Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

内職

2020年07月30日 | Weblog
審議中にもかかわらず、国会議員が机の下でこっそりと本を熟読していたり、スマホをいじっていたりしたことが問題になっています。

学校での風景が、そのまま国会でも見られているだけだと私は思います。

聞く側は、もっと緊張感をもって、他人の話を聞くこと。話す側は、聞いてもらえるような、中身のある話をする努力をすること。全体として、会議の開き方と運営について改善していくこと。

この3点を変えない限り、ほとぼりが冷めれば同じことが繰り返されるだけです。これは、学校教育の問題であり、社会全体の問題のようにも思います。

その場にいてもいなくても良い人たちが多いからそうなるわけですから、国会議員を大幅に削減して良いのではないかと思います。

そして、尾﨑行雄のような気骨ある政治家が出てくることを願います。


コメント

一人の道

2020年07月29日 | Weblog
今、時代の大きな転換期に立っていることを感じます。

その大きさを感じれば感じるほど、己の無力さを感じます。

こんな時代にどのような教育を創っていくのか。

それが問われています。

それは分かっているのですが、どれだけ理解者を得られるのか。

実に困難な道です。

「公」の視点から見なければ、見えないことが多いからです。

「私」の責任の範囲に汲々として仕事をしている人には、分かっていただけないと思います。

悲しいことながら、言葉が届かぬ人もいるものなのです。

かくして私は、一人静かに仕事に打ち込む道を選びます。





コメント

信頼

2020年07月28日 | Weblog
うそごまかしをせず、正直であることは美徳です。そうした生き方を貫きたいと思いますし、子どもたちにもそうあって欲しいと思います。

しかし、同時に、世界には平気でうそをつける人たちがいて、それを見抜く力と叡智、そして、それに反駁を加える強さを同時に持たなくてはならないことも、肝に銘じて欲しいと思います。

信頼は何よりの財産です。信頼を得るためには、時間とお金と約束に対する姿勢が大切です。

邪な考えを持つ人たちに、騙されたり、利用されたりしないこともまた、信頼に繋がることは事実です。
コメント

小石を積んで

2020年07月27日 | Weblog
山本寛斎氏が亡くなりました。76歳とのこと。

人は必ず死にます。
私も58歳。残された時間はあまりないと思います。

あと10年で何を生み出せるか。
やりたいことは沢山あります。

とにかく日本の教育のために、一つでも小石を積むことができたらと思います。

そのためには、一日一日を大切にするしかありません。

それにしても吉田松陰という人は、わずか30年の人生で、よくもあれだけのことをなし得たものだと驚かされるばかりです。


コメント

私の戦い

2020年07月25日 | Weblog
最先端の学問はすごい勢いで進化しています。日本は国際競争に打ち克っていかなければ劣後します。厳しい現実です。もっともっと優秀な子どもたち若者たちを伸ばしていかなければなりません。そうした子どもたち、若者たちは沢山います。

一方で、人生をどのように生きたら良いか分からない子どもたち、若者たちも多くいます。いじめがあったり、人間関係がうまく作れなかったり、心が病んでしまったり、学ぶどころではない子どもたち、若者たちです。

大人でも生きづらい人たちがたくさんいます。うまくいかない人たちがたくさんいます。

何とかして、皆が幸せを感じられる社会をつくっていきたいものです。

私は今後、どのような教育を生みだしていくのか。本当に悩みながら実現していくしかありません。勿論、私にできることも限られています。人生の時間も限られています。

それでも立ち向かっていかなければならないと思います。



コメント

ふと思ったこと

2020年07月24日 | Weblog
日本の政治を志す若者たちに期待したいことが、いくつかある。

一つには、日本の歴史を正しく学んで欲しいということだ。様々な勢力のプロパガンダによって、学校で正しく歴史を学ぶことはなかなか困難になっている。しかし、今や、インターネットであらゆる角度から情報を得ることはできる。言論の自由がある国では、様々な考えを発信することができる。その真贋を見抜き、是々非々の態度で、情報に接して学んで欲しい。

歴史は父祖の命の連続性の物語だ。敬意を持って、また、愛情を持って接することを忘れずにいて欲しい。それが矜恃となり誇りを生む。

二つ目には、「志操」を保つことだ。「志」と「操」。志だけではなく、それを守り抜く節操が大切だ。それは、年月と共に顔に表れてくる。残念ながら、日本には良い顔の政治家が少ない。明治の政治家と見比べてみると良い。また、書は人なりと言うが、書いたものを見比べてみると良い。一目瞭然だ。

志操を保つには、機を待つことも必要になる。膝を屈することも、大きく飛ぶためには必要なことだ。頑固で意固地になるのでは無く、狂信的になるのでも無く、志操堅固であって欲しい。それを他人は色々と言うであろう。口汚く罵ったり、面白おかしく尾ひれをつけて揶揄することもあるだろう。

その時は、勝海舟の言葉を思い出すと良い。「行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張。」(俺の出処進退は俺が決める。褒められたり非難されたりというのは他人が勝手にすることであって、俺の知ったこっちゃない。)福沢諭吉を相手にこう言えるのはすごい。今の政治家には使って欲しくない言葉でもある。そこまでの重みと覚悟がないからだ。(それは時代の違いだから、必ずしも今の政治家を責めているわけでは無い。)

