが伝わってくるのです。

描いている森羅万象への深い洞察眼と
対象物への深い哲学があることを感じずにいられないのです。

それは、もうどうにもならないほど、
決定的な違いを作品に与えていると思います。

ふと思い出されたのは、
故黒澤明監督が、
「時代劇はもう撮れない」と仰っていたことです。

戦争を知った世代が演じる命のやりとりと、
戦争を知らない世代が演じる命のやりとりとでは、
演じる世界は全く異なるものになってしまいます。

顔つきも違えば、目つきも違うからです。
その違いは、精神から生まれてくるものだとしか言い様が無い。

いくら形を真似たところで、
その精神は描き出せないものなのです。







コメント

アップデート

2014年10月10日 | Weblog
ホームページの更新も
メールマガジンの配信も
滞りまくっていて、
誠に申し訳ありません。

ただ、

今、沢山の
「志の教育」を伝える機会をいただいています。

全力で学び続け、全力で語り続けています。

家に帰る時間もなければ、
ゆっくりくつろぐ時間もありませんが、

教育者としては本望です。

私自身はなんとかアップデートされていますので、

体制が整うまで、

いましばらくお待ち下さい。



コメント

色々な誤解

2014年10月07日 | Weblog
誤解というものは成り立たないというふうにも思います。

一つの事柄に対して、
100人いれば、100通りの見方があるというだけで、

それが誤っているかどうかは、
誰にも決められないものだと思います。

見解が違う。
それだけのことです。

しかし、大義に照らして見つめるとき。
あるいは、人々の興奮が醒め、
時が正邪の秤を静かに正してくれるとき。

何が正しかったのかを
チラリと垣間見ることが出来るのかも知れません。


ちなみに、このブログは、
私の私的な徒然の思いを書き綴るものですから、
くれぐれも、
特定の場面を考えたり、
関連付けたりしてお読みにならないことを
おすすめ致します。

だいたいその想像は外れています。



コメントをいただいて、

「は・・・?」

と思うことがままあるものですから・・・。


もちろん私が悪いのですが・・・。
















コメント

新しい挑戦

2014年10月06日 | Weblog
これから更に色々なチャレンジをしなければなりません。

色々といっても私の場合、
「志の教育」をいかに実践し、
世の中に広めていくかということ以外には何もありません。

広める意義は、
一人でも多くの人たちが、
自分の志を確立し、

生き生きと人生を送っていただく。
ただ、それだけです。

そのためには、
学び続けていかなくてはなりません。
メッセージを発信し続けていかなければなりません。

そして、それには膨大なお金と時間が必要です。
手間暇かけることを重んじていますから、
人手も必要です。

自分のことなど考えていたら
とてもできやしない仕事です。

既成概念でははかれませんから、
理解されることも期待できません。

24時間、365日、
教育のために走り続ける人生を
他人に求めることもどうかと思います。

結論としては、

笑って誤解を受けながら、
一人死にものぐるいで、
倒れるまで走り続ける。

これしかないようです。









コメント