Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

博多

2016年06月28日 | Weblog
ふと博多んもんラーメンのCMを思い出した。

シーナ&ロケッツの鮎川誠が、

「博多んもんは横道もん、青竹割ってへこにかく」

と言う奴である。

「博多の人は強情で一度言ったら後にひかない。
 青竹を割って、それでふんどしをしめてみせるぐらいの
 心意気を持っている。」

その台詞を思い返して、

あぁ、私は、博多のロックで育った人間だったんだと

しみじみ思った。

そのハートを変えるつもりはない。

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言葉は難しい

2016年06月26日 | Weblog
言葉を使うことの多い私の仕事ではありますが、
やればやるほど、その難しさを感じます。

また、違う世代、
違う生活環境の人たちとの
関わり合いの中で、

言葉のニュアンスが乖離していることを感じます。

共通の体験を持たぬことが、
こうした乖離を生み出すのだと思います。




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ふと気がつけば

2016年06月22日 | Weblog
私は、頼まれた仕事は断らないという主義です。

しかし、ふと気がつけば、
随分と、仕事が多岐にわたり、

そして、随分と、
多くの人たちに支えていただいていると
しみじみ感じています。

感謝。
それしかありません。

そして、慌ただしい故に、
行き届かないことも増えていて、
大変申し訳なくも思います。

この一年、
色々と体制を整えていきたいと考え、
動いてきました。

産みの苦しみの一年でもありましたし、
これからの一年もそういう一年です。

しかし、確実に、前に進んでいます。
確信を持ってこのまま前を向いてチャレンジを続けます。

それは、
日本の教育をより良いものにする
というミッションのためであり、

期待を寄せて下さっている方々、
そして、
応援を続けて下さっている方々への、
せめてものご恩返しです。





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卒塾の季節

2016年06月13日 | Weblog
バッカーズ寺子屋の卒塾式が先週の日曜日に、
そして、
バッカーズ九州寺子屋の卒塾式が昨日の日曜日に、
それぞれ終了しました。

私たちにとって、
一年の終わりであると同時に、
新しい一年の始まりでもあります。

色々と感慨深い、卒塾式でした。

塾生たちの成長は、
本当に目を見張るばかりでした。

素晴らしかったです!

そして、今後に向けて、
身の引き締まる思いでもありました。

立ち向かうべき課題の大きさを改めて感じたからです。

「日本の教育をより良いものにする」という
ミッションの実現のために、全力を尽くします。

今年は様々な意味での転換期になるのかもしれません。

東京での11年の歩みがあり、
福岡での8年の歩みがあり、

バッカーズ寺子屋は、
次のステージを目指します。

いよいよ私の本の出版も、
完成まであと一ヶ月ほどになってきました。

「志の教育」について思いの丈を書いています。

また、完成したらお知らせします。
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宥座之器

2016年06月11日 | Weblog
佐賀県多久市の多久聖廟に行くと、
東原庠舎に宥座之器が置かれています。

虚なれば即ち傾き
中なれば即ち正しく
満つれば即ち覆る

ということを学ぶことのできるものです。

虚は空っぽ。
中は程良いこと。中庸を得ること。
満は入りすぎること。

つまり、
足りなければ傾いてしまう。
しかし、
満ち足りると必ず覆る。
ということです。

実際に水を入れてみると、
満ちるとひっくり返って水が全部こぼれるので、
なるほどとわかる興味深いものです。


権力を得たり、
地位を得たりしても、
それは直ぐに覆ってしまうものだと孔子は嘆きます。

弟子の子路が、
満ちた状態を維持できる方法はあるのかを問うと、

聡明聖知守之以愚 
功被天下守之以譲 
勇力撫世守之以怯
富有四海守之以謙

と孔子は答えます。

この考えが正しいかどうか、
私には少々違和感があります。

どうも真っ直ぐでない気がするからです。

ただ、
「謙」であること。
それだけはとても大切なことだと共感します。

謙虚であること。
謙譲の美徳を忘れぬ事。

私には、満ちたと感じられる瞬間は、
まだまだ遙か遠くにあって、
死ぬまで無縁のものだと思っていますが、

とにかく自分を磨き続けたいと思います。
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忍耐力

2016年06月08日 | Weblog
バッカーズ寺子屋では、
子どもたちの本当の成長を求めています。

だから、
一年間の途中においては、

子どもたちのスピーチ力も、
レポートを書く力も、
マナーも判断力もたいしたことがないということも
ままあることです。

しかし、だからといって、
取り繕うことは絶対にしません。

経営者の方が見ているから、とか、
保護者の方が見ているから、とか、
経営者の方が読むのだから、とか、

そんなことは、関係ありません。
勿論、敬意を払って最大限の努力を、
子どもたちと共にしていきます。

しかし、
誰かが見ているから良く見せよう等と言うことは、
絶対にしないのです。

そうして一時的に取り繕うという、
嘘、誤魔化しをしても、
子供の成長には何の役にも立たないからです。

いや、むしろマイナスでしかありません。

では、何が大切か。

出来ない悲しさや、悔しさを、
子どもたちと共有していくことこそが大切なのです。、

そして、

それでも明日の成長を信じて、
指導を続けていくことが大切なのです。




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心の持ち方

2016年06月07日 | Weblog
良寛さんの言葉です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

災難に逢う時節には災難に逢うがよく候

死ぬ時節には死ぬがよく候

これはこれ災難をのがるる妙法にて候

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


心の持ち方は、
言葉によって作られています。

どのような言葉と出会い、
それを心に刻むことができているのか。

そんなことで、
人生は大きく変わっていくものだと思います。

どんなに努力したところで、
災いは避けられないものもあるのです。

であるならば、
災いから逃れる努力ではなく、

二度と無い人生を
全力で生き抜く努力をした方が良いのです。

私はそう思っています。





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