Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

人間修業の道

2019年05月31日 | Weblog

それぞれの組織には、

それぞれの歴史があります。

自分の目からよく見えていても、

反対に悪く見えていても、

その組織が存在し続けてきたということは、

何らかの価値があったということです。

それを買ってくれたお客様がいたということです。

組織の批判をする前に、

自分にできることは何か。

自分が何を求められているのか。

それらのことを理解し、

求められている以上のパフォーマンスを

生み出して実績を作るしかないのだと思います。

人に求められるということは、

思っているより難しいことです。

必死に学び続けて、

自分のできることを増やしていく以外に道はありません。

組織を作って自分で道を切り開いていく力がないのであれば、

組織の中でどう折り合いをつけていくかを

考えるしかないのです。

その中に人間修業の道もあるのだと思います。

 

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誤魔化せぬこと

2019年05月31日 | Weblog

その人の去り際の美しさ、

公平、公正で、私心の無さは、

子どもでもわかるものです。

一事が万事と言いますが、

そうしたちょっとしたことで、

その人の浅ましさも伝わってきます。

誤魔化してきたことも伝わってきます。

そうした人の心の哀しさを見定めつつも、

人としての成長に貢献しなければと思います。

 

 

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読書

2019年05月31日 | Weblog

読書量はそれなりにはある方だと思います。

会社の図書室には、たくさんのジャンルの本が、

所狭しと並んでいます。

しかし、

何度も繰り返し読みたいと思う本は、

そう多くはありません。

ほんの数冊です。

しかし、

その出会いを求めて、

たくさんの本を読み続けるのだと思います。

本物の価値ある出会いを探し求めて・・・。

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楽しみに思うこと

2019年05月30日 | Weblog

これから色々なことが始まりそうです。

チャレンジする過程の中で、

うまくいかないことや、

大変なことも沢山出てくるかと思います。

しかし、それは当然のこと。

より良い未来を作るために、

より良い教育を実現するために、

未来を楽しみにして、

チャレンジを続けていこうと思います。

 

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スランプ脱出

2019年05月29日 | Weblog

どうもここのところ

集中力を欠いていて、

生産性が上がらないなぁと思っていたのですが、

今日、吹っ切れました。

やはり、気分転換というか、

リラックスタイムも必要だということのようです。(笑)

ということで、

調子に乗って深夜まで仕事で遊びすぎると

元の木阿弥かもしれませんね。

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ごまめの歯ぎしり2

2019年05月28日 | Weblog

犯罪者にも、

その生い立ちや生育歴など、

悲しみと共に見るしかない所は多々あります。

何とも救いようのないこともあります。

だから、私にできることは、

一人でも周囲に良き影響を与えられる人を

育てることだろうと思います。

自殺したり、人を殺したりすることのないよう、

みんなが笑って過ごせるような社会を作れたらと思います。

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ごまめの歯ぎしり

2019年05月28日 | Weblog

2001年6月8日に大阪教育大学附属池田小学校で

小学生無差別殺傷事件が起こった。

あのときには、なぜこんなことが!と

少なからず世間は憤った。

少なからずと言ったのは、

昭和の頃には、子どもをターゲットにした事件に対し、

もっと悲憤慷慨していたと思うからだ。

しかし、平成以降、こうした事件は、

被害者の多い少ないの違いこそあれ、度々起こっており、

その方法も「表現の自由」の名のもとに氾濫する、

残忍なゲームや映画や漫画で、

既視感があるものになってしまった。

だから、今日の川崎の事件は、

どこかで「あぁ、また起こったんだ」という感覚があり、

事の重大さへの怒りや悲しみといった人間らしい感情が、

どこか少しずつ麻痺してきているのではないかと思う。

マスコミは、取材しにくいであろう加害者の情報は報じず、

静かに悲しみや痛みを癒やすべき時が最も必要と思われる

被害者たちの個人情報を意味もなく垂れ流して

人権を踏みにじる。

簡単な所(つまり被害者)からしか取材しない姿は浅ましい。

長年、犯罪者の人権を守れとしか言ってこなかった姿勢が、

やはり犯罪を抑止することにならなかったことも感じる。

しかし、もう、それが当たり前になってしまった。

ここで嘆いてみたところで、何も変わりはしないだろう。

けれど、それでもごまめの歯ぎしりはやめようがない。

 

 

 

 

 

 

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最善を尽くす

2019年05月28日 | Weblog

自分にどれだけのことができるかわからないけれど、

最善を尽くすだけ。

自分の最善が大したことないことを無念に思いつつ、

最善を尽くすだけ。

他人がどれだけ理解してくれるかわからないけれど、

最善を尽くすだけ。

心ない言葉や行動に傷つくこともあるけれれど、

最善を尽くすだけ。

頑張っても報われず評価されないこともあるけれど、

最善を尽くすだけ。

ただ、ただ、最善を尽くすだけだと心に決めて、

一喜一憂する心を飲み込んで、

私は最善を尽くそうと思います。

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過去と未来を背負う

2019年05月27日 | Weblog

私が尊敬できる経営者・政治家・教育者、

その他の方々に共通して感じているのは、

過去に敬意を払い、

未来に投資をしているということです。

会社でも何百年という歴史があれば、

創業以来、そこに関わって下さった方々や、

会社の歩みと共にある

日本の文化伝統への造詣と敬意と感謝の念が深く、

同じように、

未来を生きる子どもたちへの、

愛情と期待と敬意を持って、

より良き国家社会が実現されるように、

人の見えないところで尽力されている事を感じます。

利益を出して儲けている経営者に対して、

あるいは政治家に対して、

敬意を感じたり、感じなかったりするのは、

なぜだろうと思っていたのですが、

こうした感覚の有無が

私にそう感じさせているのだと思います。

つまり、自分の生きる今しか考えていないのか、

今があるのは過去の人のおかげと感謝し、

未来を生きる人たちへの愛情に溢れているかが、

伝わってくるのだろうと思います。

 

 

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志などなくとも

2019年05月26日 | Weblog

志がなくとも、

教養がなくとも、

人間は生きていけます。

しかし、私にとっては、

志や教養のない人生は、

今ひとつ、充実感、達成感、豊かさに

欠けたものになるような気がします。

未来の子どもたちに

何かを託そうという意志があるから、

志や教養が必要になるのかもしれません。

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