機を得ざれば、田舎で田畑を耕して暮らすのも良い。しかし、志操堅固であることだ。

国を外側から形作るのは政治だが、内側から形作るのは教育だ。政治で機を得られなければ、田畑を耕しながら教育をしていけばそれもまた国を変える力となる。
色々な難しい力学が働くのが政治の世界だ。だから、いつでも去って行く潔さと、志操の堅固さとを併せ持って欲しい。

それが未来を変える力になると信ずる。


・・・なぜ、こんなブログを書こうと思ったのかよく分かりませんが、湧いてきました。

コメント

2020年07月24日 | Weblog
どんな赤ちゃんも、祝福を受けてこの世に生を受けたのだと思います。そして、多くの人に愛され、幸せな人生を生きて欲しいと願われたのだと思います。

しかし、悲しいことに、そうはならないことも、しばしば起こりうるものです。そうした悲しいことは、二つの理由で起きると思います。

一つには、人間の肥大した欲望が、自分の利己的な幸せを、他人の幸せを踏みにじることで手に入れようとするときです。これは、自分が関わりを持つ他者の問題です。

二つ目には、自分自身が素直に人の忠告を受け入れる謙虚さを持たず、自己と自己認識がずれたままになっていることを修正できないときです。これは他者では無く、自分自身の問題です。

平和な国では、圧倒的に後者が多いように思われます。

汚れた窓から外を見ようとしても、景色は薄汚れてしか見えません。景色が汚れているわけではないのです。汚れているのは自分の部屋の窓です。自分という人間の心の窓が汚れていることに気づき、窓を自分で磨かなければ、決して美しい景色を見ることはできません。

それに気づいてもらうのは、私の教育の力では無理です。だから、あとはせめて祈るしかありません。
コメント

横文字の魔力

2020年07月23日 | Weblog
新型コロナウイルスで「クラスター」が発生したというと、何か大変なことが起きたように感じていますが、インフルエンザで「学級閉鎖」になったと言うのと何が違うのでしょうか。

「新型コロナウイルスで学級閉鎖になりました。」
「インフルエンザで学級閉鎖になりました。」

「新型コロナウイルスでクラスターが発生しました。」
「インフルエンザでクラスターが発生しました。」

並列して書いてみると、私たちがイメージによっていかに左右されているかがよくわかります。

同様に、新型コロナウイルスだと「オーバーシュート」というけれども、インフルエンザが「猛威をふるう」というのとどうちがうのでしょうか。

「メガクラスター」って、学年閉鎖、学校閉鎖って話とどう違うのでしょうか。

私たちは未知のウイルスに対して正しく恐れ、正しく対処しなければなりませんが、言葉のイメージに踊らされるのはあまり好むところではありません。





コメント

Go To

2020年07月22日 | Weblog
「Go To」直前まで迷走、世論反発でキャンセル料免除…国交省幹部「これほど逆風吹くとは」7/22(水) 7:53配信・読売新聞

これほどまでに政治家や官僚が民意を理解しないのは救いがたいものがあると思います。その想像力がないことが驚きです。

経済を回さなければならないのは当然のことです。

しかし、今のタイミングでは、自分がどこかに行って感染したことで、年老いた親や、幼い子どもたちに迷惑をかけるかもしれない。それは本当に申し訳ないという思いの方が強いと思います。

介護施設、学校、幼稚園、医療機関に迷惑をかけたくはないと言うのが、ごく真っ当な感覚だと思います。また、親や子どもを死なせたくないし、重症化させたくないのが人の心です。

少子高齢化の日本に私たちは生きているのです。

勿論、現在の感染状況や感染後の症状のことが広くアナウンスされ、ある程度のリスクマネジメントができそうなら、検討の余地はあると思います。

しかし、そうした情報の無い中で、判断はできませんから、行きたいとは到底思えません。

ウイルスが弱毒化している可能性はあると思いますが、想像で行動するわけにはいかないのです。それが責任ある行動だと思います。

日本にも世界にも、自己管理できない人もいるし、消毒液が十二分に買えない貧しい人もいるし、衛生観念がない人もいるのです。そうした人たちを非難するだけでは済まないのです。

旅行の補助金が出たところで、それ以外の金額を支払えない人もいると思います。旅行など、夢のまた夢という人たちもいると思います。時間にもお金にも余裕の無い人たちです。

修身・斉家・治国・平天下。
国家観なき日本のまま生きていくことは、そろそろ限界ではないかと感じています。



コメント

物を言うときに

2020年07月22日 | Weblog
物を言うときに、いつも思うことは、「私はそれを言うにふさわしい人間だろうか」ということです。

それは、日頃の行動が、信頼に足るものかということです。

それがないのに、偉そうに何かを説教したところで、そんなものは伝わるはずもありませんし、反感を生み出すだけです。

自分の行動が、信頼に足るものであれば、結果は後からついてくると言うのが私の信念です。

結果がついてきていないのであれば、自分の言動や心構えに何か問題があるということでしかありません。
コメント